浅草旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 500円を調達するのは大変だった。当時、私の一ヶ月の小遣いが500円だったと思う。<br />どうやって調達したのかど〜しても思い出せない。多分、父親の集金カバンからくすねたのかもしれない。(^○^)<br />翌朝の日曜日、 私の家が皆の家の中心地に在るということで、集合地は我が家になり、家の前には7.8台の自転車が集結した。自転車の無い同級生は二人乗りで移動することになった。ところが10人のメンバーのはずが11人いる。知らない小学生のような子供が混じっている。それは同級生の一人が小学生の弟に明日はお兄ちゃん 浅草に女を買いに行くと云うと「僕も浅草に行って女を買いたい」といって付いて来てしまったらしいのだ (@_@)<br />家の前に10台近い自転車が並ぶのを見て、今は亡き私の父が魂消たように叫ぶ。<br />「お前ら〜〜 いったい何処へ行くんだ??」<br />「浅草です〜」と皆が答える。<br />「浅草に何しにいくんだ?」<br />さすがに皆 言いよどむ。妙に胡散臭い事に関わるような自覚は皆があったのかと思う。<br />それでも誰かが、「お、おんな〜〜を!!」というのを他の誰かが慌てて制して<br />「お、おまいりにいくんです!!」と機転を利かす。<br />「浅草寺にお参りにいくのか! それは感心だな! お前ら 気をつけていってこいよ」<br />と我々は親父に励まされながら、いざ 浅草へと自転車で 向かった。<br /><br />自転車で北上し、隅田川に架かる吾妻橋を渡る。橋の際のは某ビール工場がある。<br />現在はその社屋の屋上には金色に輝く巨大で妙なオブジェが鎮座ましまししているが、<br />一体あれは何だろうと今でも思ってしまう。吾妻橋を越えると、東武線の浅草駅の建物が<br />見えてくる。その向かいは花川戸というエリアで履物の問屋が軒を連ねていた。<br /><br />ここには思い入れがあった。中学時代はバスケット部に所属していた。<br />この履き物の問屋街にアシックスの前身、オニツカ・タイガーのバスケットシューズがショーウインドーに恭しく飾られているのを憧れの気持ちで浅草の行く都度に、じっとみていたものである。当時の価格で2400円!他のメーカーのバスケットシューズが1200円位の頃の2400円、やがて3600円に値上がりし、まずまず手が届かないシューズになってしまったけど。とても親にねだって買ってもらえるような家庭では無かったので、いつも1200円のSUNというバスケットシューズを履いていた。話が大きく逸れた。今日はバスケットシューズを見にきたのではなく、女を見にきたのである。(+_+)<br /><br />小学生を含むちゃりんこ軍団は滑る様に、浅草の街に入っていった。とてつもなく大きな提灯のぶら下っている雷門前で我々は自転車を停めた。日曜日の所為で人通りが激しい。<br />何処で女が販売されているのか皆目見当がつかない。当時は雷門の際に交番があったような気がする。誰かが「おまわりさんに聞いてみようよ」と言う。お馬鹿な私もおまわりさんに聞いてみよう派だった(^o^)丿。すると 後に中二の後半から我が中学の裏番になり、且つ生徒会の役員も務めるようになる腕力も知力も男気も度胸もあったUが云う。<br />「おまえら〜交番になんかに行ったら一発で補導されちまうぞ」<br />Uはまるで幼い我々のお目付け役のような立場で一緒に来ていたのかと今になって思う。身体も考え方も我々よりひとまわりもふたまわりも大きな男だった。「ストリップ小屋のある方へいってみよう、、」この浅草ツアーのきっかけを作った、どうでもよいことにはやたらと詳しいNが、道を間違えもせずにフランス座と云う看板の出ている建物の前まで我々を案内する。<br />今こそ知られているが、このフランス座というストリップ小屋、名門中の名門で数々のコメディアンや俳優を輩出していた。渥美清から始まって、荻本きんいち、北野武はこのフランス座のエレベーターボーイをやっていたこともあるという。ショーの幕間に寸劇やコントをやって鍛えられていったという。<br />我々は意味もなく、フランス座の前を行ったり来たりするが何処で女を売っているのか、さっぱり判らない。こんな所に何時までもいたら絡まれるのがオチだなあと思っていたら、<br />やっぱり絡まれた(-.-)  地元の中学生と思われる、いかつい三人組が絡んできた。子供みたいな我々がウロウロしているのだから、彼らにとってはカモがネギ背負ってきたように見えたのだろう。でも彼等にUの存在は目に入らなかった。Uはその時、その場から離れていたのだ。我々が脅されている時に、Uが飛び込むようにやってきた。<br />「ちょっと向こうで話そうや・・」相手の眼を見ながら、気負いもせずに淡々とした口調で話すUに相手が軽く気圧されているのが判った。<br />Uと相手3人だけがフランス座から離れた路地道に入っていった。数分して路地裏からUだけが何事もなかった風情で戻ってきた。 その瞬間、私はなんてかっこいいんだ!と心底思った。とても同じ学年とは思えなかった。喧嘩の強い年上の兄貴という感覚だったかもしれない。後に裏番長と生徒会の役員を同時にこなし、学校が落ち着くとばかりに、教師達から全幅の信頼を得るようになるUである。<br />浅草寺を中心に縦に横に縦横無尽に走り回ったが、結局見つけることが出来なかった。<br /><br />浅草に行く前までは妙な話で盛り上がっていた。<br />女を買ったら誰の家に置いておこうかとか、うちはお婆さんの具合が悪いから家には置けないよという奴もいた。今考えると本当に昔の中学生は幼かったと思う。というか<br />われわれがとびきり幼かったのかもしれない。Uを除いては・・<br /><br />結局、我々は仲見世の食堂でシナそばをすすり、ブロマイド販売で知られたマルベル堂で私は当時、売り出し中の酒井和歌子のブロマイドを数葉購入し、やがて500円は消えていった。<br />・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />・ <br />映画<スタンド・バイ・ミー>を観て 思い出したのはこのときの浅草行きの事だった。<br />世の東西を問わず、国籍違えども少年の行動パターンは良く似ているのもだなあとこの映画を見終わった後に、つくづく感じ入ったものである。<br /><br />今回も旅行記とは呼べない妙な読み物をここまで読んで頂きありがとうございます<br />

