2010/01/30 - 2010/02/03
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Emilieさん
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ヨガやってますが、未だに「あぐら」で、足を組めません(泣)
そんな私ですが、行っちゃいました、インド(というかバラナシメインの旅へ)
到着したデリーは夕刻。明朝のバラナシ行きのフライトにあわせてデリー市内ではなく、空港に程近いホテルへ。
部屋の準備が出来ていず、ずいぶんと待たされ「バスタブのある広い部屋と、タブは無く、一般的な広さだがベッドがワイドタイプの部屋」から選択。バスタブのある大きな部屋をチョイス。ほどなくルームサービスをお願いした夕飯のインド料理が運ばれた。
バスタブはフタなし&たてつけ悪し(驚かない)。備え付けのアメニテイの歯ブラシは1本しかなく、しかもそれは箱だけで、歯ブラシは入っていず空っぽ(←コレもインドならではで想定内)。ひとつしか用意されていないバスローブも誰かがつかってそのまんまのものが湿ったまま準備されており、バスマットもなかったので、その誰が使ったかわかならいバスローブを足拭きとして代用。床に置いたバスローブはあっというまにアイボリーからグレーに色変わりし、ちょっと憤るが「ココはインド」と自らの力でそれもまたクールダウン
こんな小さな「え!?」っていうインド流の洗礼をありがたく拝受し、翌朝は空路、目的地バラナシへ向かった。
混沌・混在・悠久・不可侵・病・老・死・祈・喜捨、活・『生きてること』・・・。
そして“自らの責任で生きる”という本当の意味での「自由」。
・・・なのかもしれないけれど、それは言い換えれば、廃止から数十年も経っているにもかかわらず、やっぱりそこからどう抜け出せばいいのかまでは教え与えられず、術をしらずに、今もそこに「居る」「在る」ことで死を待つだけの人たちが居たり。
そうかと思えば、両親に見送られて綺麗な制服を着た私立の学校へ通う豊かな家庭の子供達がスクールリキシャを待つ傍らほんの数メートル脇にはゴミさらいをする同世代の子どもが、はだしで彼らの「仕事」を全うしている。そこの両者に互いを牽制したり干渉する様子はまったくなく。
野良牛・野良水牛・野良豚・野良犬・野良猿。。。
「野ブタ」や「野生の牛」というよりは、やっぱり町の住人として人間と同じ空間で共存している「野良」哺乳類。
そうした動物同士も互いを干渉することもなく争うこともなく自らの思うように、闊歩し、ゴミをあさり、道路でも中央分離帯でもどこにでも共存している(もちろん、物乞いをする人々も動物と牽制することもなく同じ路上で彼らなりの時を過ごしている)。
全ての仕事には、(今はなき)カーストに応じた分担があるので、ある意味、自分たちの職業は他のカーストの人々に侵害されることもなく、洗濯屋は洗濯屋のまま一生を送るし、生涯火葬する者はなくなった人をガンガー沿いの上流側と下流側に2箇所ある火葬場で24時間その薪の火を絶やすことなく働き続けている。(今は、その背後に高い煙突を設置した電機で火葬する施設が政府によってつくられてはいるが、やはり人々は聖なるガンガーで焼かれ、そこで灰となって流されることを希望しているという)
そんな火葬場から少し小高くなったオープンスペース(なんてカッコいい場所ではないんだけど)には、死を待つ老人が自らの意思でそこに鎮座し、次は自分かと時の流れをジッと待つ姿が今でも思い出される。
ずいぶん以前、ナイロビへ行く飛行機がムンバイ(当時はボンベイでしたが)経由だったときに天候不良でフライトが遅れ、思いがけずボンベイの町で1日半を過ごしたことがあったけれど、今回真に「初」上陸したインドの地としてまず、足を踏み入れたのがバラナシでよかったように思う。(これは、ひと言では語りつくせないのでこの場での記載は出来ません。もしも興味のある方は、今度いっしょに熱く語りましょう!!)
