2010/03/12 - 2010/03/12
420位(同エリア1198件中)
スキピオさん
マントンからバスに乗ってニースに到着しました。宿で荷を解く間も惜しんで、町の背中部分にあたる丘に向かって出発しました。目指すはシャガール美術館です。
町の中心から上り坂を歩くこと約20分、豪奢な別荘地帯に入り込みます。そのとば口あたりに、平屋建ての白い建物が緑地の中に広がっていました。シャガール美術館です。
館内には、外の喧噪をよそに、静謐な空気がみなぎっていました。そこでは、信仰心の厚い画家の告白とも言える聖書の物語が横溢する色彩で自由自在に描かれ、晩年になっても衰えることのない恋愛の情が「雅歌」の形を借りて熱く表現されています。
さすがにシャガール自身が設計にかかわったというだけあって、美術館の規模のほどよさ、光の案配が申し分ありません。そしてなによりも階段での上り下りのないワンフロワーのありがたさが身にしみます。
写真はシャガール美術館内[右は『ヤコブの夢』左は『天使と闘うヤコブ』]
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【シャガール美術館入り口】
道路から美術館の切符売り場への道。 -
【美術館の庭】
切符売り場から、展示場入り口まで歩きます。 -
【美術館展示場の入り口】
中に入ると、カウンターでオーディオガイド(日本語あり)を貸してくれました。 -
【館内】
ご覧の通り、広々として静かな館内は絵画鑑賞に最適、ゆったりとした贅沢な時間を過ごすことができます。
まずは旧約聖書の創世記と出エジプト記で表された物語の世界を、次にソロモンの雅歌で歌われた官能の世界を探訪します。 -
【アブラハムと三人の天使】
3人の天使が訪ねて来た時、アブラハムは、パン菓子と子牛の料理、凝乳(ぎょうにゅう)、乳を出して歓待しました。
彼らはアブラハムに「あなたの妻に男の子が生まれる」と告げます。
アブラハムは百歳、妻のサラは90歳、それでも神の予言通り、子供が生まれます。その子は「イサク」と名付けられました。 -
【天使のひとり】
食事も終わり、天使たちを見送るアブラハムに主は「ソドムとゴモラの罪深さ」について語ります。
そこでアブラハムは「50人の正しい者がいても一緒に滅ぼすのか」と言います。
すると主は「50人いれば町全部を許そう」と答えます。
そこでアブラハムは「45人では?」「40人では?」「30人では?」というふうに「10人」まで値切ります。
すると「その10人のために私は滅ぼさない」と主は言って去りました。
結局ソドムには、ロトとその妻、および二人の娘しか正しい者はいませんでした。そのためにソドムは滅ぼされてしまいます。ただしこの正しい四人だけは滅ぼされる前に町から逃がしてもらうのですが、ロトの妻は途中振り返ったために塩の柱になってしまいます。 -
【イサクの犠牲】
神はアブラハムを試して言いました。
「あなたの愛する独り子イサクを献げ物としてささげなさい」
アブラハムは息子のイサクに薪を背負わせ、自分は火と刃物を手に持ち、山に登ります。 -
【イサクの犠牲(部分)】
この部分は、子供をかわいがる母親の姿でしょうか。
イサクは言った。「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする子羊はどこにいるのですか」
アブラハムは答えた。「きっと神が備えてくださる」
聖書のこの箇所に、父であるアブラハムの心の葛藤については触れられていません。淡々と叙述されているだけです。 -
【イサクの犠牲(部分)】
神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。 -
【イサクの犠牲(部分)】
そのとき、天から主の御使いが、「アブラハム」と呼びかけた。
「その子に手を下すな。・・・あなたは、自分の独り子である息子ですら、私にささげることを惜しまなかった」
このアブラハムの表情は、この声を聞いた瞬間だったのでしょうか。それとも直前の表情だったのでしょうか。
このイサクの犠牲は、読む者をハラハラさせるもっともドラマチックな箇所です。画家はこのアブラハムの表情ですべてを描いているような気がします。 -
【イサクの犠牲(部分)】
刃物をかざすアブラハムに制止を呼びかける御使いの表情は、限りなく優しく、慈愛に満ちています。 -
【燃える柴】
モーセがまだ一族のリーダーになる以前、神は燃える柴となって、初めてモーセの前に出現し、使命を与えます。彼にイスラエルの民の首長となり、エジプトから民をカナーンの地に導くように命じます。
右の白衣のモーセは神の命ずるままに、裸足となり、跪き、拝聴しています。
左のモーセにはもうためらいはありません。イスラエルの民を率いています。青い部分にイスラエルの民、赤い部分はそれを追いかけるエジプト軍です。
それを隔てる白は怒濤の海を表しています。 -
【燃える柴(部分)】
モーセは英知を示す角をはやし、マントの中のイスラエルの民を毅然として導いています。
ここには、燃える柴の前で見せた躊躇や臆病はありません。 -
【燃える柴(部分)】
モーセの衣の下の部分では、イスラエルの民を追いかけるエジプト軍が描かれています。彼らは今まさに波に呑み込まれんとしているのでしょう。 -
【石版を受け取るモーセ】
《主はシナイ山でモーセと語り終えられたとき、二枚の掟の板、すなわち、神の指で記された石の板をモーセにお授けになった。》(聖書より) -
【石版を受け取るモーセ(部分)】
神に命ぜられて作った燭台を持つモーセ。
聖書に次のようにあります。
《純金で燭台を作りなさい。燭台は打ち出し作りとし、台座と支柱、萼と節と花弁は一体でなければならない・・・》