kio版 スタンド・バイ・ミー 浅草編  後篇

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2010/02/25 - 2010/02/25

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kio

kioさん

 500円を調達するのは大変だった。当時、私の一ヶ月の小遣いが500円だったと思う。
どうやって調達したのかど〜しても思い出せない。多分、父親の集金カバンからくすねたのかもしれない。(^○^)
翌朝の日曜日、 私の家が皆の家の中心地に在るということで、集合地は我が家になり、家の前には7.8台の自転車が集結した。自転車の無い同級生は二人乗りで移動することになった。ところが10人のメンバーのはずが11人いる。知らない小学生のような子供が混じっている。それは同級生の一人が小学生の弟に明日はお兄ちゃん 浅草に女を買いに行くと云うと「僕も浅草に行って女を買いたい」といって付いて来てしまったらしいのだ (@_@)
家の前に10台近い自転車が並ぶのを見て、今は亡き私の父が魂消たように叫ぶ。
「お前ら〜〜 いったい何処へ行くんだ??」
「浅草です〜」と皆が答える。
「浅草に何しにいくんだ?」
さすがに皆 言いよどむ。妙に胡散臭い事に関わるような自覚は皆があったのかと思う。
それでも誰かが、「お、おんな〜〜を!!」というのを他の誰かが慌てて制して
「お、おまいりにいくんです!!」と機転を利かす。
「浅草寺にお参りにいくのか! それは感心だな! お前ら 気をつけていってこいよ」
と我々は親父に励まされながら、いざ 浅草へと自転車で 向かった。