バラナシから車を少し走らせ、町を出たかな。。。というころあいに、なにやらみやげ物屋や、仏像の並ぶ荷台の行列人の蝉噪が目の前に開ける。
そこはサルナート。お釈迦様がはじめて説法をされた土地として、チベット仏教徒などアジアをはじめ世界中の仏教関係者が軒並み訪れては思い思いのお経を唱えたりしながら在りし日のお釈迦様・仏陀(ブッダ)に寄り添う姿が印象的でした。
もちろん、サリーやシャルワールカミーズ(パンジャビースーツ)を着たヒンディー(ヒンズー教徒)たちもこぞって観光に訪れている。
足の無い子どもや、目の無い赤ちゃんを見せて、外壁格子の外側からこちらに向かって喜捨を要求する親子や、私たちの目前で野良犬が仔犬にお乳を飲ませている風景が同時に目に入ったりすると、ここはほほえましい空間なのか、なにがなんだか判らなくなることも多々。。。まさに混沌とする瞬間が何度となく随所で出遭って私の目前で交錯することになる。
それでも、全日お世話になった現地人スルーガイドのヨゲーシャさん・・・(名前が覚えられず、“予言者さん”と言い聞かせてました、同行したYさんは、ヒンディーの人気の神様の名前と間違えて“ガネーシャさん”なんて呼びかけてることもありました。ガイドさんは、神様と間違われたといって上機嫌でしたケドね笑)
彼が、一度だけ声をかけながら喜捨する場面を見ました。
(ここからは、世界遺産タージマハルのあるアグラーに場所を移します)
アグラー城の城門脇に座り込んでいた、見るからに栄養状態が悪く、栄養失調からなのか、両下肢がウデよりもやせ細ってまったく神経が通っていないような不自由な体の男性でした。
下層のカースト(現在、カースト制度は廃止されていますが、一般旅行者でも、その者が不可触民かどうかはやはり明確です。)の方々の中には、本当に喜捨による施しをうけることが「なりわい(生業)」となっている方々も確かに居ることをこのとき知りました。
バラナシを発って、夜行列車で第三の訪問地、アグラです。同じ白大理石でできたイタリア・ミラノのカテドラル(大聖堂)が今でこそ真っ白あるいはピンク大理石のところは桃色に輝いてはいますが、数年前まで真っ黒なおどろおどろしい姿だったことを覚えていますか?
同じ白大理石でできたタージマハルが、なんであんなにキレイなのか今回ようやく判明しました。
週に一度(だったかな)は、今でも必ず水で廟を洗い流しているのだそうです。決してミラノ大聖堂がとんがっていてシワシワなデザインだから汚れていて、ツルンとしたたまねぎ型のタージマハルだから汚れが付かないわけではなかったことを知りました。手入れ状態の違いによるものでした。やはり総大理石作りは圧巻です。カトリックもイスラムもそんな宗教の違いではなく、美しさはいずれも比較なんて出来ないようなそれぞれに深い歴史やドラマがそこにあることをあらためて知りました。
国財をなげうっての贅の限りをつくしたタージマハルと、ただ死を待つだけのために一日のときの流れを味わう老人の姿もどっちもインド。
今回もまた、やっぱり百聞は一見に適わないと感じる旅になりました。
撮った画像は悠に600枚を越しています。
ちょっと吟味してからアップしようと思います。
IT化の進むインド。
デリーの町はすでに大都市化がはじまっています。バラナシのような私たち外国人がイメージするインドらしさのあるインドの地も、あと10年後に果たして同じ悠久の姿を私たちに見せてくれるのでしょうか。。。
いろんなことを考えたインド。そこで出遭ったもの・人全てと、手元に残された600枚の画像が貴重な宝物です。
インド料理は、とても私たちには合いました。
旅行者用のスパイス控えめ仕様なカリーではなく、現地印度人が好む「スパイシーカリー」をガイドさんに「大丈夫?」と心配されながらトライしましたが、こちらのブレンドのほうが、私たちには美味と感じました。ただ辛いのと違って、カルダモンとかターメリックとかいろんなスパイスがどれも絶妙にブレンドを変えて味付けられているので、本当にどれも独立したうま味で飽きることもなかったんです
今度また行く機会があったら、やっぱりバラナシから旅をスタートさせたいです。それにしてもインドは広いですっ
あと何回、私の人生のなかで、インドの地(というより、バラナシ!)を踏むことができるだろうか。
でも、あくまでそれは異邦人として、旅行客として通過させてもらうだけにすぎない事ではあるのだけど。
