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今回の旅は長野県長野市にある大変有名なお寺、善光寺へ行きました。<br />「牛に引かれて善光寺参り」,「一生に一度は参れ善光寺」<br />誰でもお参りできる無宗派の寺、善光寺。宗派にこだわらない開放的な性格が善光寺の人気を支えています。<br />善光寺は、長野県長野市大字長野に位置する天台宗大勧進と浄土宗大本願からなる両派の仏教寺院。<br />特徴として、日本において仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院であることから、宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられている。また女人禁制があった旧来の仏教の中では稀な女性の救済女人救済)があげられる。<br /><br />善光寺の公式ホームページ <br />http://www.zenkoji.jp/index2.html<br /><br />善光寺の参拝者は増加し、今日では年間約600万人もの方々がこの地を訪れます。平成十年(1998年)2月に行われた長野冬季オリンピックの開会式では、善光寺梵鐘が世界平和の願いを込めて全世界に向けて響き渡りました。<br />

信州は長野市ある善光寺参り ( ^ー゜)

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2010/04/04 - 2010/04/04

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Medina

Medinaさん

今回の旅は長野県長野市にある大変有名なお寺、善光寺へ行きました。
「牛に引かれて善光寺参り」,「一生に一度は参れ善光寺」
誰でもお参りできる無宗派の寺、善光寺。宗派にこだわらない開放的な性格が善光寺の人気を支えています。
善光寺は、長野県長野市大字長野に位置する天台宗大勧進と浄土宗大本願からなる両派の仏教寺院。
特徴として、日本において仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院であることから、宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられている。また女人禁制があった旧来の仏教の中では稀な女性の救済女人救済)があげられる。

善光寺の公式ホームページ
http://www.zenkoji.jp/index2.html

善光寺の参拝者は増加し、今日では年間約600万人もの方々がこの地を訪れます。平成十年(1998年)2月に行われた長野冬季オリンピックの開会式では、善光寺梵鐘が世界平和の願いを込めて全世界に向けて響き渡りました。

同行者
家族旅行
交通手段
自家用車 徒歩
  • 信州善光寺 仲見世通り<br />奥に見えるのが仁王門

    信州善光寺 仲見世通り
    奥に見えるのが仁王門

  • 信州善光寺 仲見世通り(石畳)

    信州善光寺 仲見世通り(石畳)

  • 仁王門<br />仁王門は宝暦二年(1752年)に建立されましたが、善光寺大地震などにより二度焼失し、現在のものは大正七年(1918年)に再建されました。この門には善光寺の山号である「定額山」の額が掲げられています。<br /> 仁王像並びに仁王像背後の三宝荒神・三面大黒天は共に高村光雲・米原雲海の作であり、その原型は善光寺史料館に展示されています

    仁王門
    仁王門は宝暦二年(1752年)に建立されましたが、善光寺大地震などにより二度焼失し、現在のものは大正七年(1918年)に再建されました。この門には善光寺の山号である「定額山」の額が掲げられています。
     仁王像並びに仁王像背後の三宝荒神・三面大黒天は共に高村光雲・米原雲海の作であり、その原型は善光寺史料館に展示されています

  • 仁王門

    仁王門

  • 信州善光寺 仲見世通り(石畳) <br />奥に見える門が本殿入り口門

    信州善光寺 仲見世通り(石畳)
    奥に見える門が本殿入り口門

  • 善光寺入り口

    善光寺入り口

  • 石畳<br />境内地入り口から三門下までの400メートルに敷かれている石畳は、正徳四年(1714年)に江戸中橋の大竹屋平兵衛より寄進されたものです。古来より7777枚あるといわれています。平兵衛は寄進後出家し「道専」と名乗り、そのお墓は善光寺山内の向仏坊の墓地に現存しています。本堂から三門にかけての石畳は、正徳三年(1713年)、腰村西光寺欣誉単求により寄進されたものであります。