自転車で北上し、隅田川に架かる吾妻橋を渡る。橋の際のは某ビール工場がある。
現在はその社屋の屋上には金色に輝く巨大で妙なオブジェが鎮座ましまししているが、
一体あれは何だろうと今でも思ってしまう。吾妻橋を越えると、東武線の浅草駅の建物が
見えてくる。その向かいは花川戸というエリアで履物の問屋が軒を連ねていた。

ここには思い入れがあった。中学時代はバスケット部に所属していた。
この履き物の問屋街にアシックスの前身、オニツカ・タイガーのバスケットシューズがショーウインドーに恭しく飾られているのを憧れの気持ちで浅草の行く都度に、じっとみていたものである。当時の価格で2400円!他のメーカーのバスケットシューズが1200円位の頃の2400円、やがて3600円に値上がりし、まずまず手が届かないシューズになってしまったけど。とても親にねだって買ってもらえるような家庭では無かったので、いつも1200円のSUNというバスケットシューズを履いていた。話が大きく逸れた。今日はバスケットシューズを見にきたのではなく、女を見にきたのである。(+_+)

小学生を含むちゃりんこ軍団は滑る様に、浅草の街に入っていった。とてつもなく大きな提灯のぶら下っている雷門前で我々は自転車を停めた。日曜日の所為で人通りが激しい。
何処で女が販売されているのか皆目見当がつかない。当時は雷門の際に交番があったような気がする。誰かが「おまわりさんに聞いてみようよ」と言う。お馬鹿な私もおまわりさんに聞いてみよう派だった(^o^)丿。すると 後に中二の後半から我が中学の裏番になり、且つ生徒会の役員も務めるようになる腕力も知力も男気も度胸もあったUが云う。
「おまえら〜交番になんかに行ったら一発で補導されちまうぞ」
Uはまるで幼い我々のお目付け役のような立場で一緒に来ていたのかと今になって思う。身体も考え方も我々よりひとまわりもふたまわりも大きな男だった。「ストリップ小屋のある方へいってみよう、、」この浅草ツアーのきっかけを作った、どうでもよいことにはやたらと詳しいNが、道を間違えもせずにフランス座と云う看板の出ている建物の前まで我々を案内する。
今こそ知られているが、このフランス座というストリップ小屋、名門中の名門で数々のコメディアンや俳優を輩出していた。渥美清から始まって、荻本きんいち、北野武はこのフランス座のエレベーターボーイをやっていたこともあるという。ショーの幕間に寸劇やコントをやって鍛えられていったという。
我々は意味もなく、フランス座の前を行ったり来たりするが何処で女を売っているのか、さっぱり判らない。こんな所に何時までもいたら絡まれるのがオチだなあと思っていたら、
やっぱり絡まれた(-.-)  地元の中学生と思われる、いかつい三人組が絡んできた。子供みたいな我々がウロウロしているのだから、彼らにとってはカモがネギ背負ってきたように見えたのだろう。でも彼等にUの存在は目に入らなかった。Uはその時、その場から離れていたのだ。我々が脅されている時に、Uが飛び込むようにやってきた。
「ちょっと向こうで話そうや・・」相手の眼を見ながら、気負いもせずに淡々とした口調で話すUに相手が軽く気圧されているのが判った。
Uと相手3人だけがフランス座から離れた路地道に入っていった。数分して路地裏からUだけが何事もなかった風情で戻ってきた。 その瞬間、私はなんてかっこいいんだ!と心底思った。とても同じ学年とは思えなかった。喧嘩の強い年上の兄貴という感覚だったかもしれない。後に裏番長と生徒会の役員を同時にこなし、学校が落ち着くとばかりに、教師達から全幅の信頼を得るようになるUである。
浅草寺を中心に縦に横に縦横無尽に走り回ったが、結局見つけることが出来なかった。