それでも、知らないよりは知りたいし、気づかないよりは気づいて考えてみたい。こうして好奇心に満ちた帰国直後の夜も更けてゆくっ
追伸;デリーのマーケットで大人買いをしたヨーガに使えそうなマントラや民族楽器演奏のCD、まともに鑑賞できたものは友人が一枚。6枚買った私が二枚…さすがに最後まで『インド』的な祝福に見舞われている私たちでした。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 レンタカー
- 航空会社
- エアインディア
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バ。。。バラナシなのですが
あああ!!後日、あらためてアップしますッ。
(PCに取り込んだはずの画像が消えました(ToT)
もう一度、再取り込みしにまいります〜
ごめんなさい!! -
バラナシから車で1時間ちょっとくらいでしょうか。
なんだかバラナシより鮮やかな町に入ったのかな〜って思ったら、つきましたサルナート。お釈迦さまがはじめて説法をされた地として、世界中のブッデイストやお坊さんが巡礼に訪れています。 -
入場料を支払って、喜捨の手を振り払ってようやく入場です。前方に「○○の歩き方」に載ってた物体を発見!!
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寺院の遺跡群です。大学時代発掘のバイトに精をだしてきた私にはヨダレものの懐かしさもこみ上げてきます(仏教徒というか、我が家には特定の宗教はないのですが)
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苦行者みたいな方や、顔に白いラインを入れたバラモンさんとか、丸刈りで明らかにヒンデイーさんでない方々が時計と反対周りに回って思い思いのお経を唱えています
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野良豚も歩いています。
ヒンデイーにとって、牛は神様の使いだから食べない。豚は汚いものを食べてるから食べない、といいますが、よく観察していると、この野良豚も野良牛さんも結局は道端のゴミをあさっておりまして、おんなじものをお食べになっていらっしゃいます、ハイ^^; -
いったい皆、何をしてるんでしょう。
野良犬も野良ブタも野良サルも、野良牛も、そして既に廃止されてはいますが、かつて下層カーストだったと思われる老若男女はみな、干渉しあうことなく、さまよっています。ときどき「悠久」という意味がわからなくもなります。 -
聖なるガンガー(ガンジス河)をたたえて毎晩とりおこなわれている「火の祭典」まであと1時間、というころ(現地17時半頃)。ガンガーに向かってガンガーと並行にガートよりさらに高台になっているエリアにしつらえてある祭壇。毎晩ヒンズー教のお坊さんがガンガーを讃える儀式を行います。
ヒンズー教徒はもちろん、観光客もインド各地、海外から毎晩祭典を見学あるいはヒンディーとして祈りをささげる皆さんでごったがえします。
まだまだ画像は少しずつ増やします! -
18時をまわり、夕闇の中では三脚無しの一眼レフでは手振れブレブレ...なんですがやっぱり一期一会。インドの画像は削除できないその場限りの映像もおおく、そのまま掲載させていただきました。
ちょっと見苦しいかと思いますが、ヒンデイーな雰囲気だけは感じていただけたらうれしいです!! -
火の祭典をガンガーの船上から見ているインド各地や各国からの観光客のご一行さま方。
私たちは、予言者(ヨゲーシャ)さんの言うとおり早めによいポジションをキープしたのでイケメンのヒンデーのお坊さんのまん前で最高でしたっけね〜 -
延々とさまざまな火をくゆらせた蜀台をグルグル回すので手もいたそうでした。それでも止めません。みな一列に等間隔に並んだお坊さんたちは同じ動きをするので自分だけ休憩なんてありえないんですね、きっと。
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画像が前後しちゃいました。最初に何箇所かに集まってお経のような呪文のような発声ののち、各ポジションについてガンガーの祀りがはじまります。
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