2010/04/19 - 2010/04/19
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mas98765さん
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静岡市の久能山東照宮へ行ってきました。ここは徳川家康のお墓であるとともに、家康を「東照大権現」として祀った神社でもあります。東照宮というと、後に造られた日光東照宮の方が有名ですが、こちらが本家本元です。
これは余談ですから軽く流して下さい。今年の初めにフォートラベルの会員になってから海外旅行のブログ作成が楽しくなり、待ちきれなくて、今年度の一週間休暇を前倒しでとってスペインに行くことにしたところ、アイスランドの火山が噴火して、前日の夜になって突然中止になってしまったのです。申請した一週間休暇はそのままとらざるを得ず、国内のどこかを考えたのですが、週間天気予報によると、日本中どこも天気が悪くて行けません(わたしの職場では海外旅行時は行き先と日程表を提出しての事前承認が必要なので、海外の別の国には行けないのです)。全く運が悪いです。4月19日の月曜日は晴れました。明日は雨の予報です。仕方がないので、すぐ近くの久能山東照宮まで「旅行」に行きました(別に一週間休暇で行かなくてもいいような気がしますが)。
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「東照宮」と書かれた石柱があります。
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鳥居の左手前にはこのような灯篭があって、
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右側にも同じようにあります。左下に見えているのは、「諸車乗り入れ禁止」の立て札です。
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真ん中に鳥居があります。これを「一の鳥居」といいます。
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鳥居をくぐると石畳の道があります。向こうの左手には東照宮の地図があります。
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まだ桜が咲いていて眺めながら進むと、
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このような場所に出ます。ここから先は階段が続きます。この位置で右を向くと、
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家康にゆかりの寺である「徳音院」があります。
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逆に左側を向くと、このような看板があって「久能梅林」に行く道があります。道の左側にはトイレがあります(あまりきれいではありません)。寄り道して、梅林の方に歩いていくと、
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赤い橋があって、この向こうが梅林のようですが、ちょっと時期はずれなので、これ以上進むのはやめておきます。この位置で右を向くと、
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「石垣いちご発祥の地」という記念碑があって、説明が書かれています。
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すぐ左には「章姫育成者 萩原章弘翁」の記念碑があります。
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石段の入口まで戻って、いよいよのぼります。
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石段はこのように、四角い板のような石と丸っこい石が交互になっています。一つ前の写真にある最初の部分を左にのぼっていくと、
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左手に赤いものが見えます。「駿河稲荷社」という社です。
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このあたりで上を眺めると、つづらおりの石段が続いています。
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疲れた人のためのベンチがあります。左側に、ほうきがぶら下がっています。
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「使用後は元の場所へお戻し下さい」と書かれています。
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石段をのぼって先に進みます。
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上の方まで来ました。注意看板があります。
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この先が石段の終点です。
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ここからはいい景色が眺められます(もっと手前からも景色が見えていました)。向こうに駿河湾が見え、手前にはこの辺りの名物石垣いちごのビニールハウスが広がっています。
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石段の終点右側には、「一の門」という門があります。
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「一の門」をくぐります。門の先には右側に道が続いています。
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これは「門衛所」です。江戸時代に、久能山を警護する与力がいたところです。
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建物の瓦には、葵の紋章が入っています。葵の紋章はこの建物だけでなく、あちこちにあります。建物の手前を右に進みます。
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しばらく道なりに左にカーブして進むと、右手に「勘介井戸」という井戸があります。400年前の戦国時代に山本勘介という人が掘ったもので、深さ33mです。
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ふたがしてありますが、100円払えば照明付で中をのぞけるそうです。
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道に戻って右にカーブして進むと、正面に社務所が見えてきます。ここから先は有料になります。社務所の手前を左に曲がると日本平行きのロープウェイ乗り場があります。右手には博物館があります。
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手前左側には、案内図があります。更に手前左側にはトイレがあります。
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入口を進みます。入場料は2010年4月現在、500円です。博物館との共通券もありますが、今回は行きません。
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パンフレットをくれます。
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中を開くと、こんな感じで、ちょっとした説明が書かれています(裏面は博物館の説明です)。
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右手には、寄付をした人の名前が並んでいます。
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正面に立派な門がそびえています。これは「楼門」です。元和3年(1617年)に建てられたものです。
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門の正面には「東照大権現」という扁額があります。これは、後水尾天皇の直筆です。このため、この門を「勅額御門」とも呼ぶそうです。
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色彩が鮮やかです。
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入口の左右には格子に囲まれた空間があって、中をのぞいてみると、左側にはこのような人が、
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右側にはこのような人がいます。
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門をくぐります。
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門を振り返ると、このようになっています。
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左側にはこのような、
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右側にもこのような狛犬がいます。こんな風に神社の内側を向いている狛犬は珍しいそうです。理由も分からないのだそうです。
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左側の狛犬の下にはこのようなものがあって、左側がおみくじで、