浅草に行く前までは妙な話で盛り上がっていた。
女を買ったら誰の家に置いておこうかとか、うちはお婆さんの具合が悪いから家には置けないよという奴もいた。今考えると本当に昔の中学生は幼かったと思う。というか
われわれがとびきり幼かったのかもしれない。Uを除いては・・

結局、我々は仲見世の食堂でシナそばをすすり、ブロマイド販売で知られたマルベル堂で私は当時、売り出し中の酒井和歌子のブロマイドを数葉購入し、やがて500円は消えていった。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

映画<スタンド・バイ・ミー>を観て 思い出したのはこのときの浅草行きの事だった。
世の東西を問わず、国籍違えども少年の行動パターンは良く似ているのもだなあとこの映画を見終わった後に、つくづく感じ入ったものである。

今回も旅行記とは呼べない妙な読み物をここまで読んで頂きありがとうございます

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この旅行記へのコメント (14)

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  • SUR SHANGHAIさん 2010/06/15 08:48:45
    何年振りかの浅草へ
    無沙汰してました〜。
    一時帰国+ボランティアのHP作りも一応終了したので、またちょっと4トラに復帰します。
    ここしばらく旅行記もアップしていないので、画像がたまりまくってパンクしそう。^^;
    もう、どこから手を付けていいのやら。(ーー;)

    さて、先日一時帰国した時に、旦那と久々に浅草方面へと行ってまいりました。
    私たちの目的は純粋な【お参り】(^・^)ですよ、念のため。
    ついでに建設途中のスカイ・ツリーなんかも見てきました。

    この旅行記に出てくる少年時代のkioさんを髣髴とさせる男のコがどこかにいないかと思ってキョロキョロしてましたが、残念ながら見かけませんでした。
    あの頃の青少年たちはどこに消えてしまったんでしょうね…。


    kio

    kioさん からの返信 2010/06/24 21:00:45
    ASAKUSA 〜浅草 
    surshanghaiさん 遅レスになってしまいました(+_+)

    エジプトは如何でしたか? 自分はエジプトに入国する前に
    モロッコに出かけていましたから、アラブ世界に対する大きな
    カルチャーショックは在りませんでしたが、いきなりエジプトだったら
    免疫なくて、かなり衝撃だったかと思います。

    > さて、先日一時帰国した時に、旦那と久々に浅草方面へと行ってまいりました。
    > 私たちの目的は純粋な【お参り】(^・^)ですよ、念のため。
    > ついでに建設途中のスカイ・ツリーなんかも見てきました

    浅草に行ってきましたか〜、仲見世通りのスーベニアショップも
    かなり異国の人々を意識した商品構成になっているような気がします。
    突拍子もない着物もどきとか、マジックジョニー君とは遭遇しませんでしたか?

    > この旅行記に出てくる少年時代のkioさんを髣髴とさせる男のコがどこかにいないかと思ってキョロキョロしてましたが、残念ながら見かけませんでした。
    > あの頃の青少年たちはどこに消えてしまったんでしょうね…。

    いや〜 若いあんちゃんどもは もはや浅草には見向きもしまいと思いますよん(^o^)丿子供の頃、親に連れられて、浅草に行ったとき、食堂の店先に
    超大盛りのオムライスや、カレーライスが店頭に飾られ、これを食べたら
    金○○円を贈呈などという看板をやたら見た記憶があります。
    子供だったkio少年は大人になったら必ず挑戦しようと心に決めた記憶が
    あります(;_;)



    SUR SHANGHAI

    SUR SHANGHAIさん からの返信 2010/06/24 22:10:47
    RE: 何年振りかの浅草へ
    エジプトは思っていたよりマイルドで、衝撃と呼べるものには出会えず却って拍子抜け。
    「きっとすごいぞ、すごいぞ〜、すごいぞ〜〜!」という期待と警戒心の方が大きかったんでしょうね。(^◇^)
    これまた結構すごいインドでの一人旅で慣れていたせいもあるのかも。
    夜着いたのでその日はそのままリタイアしましたが、翌日にはすでに平気でカイロの下町も一人で歩いてました。

