2008/05/04 - 2008/05/04
85位(同エリア253件中)
ころっつさん
4トラ旅行記を作成しはじめた当初の目的は過去の旅行の写真を整理しながら、思い出を旅行記とすることでしたが、これが慣れていないせいかなかなか時間がかかり大変。
少しずつですが、再びアップするようにしていきます。ということで、今回は愛媛県・伊予の小京都・大洲から古いまちなみが残る内子の石垣集落をめぐる旅行記です。
- 交通手段
- 自家用車
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まずは伊予の小京都・大洲のシンボルである大洲城を訪れました。
大洲城は、人口5万人を誇る大洲のまちの中心を貫流する肱川のほとりの小高い丘の上にあります。 -
大洲城は日本百名城のひとつに数えられています。江戸時代の大洲藩の石高は6万石。
明治維新後に天守は取り壊されましたが、4棟の櫓は解体されずに残っており、国の重要文化財に指定されています。 -
で、現在そびえ立つ4層4階の天守は、明治期に撮影された外観の古写真などの資料をもとにして、大洲市制施行50周年記念事業として、平成16年に木造で復元されたものです。もともと残っていた台所櫓や高欄櫓と連結した複連結式天守となっています。
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天守は木造で復元されており、多くの復元天守のように内部を見学してがっかりすることはないです。
内部の構造に関する資料も多く残っていたため、忠実に復元させることができたようです。そのためなのか、天守の階段は福祉視点からは優しくない急傾斜となっています。 -
天守内部から田園に広がる大洲のまちなみを望みます。
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大洲城を後にして、市街地にある商工会議所近くの駐車場に車を停めて、「ポコペン横丁」に向かいました。
ポコペン横丁とは、大洲まぼろし商店街1丁目として、昭和30年代のまちなみを再現した空間です。 -
ポコペン横丁では、日曜日など休日に駄菓子や中華そば・コロッケ・焼き鳥・昔遊びなどの出店がオープンするレトロな雰囲気が漂うスペースとなっています。
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ここはあまり広くない空間ですが、大分の豊後高田の「昭和の町」を小さくしたような感じです。自分が小さい頃にはまだ残っていた昔懐かしい雰囲気を持っている場所です。
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ポコペン横丁のすぐ近くには、明治時代に銀行として建築された「おおず赤煉瓦館」があり、物産品の販売や喫茶室などが内部には入っています。
洋風の赤煉瓦の壁に和風の瓦屋根が特徴的な建物です。 -
ポコペン横丁から南に歩いて行くと、大洲でもっとも早く開けた場所で、江戸時代以降の面影を残すなまこ壁や漆喰壁の土蔵が並ぶまちなみが残っています。
NHK朝の連続テレビドラマ「おはなはん」のロケがここで行われたことから、「おはなはん通り」と名付けられています。 -
「おはなはん通り」から東に少し歩くと、明治・大正期に養蚕や製糸業で栄えた古い面影がある家並みが残っています。
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さらに東に行くと肱川に面した小高い丘の上には、明治時代に当地の貿易商が4年かけて築いた別荘「臥龍山荘」が建っています。
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山荘には、臥龍院など3棟の趣向を凝らした建物が残っており、対岸の冨士山などを借景とした四季折々に美しい姿を見せる庭園が備わっています。
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臥龍院は数寄屋造りの茅葺屋根の建物で、内部も見学することができます。この山荘の敷地面積は3千坪にもおよびます。
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山荘は肱川随一の景勝地にあり、その中にある不老庵は肱川が湾曲した臥龍淵(がりゅうのふち)の崖のすぐ上に建てられており、特に風光明媚な景色が味わえるところです。
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臥龍山荘のすぐ下を流れる肱川河岸からは、春から初夏の休日には「臥龍の渡し」が運航されており、10分間ほどの水上の遊覧が楽しむことができます。
舟に乗ると、川の上は思った以上に涼しい風を感じることができます。 -
臥龍淵にそびえ立つ不老庵を肱川の船上から眺めます。
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続いて大洲の15キロほど東に位置する内子は大洲藩の領地となり、藩の専売品である和紙と木ろうの産地として栄えたまちです。
まちなみ見学の駐車場からは、まちなみを巡るレトロなバスも発着しています。 -
江戸時代から明治・大正期にかけて栄えた街道沿いの八日市・護国地区には、悠久の歴史を伝えるまちなみが残っており、四国で初めて国の重要的伝統建造物群保存地区に指定されています。
