1996/10/15 - 1996/10/30
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首都デリーから、夜行列車で約51時間。
広大なデカン高原を南下していくと、イスラムの影響を受けた北とはまた違った、もうひとつの「インド」がありました。
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南インドの旅
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1996年10月、南インドを旅しました。
デリーから夜行列車でマドラスへ。そこから最南端カニャークマリ、トリヴァンドラム、コヴァーラム・ビーチを巡り、バックウォーターを通過してコーチンへ。
そこからバンガロールへ抜けました。
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- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
-
10月13日(日)
私はニューデリー発マドラス行きG.Tエクスプレスの車内にいた。
デリーからマドラスまでは直線距離でも約2000キロ。
出発は午後6時45分、到着予定は2日後の午前7時、所要36時間。尋常ではない行程である。
私の乗った車両は3‐Tier Sleeperという三段式の寝台車両でベッドは最上段。当時の金額で349ルピー(1,222円)だった。
10月14日(月)
朝、起きると列車は駅に停車していた。
停車は数時間にも及んだ。そして、出発後もそのスピードはのろのろとしたものだった。
夕方、車内のインド人からこの列車は10時間遅れているということを聞く。
夕方の時点でまだ行程の半分にも到達していないようだった。
10月15日(火)
3日目の朝、外の風景は明らかに変わっていた。
林立する椰子の木、南国らしい光景がなんだかやけに爽やかに感じられる。
駅に着くと、文字はタミル語の丸まっちい文字に変わっていた。チャイ売りではなくコーヒー売りがやって来るし、人々の顔も雰囲気も何だか今までとは違う。
我々はとうとうドラヴィダ圏に辿り着いたようだ。
結局、列車はその後ものろのろと走り続け、マドラス中央駅に到着したのは夜の10時のことだった。
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インドの鉄道旅|首都デリーからチェンナイ(マドラス)へ! 51時間列車の旅
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デリーから丸3日かけて辿り着いた夜のマドラス。
列車を降り、巨大なバックパックを担いで中央駅を出ると、そこには土砂降りの雨と雷鳴の音が鳴り響く嵐のような光景が広がっていた。
大粒の雨滴にバチバチと叩かれながらリキシャと交渉。だけど、こういう時に限って奴らは吹っかけてくる。
彼らはこの雨の中、私がリキシャを捕まえるしか手立てがないことを知り尽くしているのだ。 -
10月16日(水)
昨晩、雨の中宿が見つからず、中級のインペリアルホテル(185Rs)に宿泊したが、この日は宿をサルベーション・アーミー(40Rs)に替えた。
朝飯は、エグモア駅前にあるレストランでマサーラ・ドーサを食べた。これはうまいと思った(40RS)。
この後、ドーサは私のお気に入り料理となり、毎朝のように食べることとなる。
この日は、GPOで郵便を送り、そこで出会った日本人と共にインド舞踊バーラタナティアムの公演を探したが見つからず。 -
10月17日(木)
午前中にITDCに行き、バーラタナティアムの公演スケジュールを聞く。
すると、ちょうど本日公演があるとのこと。
場所と時間を確認した後、街歩きへ。
カバーレシュワラ寺院(写真)で、南インド特有の寺院の門塔(ゴプラム)を見物、サントメ聖堂(キリスト教会)を訪れ、ベンガル湾を見に海岸へも行ってみた。
明日のカニャークマリ行きのバスチケット(132RS)もゲットした。
そして、夕方、いよいよバーラタナティアムを観に雨の中ミュージック・アカデミーへと向かう。 -
ホールに入った時、すでに音楽の部が始まっていた。
ムリダンガムという両面太鼓のリズムに乗せてヴァイオリンのインド風演奏とボーカルのコブシを効かせた歌が聴こえる。
一時間ほどで音楽の部が終わり、15分休憩の後、再び幕が開いてミュージシャンたちが再登場した。
彼らは踊りの伴奏者だ。
ムリダンガム、フルート、バイオリン、そして、ヴォーカルが二人。
それぞれ定位置に座ってチューニングをやり始める。
そして、そのうち、おもむろにフルートがその繊細な音を静かに吹き始めると、いよいよお目当てのバーラタナティアムが始まる。
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チェンナイでインド舞踊「バラタナティアム」(Bharata Natyam)を鑑賞!