    話は変わって、私が小さい頃には夏だけ店開きするカキ氷屋さんがありました。
    いくら拭いてもシロップのベタベタ感があるテーブル、扇風機が回る薄暗い店内。冬の間は何をやってお金を稼いでいるんだろうと思うようなおじさんが店を切り盛りしてました。
    そこの名物がチャンピオン氷で、数人分のボリュームがあったと思います。
    そこでは別に食べ切れたら賞金が出るわけではなかったんですが、それをいつか自前のお金で独り占めしながら食べてみたいというのが夢でした。

    月日が経って、自分で稼いだお金が使えるようになった時には、そのお店はすでに廃業。夢は儚く破れて、なんだかわびしい気持ちになりました。

    kio

    kioさん からの返信 2010/06/24 22:44:05
    免疫力と大盛の記憶と・・・
    > エジプトは思っていたよりマイルドで、衝撃と呼べるものには出会えず却って拍子抜け。
    > 「きっとすごいぞ、すごいぞ〜、すごいぞ〜〜!」という期待と警戒心の方が大きかったんでしょうね。(^◇^)
    > これまた結構すごいインドでの一人旅で慣れていたせいもあるのかも。
    > 夜着いたのでその日はそのままリタイアしましたが、翌日にはすでに平気でカイロの下町も一人で歩いてました。

    やはり キャリアを積んでいると旅慣れてカルチャー負けしませんよねえ
    今 マニラがとてつもなくデンジャラスな都市になっていて観光客も
    随分と減っていると聞きましたが、本当にそうなんでしょうか?
    最近の海外事情には疎いので実情は知りませんが。
    昔も充分に薄気味の悪い所は有りましたが、自分にとっては
    短い滞在のなかでとてつもなく様々な経験をした土地なので
    思い出深い街ではあるんですけどねえ


    > そこの名物がチャンピオン氷で、数人分のボリュームがあったと思います。
    > そこでは別に食べ切れたら賞金が出るわけではなかったんですが、それをいつか自前のお金で独り占めしながら食べてみたいというのが夢でした。


    チャンピオン氷、、もうイメージがその名称から充分に湧きますよん(^.^)
    きっと器も大きくて、カキ氷の高さも尋常では無かったと思われ・・・
    私はカルピスのカキ氷が好きでしたねえ ちょいと他のカキ氷よりも
    高かった記憶がありますが。

    そ〜いえば以前 カレーショップチェーンのココイチが
    客寄せ用に、超大盛のカレーを販売していましたね
    ライスの量が1400G、カレー皿の直径が40センチくらいあって
    確か、30分か20分で完食すると無料になって失敗すると2000円の
    ペナルティ、 自分が10代後半の食べ盛りの頃だったら、楽勝に
    クリア出来たと思います。(^○^)

    対デンマーク戦まで5時間、、はあ〜〜〜 
  • josanさん 2010/03/03 00:08:00
    青い思い出。
    今晩はKIOさん、スタンド・バイ・ミー浅草編楽しく拝見しました。

    誰にでも必ず有る青い思い出ですが、都会の子供と田舎の子供では、その思い出も違って来ると思いますね〜。(笑)

    私の住むタイはこの10年間で、近代化に向け驚くほど変化をしました、日本での30年間がわずか10年で過ぎて仕舞った様です。(汗)

    それに伴いタイの田舎の子供達も大きく変わり、日本と意識の違いは余り感じられなく成りました、その大きな要因はインターネツトの普及です、タイの地方都市にも必ずネットカフェは有り若者で溢れています。(マジ)

    そして携帯も10年前には、携帯1台の値段がタイの大卒の3ヶ月分のお給料と同じで、庶民には高値の花でしたが、今ではローンで農家の人達や中高校生も普通に持っ様に成りました。(笑)

    またタイの田舎の農家の人は早婚で、16〜17歳で結婚します、農業を継ぐには遊びを覚える前に結婚させて、子供を待たせてしまう風土が有ります、ですので日本よりは早熟だと感じます。(マジ)

