2009/12/20 - 2009/12/21
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Yattokame!さん
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2009年の年末に2週間の休みが取れました。
こんな長期の休み、今度はいったい何時取れることやら…。これは是非とも、時間をかけなければ行けない所に行かねば! 南米に行こうか、はたまた南極に行こうか…。いろいろ迷いましたが、様々な文化・歴史が折り重なってできた国に行きたいと思い、結局2週間の旅はスペインに白羽の矢が立ちました。
でもまあ、スペインは1週間くらいの休みがあれば行ける国なんですよね。ですので、別にスペインに行かなくてもよいはずのですが、なぜか無性にスペインに行きたくなってしまった。何がそうさせるのでしょう。
…というわけで、自分の気持ちに素直に従い、スペインの見所を時間をかけてじっくり見てきました。
【今回の旅程】
●12/19 アトランタ発、機上泊(デルタ航空)。
●12/20 マドリッド着。プラド美術館見学。マドリッド泊
●12/21 マドリッド・アトーチャ駅発コルドバ着(AVE)。昼食後、メスキータ、ユダヤ人街見学。その後バスでグラナダへ移動。グラナダ泊。
●12/22 グラナダ・アルハンブラ宮殿見学、その後バスでマラガ近くのミハスまで移動。ミハス散策後、さらにバスでセビリアまで移動。夜、フラメンコ鑑賞。セビリア泊。
●12/23 セビリア・スペイン広場とサンタ・クルス街を散策。そこから移動して、カテドラル見学。昼食後飛行機でバルセロナへ移動(ブエリング)。バルセロナ泊。
●12/24 バルセロナ・サグラダ・ファミリアとグエル公園見学。昼食後その他のモデルニスモ建築を見学。バルセロナ泊。
●12/25 カサ・バトリョその他24日に見られなかったモデルニスモ建築を見学。さらに、前日雨の降っていたサグラダ・ファミリアをもう一度見学(この日は快晴でした)。その後、さらにガウディ建築をいくつか見学。バルセロナ泊。
●12/26 サンツ駅発フィゲラス着(RENFE)。ダリ美術館見学。昼食後ジローナへ移動し(RENFE)、ジローナの旧市街散策。再びRENFEでバルセロナへ。バルセロナ泊。
●12/27 バルセロナ・ミロ美術館、カタルーニャ美術館見学。その後旧市街へ移動し、ガウディのグエル邸、カテドラル、王の広場を見がてら、旧市街を散策。バルセロナ泊。
●12/28 スペイン広場発コロニア・グエル着(カタルーニャ鉄道)。ガウディのコロニア・グエル教会堂とその周りの建築を見学。その後再びスペイン広場を経由してサンツ駅へ移動。バルセロナ発タラゴナ着(RENFE)。タラゴナ旧市街散策。再びRENFEでバルセロナ・サンツ駅へ。バルセロナ泊。
●12/29 バルセロナ発マドリッド着(スパンエア)。ティッセン・ボルネミッサ美術館を見学し、さらにその後プエルタ・デル・ソルやマヨール広場周辺をうろうろ。マドリッド泊。
●12/30 マドリッド・アトーチャ駅発トレド着(AVANT)。トレド旧市街散策。夕方再びアトーチャ駅まで戻り、ソフィア王妃芸術センター見学。マドリッド泊。
●12/31 マドリッド・チャマルティン駅発セゴビア着(AVANT)。セゴビア旧市街散策。夕方再びマドリッド・チャマルティン駅へ。マドリッド泊。
●1/1 マドリッド発アトランタ着(デルタ航空)
今回は、21日のコルドバ見学を中心に写真をアップします。
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- デルタ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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コルドバ出発の前日、マドリッドで食べた朝食の写真です。マドリッドに到着後、予約していたアトーチャ駅近くのHotel Carltonに荷物を置き、ソフィア王妃芸術センター近くのカフェで朝食をとりました。
これで2.5ユーロですので、お徳です。 -
朝食後、プラド美術館に行きました。大好きなエル・グレコとフラ・アンジェリコの作品を見られて大満足です。フラ・アンジェリコの「受胎告知」は、フィレンツェのサン・マルコ美術館のものもそうですが、彼の人柄の純粋さが表れているようで、見ていて幸せな気分になります。
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アトーチャ駅です。ここから4日間の日本語ツアーに参加します。
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鉄の骨組みが美しいアトーチャ駅です。
