2006/06 - 2006/06
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ma2okaさん
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City Hall
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ドイツ南部、バイエルン州の街・バンベルク。数々の聖堂や修道院をいだく7つの小高い丘に囲まれたこの街は、「フランケンのローマ」と呼ばれている。奇跡的に戦火を逃れ、中世の町並みがそのまま残る。11世紀初め、ドイツ国境付近での争いを治めるため、神聖ローマ帝国皇帝・ハインリヒ2世は、この街に居を移すことに決める。それまで、フランケン地方の一都市に過ぎなかったバンベルグは、歴史にその名を残すことになる。
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バンベルクは、レグニッツ川と自然に囲まれた中世の街。川の中州の市庁舎、大聖堂や中世の町並みは自然に逆らう事無く、調和する町並みは、奇跡の景観を作り出している。ユネスコ世界遺産の登録対象地域は、歴史的な市の中心街、インゼルシュタットレグニッツ川の二つの分流の間にある「島の街」、ゲルトナーシュタットが含まれ、その総面積は約140haとなる。1993年に世界遺産に登録された。
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レグニッツ川に掛かる橋、バンベルクの守護聖人クニグンデの像。中世の町並みを見守り続けている。クニグンデとは神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世と皇后エレオノーレの娘。1470年、ハンガリー王マーチャーシュに求婚されたが、フリードリヒ3世はこれを拒絶した。クニグンデは父の意に反してバイエルン公アルブレヒト4世と結婚した。アルブレヒト4世が死んだ1508年、クニグンデはピュートリヒ修道院に入り、修道女となる。
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橋を飾る十字架像。バンベルク歴史地区は広大な敷地面積が世界遺産に登録されている。その敷地内には1000を超える記念碑や建造物があると言われている。
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川の中州に建てられた珍しい市庁舎。市庁舎が川の中州に建てられた理由は、当時バンベルク市民が市庁舎建設用の土地を、司教に要求するも折り合いがつかず、司教の管轄地域と居住区の境界線とされていたレグニッツ川に市民の参政権を誇示するために建てられたと言われている。
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司教区側のフレスコ画は、司教領主フィリップ・アントン・フォン・フランケンシュタインの死去の場面が描かれている。
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テラス上部、聖ゲオルグの紋章。英語名、ジョージは大地で働く人を表し、この場合はここからが、居住区である事を表している。
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テラス上部の楯は司教領主コンラート・フォン・シュターディオンのもの。居住区と司教区との境界線が川であるため、ここから先が司教区である事を表している。また壁のフレスコ画は、新司教領主のバンベルク入りの場面が描かれている。
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小ベニス地区。かつては漁師町としても栄えたバンベルク。中世の面影をそのまま残している。農作物を作る園芸地区など、役割ごとに分かれている。今も残る園芸地区では畑と中世の家々が混在する風景の中で、人々が変わらず農業を営んでいる。
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ガーベルマンスの噴水。中央はネプチューン。
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バイエルン王マクシミリアン1世の像。
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