    タイの田舎にもスタンド・バイ・ミーはまだ有るのでしょうか?。(笑)

    KiOさん、スタンド・バイ・ミー続編を楽しみにしています。(祝)


    ウドンよりJOSAN。

    kio

    kioさん からの返信 2010/03/03 21:23:22
    RE: 青い思い出。

    josan さん こんばんわ 書き込みありがとうございます。

    > 私の住むタイはこの10年間で、近代化に向け驚くほど変化をしました、日本での30年間がわずか10年で過ぎて仕舞った様です。(汗)

    東京が東京五輪を境に大きく変貌していった頃の感じかと思います。
    1970年代末期の頃のバンコックを知っていますが、現在とは全く
    別物なんでしょうねと言うことは想像出来ます。
    >
    > それに伴いタイの田舎の子供達も大きく変わり、日本と意識の違いは余り感じられなく成りました、その大きな要因はインターネツトの普及です、

    ネット環境さえあれば 何処に住んでいようと、等しく情報を享受できてしまいますからね。

    > そして携帯も10年前には、携帯1台の値段がタイの大卒の3ヶ月分のお給料と同じで、庶民には高値の花でしたが、今ではローンで農家の人達や中高校生も普通に持っ様に成りました。(笑)

    日本だって はじめは自動車電話から始まって1980年頃?くらいから
    その時の通話契約基本料金が10万円だったと聞いたことがあります。
    その金額+通話料が加算されるんですからまっとうな人は持てませんよね。
    それが今では1000円程度の通話プランも有るんですから普及しますよね

    > またタイの田舎の農家の人は早婚で、16〜17歳で結婚します、農業を継ぐには遊びを覚える前に結婚させて、子供を待たせてしまう風土が有ります、ですので日本よりは早熟だと感じます。(マジ)

    う〜ん、、子供が子供を産んでしまうという事になるんですね。
    でも彼の地でスローライフな日々の中で暮らしているjosanさんが
    とても羨ましくかんじますよ。

    > KiOさん、スタンド・バイ・ミー続編を楽しみにしています。

    こんなことばかり 旅行記に書いていて良いものかと ふと 思う おいら です

  • SUR SHANGHAIさん 2010/03/02 09:50:54
    kio節ですね。
    思春期の (好奇心+行動力)÷まだ世間ずれしていない無知=青春のうら恥ずかしい思い出  的なkio節ですね。(^◇^)

    みんなでソワソワドキドキしながら自転車で浅草へ向かう様子がリアルに想像できます。服装はまさか制服じゃなかったですよね。(^○^)

    ちょっと前、耳かきサロンに通い詰めた男性が…、という事件がありましたが、男性にとっては女性の膝枕+耳かき=至福の時なんですねえ。

    kio

    kioさん からの返信 2010/03/03 21:04:39
    RE: kio節ですね。
    sur shanghaiさん こんばんわ〜
    書き込みありがとうございます。

    子供の頃って、なんでま〜、、はちゃめちゃなんでしょう。
    あとさきの事を考えず、行動してしまうんですね


    > 思春期の (好奇心+行動力)÷まだ世間ずれしていない無知=青春のうら恥ずかしい思い出  的なkio節ですね。(^◇^)

    いや〜 いつもながらsur shanghaiさん  言い得て妙、、
    この手のネタなら幾らでも在庫あるので書けそうですよん。
    でも本来の旅行記からどんどん乖離(かいり)してしまうようで
    程々にしておきます。

    > ちょっと前、耳かきサロンに通い詰めた男性が…、という事件がありましたが、男性にとっては女性の膝枕+耳かき=至福の時なんですねえ。

    自分はそんな事を言った記憶は全然ないのですが、
    同窓会でお前、あの時 こんな事を言ってたぞと云われ、
    そんな事 云ってたんだ 俺? という感じでした(爆)