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右側には、家康の手形があります。「38歳、身長155cm、体重60kg」と書かれています。わたしの手より小さいです。後で気づいたのですが、よく読むと、手形色紙を授与所で売っているようです。
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門を出たところの右手には、このような場所があります。「久能稲荷神社」と「厳島神社」が合わさっているようです。
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逆に通路の左側には、「神厩」があります。
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中に馬がいます。左甚五郎が作ったと伝えられています。馬の目玉は、当時貴重だったガラスが使われているそうです。この神馬は、縁結び・子授け・安産・無病息災のご利益があるそうです。
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神厩の右側には、このような場所があります(右側に正面の石段が写っています)。これは手水鉢で、これも重要文化財です。元和3年に黒田信濃守直綱が奉納したものだそうです。手を洗い口をすすいで参拝しましょう、と書かれています。
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正面には石段があって、鳥居があります。
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中央の石段をのぼります。鳥居の手前左手と、
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手前右手には、このような水の容器があって、葵の紋章がついています。鳥居をくぐると、
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左側にはこのように、
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右側にはこのように灯篭がならんでいます。
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このような注意看板があります。
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右側の灯篭の後ろには、このような建物がそびえています。これは鼓楼という建物です。昔は鐘楼で、鐘がありましたが、神仏分離令で鐘が取り払われ、代わりに太鼓が置かれて鼓楼になったそうです。太鼓は明治6年に旧幕臣の小島勝直という人が奉納したものだそうです。でも、高い所にあって中が見れないようです。
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逆に中央通路の左側には、このような場所があります。3代将軍の徳川家光が建てた五重の塔がここにありましたが、明治6年の神仏分離令で撤去されてしまったのだそうです。後ろにはソテツがあって、駿府城の本丸から移植したものだそうです。
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正面にはまた石段があって、上に拝殿の入口である唐門が見えます。綺麗な門ですが、拡大するのを忘れました。
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石段を上っていきたいところですが、柵がしてあって、右に曲がらなければいけません。
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右手にこのような建物があります。
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中に畳が敷かれていて、「神楽殿」という建物の名前が書かれています。武家が奉納した絵馬を掲げたところだそうです。
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土足厳禁と書かれていますので、中に入ってもよさそうです。
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神楽殿の左側にも石段の上に建物がそびえています。これは「神庫」という建物です。
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順路を進みます。春でも赤い紅葉があって、綺麗です。正面の石段を上ったところに日枝神社という建物があります。この写真で位置を整理すると、左手に拝殿、後ろに神楽殿、右手に神庫があります。人が立っているところまで上って右を向くと、
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このようなところがあって、台所の神様(火の神様)だそうです。
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一つ前の写真の正面の石段を上まで上ると、日枝神社があります。昔はここに薬師如来があったそうですが、明治3年の神仏分離令により撤去されてしまい、神社という名前になったそうです。建物自体は元和3年(1617年)に建てられたものです。
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日枝神社の手前を左に進むと、いよいよ拝殿の入口です。
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入ってすぐ右側に、家康が植えたみかんの木の子供があります。
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建物は2つに分かれています。入って右手にあるのが本殿です。手前に拝殿があります。2つの建物は、石の間でつながっています。写真に写っているのが本殿で、左側に石の間と拝殿の屋根が少し見えています。
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左側から拝殿の正面に回ります。
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拝殿の正面です。「二礼二拍手一礼にてお参り下さい」と書かれています。傍らには漆塗りの説明が見本とともに置かれています。
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拝殿付近の上を眺めてみます。黒い漆をベースに、金箔と様々な色の模様で飾られ、とても綺麗です。拝殿と本殿、中庭を囲む壁が全てこんな感じで、写真ではこの豪華さを伝えきれません。
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中庭の中で、拝殿の先を右に曲がって進みます。ここで振り向くと、ソテツの木があります。この写真で位置を整理すると、左手前に拝殿、後ろ側がこれから進む神廟、正面が表参道や楼門の方向です。正面からぐるっと一周して、左手の入口からこの庭にやってきたわけです。右手にはお札などを売る建物があって、巫女さんのような人たちがいました。ソテツは樹齢650年、幹の太さ2mだそうです。このソテツの木には「山下より1159段」と書かれています。どうでもいいことですが「いちいちご苦労さん」と覚えます。
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振り返って先に進みます。この門をまずくぐります。
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右手に、本殿の建物が見えます。
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正面にもう1つ門があります。「廟門」という門です。これをくぐると石段があって、石段を上ると、
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参道があって、左側と
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右側に灯篭が並んでいます。
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正面に石段があって、これを上ると鳥居があって、先を道なりに右に曲がると、
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終点の「神廟」があります。ここで神様というのは、徳川家康のことです。元和2年(1616年)4月17日に亡くなり、遺言によってここに埋葬されました。
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廟の建物は西を向いています。西の地方に睨みをきかせるためだと言われています。小高いところにあります。柵があって、正面の石段をのぼることはできません。
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背伸びして、かろうじて中を撮影します。花がいけてあって、廟の正面扉には南京錠がかかっています。
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別の角度からも写します。廟は高さ5.5m、周囲8mの石造りだそうです。
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神廟のある広場の右奥には、家康の愛馬の墓があります。ここにも賽銭箱があります。
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廟の手前右には、金の成る木の説明があります。この説明によると、これがそうです。
さて、これで久能山東照宮を一通り見ました。後は同じ道を戻ります。
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