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10月18日(金)
朝、宿の部屋(ドミトリー)全体がプールのように浸水していて焦った。
皆で荷物をベッドの上に引き上げ、プカプカ浮いているサンダルを拾った。
街中も雨で洪水状態だった。
夕方のバスの出発まで、映画を観た。
「いかにも」なごった煮のマサラムービーだった。
17:30分、バスは出発。
インド最南端の地、カニャークマリを目指す。 -
10月19日(土)
聖なるコモリ、カニャークマリ。
インド最南端の岬、アラビア海、ベンガル湾、インド洋がぶつかるヒンドゥー教最南の聖地でもある。
バスでこの町に到着した私は、N.R.S.ロッジという安宿に投宿した(シングル80Rs)。
部屋の窓から海が見渡せる。
この町にはインド人観光客(巡礼者)がやたらと多かった。宿もそのためにあるらしく、多くのインド人が泊っていた。
レストランのメニューも、グジャラートやラジャスターンなど、各地の定食がオーダーできるようになっていた。
夕方は、海沿いにある寺院へと行ってみた。
ここは裸足で、上半身裸でないと入ることができない。
薄暗く石の柱が林立する内部には、たくさんの神様が祀られていた。内部で額に赤いピンディーを付けてもらった。 -
イチオシ
10月20日(日)
ムリダンガムの単調なリズムと、それに合わせた女性シンガーの狂的な歌声が聴こえる。
スピーカーから何度も何度も繰り返される音割れしたそのキンキラ声。
寺院から流される祈りの歌声であろう。窓の外に目をやると、空は漆黒ではなく濃い群青色に変わっていた。
朝である。
今日という一日がもうすぐ始まろうとしているのだ。
ガートへと向かって歩いていくと方々から人々が集まってくるのが見えた。皆、日の出を拝み、朝の沐浴をしにいくのだろう。
ふと、顔を上げると既に空が明るくなってきている。
ガートに着いて驚いた。人が多い!
ガートとその周りの海岸沿いが人で埋め尽くされているのだ。どこにこんな大勢の人が隠れていたのだろうか…。そう思えるほど海岸は混雑していた。
私は大勢のインド人に混じってガートの端っこに腰掛けた。
打ち寄せる波。海の色はまだ深い藍色だ。
水平線と空の境を見やると、そこは、ぼんやりと赤みを帯びていた。
もうすぐである!