    石畳
    境内地入り口から三門下までの400メートルに敷かれている石畳は、正徳四年(1714年)に江戸中橋の大竹屋平兵衛より寄進されたものです。古来より7777枚あるといわれています。平兵衛は寄進後出家し「道専」と名乗り、そのお墓は善光寺山内の向仏坊の墓地に現存しています。本堂から三門にかけての石畳は、正徳三年(1713年)、腰村西光寺欣誉単求により寄進されたものであります。

  • 六地蔵と濡れ仏<br />仲見世通りを過ぎて駒返り橋を渡り、山門に向かう途中の右側に六地蔵があります。また、六地蔵と並んで濡れ仏があります。

    六地蔵と濡れ仏
    仲見世通りを過ぎて駒返り橋を渡り、山門に向かう途中の右側に六地蔵があります。また、六地蔵と並んで濡れ仏があります。

  • 六地蔵は宝暦9年(1759)に造立しましたが、昭和17年の大戦で供出しており、現在のものは昭和29年に再興されたものです。(供出とは、戦時中に金属回収されたことを言います) 六地蔵の「六」は仏教の六道を表わしています。六道とは、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天のことです。これは、我々が迷いの世界を輪廻する道程を六の世界に分けたものです。<br />六つの地蔵菩薩は、この六の世界に赴き、迷える人を救おうという誓願を起こされているのです。つまり、人間の苦しみを救ってくださると言うと尊い存在なのです。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> 

    六地蔵は宝暦9年(1759)に造立しましたが、昭和17年の大戦で供出しており、現在のものは昭和29年に再興されたものです。(供出とは、戦時中に金属回収されたことを言います) 六地蔵の「六」は仏教の六道を表わしています。六道とは、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天のことです。これは、我々が迷いの世界を輪廻する道程を六の世界に分けたものです。
    六つの地蔵菩薩は、この六の世界に赴き、迷える人を救おうという誓願を起こされているのです。つまり、人間の苦しみを救ってくださると言うと尊い存在なのです。











     

  • 濡れ仏<br />六地蔵の左隣には濡れ仏と呼ばれる大仏(延命地蔵)があります。濡れ仏は享保7年(1922)に造立されたもので、像高は2.68メートルあります。銅像坐像で、右手に錫杖(しゃくじょう)を持ち、左手に宝珠(ほうじゅ)を持っています。<br />

    濡れ仏
    六地蔵の左隣には濡れ仏と呼ばれる大仏(延命地蔵)があります。濡れ仏は享保7年(1922)に造立されたもので、像高は2.68メートルあります。銅像坐像で、右手に錫杖(しゃくじょう)を持ち、左手に宝珠(ほうじゅ)を持っています。

  • 山門(三門)重要文化財<br />寛延三年(1750年)に建立された二層入母屋造りの門です。屋根は大正年間の葺き替え時に檜皮葺きとなりましたが、平成十四年から十九年にかけて行われた平成大修理において、建立当時と同じサワラの板を用いた栩葺き(とちぶき)に復原されました。<br /> 楼上には輪王寺宮筆の「善光寺」と書かれた額が掲げられています。これは通称「鳩字の額」と呼ばれており、3文字の中に鳩が5羽隠されています。更に「善」の一字が牛の顔に見えると言われ、「牛に引かれて善光寺参り」の信仰を如実に物語っています。

    山門(三門)重要文化財
    寛延三年(1750年)に建立された二層入母屋造りの門です。屋根は大正年間の葺き替え時に檜皮葺きとなりましたが、平成十四年から十九年にかけて行われた平成大修理において、建立当時と同じサワラの板を用いた栩葺き(とちぶき)に復原されました。
     楼上には輪王寺宮筆の「善光寺」と書かれた額が掲げられています。これは通称「鳩字の額」と呼ばれており、3文字の中に鳩が5羽隠されています。更に「善」の一字が牛の顔に見えると言われ、「牛に引かれて善光寺参り」の信仰を如実に物語っています。

