2010/02 - 2010/02
84位(同エリア138件中)
彷徨人MUさん
- 彷徨人MUさんTOP
- 旅行記75冊
- クチコミ1件
- Q&A回答1件
- 314,320アクセス
- フォロワー6人
1). 旅の始めに
「初三」(旧暦1月3日)の上海便は、大きな荷物を持ち込む人が多く見られた。乳飲み子を抱えた夫婦者、どうやら日中のペアのようだ。春節の帰省の折、日本で生まれた子供を見せようとの、思いがあるのだろうか。
この旅では、90年余前に生まれた、日中混血児の想いを辿らねばとの、何時もの僕の思い付きの旅ではあるが、その僕を応援するかのような雰囲気が、機内には、漂っていた。
2).「寧波」へ
「上海南駅」近くの長途バスターミナルから、浙江省の「寧波」に向かった。夕食は、ホテル裏手の「天一閣」にある、海鮮料理の老舗『新石浦大酒店』へ出掛けた。生簀の前で、生きの良い魚介類を見ながら、係員に、その料理方法をも相談し、注文して、席へ戻ると、他の客が座っており、係員を間に、改めて席の調整を図ることになった。
梅ヶ香の 気儘競り合う 月湖かな
食後、店から外へ出ると、正面の「月湖公園」は、ライトアップされており、その明かりに満開の紅梅が映し出されていた。梅の香に誘われ、「月湖」の周りを散策しながら、心地良い酔いに、僕は、とても満足していた。
3).『雪竇山景区』へ
次の日、「渓口鎮」の武嶺東路にある「渓口大酒店」に、チェックイン後、タクシーで、『雪竇山景区』へ向かった。入り口で、『雪竇山景区』、『蒋氏故居景区』と『蒋母陵園景区』のチケットを、200元で購入した。
景区内を走る電気バスで、『雪竇山景区』にある「雪竇寺」へ向かい、そこから歩いて、「妙高台」へ登り、「千丈岩」を通り、春霞たつダム湖「亭下湖」へ、向かった。
途中、「雪竇寺」の裏手に、中国旅行社の招待所があったが、1936年2月の西安事件以後、「張学良」が、幽閉生活を送っていた招待所であった。「雪竇寺」境内にある寺院の前庭に、幽閉時代に「張学良」が植えた楠が、「将軍楠」として大きく成長していた。その向かい側の山の中腹には、露天の弥勒菩薩の大仏が、鮮やかに光り輝いていた。
、
4).『蒋氏故居景区』へ
ホテル前の「武嶺東路」を南西方へ向かうと、「武嶺門」に出たが、そこからが、『蒋氏故居景区』である。道端で、ソフトボール大の里芋を山積みに並べ販売していた。この「奉化芋〇頭」(〇は草冠に乃、里芋の一種)と言う芋は、蒸して、粗目砂糖や海老味噌をつけて、食べるようだ。
「武嶺門」近くに、「蒋介石」と「宋美齢」の宿舎の「文昌閣」があり、その隣は、長男「蒋経国」が、ロシヤ人の夫人と子供達と住んでいた、「小洋房」であった。「蒋介石旧居」の「豊鎬房」には、第一夫人の「毛福梅」が住んでいたが、日本軍の空爆を、逃れようとした「毛福梅」は、崩れた壁の下敷きとなり、亡くなっている。そこには、息子「蒋経国」が、母の恨みを晴らす決意を書いた文字が、彫られた石碑があった。
「武嶺中路」を、南西方へ歩いていたら、蒋介石の実家「玉泰塩舗」の前に出た。1887年10月、「蒋介石」は、ここで生まれている。1階は、塩と米を商う店舗、2階は、居住空間であった。
5).『蒋母陵園景区』へ
「蒋母陵」への道順を尋ね、商店街を通り、歩いて向かった。「武嶺中路」から、「武嶺西路」に入り、山道を20分ほど登って行くと、鳥居のような石造門に『蒋母墓道』の文字が彫ってあった。頂上へ向かう石段を、更に20分ほど登って行くと、木々の間から、風水に従って設計された「蒋母陵」が見えて来た。この石碑を囲んで、大勢の人が、ガイドの説明を聞いていたが、どうやら台湾からの、観光客の様であった。
6).旅の終わりに
蒋介石の長男「蒋緯国」は、自分の出自に、いつ頃疑問を持ち始めたのだろうか。父「蒋介石」が、「宋美齢」との結婚のため、養母姚氏が離縁され、蘇州で二人で生活始めた「東呉中学」時代に、親子関係の不思議さを、既に感じ始めていたのではなかろうか。
1949年2月11日、「戴季陶」が広州で自殺した。「緯国」は、葬儀のため広州に出掛けている。実父が「戴季陶」であることは、分かってはいたが、母が日本人であることは、秘められていたのかもしれない。
