2000/03/10 - 2000/03/10
647位(同エリア810件中)
早島 潮さん
2000.3.10の旅日記http://4travel.jp/traveler/u-hayashima/album/10057756/より以下を抜粋
翌朝四時半にまだ暗いうちにホテルを出発し、フエへ赴くべく空港へ向かった。早い時間にもかかわらず続々と白人の団体観光客が集まってきた。飛行機はほぼ満席であった。ガイドの話ではベトナムを訪れる観光客はフランス人がもっとも多く、次に日本人であるという。韓国人も増えつつあり、アメリカ人も最近多くなってきたそうだ。アメリカ人や傭兵のような立場で参戦した韓国人にとっては苦い思い出しか残らない国なのであろうが父祖が戦役で苦労した場所を次世代に見せておきたいという戦跡めぐりツアーに人気があるようである。
フエはベトナム中央部にある古都であり、阮王朝の首都がおかれていた所である。四季のある美しい学都でもある。日本でいえばさしずめ京都といったところか。1993年には、ユネスコの世界遺産に指定された。人口は80万人で農業従事者が60%に及ぶ農村である。この町の美しい風景を題材にした音楽が沢山作られていることでも有名らしい。
先ず阮朝の王宮を訪問した。この王宮は外堀に囲まれており、ほぼ方形の敷地の広さは38haもあるが建物として残っているのは午門、大和殿、顕臨閣、フラッグタワーだけである。その他はベトナム戦争時1968年のフエ攻防戦で破壊されてしまった。
午門は第二代皇帝ミン・マン帝(1820〜1840)の時創建され第12代カイ・ディン帝(1916〜1916)の時再建された。この門には三つの入り口があり中央の入り口は皇帝しか使用できない。この門を通ると正面に赤い屋根で平屋の大和殿があり、建物内の中央には金箔の玉座が置かれている。ここでは皇帝の即位式が行われた。最後の皇帝バオ・ダイ帝(1925〜1945)もここで退位したのである。この建物は紫禁城を模して作られたといわれている。初代ザー・ロン帝(1802〜1820)が創建したものであるが、ベトナム戦争中に破壊されたものを1970年に再建した。この大和殿の屋根の上には皇帝の権威の象徴である竜の彫刻が九つ置かれて舞っている。大和殿の横には顕臨閣があり阮王朝の菩提寺である。残りの広い敷地には草が生えところどころに礎石だけが見受けられる。僅かに残っているコンクリート製の壁には銃弾の痕跡が今なお残されていて激しく戦われたフエの攻防戦を偲ばせる。またこの阮朝の王宮跡に佇んで掲額や調度品に書き込まれた漢文に接すると改めて、中国文化の影響の大きさを感じる。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 観光バス
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
フエ(ベトナム) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
1