  • 山門(三門)<br />

    山門(三門)

  • 山門(三門)から見た仁王門と仲見世通り

    山門(三門)から見た仁王門と仲見世通り

  • 山門(三門)

    山門(三門)

  • 善光寺の桜まだ3分咲きくらいでした。

    善光寺の桜まだ3分咲きくらいでした。

  • 善光寺本堂の説明

    善光寺本堂の説明

  • 授与品所・勧募窓口<br />

    授与品所・勧募窓口

  • 本堂は創建以来十数回もの火災に遭いましたが、そのたびに善光寺を慕う全国の信徒によって復興されてきました

    本堂は創建以来十数回もの火災に遭いましたが、そのたびに善光寺を慕う全国の信徒によって復興されてきました

  • 現在の本堂は宝永四年(1707年)の再建で、江戸時代中期を代表する仏教建築として国宝に指定されています。間口約24メートル、奥行き約54メートル、高さ約26メートルという国内有数の木造建築で、T字型の棟の形が鐘を叩く撞木(しゅもく)に似ていることから「撞木造り」と呼ばれています。屋根は総檜皮(ひわだ)葺きです。

    現在の本堂は宝永四年(1707年)の再建で、江戸時代中期を代表する仏教建築として国宝に指定されています。間口約24メートル、奥行き約54メートル、高さ約26メートルという国内有数の木造建築で、T字型の棟の形が鐘を叩く撞木(しゅもく)に似ていることから「撞木造り」と呼ばれています。屋根は総檜皮(ひわだ)葺きです。

  • 日本忠霊殿・善光寺史料館<br /><br /> 

    日本忠霊殿・善光寺史料館

     

  • 善光寺のわき道。

    善光寺のわき道。

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この旅行記へのコメント (3)

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  • captainfutureさん 2010/04/12 00:12:01
    こんにちは!
    こんにちは。
    僕も10年位前に一度一人で行ったことがあり、懐かしく拝見しました。
    周囲の山々の光景も素晴らしく、空気も清々しかったことを覚えています。歴史を感じさせる門前町で、また行きたくなる街ですよね!

    Medina

    Medinaさん からの返信 2010/04/13 21:36:39
    RE: こんにちは!
    captainfuture様

    こんばんは。ご無沙汰しております。

    > 僕も10年位前に一度一人で行ったことがあり、懐かしく拝見しました。
    > 周囲の山々の光景も素晴らしく、空気も清々しかったことを覚えています。歴史を感じさせる門前町で、また行きたくなる街ですよね!

    今回初めて善光寺に行きましたが、実は1時間くらいしかいられませんでした。
    理由は、秩父の三峰神社を昼に出てそこから、峠越えをして甲府から中央道経由上信越道路の長野ICまで約5時間掛かりました。カーナビでは5時間30以上と出ましたが、高速を巡航140キロで走りなんとか16:00時頃に着きました。
    東京から長野市は遠いですね!帰りは長野ICから佐久、藤岡経由の関越道で戻りましたが、気安く善光寺行けるかな?大間違いでした。

     captainfutureさんと同じ気持ちで、空気も清々しく歴史を感じさせる門前町で、また行きたくなる街ですね!

    今度はゆとりのある時間を作って行きたいと思います。

    これからも宜しくお願い致します。

    Medina

    captainfuture

    captainfutureさん からの返信 2010/04/14 14:42:07
    RE: RE: こんにちは!
    Medinaさん、
    こちらこそ、ご無沙汰しております。

    結構大変な思いをされて行かれたのですね^_^;。お疲れ様でした〜。
    でも車だと、行動範囲が広がっていいですよね。
    自分は別の所用を兼ねて、新幹線で駅まで行き、そこからテクテク歩いて善行寺に行ったのでお気楽でした。

    こちらこそ、これからも宜しくお願い致します。

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