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インド最南端の岬「カーニャクマリ」(コモリン岬)で日の出を見る
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10月21日(月)
昨日、14時半発のバスでコヴァーラム・ビーチへと向かった。約3時間半で到着。
Lakshimi Nivas(シングル70Rs)に宿泊。
ここは南インド屈指のビーチリゾート。
翌日から1週間、ビーチライフを満喫した。 -
イチオシ
早朝、私は日の出を見るため海へと出掛けた。
しかし、太陽は陸側から出るため、日の出そのものは見ることができない。
砂浜をぶらぶら歩いていると、漁師たちが船を出す場面に出くわした。
4本のゆるく曲がった木を組み合わせ、留め金の役目を果たす木をはめ込み、ロープで縛る。
到る所で作業は行われていた。 -
網や鉄のへらのようなものなどを持ちこみ、2人組で出航。オールを漕ぎながら沖合へと向かう。
朝日が輝く中、小さな木のボートとそれを漕ぐ黒い男たちの姿は美しかった。
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南インド・ケララ州の楽園「コヴァーラム・ビーチ」の海
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10月22日(火)
ケララ州の州都トリヴァンドラムは、コヴァーラム・ビーチからバスですぐのところ。
KTDCでインド武術「カラリパヤット」の道場の場所、練習時間などを教えてもらう。
バックウォーター(クイロン〜アレッピー)の船の時間、料金なども教えてもらう。
その後、ネピエル博物館を見学。
彫像やハンディクラフトなどの展示物も面白かったが、何より建物が魅力的だった。 -
昼飯は、駅前にある「インディアン・コーヒーハウス」でマサーラ・ドーサを食べる。
この店は、建物がらせん状になっており、階と階の境がない面白いレストランだ。
街の中心の寺院にも行く。
しかし、寺院内には入ることはできなかった。
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「椰子の国」ケララ州と州都「トリヴァンドラム」(ティルヴァナンタプラム)
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10月23日(水)
カラリパヤットの今日の早朝練習は基本的な移動練習のみで終わった。
何でも昨日、フェスティバルがあり、そのために練習していたが、それが終わってしまったため、軽い練習しかなかったのだとのこと。
足を高く上げながら、何度も移動練習を繰り返していた。
練習は1時間ほどで終わった。 -
イチオシ
10月24日(木)
10月25日(金)
コヴァーラム・ビーチでは、海で泳ぎ、体を焼き、海を眺めながらシーフードを食べビールを飲み、音楽を聴き、旅行者連中と話をしたり、ゲームをしたり、美しい夕陽を眺めたり、のんびりと過ごした。
旅行者にはいろいろな人がおり、彼らと煙をくゆらしながら話すのは楽しかった。
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南インド・ケララ州の楽園「コヴァーラム・ビーチ」の海
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夕方になると海沿いのレストランへ行って毎日、夕陽を眺めながらシーフードを食べた。
どの魚にするか目で見て選べるのが嬉しい。
ビールを飲みながら、アラビア海に沈む夕陽を眺める。
旅行者向けの安いレストランだが、最高にリッチな気分だった。 -
日の沈む頃、旅行者だけでなく、地元の人々も海岸に集結してくる。
椰子のシルエットが美しい。
まだあまりツーリストずれしていない1996年の南インド。
天国のような所だった。 -
10月26日(土)
コヴァ―ラム・ビーチから北、ケーララ州の海岸線には椰子の木の森と無数の川に囲まれた複雑なデルタ地帯がある。ここをバックウォーターという。
このバックウォーターを船でクルーズするというのがこの辺りの観光のメインでもある。
私はクルーズ船に乗るため、州都トリヴァンドラムからバスで2時間行ったところにあるクイロンの港へと向かった。
ボートには既に大勢の西洋人たちが座っていた。私も彼らに混じって空いている席に座る。
これから約8時間、我々はこのボートで北87キロのところにあるアレッピーの町へと向かうのだ。