1957年2月、「蒋緯国」と「邱愛倫」の結婚式が、東京で行われたが、婚礼の主催者は、実母「美智子」であったと、言われている。日中関係の極めて悪い時代に生きた、日中混血児の無念を、頻りと考えさせられる旅となった。国家安全会議秘書長「蒋緯国」、1997年9月23日死亡。享年81歳。(完)
* Coordinator: H. Gu
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- JAL
-
月湖公園、ライトアップされた紅梅
-
寧波市、「月湖公園」のライトアップ
-
寧波市、天一閣にある「新石浦大酒店」
-
寧波市、天一閣にある「新石浦大酒店」での海鮮料理を中心とした夕食
-
寧波市、天一閣にある「新石浦大酒店」での海鮮料理を中心とした夕食
油淋くらげ -
寧波市、天一閣にある「新石浦大酒店」での海鮮料理を中心とした夕食
老虎斑魚(清蒸) -
寧波市、天一閣にある「新石浦大酒店」での海鮮料理を中心とした夕食
蛤とお豆腐のスープ -
【雪竇山景区】の妙高台
-
【雪竇山景区】の妙高台
-
【雪竇山景区】の妙高台
-
【雪竇山景区】の妙高台
-
【雪竇山景区】の中心にある雪竇寺
-
【雪竇山景区】の中心にある雪竇寺。
張学良が植えた【将軍楠】 -
【雪竇山景区】の中心にある雪竇寺にある、露天の弥勒大仏
-
【雪竇山景区】の中心にある雪竇寺
-
張学良が幽禁生活を強いられた中国旅行社の招待所内の彼の寝室
-
「張学良」が幽禁生活を強いられた、中国旅行社の招待所の前にある「張学良」の銅像。
-
【雪竇山景区】の入り口
-
渓口鎮の武嶺東路にある「渓口大酒店」での夕食
油?併竹笋 -
渓口鎮の武嶺東路にある「渓口大酒店」での夕食
マテ貝の炒め物 -
渓口鎮の武嶺東路にある「渓口大酒店」での夕食
白蝦をそのまま塩茹でしたもの -
渓口鎮の武嶺東路にある「渓口大酒店」での夕食
茹でた蝦蛄 -
渓口鎮の武嶺東路にある「渓口大酒店」での夕食
蛤蜊蒸蛋 -
渓口鎮の武嶺東路にある「渓口大酒店」での夕食
炒めた春雨を上に載せた帆立貝 -
武嶺東路にある「渓口大酒店」での夕食
「奉化芋〇頭」(〇は草冠に乃で、芋〇頭とは里芋のこと)と呼ばれ、この街の名物。蝦の味噌のだし汁をつけて食べたが、少々生臭かった。 -
ソフトボール大の里芋を山積みに並べ、その脇で蒸して売っている、この芋は、「奉化芋〇頭」(○は草冠に乃で、芋○頭とは里芋のこと)
-
ソフトボール大の里芋を山積みに並べ、その脇で蒸して売っている、この芋は、「奉化芋〇頭I (〇は草冠に乃で、芋〇頭とは里芋のこと)
-
【蒋氏故居景区】内にある「蒋経国」の住いである【小洋房】内の書斎
-
【蒋氏故居景区】内にある「蒋経国」の住いである【小洋房】の地下にある、日本軍の爆撃で母毛福梅を殺され、その恨みを晴らす経国の決意を表した石碑。
-
【蒋氏故居景区】の遠景
-
渓口の名物の「溪口千層餅」を焼く釜
-
蒋経国の母が日本軍の爆撃で亡くなったところ:【豊鎬房】の台所付近
-
【豊鎬房】
-
蒋介石が生まれた【玉泰塩舗】
-
蒋介石が生まれた【玉泰塩舗】
-
蒋介石が生まれた【玉泰塩舗】
-
蒋介石が生まれた【玉泰塩舗】の外観
-
蒋介石が生まれた【玉泰塩舗】前の渓口の中心商店街
-
【蒋母陵園景区】
-
【蒋母陵園景区】
-
【蒋母陵園景区】
-
蘇州市にある「南園賓館」内の7号館は、嘗て「蒋緯国」と養母姚氏が住んでいた「蒋公館」。その記念プレート。
-
蘇州、旧“蒋公館”内に飾ってある若き日の「蒋緯国」と、初恋の「施利聴」を描いた油絵
-
蘇州市にある「南園賓館」、7号館麗夕閣、旧蒋公館の内部
-
蘇州市の「南園賓館」外観
-
「蘇州大学」内にある、旧「東呉大学」の建物
-
蘇州大学内にある、旧「東呉大学」
-
蘇州大学内にある旧「東呉大学」の体育館、蒋緯国がこの体育館を建てる時に、多額の寄付をしている。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
48