このあと延々と細かい指示があります。 -
【石版を受け取るモーセ(部分)】
モーセがなかなか山から戻らないので、民はアロンに迫り、黄金の牛を作ります。
聖書によると・・・
《宿営に近づくと、彼は若い雄牛の像と踊りを見た。モーセは激しく怒って、手に持っていた板を投げつけ、山のふもとで砕いた。・・・(略)・・・
レビの子らが全員彼のもとに集まると、彼らに、「イスラエルの神、主がこう言われる。『おのおの、剣を帯び宿営を入り口から入り口まで行き巡って、おのおの自分の兄弟、友、隣人を殺せ』」と命じた。・・・(略)・・・その日、民のうちで倒れた者はおよそ三千人であった。》 -
【岩を打つモーセ】
聖書には次のようにあります。
《主はモーセに言われた。「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」》 -
【岩を打つモーセ(部分)】
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【ノアの箱舟】
画家は、箱舟のテーマをよくある船の外観、もしくは漂流ではなく、船の中の様子にしたのでしょうか。右の群衆は滅びゆく人たちでしょう。
聖書に次のようにあります。
《見よ、わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊を持つ、すべて肉なるものを天の下から滅ぼす。地上のすべてのものものは息絶える。
わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱船に入りなさい。また、すべて命あるもの、すべて肉なるものものから、二つずつ箱船に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。それらは雄と雌でなければならない。・・・》 -
【ノアの箱舟(部分)】
下に沈む男は、大洪水で溺れていくところでしょうか。魚がいますが、思えば、魚は「命の霊」を持っていないのでしょう。洪水によって滅びることはあり得ないからです。 -
【ノアの箱舟(部分)】
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【楽園追放】
天使ケルビムに追い出されるアダムとエバ。 -
【楽園追放(部分)】
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【楽園追放(部分)】
悲しく辛い筈の楽園追放ですが、Masaccio(マザッチョ)のアダムとイヴのような悲惨さは見られません。 -
【楽園】
聖書に次のように書かれています。
《主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形づくった人をそこに置かれた。主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらすあらゆる木を生えいでさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた》
《主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった・・・》 -
【楽園(部分)】
美しくも蠱惑的なまなざしのエヴァ。
聖書を見てみましょう。
《主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。・・・(略)・・・
こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる》
聖書には、「ん?」と思う箇所がしばしば現れますが、この部分もそうです。「父母」という表現が突然現れますが、一体誰でしょう。考えられるのは、アダムを造った「主なる神」ということになりますが・・・ -
【楽園(部分)】
《主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった》
土から造られたアダムは、土色の肌をしているのは当然でしょう。もしももっと黒い土を使っていると考えれば黒人になっている筈です。エヴァは、白いあばら骨から造られたのですから、白人ということになります。 -
【楽園(部分)】
知恵の実を食べようとしているアダム。 -
【ノアと虹】
箱船に乗って、助かったノアや動物たちと、神は子孫繁栄の契約を結びます。そして最後に次のように言います。
《あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。・・・》(聖書より) -
【ノアと虹(部分)】
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【ノアと虹(部分)】
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【ヤコブの夢】
イサクの子ヤコブは、兄のエサウの弱みに付け込み長子権を、目しいの父をだまして父の祝福を奪い取りました。兄の恨みを恐れて、叔父の家に逃亡する道中、ヤコブは夢を見ます。 -
【ヤコブの夢(左半分)】
《先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、
しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた》
こうしてヤコブは、神から子孫繁栄の約束を受け取るのです。 -
【ヤコブの夢(右半分)】
右の十字架はユダヤの民の苦難を予言しているのでしょうか。主テーマとは別によく描き入れられています。兄と父をだましたヤコブを先祖に持つユダヤ人の思いの現れかもしれません。 -