    子供の時から 女性の膝枕付き耳掻きは至福感 多々ありだったんでしょうねえ。

  • osdさん 2010/03/01 12:28:21
    少年時代は天然色!
    kioさん

    ご無沙汰しております。
    わたしも昨秋にやっと香港編を1作UPしたところです。その後11月にバンコク町内旅をしたのですが、なかなかカキコミできません。ゆみナーラさんには予告してあったので気はせくのですが今一つイメージがまとまりません。

    「スタンド・バイ・ミー」楽しせて頂きました。筆力衰えていませんね。「おんなーッかいに行く」このせりふが効いています。思わず吹き出しました。この年頃の少年の生意気さが見事に表現されていると思います。
    わたしにも同じような経験を台北行九分篇に記載しております。心臓がドキドキしたものでした。少年時代のvividな思い出です。

    ところでゆみナーラさんの「ドウシテ アナタハヒトリナノ…」はいいですね。いちだんと筆力が増した感じがします。

    いつになるかわかりませんが、バンコク篇UPしましたらお寄りください。
                              おsd
    ※確認画面でタイトル未記入を指摘されました。とっさに上記のキャッチコピーが思い浮かびました。

    kio

    kioさん からの返信 2010/03/01 21:57:46
    RE: 少年時代は天然色! 僕の頭も天然色(+_+)
    osdさん こんばんわ〜〜
    町内会旅でバンコックに行かれたのですか?
    以前も確か町内会旅でバリ島へ行かれたと記憶していますよん

    > 「スタンド・バイ・ミー」楽しせて頂きました。筆力衰えていませんね。「おんなーッかいに行く」このせりふが効いています。思わず吹き出しました。この年頃の少年の生意気さが見事に表現されていると思います。

    私は当時、マジで女が大根やにんじんのように軒先で売っている、もちろん持ち帰りも出来ると、、だからマジで誰の家に置いておくかということを、学校帰りにペチャクチャ喋りながら話し合ったものです。もう間違いなく幼いっす(-_-;)

    > ところでゆみナーラさんの「ドウシテ アナタハヒトリナノ…」はいいですね。いちだんと筆力が増した感じがします。

    あ、 それ私も読んだ記憶がありますよ。一人で旅しているゆみナーラさんに
    現地の男性が不思議な気持ちで尋ねたのですよね。
    ビジュアルにその時の情景や空気が浮かぶような軽く儚げなって感じを
    持ちましたよ
  • ゆみナーラさん 2010/02/27 21:30:49
    少年時代
    kioさん、前後編、楽しく読ませて頂きました〜!
    前編ではさて子供達がどうやって女を手に入れるのか、でもこの文を読んでると、もしかしたら本当に手に入れちゃうのかも・・・ドキドキ^^!

    なんてさせられましたが、後半では私も実家から遠くはない当時の浅草界隈の様子だとか、Uくんを中心としたチャリンコ軍団のてんやわんやな状態が見えてきて、とても楽しかったです。
    フランス座やマルベル堂だとか、当時のモダンな風景が浮かんできました。

    自分も小学生の頃、近所のガキンチョとつるんでいつも自転車であちこち網を持って走り回っていたので、重ね合わせて、ああやっぱり皆こういう時代ってあるんだな〜と懐かしく思いました^^
    そしてUくんみたいな、よくケンカもしたけど頼りがいのあるガキ大将が必ずいたことを・・・・

    何かを探していつもみんなでワイワイと本気になって走り回っていたあの頃を、kioさんのスタンドバイミーを読みながら少し思い出すことが出来ました、有難うございました!

    kio

    kioさん からの返信 2010/03/01 01:17:41
    RE: 少年時代→いまだに少年時代なおいら?(^o^)丿
    ゆみナーラさん こんばんわ
    書き込み 投票もいただきありがとうございます。

    > 後半では私も実家から遠くはない当時の浅草界隈の様子だとか、Uくんを中心としたチャリンコ軍団のてんやわんやな状態が見えてきて、とても楽しかったです。
    > フランス座やマルベル堂だとか、当時のモダンな風景が浮かんできました。