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AVEに乗ってコルドバに行きます。
この日はヨーロッパ全土を寒波が襲い、マドリッドも雪が降って鉄道のダイヤが乱れましたが、幸い私の乗ったAVEは1時間遅れで済みました。AVE、なかなか立派です。 -
コルドバに着きました。
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昼食をとったレストランです。いい感じでしょう。
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お店の天井は、イスラム風の幾何学模様になっていました。この街の歴史を感じさせる天井ですね。
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メスキータの外壁です。イスラム建築らしいアーチが見られ、期待が高まります。
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メスキータの入り口に到着しました。
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門をくぐると、オレンジの中庭とミナレットが見えました。ミナレットは、イスラーム教徒が、礼拝の時間を告げてモスクに集まるよう町中に呼びかけるために使われた塔のことです。中東に見られる細長い円柱の塔とは違って角形になっており、イスラーム建築でも地域によって特色があるのが分かります。
オレンジの庭は、その名のとおりオレンジが植わってますが、これは苦くてそのまま食べられないので、マーマレードにするそうです。 -
メスキータの中庭に面した開口部です。
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窓の格子は、星型を配した幾何学模様になってました。
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メスキータの内部に入りました。これまで、写真やテレビで何度も見ている景色ですが、実際に円柱の森を見ると、その無限の広がりを感じさせる光景に「おおっ、すごい」と感嘆の声をあげてしまいます。
メスキータのうち、入り口のシュロの門から入ってすぐの部分は、アブド・アッラフマーン1世によって建設された一番古い箇所です。この時代のメスキータは、かつてここにあったサン・ヴィセンテ教会や各地のローマ遺跡など、様々な建物の円柱を転用して建設されました。ところが、転用した柱は背の低いものが多く、多くの人を収容するイスラムの礼拝堂には高さが不足しました。
この問題を解決するためのアイデアが、柱の上に二重のアーチを架けるというものでした。ローマの水道橋を参考にしたといわれますが、これによって高い空間が確保されました。あり合わせの材料で建設するという制約が、結果的に後世の人々を魅了する美しい建築を生み出したんですね。 -
礼拝堂の身廊です。メッカの方向を示すキブラ壁に向かって配置されています。
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アーチは、白の石灰石と赤いレンガを交互に組み合わせてできています。また、写真では少し分かりづらいですが、アーチの上段が半円形になっているのに対し、下のアーチは半円よりももう少し円周の長い馬蹄形になっています。
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身廊をメッカの方角を示すミフラーブの方へ進んで、アブド・アッラフマーン2世によって9世紀の中ごろに増築された部分まで来ました。ここは大部分がカテドラルに改造されてしまっており、原型が大きく失われてしまっています。
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10世紀後半にハカム2世によって設けられたドームの下に来ました。
ドームの下は小さな半円を連続して配した多弁形アーチと連続交差アーチからなり、これまで見てきた列柱の森とはまた違ったとても豪華な空間です。 -
ハカム2世によって10世紀に設けられたドーム。
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アーチの下は塞がれて、キリストの磔刑図がかけられていました。
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塞がれた壁に開いた窓から、このようなものが見えました。
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イチオシ
10世紀後半、ハカム2世治下の後ウマイヤ朝は全盛期を迎えました。ハカム2世は文化・芸術に熱心で、メスキータの拡張にも乗り出しますが、この時代の増築部分は、王朝の最盛期を反映して贅沢なものとなりました。
