コルカタ (カルカッタ)旅行記(ブログ) 一覧に戻る
記事を長々と書きすぎたので、この15本目にて無理やり完結させよう(笑)<br /><br />航空券はニューデリーIN コルカタOUTのオープンジョー。<br />デリーからコルカタまで1500kmを、陸路で移動した。移動日は3日、うち車中2泊。<br />長らく植民地時代の呼び方「カルカッタ」ではあったが、そもそもベンガル語の呼称「コルカタ」になったのは割と最近の2001年である。で、デリーなどから来た長距離列車はガンジス川の支流フグリー川の対岸にあるハウラーに着く。つまりターミナルは「ハウラー駅」なので時刻表を見るときは注意。<br />列車はいったい何時間遅れで到着したのだろうか。。。5時間くらいだったら早いほうだか。<br />外に出ると、2月中旬なのに、完全に「真夏の太陽」であった。暑い。30度は余裕。<br /><br />前にインド旅行中は駅や列車の写真を撮っていないなと書いたが、ハウラー駅でタクシーに乗ってから、唯一の写真を外から撮っていた、その画像が残っていた。<br /><br /><br /><br />さすがイギリスによるインド植民地化の重要拠点である。アグラやバラナシから来ると、雰囲気ががらりと変わって大都市となり、あの「動物たち」がまったくいない。<br />乗るタクシーは古めかしいけれども黄色で統一されている。<br />これが同じ「インド」か??<br />幅の広い舗装道路を車やタクシー、バス等が走りまくる大都市。地下鉄だって走っている。前日までのインドのイメージがまた塗り替えられた。<br /><br />デリーで会った運転手とは大違いの、拍子抜けするフツーのドライバーさんに、タクシーで向かってもらったのは「サダルストリート」という安宿街だ。ここに安宿も、世界中のバックパッカーも集まっている。ドミトリーを選択。もう覚えていないが、多分日本円で150円くらいだったのではないか。フランス人の集団もいれば、台湾人もいた。なんでこんなに安宿を目指したのだろうかといまでは思うが、タフなインド旅行もようやく最後のコルカタ1泊を迎え、もはや、シャワー浴びて寝られればどこでもいいやという気分だった。<br />ただし最終日、バンコク行きの飛行機は26時に空港を経つ・・・ということは翌日もまる一日、コルカタに滞在。<br /><br />ここ、コルカタに来ると、いままでまるで見なかったスーパーや電機屋や紳士服専門店や、高級レストラン、銀行もATMもある・・・! 道行く人もせわしなかった。ウザい客引きもいない。<br />そんな感じの都会で一体何を見たのか・・・<br /><br />うーん、覚えてない。。。<br /><br />イギリス統治時代の建物はたくさんあった筈だが・・・<br />あれほどアグラやバラナシでのムカツク出来事を鮮明に覚えていながら・・・ウザい加減の違いが、長期記憶につながる、という典型的な「症例」だ(笑)<br /><br />そして、最後の滞在地コルカタで覚えているのは、やっぱり向こうの人に出会ったことだった。<br />名前が思い出せないその人は、インド空軍を退役した元軍人で、市内での用事を済ませて家に帰る途中だったというが、私がキョロキョロしているので話しかけてきた。<br />「○○へ行きたいんだけど・・」 で、どこに行こうとしていたのかは今となっては全然覚えていない私である。<br />「それはこのバスに乗ればいい。あなたはネパーリーか?(Are you Nepali?)」<br /><br />海外旅行でいつも「中国人?」と言われるワタシだが、このとき初めて、「ネパール人」と間違えられた。そして同じような質問は別のベンガル人からもされ、そして帰国後は、目黒のネパール料理店で私の質問に答えてくれたネパール人に「うん、ネパール人に見えるネ」・・・と言われて、現在に至る。<br /><br />退役だからおそらく60歳位にはなっているだろう彼は親切にも市内を案内し、町の説明をしてくれた。その内容もまた、まったく記憶には残っていない。高齢者なのにシャキっとして、話しぶりからも怪しいインド人とはひと味違った。<br />ただ、覚えているのはその後の事。<br />彼はインド滞在が今日で最後という私を、わざわざコルカタのオススメ「中華料理店」に連れて行って中華料理を振る舞い(実際たいへん美味しかった。クミコの宿の日本食を除けばインド料理以外見てこなかった私にとっては料理ももちろん、お味の方も衝撃。そして勘定を彼が済ませたのも・・・「きのうまでのインド」からみれば実に驚きだった)、アグラで飲んで以来見ることもなかったビールを注文し、自分も飲んでほろ酔い状態になってから「この国では町で飲んで酔っ払っているとつかまるからな、場所を変えるぞ〜」などと言い、さらに「ここでまた飲もう」と、市内の土産物店に私を連れ込んで店員にまたしてもお酒を出させ(=どこかから買ってこさせ・・すごい「権威」である)、軍服姿の写真を自慢そうに見せながらインド国内の空軍基地を転々とした軍歴を話したり、私の手相占いなどしたり、私に「家族に土産を買っていけ」と買い物をさせ、そのままヘベレケ状態になってしまった。あとはただの酔っ払いオジサンであるが・・・ボッタクリ屋とは明らかに異なっていた。<br />「デリーは良くない、あっちの人間は良くない・・」どっかで聞いたようなセリフによく似ていた。彼は言った。<br />「インドに来るならコルカタだ。ベンガルだ。見どころが沢山あるのになんでもう帰国するんだ? 次にインドに来るならウチに泊まりに来なさい」<br /><br />すっかり暗くなり、「そろそろ宿に戻って、預けてある荷物を取って、空港に行かなければ・・・」と言ったとたん、彼は軍人らしくシャキッとした。「宿はどこだね?」 店を出て黄色のタクシーをつかまえると、運転手にベンガル語で話しをした。「宿にまず行って、オマエの荷物を取ってから、空港に行くように話してある」 彼とはそこでお別れだった。<br /><br />2年以上、いやほとんど3年前の旅行をこうして書いてみると、忘却の彼方にあるものも多いが、忘れかけていた事が蘇ったり、鮮明なことが相変わらず鮮明であると再認識したりもする。旅の記憶に濃淡がある、至極フツーの事だ。<br /><br />・・・<br /><br />コルカタ空港は随分小さい空港だった。タイ国際航空の機材も小さかったが、機内はたいへん清潔で、土と埃にまみれ汗くさいであろう自分が乗るのは気が引けるほどだった。<br />深夜に定刻通りの出発。<br /><br />正直に書けば、インドには「体力のあるうちに一度は行ってみなければ」という「ヘンな義務感」以外の興味はあまり無かった。周りで出会ったほとんどの旅人がインド旅行の大変さを口にしており、おそらくエジプト旅行以来の、「二度と来たくない」と、大嫌いになって帰るのでは・・・と予想していた。<br />「予想どおり」、確かにムカツクことは山ほどあった。ボッタクリ屋のおかげでカネも使った。衛生的にも治安もモンダイだらけだ・・・けれども、予想に反してこの国が「大嫌い」にはならなかった。<br />ま、北インドにまた来ようとは思わないけれど。。<br /><br /><br />そう考えているうちにウトウトしてしまったが、飛行機はあっという間に明け方のバンコクに到着した。<br /><br /><br />おしまい。<br /><br /><br /><br />2009-12-23<br /><写真は使い回しておりますが、コルカタ・ハウラー駅。なお記事も別サイトのブログからの使い回し、転載です(笑)>