ボートの出発を待ちながら、傍らに見えるキラキラとした水面や強烈な陽光の作り出す椰子の木のシルエットなどを眺めていると、不意に、日本語が聞こえてきた。
「隣、いいですか?」
日本人だ。柔和そうな中年のおじさんだ。
「ええ、どうぞ」
私はもちろん、そう答えた。 -
ボートはゆっくりと水郷を進んでゆく。
網の目のように離合集散を繰り返す水路、椰子の木が地平線の彼方まで延々と生えている。
椰子の森の中に建つ、素朴な風情の民家。
裸の子供が、洗濯をするおばさんが、小舟を漕ぐおじさんが、我々に手を振ってくれている。
空は青く、もくもくとした雲がたくさん浮かんでいた。それらが心地よい風に吹かれゆっくりと流れている。
美しいエメラルドグリーン色の水面、そこをのんびりと進む真っ白な帆を張った小舟、岸辺には地方独特のチャイニーズ・フィッシング・ネットとよばれる巨大な網が並んでいた。
子供らがバシャバシャと泳ぎながら船に近づいてきた。
「ペン、ペン!」「キャップ!」
などと大声で物をねだる。
河岸でその様子をぼんやりと見ている牛、その向こうの椰子の狭間からは広大な水田が広がっているのが見える。 -
10月27日(日)
昨晩、船とボートを乗り継ぎ、コーチンに到着した。
宿は、船で出会ったおじさんとツーリストハウスという安宿(50Rs)に宿泊したのだが、この朝、宿替えをすることにした。
Grace Hotel(ダブル175Rs)。昨晩の宿よりもずいぶん快適な部屋になった。
この日は、コーチンをぶらぶらと見て回った。
特に印象的だったのは、サンタ・クルス聖堂でのミサ。
南インドにはキリスト教会が多いが、南国風のおだやかな雰囲気のミサだった。 -
夕方は、海沿いに並ぶチャイニーズ・フィッシングネットを見に行った。
夕暮れ時、赤い空をバックにしたそのシルエットは美しかった。
ネットの傍らで腰掛けているとインド人の男が隣に座った。彼はこのネットの持ち主の猟師だと言う。
彼がネットについて教えてくれた。
このネットは昔中国から伝わったものなのだと言う。仕事は朝6時に行う。数分おきに網を上げたり下げたりする。そうするとたくさんの魚が引っかかるらしい。
彼と一緒に紫色に輝く水平線、そして、その向こうに沈む太陽を眺め続けた。
無言で遠くの波頭に目を細める二人。
並んでいるネットの影が徐々に徐々に闇に溶けていった。 -
10月28日(月)
ケララ州最大の都市コーチンのエルナクラム駅近く、
天幕の張られた屋外の小屋「See India Foundation」で、私は「カタカリ」を見た。
私と同部屋のおじさんが建物に入って行った時、舞台では役者がメーキャップをしている最中だった。
「カタカリ」は日本の歌舞伎に似ている。
派手な隈取を顔に施し、動くのが大変そうなほど重々しく豪華な衣装を身に纏う。
そして、演者は全て男性である。
メーキャップは繊細で入念なものだった。
ココナツの染料で目を吊り上げ、口を大きく見せる
頬っぺたに派手な飾りをつけ、顔も大きく見せる。
目にはスパイスを入れ、その充血により表情を豊かにしようとする。
黒、緑、白、赤、黄……。
様々な染料で丁寧に顔が塗られていく。
話によるとこの化粧は約6時間もかかるのだそうだ。
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ケララ州コーチンで、インド伝統舞踊「カタカリ」(Kathakali)を見ました
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いよいよ始まったカタカリの踊り。
巨大な太鼓と小さなシンバルに合わせて踊り手が登場する。
ド派手な衣装である!
ドンドコ叩く太鼓に合わせ、ゆらゆらゆっくりと踊るのだが、時々急にメリハリをつけた素早い手や顔の動きをする。
途中で、女役の踊り手が出てきた。
「カタカリ」の踊り手は手指や体の動き、表情によって感情を表現し物語を演じるという。
「怒り」や「笑い」「喜び」「悲しみ」「恐れ」。
「蛇」や「魚」などの動物の動き、「蓮の花の開花」や「蓮の花に蜂が蜜を吸いに来る場面」などといった複雑な情景も、表情や体の動きなどで表現していく。 -
10月29日(火)
私がその青年、ナレンと出会ったのはコーチンからバンガロールへと向かう夜行列車の車中でのことだった。
列車はバンガロールへと向けて快調に疾走していた。
窓の外には夕暮れに沈みかけた椰子の森が見える。
昨日、チケット売り場に四時間も並んで寝台席の切符をようやく手に入れた。
座席車での夜行は辛い。しかし、寝台席であれば長い道中を寝て過ごすことが出来る。
寝台は軟な私にとってはなくてはならないものだったのである。
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