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<br />2010年5月7日(金)<br /><br />駅前で出会ったDさんと私は、小雨の中をDさんの運転で、本日の打ち合わせ会場のある熊取レンガ館に向かった。<br /><br />熊取レンガ館は、昭和の初めに建てられた綿織物の工場が廃屋になっていたものを、町民の集まり場所としてリニューアルされた。<br /><br />空間にゆとりを感じ、何よりもレトロな感覚が郷愁を刺激する。<br /><br /><br />工場と言う産業生産空間の文化的空間への再利用は、国の方針にも合っており、かつデザイン的にも優れていると評価されたのだろう。<br /><br />産業経済省の表彰額が、誇らしげに飾られていて、錦上花を添えている。<br /><br />「昭和の初めなのに、何故レンガだったのでしょうか?」<br /><br />この質問には明快な答えがなく、私にとってこれからの研究課題だ。<br /><br /><br />広い屋内展示空間に、立派なだんじりが、堂々と飾られている。<br /><br />値段は一億円を優に超えているようだが、それだけにきめ細かな彫刻が見事である。<br /><br />「いまどきこんな細工ができるんですねぇ!」<br /><br />感心しながら、しばらく見入る。<br /><br />ここでも監視の人がじっと見つめており、駅前の監視人を思い出す。<br /><br /><br />綿栽培の歴史は古く、戦国時代をさらにさかのぼり、600余年前の室町時代に始まったという。<br /><br />だが、これで驚いてはいけない。<br /><br /><br />綿が日本にやって来たのは、1200年以上昔の799年(延暦18年)、三河に漂着した外国の若者が種を持っており、それを日本各地で栽培したようだ。<br /><br />平安京への遷都が794年だから、その直後なのだ。<br /><br />しかし日本での栽培に失敗し、100年後には断絶したらしい。<br /><br /><br />再度栽培が始まったのはその500年後、朝鮮から伝来したとする説と、ポルトガル人持ってきたとする説があるようだ。<br /><br />綿栽培と並行して綿工業も盛んになり、熊取の辺りは日本有数の中心地だったのだろう。<br /><br /><br />熊取町と姉妹都市である、オーストリアの町からの寄贈だろう。<br /><br />アボリジニ美術も、興味深い。<br /><br />煉瓦館には、面白そうなものがいっぱい飾られている。<br /><br /><br />二つある会議室の一つで、本日の打ち合わせ関係の方が待っておられた。<br /><br />町の名刺を持っておられる方が二人と、ボランチアの方が三人。<br /><br />街を盛んにする活動で、このような公私混合チームの役割は大きいと考える。<br /><br />お互いに、適不適が補い合えるからだ。<br /><br /><br />写真は「ソフィーさんのマイページ」(訪問54カ国、文章1,590件 写真6,770枚)、<br />http://4travel.jp/traveler/katase/<br /><br />スイスの写真が美しい「片瀬貴文さんのマイページ」(文章625件 写真2,400枚)<br />http://4travel.jp/traveler/takafumi/<br /><br />ブログの作成日順に並んでいる「片瀬貴文の記録」(文章1,650件)<br />http://blog.alc.co.jp/d/2001114<br /><br />(片瀬貴文)<br />

日記【2010.05.07-2】町民から愛される町のシンボル煉瓦館

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2010/05/07 - 2010/05/07

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ソフィ

ソフィさん


2010年5月7日(金)

駅前で出会ったDさんと私は、小雨の中をDさんの運転で、本日の打ち合わせ会場のある熊取レンガ館に向かった。

熊取レンガ館は、昭和の初めに建てられた綿織物の工場が廃屋になっていたものを、町民の集まり場所としてリニューアルされた。

空間にゆとりを感じ、何よりもレトロな感覚が郷愁を刺激する。


工場と言う産業生産空間の文化的空間への再利用は、国の方針にも合っており、かつデザイン的にも優れていると評価されたのだろう。

産業経済省の表彰額が、誇らしげに飾られていて、錦上花を添えている。

「昭和の初めなのに、何故レンガだったのでしょうか?」

この質問には明快な答えがなく、私にとってこれからの研究課題だ。


広い屋内展示空間に、立派なだんじりが、堂々と飾られている。

値段は一億円を優に超えているようだが、それだけにきめ細かな彫刻が見事である。

「いまどきこんな細工ができるんですねぇ!」

感心しながら、しばらく見入る。

ここでも監視の人がじっと見つめており、駅前の監視人を思い出す。


綿栽培の歴史は古く、戦国時代をさらにさかのぼり、600余年前の室町時代に始まったという。

だが、これで驚いてはいけない。


綿が日本にやって来たのは、1200年以上昔の799年(延暦18年)、三河に漂着した外国の若者が種を持っており、それを日本各地で栽培したようだ。

平安京への遷都が794年だから、その直後なのだ。

しかし日本での栽培に失敗し、100年後には断絶したらしい。


再度栽培が始まったのはその500年後、朝鮮から伝来したとする説と、ポルトガル人持ってきたとする説があるようだ。

綿栽培と並行して綿工業も盛んになり、熊取の辺りは日本有数の中心地だったのだろう。


熊取町と姉妹都市である、オーストリアの町からの寄贈だろう。

アボリジニ美術も、興味深い。

煉瓦館には、面白そうなものがいっぱい飾られている。


二つある会議室の一つで、本日の打ち合わせ関係の方が待っておられた。

町の名刺を持っておられる方が二人と、ボランチアの方が三人。

街を盛んにする活動で、このような公私混合チームの役割は大きいと考える。

お互いに、適不適が補い合えるからだ。


写真は「ソフィーさんのマイページ」(訪問54カ国、文章1,590件 写真6,770枚)、
http://4travel.jp/traveler/katase/

スイスの写真が美しい「片瀬貴文さんのマイページ」(文章625件 写真2,400枚)
http://4travel.jp/traveler/takafumi/

ブログの作成日順に並んでいる「片瀬貴文の記録」(文章1,650件)
http://blog.alc.co.jp/d/2001114

(片瀬貴文)

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