【天使と闘うヤコブ】
聖書には次のように書かれています。
《そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。ところが、その人はヤコブに勝てないとみて、ヤコブの腿の関節を打ったので、格闘しているうちに腿の関節がはずれた。「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」その人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまで離しません」・・・その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ」・・・こういうわけで、イスラエルの人々は今でも腿の関節の上にある腰の筋を食べない。かの人がヤコブの腿の関節、つまり腰の筋のところを打ったからである》創世記32 -
【天使と闘うヤコブ(部分)】
シャガールは画面の右側に、最愛の息子ヨセフの物語を書き込むことを忘れませんでした。右上は、兄たちに裸にされ、穴に投げ入れられるヨセフの姿と思われます。実際は、そのあとエジプトの商人に銀二十枚で売られてしまったのです。 -
【天使と闘うヤコブ(部分)】
右下には、兄たちの悪巧みで、ヨセフは野獣に食われたことにされ、山羊の血を塗られた衣を渡され、嘆き悲しむヤコブが描かれています。
ヨセフがエジプトでどのようにして出世し、親兄弟と再会するかは別の物語となります。 -
【「シンボルに囲まれたキリスト」】
メッス大聖堂の周歩廊のために作られたバラ窓(1960年)。
この作品は、旧約聖書の物語が描かれた展示室と雅歌の部屋とのしきりにもなっていました。 -
【「シンボルに囲まれたキリスト」(部分)】
真ん中のキリストのお顔は、静かな慈愛に満ち満ちていました。 -
【十字架上のキリスト】
両展示室のしきり、バラ窓の隣にありました。1952-54年の作品です。
簡素化された彫像ですが、部分的なリアリスムに凄さが感じられます。 -
【十字架上のキリスト(部分)】
イエス・キリストの右脇腹の傷は、あまりの生々しさに、思わず引きつけられてしまいます。 -
【雅歌I】1960年
いよいよ「雅歌の部屋」に来ました。この部屋の入り口に次のような献辞がありました。
「僕の楽しみ、僕の喜び、僕の妻ヴァヴァに」
[注] 彼は、1952年にヴァレンティナ・ブロドスキー(Valentina Brodsky 1905-1993)と再婚します。画家、65歳のときでした。
この部屋で、愛と情熱の雅歌を、シャガールは絵筆で新しい妻ヴァヴァに歌っているのでしょう。多彩色の官能世界が広がっています。 -
【雅歌I(部分)】
雅歌Iの13より
《恋しい方はミルラの匂い袋
わたしの乳房のあいだで夜を過ごします。》 -
【雅歌I(部分)】
花嫁を抱く男は喜びで顔が青くなっています。
雅歌IIの6より(雅歌VIIIの3でも繰り返されます)
《あの人が左の腕をわたしの頭の下に伸べ
右の腕でわたしを抱いてくださればよいのに。》 -
【雅歌II】1957年
雅歌IIの2より
《 若者の歌
おとめたちの中にいるわたしの恋人は
茨の中に咲きいでたゆりの花。》 -
【雅歌III】1960年
雅歌IIIの1,2より
《夜ごと、ふしどに恋い慕う人を求めても
求めても、見つかりません。
起き出して町をめぐり
通りや広場をめぐって
恋い慕う人を求めよう。》
中央に描かれた町は、上が画家の住んでいたヴァンス、下が画家の生まれ故郷、帝政ロシア領ヴィテブスク(現ベラルーシのヴィツェプスク)と言われています。 -
【雅歌III(部分)】
感動した男が燭台をささげています。 -
【雅歌III(部分)】
愛し合う男と女はそれぞれ頬を青と緑に染めて、ひとつに解け合います。 -
【雅歌III(部分)】
雅歌VIの8,9より
《王妃が六十人、側女が八十人
若い娘の数は知れないが
わたしの鳩、清らかなおとめはひとり。》
「鳩」は雅歌に何度も登場します。 -
【雅歌IV】1956年
雅歌IVの9~10より
《わたしの妹、花嫁よ
あなたはわたしの心をときめかす。
あなたのひと目も、首飾りのひとつの玉も
それだけで、わたしのこころをときめかす。
わたしの妹、花嫁よ、あなたの愛は美しく
ぶどう酒よりもあなたの愛は快い。
あなたの香油はどんな香り草よりもかぐわしい。》 -
【雅歌IV(部分)】
雅歌IVの11より
《花嫁よ、あなたの唇は蜜を滴らせ
舌には蜂蜜と乳がひそむ。
あなたの衣はレバノンの香り。》 -
【雅歌V】1965-66年
雅歌Vの1より
《わたしの妹、花嫁よ、わたしの園にわたしは来た。
香り草やミルラを摘み
密の滴るわたしの蜂の巣を吸い
わたしのぶどう酒と乳を飲もう。》 -
【雅歌V(部分)】
雅歌VIIIの5より
《りんごの木の下でわたしはあなたを呼びさましましょう。
あなたの母もここであなたをみごもりました。
あなたを産んだ方もここであなたをみごもりました。》
雅歌VIIIの6より
《愛は死のように強く
熱情は陰府(よみ)のように酷い
火花を散らして燃える炎。》
感動で顔が青くなるのは、ユダヤの古くからの言い回しということです。
五枚の雅歌の展示された、この官能世界から、いよいよ最後の展示室、シャガールの一般の絵画部門の部屋に移ります。しかし、長くなりますので、ここでとりあえずシャガール美術館(1)を終わりにします。
[注] 聖書の固有名詞および引用文は、すべて新共同訳によります。
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