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浅旧街道の両側に立ち並ぶのは、昔ながらの面影を残す商家群です。
ここにある多くの商家は、江戸時代には大洲藩の専売品を、そして明治期に入ってから生糸を取扱い財を成したそうです。 -
黄色や白漆喰で塗り込まれた壁に虫籠窓を持つ民家が多く見られます。漆喰は防火機能を持つことから江戸時代に建造物に使用されることが奨励されていたようです。
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まちなみの中程にある大村家は、江戸時代の後期に建築された国の重要文化財にも指定されている立派な屋敷で、浅黄色の外壁に白漆喰の格子模様が特徴となっています。
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内子のまちなみの中でただひとつ残る和蝋燭のお店・大森和蝋燭屋です。昔ながらの手作業で製造するそうです。
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木蝋により財を成し、発展した豪商の上芳我邸です。
ここは本芳我邸の分家で、明治時代中期に建てられた邸宅で、現在は木蝋資料館として内部は公開されています。 -
まちなみに立ち並ぶ屋敷の屋根や外壁には、その財力で施したさまざまな意匠が見られます。
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この家は漆喰で仕上げた鏝絵の枠にも亀を装飾した意匠を持っています。
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生き生きとした表情を持つ鬼を装飾した意匠。
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歩いていると、まちなみの中にある民家の内部では、さまざまな鏝絵が所狭しと飾られていました。
鏝絵は、着色した漆喰を用いて、招福や花鳥風月をテーマとした左官大工が仕上げる芸術的作品です。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ゆういちろうさん 2010/01/15 17:35:34
- 鏝絵
- ころっつさん、こんばんは〜。
毎回毎回素晴らしい街並みをご紹介下さって、本当にありがとうございます。
こういった古い街並は、ガイドブックではさらっと紹介されるだけなので
ころっつさんの旅行記は本当に有り難いです。
そしてこの鏝絵は素晴らしいですね。匠の技が光ります。
鏝絵と言えば、大分の安心院(あじむ)の鏝絵をいつか見に行ってみたいと思っています。
ころっつさんは大分を訪れたことがあるようですが
安心院にはお立ち寄りになられましたか?
ゆういちろう
- ころっつさん からの返信 2010/01/17 23:15:25
- RE: 鏝絵
- ゆういちろうさん、こんばんは。
いつもいつもご訪問いただき本当にありがとうございます!
古いまちなみに残る鏝絵は、当時の財力や文化を感じさせる芸術作品で、私も好きです。
大分にはこれまで何度か行ったことがあるのですが、確かに安心院には鏝絵は多く残っているみたいですね。以前から気にはなっているんですが、残念ながらまだ行ったことはありません。
安心院の近くの院内には、立派な石橋も残っているので、そちらには昔行ったことがあるのですが、ガイドブックにもあまり紹介もなく、鏝絵の魅力も知らずにいましたので…。
当時はとにかく、折角来たのだから…と多くの有名観光地を早回りで立ち寄るスタイルの旅行をしていましたので、スルーしていました。
いつか行ってみたいと思っています。
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- 横浜臨海公園さん 2010/01/15 16:59:45
- 伊予大洲の街並み
- ころっつさま、こんにちは。
何時も拙稿をご覧くださいまして誠に有難うございます。
伊予大洲にお出でになられたのですね。
大洲は城下町ながらこじんまりとしていて、昔々そのまた大昔、NHKの朝ドラ「おはなはん」のロケで使われたことから一躍脚光を浴び、一時は押すな押すなの観光客集団が大挙して押しかけた時代もあった様ですが、現在では昔の静かな佇まいに戻り、ほのぼのとした雰囲気が情緒として好ましい街造りにさせた所です。
早速1票を投じさせて頂きました。
続編も期待しております。
横浜臨海公園
- ころっつさん からの返信 2010/01/17 23:06:47
- RE: 伊予大洲の街並み
- 横浜臨海公園さん、こんばんは。
こちらこそいつもご訪問いただき、ありがとうございます!
そして投票いただきありがとうございます。
徐々に過去に行った写真を整理するため、思い出しながら旅行記として作成しています。私は「おはなはん」を見ていませんし、まだ生まれる前の朝ドラだったので、その反響は知りませんでしたが、押すな押すなというほど観光客が訪れるほどの時期もあったのですね。知りませんでした。
なにより伊予大洲は再建された木造のお城も素晴らしかったです。
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