2009/12/27 - 2009/12/27
431位(同エリア447件中)
池彼方さん
台湾2日目は台北から新竹へ行ってきました。
新竹は以前にも訪れたことがあるのですが、日本時代の建造物を再利用したりしてミニ博物館がいくつもオープンしています。
まず訪れたのが眷村博物館。
http://www.hcccb.gov.tw/chinese/16museum/mus_b01.asp?station=104
眷村とは第二次大戦後、大陸を追われた国民党の軍隊とその関係者が住み着いた軍人村です。
たとえば眷村育ちの有名人としてテレサ・テンがいます。
外省人と呼ばれる彼らは、日本時代から台湾に住んでいる本省人とは言葉はもちろん生活習慣が大きく違い、また政府からの有形無形の恩恵を受けてきたことから、本省外省の間では数々の軋轢を生んだことも少なくなかったようです。
ちなみに外省人のうちでも軍の上層部や官僚、知識人などは高級外省人とされ、かつて日本人支配層の屋敷だったところに住んでいたようですが。
そんな眷村も時代の流れとともに再開発が行われています。
その一方で独自の文化を残していこうという動きもあるようです。
新竹は大きな軍事基地があった関係で外省人の比率が高く、このような施設が設けられたようです。
館内には昔の眷村の暮らしをしのばせる品物などが展示されていて興味深かったです。
その中にアルマイト製の火鍋が展示されていて、狗肉を鍋にして食べたと説明されていました。
20年ぐらい前に中国でよく見かけた庶民の暮らしとあまり違いはないように思いました。
眷村博物館に行くと、近辺の博物館施設の案内が置いてありました。
眷村博物館ほど近いところに黒蝙蝠中隊文物陳列館という施設があることを知りました。
名称から軍隊関係の記念館であることは推し量れるのですが、黒蝙蝠中隊がいったいなんであるのかよくわかりません。
建物は大きな道路に面した小さな建物です。
昔の兵舎だったのでしょうか、コンクリート製のごく質素なものです。
中に入ると軍服やパネルなどが展示されていました。
黒蝙蝠中隊というのは1952年から1972年まで台湾から中国を偵察飛行していたそうです。
当初は中国大陸の上空を中心に飛んでいたようですが、ベトナム戦争の頃になるとベトナムやラオスもついでに偵察していたようです。
人民解放軍によって迎撃された例も少なくなく、15機を失い、犠牲者は148名に及んだといいます。
歴代尾隊長がパネル展示されていましたが、初期の頃の隊長は殉職が珍しくなかったことがうかがいしれます。
黒蝙蝠中隊に配属されるのは、半ば死を命じられたものだといっても過言ではなさそうです。
そんな恐ろしい航空隊があった場所から15分ほど歩くと城隍廟があり、ビーフンと肉団子で有名な屋台街は押すな押すな大盛況でした。
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp1-20091122-568665.html
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
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