【旅行記】遙かなるインド・2007(15)完結

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2007/02 - 2007/02

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okura

okuraさん

記事を長々と書きすぎたので、この15本目にて無理やり完結させよう(笑)

航空券はニューデリーIN コルカタOUTのオープンジョー。
デリーからコルカタまで1500kmを、陸路で移動した。移動日は3日、うち車中2泊。
長らく植民地時代の呼び方「カルカッタ」ではあったが、そもそもベンガル語の呼称「コルカタ」になったのは割と最近の2001年である。で、デリーなどから来た長距離列車はガンジス川の支流フグリー川の対岸にあるハウラーに着く。つまりターミナルは「ハウラー駅」なので時刻表を見るときは注意。
列車はいったい何時間遅れで到着したのだろうか。。。5時間くらいだったら早いほうだか。
外に出ると、2月中旬なのに、完全に「真夏の太陽」であった。暑い。30度は余裕。

前にインド旅行中は駅や列車の写真を撮っていないなと書いたが、ハウラー駅でタクシーに乗ってから、唯一の写真を外から撮っていた、その画像が残っていた。



さすがイギリスによるインド植民地化の重要拠点である。アグラやバラナシから来ると、雰囲気ががらりと変わって大都市となり、あの「動物たち」がまったくいない。
乗るタクシーは古めかしいけれども黄色で統一されている。
これが同じ「インド」か??
幅の広い舗装道路を車やタクシー、バス等が走りまくる大都市。地下鉄だって走っている。前日までのインドのイメージがまた塗り替えられた。

デリーで会った運転手とは大違いの、拍子抜けするフツーのドライバーさんに、タクシーで向かってもらったのは「サダルストリート」という安宿街だ。ここに安宿も、世界中のバックパッカーも集まっている。ドミトリーを選択。もう覚えていないが、多分日本円で150円くらいだったのではないか。フランス人の集団もいれば、台湾人もいた。なんでこんなに安宿を目指したのだろうかといまでは思うが、タフなインド旅行もようやく最後のコルカタ1泊を迎え、もはや、シャワー浴びて寝られればどこでもいいやという気分だった。
ただし最終日、バンコク行きの飛行機は26時に空港を経つ・・・ということは翌日もまる一日、コルカタに滞在。

