1995/11/14 - 1995/11/15
8位(同エリア18件中)
北風さん
1995年11月14日 イスラエルの港町エイラットより、エッグバスなる市内バスにて15分、国境の町 タバより、エジプト入国。
一緒に入国したドイツ人のピーターにノコノコついて行くと、そこは「モーゼの十戒」で有名なシナイ山だった。
子供の頃、「知らない人について行ってはいけない」と言われた事を改めて思い出した日。
-
1995年11月14日 イスラエルの港町エイラットより、エッグバスなる市内バスにて15分、国境の町 タバが見えてきた。
現在、和平条約を結んでいる、エジプトーイスラエルの国境は、ホンワカムード!
EGYPT入国管理官の質問は、「日本のズラは、どれぐらいすごいんだ?」、、、だけだった。
精力絶倫のアラブ人だけに、確かに禿げは多いのは確かだが・・・しかし、アデランスの説明だけで入国を許可されてもいいんだろうか? -
国境のバス停で、ドイツ人のピーターと意気投合!
「今夜は聖カトリーナに泊まるんだ、一緒に行こうぜ」
その時にはそれがどこにあるのか知らなかった。
が、しかし、「旅は道ずれ」と言うし・・・
それから4時間、バスの窓から見える景色は砂と岩山、砂と岩山、砂と岩山。
心まで乾ききった時、やっと聖カトリーナらしきバス停到着! -
「じゃ登ろう!」と、ピーター。
「えっ、ここに泊まるんだろ?」
「そうさ、山頂で泊まるんだ」
「もう3時だぞ」
「そうさ、だから急ごう」
「俺のバックパックは17Kgあるんだ」
「大丈夫、俺のは20Kgある。 休暇が短いから時間は大事に使わないと!」
・・・ピーター、俺は時間はたっぷりあるんで、身体を大事に使いたいのだが、、、、、、 -
登り始めて間もなく、赤茶けた岩山の谷間に聖カトリーナ寺院が見えてきた。
隠れ里の様にひっそりと城壁に囲まれてたたずんでいる。
俗世間から離れる修行僧には絶好の場所だが、俺の目には俗物ツーリスト目当てのレンタルらくだの方がまぶしく映る。 -
聖カトリーナ寺院
-
聖カトリーナからも、道はうねうね、ゴロゴロ。
既に、背中のバックパックの重さに背骨はギシギシ!
一体あとどれくらい続くんだ?
俺の約束された土地は何処にあるのだろう? -
道を覆い尽くすギザギザの岩石が、2年間苛め抜いたブーツに新たな傷をつける。
汗だくの顔をあげると、眼下に俺たちが歩いてきた道が陽炎に揺らめいていた。
ピーターは、くそ重そうな八ッセルブラッドで、パシャパシャ日本人張りにシャッターを切っている。
「ピーター、ドイツでは確か徴兵制度があるよな?」
「Ya、僕は2年間だった」
・・・やはり、半端な鍛え方じゃないらしい。
「ピーター、あとどれぐらいかなぁ?」
「2時間くらいじゃないかなぁ」
・・・俺の天国への水先案内人は、青い目をしているらしい。 -
いつしか砂が見当たらなくなってきた。
視界に入るのはゴツゴツと大きな岩の塊だけ。
チベットでヒマラヤ山脈の殺人バスに揺られ強制的に高知順応したから、これぐらいの標高で高山病になる身体でもないのだけど、背中にこれほどの重さを背負っての登山はキツイ!
非常にキツイ! -
死んだ気になって2時間、死んだと思って1時間、やっと、頂上が見えてきた。
眼下には360度の岩山が広がっている。
既に2000mは越えたんじゃないだろうか? -
夕日に照らし出されているのは、石作りの礼拝堂だろう。
つまり、着いたという事らしい。
危なかった、日が沈むまであと僅かの所で滑り込んだ。
腰はめちゃくちゃ痛いが、まだ生きている。神に感謝! -
夕日が沈むと、気温が一気に下がってきた。
おまけに頂上を吹き飛ばすかのような風が、わずかに残った体温さえ引っぺがしていく。
さすがのドイツ製ターミネ-ター、ピーターもTシャツにトレーナーを着込みだした。
(トレーナーで防寒している事自体、驚異的なのだが)
山小屋は見つかった!しかし満杯だった!
つまり外の岩山に寝るしかないわけだ。
寒い!寒い!寒い!
山小屋から借りた毛布一枚を敷き、寝袋に潜り込んで暖を取るが、震えが止まらない。
しかし、見上げる夜空は、びっしりと星を貼り付けてそんな事おかまいなしに輝いている。
「美しい!遠い昔、モーゼもここでこの星空を見上げたのだろうか?」などと、柄にも無くロマンテックな思いが頭をかすめた。
と、横で寝ているピーターがつぶやく、
「凍死する前の登山者は妙な幸福感を感じるそうだぜ」
午前3時、ようやく眠りについた脳みそに、かん高い発音の笑い声が響く。
なんと、イタリア人観光客の灯す懐中電灯の光の列が、こちらに向かってくる。
多分もう眠れないだろう。ラテンの団体が静かに朝を迎えるはずがない。
蜂の巣をつついた騒ぎの中、俺は最後の苦行に突入した。 -
シナイ山に朝が来る。
赤茶けた岩山を包む朝もやのベールが少しづつ消えていき、遠くの地平線から輝く光が差し込んできた。 -
まるで、コマ送りのように景色が映っていく。
寝不足と、筋肉痛と、寒さの代償で、手に入れたものとしては、悪くないかも。
いや、ありあまる程の瞬間だった! -
昨夜、野宿していた場所はどうやら景色を眺めるには、1当地だったらしい。
どうりで、起き上がると、観光客に囲まれていたわけだ。最初は、日本人が珍しくて集まったと思っていたのだが。
すっかり日が昇ると、気温はかんしゃく持ちのイタリア人のおばさんの血圧さながらに急上昇を見せ始める。
全てを焼き尽くす太陽が、まだ本調子ではないうちに、下山を始めなければ! -
午前9時、下山を始める。
山頂はもはや足の踏み場も無いくらいに観光客であふれて、なかには、どうみても70歳はこえているおばあちゃんも見かける。
確か、オーストラリアのエアーズロックに登った時も日本人のおじいちゃんがシャキシャキ登っていた。
つまり、昔の人は鍛え方が違うらしい。
そして、現代人でも、鍛え方が違う事を見せ付けてくれるピーターが笑いかける。
「今日はダハブという、ベドウィン村に行こうぜ!」
・・・ピーター、それは、これからこの岩山を下山してから、どれぐらいの距離があるんだ?
ヨーロピアンの中でも体力に定評があるゲルマン民族、はたして東洋の島国生まれの農耕民族がどこまでついていけるものだろう?
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
15