    仁丹塔って浅草に在ったのはご存知ですか?
    森下仁丹と塔に沿って縦に大きく書かれていたから
    通称 仁丹塔 50Mくらいの高さはあったのかなあ?
    無用の長物っぽかったからいつの間にか取り壊されてなくなったけど
    今でいえば浅草のある意味、ランドマークになるような存在でしたね。

    > そしてUくんみたいな、よくケンカもしたけど頼りがいのあるガキ大将が必ずいたことを・・・

    数百人に一人くらいの割合でスーパーで早熟というか
    大人びた子供って出現するんですよね。
    勉強も出来て喧嘩も強くて男気も度胸も人望もあるってスーパーな奴、
    私も中学時代は勉強でも、そうでないほうでも随分と助けてもらったものです。

    いま メジャーリーグで活躍している松井選手の小学校時代の写真を見たこと
    ありますが、もう身体二つ分くらい他の同級生とは違う体格、、勉強も出来たそうで小学生の頃からスーパーな感じというのが覗えました。

    > 何かを探していつもみんなでワイワイと本気になって走り回っていたあの頃を、kioさんのスタンドバイミーを読みながら少し思い出すことが出来ました、有難うございました!

    こちかこそ だらだらと長い文章なのに読んでいただきありがとうございます。
    でも今 家の外で子供たちがつるんで遊んでるってホントに見なくなりましたね
    みんなピコピコゲームばかりやってるんかなあ(-_-;)
  • 唐辛子婆さん 2010/02/27 13:08:51
    誰の家においておこうか
    に、ふきだしてしまひました(*^.^*)

    kioさん

    ああ、面白かった!

    浅草に自転車でいけるほどのところに住んでいらしたんですね。
    それだけで、旅行記がいくつも書けそう。

    最近、川越でミニオフ会をやりました。
    で、外国人を案内するのなら、浅草よりもこっちのほうが面白いかも
    と思ったのですが
    kioさんの写真をみたらまた行ってみたくなりましたよ。

    ところでカッコいいUクンはその後どんな運命をたどられたのでしょうか?
    ワクワク。



    kio

    kioさん からの返信 2010/03/01 00:49:36
    RE: 誰の家においておこうかーーーぼくの家の押入れに隠しておこうか(笑)

    > 浅草に自転車でいけるほどのところに住んでいらしたんですね。
    > それだけで、旅行記がいくつも書けそう。

    そそ 新世界、花屋敷、よく行きましたよ。
    小学生のころから・・ 花屋敷は以前は入場無料だったのですが、
    向かいにある場外馬券場に出入りする人達が競馬新聞と赤鉛筆片手に
    花屋敷の中に入ってくるものだから 有料にしたそうな。。

    > で、外国人を案内するのなら、浅草よりもこっちのほうが面白いかも
    > と思ったのですが
    > kioさんの写真をみたらまた行ってみたくなりましたよ。

    バックパッカー時代に旅先で出会った旅行者が東京の我が家に
    泊りがけで遊びにきたときに、二度ほど浅草に
    連れて行ったことがありました。一人は欧州人、もう一人は中近東の
    人だったんですけど、どちらもとても喜んでましたよ。
    お釜みたいな所から煙が出て体に付けると丈夫になる。頭に煙を
    振り掛けると、頭がすご〜〜く良くなると言ったら、それはもう
    熱心に頭に振りかけて周りの観光客の笑いを誘っていました

    > ところでカッコいいUクンはその後どんな運命をたどられたのでしょうか?

    今考えると、間違いなくスーパー中学生だったUは地元でも知られた進学校
    に進み、国防のための幹部候補生や下士官を養成する国立の大学に行き
    自衛隊の幹部になるかと思いきや、横にそれちゃったみたいです。
    でも絶対に間違いなくひとかどの人物になっていると思いますよん。

kioさんのトラベラーページ

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