ここ、コルカタに来ると、いままでまるで見なかったスーパーや電機屋や紳士服専門店や、高級レストラン、銀行もATMもある・・・! 道行く人もせわしなかった。ウザい客引きもいない。
そんな感じの都会で一体何を見たのか・・・

うーん、覚えてない。。。

イギリス統治時代の建物はたくさんあった筈だが・・・
あれほどアグラやバラナシでのムカツク出来事を鮮明に覚えていながら・・・ウザい加減の違いが、長期記憶につながる、という典型的な「症例」だ(笑)

そして、最後の滞在地コルカタで覚えているのは、やっぱり向こうの人に出会ったことだった。
名前が思い出せないその人は、インド空軍を退役した元軍人で、市内での用事を済ませて家に帰る途中だったというが、私がキョロキョロしているので話しかけてきた。
「○○へ行きたいんだけど・・」 で、どこに行こうとしていたのかは今となっては全然覚えていない私である。
「それはこのバスに乗ればいい。あなたはネパーリーか?(Are you Nepali?)」

海外旅行でいつも「中国人?」と言われるワタシだが、このとき初めて、「ネパール人」と間違えられた。そして同じような質問は別のベンガル人からもされ、そして帰国後は、目黒のネパール料理店で私の質問に答えてくれたネパール人に「うん、ネパール人に見えるネ」・・・と言われて、現在に至る。

退役だからおそらく60歳位にはなっているだろう彼は親切にも市内を案内し、町の説明をしてくれた。その内容もまた、まったく記憶には残っていない。高齢者なのにシャキっとして、話しぶりからも怪しいインド人とはひと味違った。
ただ、覚えているのはその後の事。
彼はインド滞在が今日で最後という私を、わざわざコルカタのオススメ「中華料理店」に連れて行って中華料理を振る舞い(実際たいへん美味しかった。クミコの宿の日本食を除けばインド料理以外見てこなかった私にとっては料理ももちろん、お味の方も衝撃。そして勘定を彼が済ませたのも・・・「きのうまでのインド」からみれば実に驚きだった)、アグラで飲んで以来見ることもなかったビールを注文し、自分も飲んでほろ酔い状態になってから「この国では町で飲んで酔っ払っているとつかまるからな、場所を変えるぞ〜」などと言い、さらに「ここでまた飲もう」と、市内の土産物店に私を連れ込んで店員にまたしてもお酒を出させ(=どこかから買ってこさせ・・すごい「権威」である)、軍服姿の写真を自慢そうに見せながらインド国内の空軍基地を転々とした軍歴を話したり、私の手相占いなどしたり、私に「家族に土産を買っていけ」と買い物をさせ、そのままヘベレケ状態になってしまった。あとはただの酔っ払いオジサンであるが・・・ボッタクリ屋とは明らかに異なっていた。
「デリーは良くない、あっちの人間は良くない・・」どっかで聞いたようなセリフによく似ていた。彼は言った。
「インドに来るならコルカタだ。ベンガルだ。見どころが沢山あるのになんでもう帰国するんだ? 次にインドに来るならウチに泊まりに来なさい」

すっかり暗くなり、「そろそろ宿に戻って、預けてある荷物を取って、空港に行かなければ・・・」と言ったとたん、彼は軍人らしくシャキッとした。「宿はどこだね?」 店を出て黄色のタクシーをつかまえると、運転手にベンガル語で話しをした。「宿にまず行って、オマエの荷物を取ってから、空港に行くように話してある」 彼とはそこでお別れだった。

2年以上、いやほとんど3年前の旅行をこうして書いてみると、忘却の彼方にあるものも多いが、忘れかけていた事が蘇ったり、鮮明なことが相変わらず鮮明であると再認識したりもする。旅の記憶に濃淡がある、至極フツーの事だ。

・・・

コルカタ空港は随分小さい空港だった。タイ国際航空の機材も小さかったが、機内はたいへん清潔で、土と埃にまみれ汗くさいであろう自分が乗るのは気が引けるほどだった。
深夜に定刻通りの出発。

正直に書けば、インドには「体力のあるうちに一度は行ってみなければ」という「ヘンな義務感」以外の興味はあまり無かった。周りで出会ったほとんどの旅人がインド旅行の大変さを口にしており、おそらくエジプト旅行以来の、「二度と来たくない」と、大嫌いになって帰るのでは・・・と予想していた。
「予想どおり」、確かにムカツクことは山ほどあった。ボッタクリ屋のおかげでカネも使った。衛生的にも治安もモンダイだらけだ・・・けれども、予想に反してこの国が「大嫌い」にはならなかった。
ま、北インドにまた来ようとは思わないけれど。。


そう考えているうちにウトウトしてしまったが、飛行機はあっという間に明け方のバンコクに到着した。


おしまい。



2009-12-23
<写真は使い回しておりますが、コルカタ・ハウラー駅。なお記事も別サイトのブログからの使い回し、転載です(笑)>

同行者
一人旅
交通手段
鉄道

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