この時代の柱は、赤と黒の大理石のものが交互に並びます。アブド・アッラフマーン1世の時代とは違ってもちろん他の建築からの転用ではなく、メスキータ用に調達したものです。 -
ハカム2世時代に造られたミフラーブです。ミフラーブの周りの豪華なモザイク装飾は、当時のビザンティン皇帝ニケフォロス2世フォカスから贈られたものです。
本来メッカの方向を示すものですが、教会の跡地に建てられたため、正確な方向に壁を設けられず、ミフラーブはメッカとはずれた方向を向いています。 -
イチオシ
ミフラーブの前には、三つのドームが架けられ、その下はマスクーラと呼ばれる貴賓席とされました。
ドームもミフラーブ同様、ビザンティン帝国から招いた職人に造らせた金とガラスのモザイクで覆われ、この豪華な空間は、カリフの権威の象徴とされました。
【カリフ】
ムハンマド亡き後のイスラーム指導者のこと。後ウマイヤ朝では、ハカム2世の父アブド・アッラフマーン3世の時代から名乗り始めました。 -
東方のビザンティンの装飾が、遠く離れたイベリア半島に伝わるなんて、スケールが大きくてロマンを感じさせる話です。
後ウマイヤ朝は、かつてビザンティン帝国の領土だったシリアのダマスカスを出自としており、この装飾はその伝統を受け継いだものだそうです。 -
木造の天井に施された装飾の豪華さも見逃せません。
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こちらは、10世紀後半でもハカム2世の後に建設された3回目の増築部分です。他の箇所と同じように見えますが・・・。
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他の箇所では、アーチは白い石と赤いレンガを交互に配して造られていましたが、3回目の増築では石に赤い色を塗っているだけです。写真では、色があせている部分も見えますね。
当時は国力が衰退し始め財政に余裕がなかったため、この時代の増築部分は、メスキータ全体の調和に配慮しつつこのような簡略な造りになったそうです。 -
カテドラルの中央礼拝堂に来ました。カテドラルは1523年に着工し、完成まで約240年を要したため、建築様式もゴシック、ルネサンス、バロックという建築中の各時代の様式が取り込まれて、これまた大変豪華な造りになっています。しかし、このカテドラルはメスキータとは様式がまったく異なる上、敷地の中央に鎮座して円柱の森の連続性を損なっており、これをどう評価するかは難しいところです。
実際教会は、1523年以前にも何度かカテドラルの増築を計画しますが、そのたびに市民の反対に遭い、増築を断念してきました。最終的に、教会はカルロス5世の認可を得て、地元の反対を押し切り増築に踏み切りますが、そのカルロス5世はこの工事現場をたまたま通り、「世界のどこにでも有るような物を造るために、どこにも無い物を壊した」と嘆いたそうです。 -
こちらは、カテドラルの聖歌隊席です。
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聖歌隊席は、マホガニーでできており、背もたれには聖書の内容が彫刻されています。
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メスキータから出てきました。これから、ユダヤ人街を少し歩きます。
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ユダヤ人街はシーズン中大勢の観光客でにぎわうのでしょうが、訪れたときは冬でしかも雨が降っているせいか、ひっそりとしていました。
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花の小道からメスキータのミナレットが見えます。
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花の小道にあるコードバン(馬革)製品のお店のパティオです。星型の池に、イスラーム文化の残り香を感じます。
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ローマ橋を通ってグアダルキビル川を渡り、対岸のユダヤ人街を振り返ったところです。
ここからバスに乗り、グラナダに移動しました。 -
グラナダに着きました。ホテルの目の前に、エル・コルテ・イングレスの系列店があったので、夕食後に行ってみました。
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おお、生ハムがむき出しで売っている! さすが、スペインです。
明日は、イスラーム文化の華、アルハンブラ宮殿を見学し、さらにマラガ近くのミハス村を散策します。
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