2009/11/28 - 2009/11/28
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Huumaさん
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今日は、京都北の鷹峯(たかがみね)界隈の本阿弥光悦、吉野太夫ゆかりの寺院等を訪れます。紅葉も見頃、天気も快晴、
源光庵〜常照寺〜光悦寺〜光悦芸術村を拝観、散策します。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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源光庵門前。
貞和2年(1346)、大徳寺の第二世・徹翁義亨により開基。当初は臨済宗でしたが、後年再建の時、曹洞宗に改宗。 -
門をくぐって左に曲がったところの紅葉。
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石畳を過ぎると山門にでます。
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山門と紅葉。
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塀の白壁に影を映して。
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本堂前。
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源光庵本堂。
元禄7年(1694)の創建、本尊は釈迦牟尼沸。 -
枯山水庭園。
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枯山水庭園。
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庭園内の亀石と石碑と紅葉。
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本堂内から庭園を。
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悟りの窓と迷いの窓。
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悟りの窓。
「禅と円通」の心、何事にもとらわれない、おおらかな境地と大宇宙を象徴、と説明されています。 -
迷いの窓。
「人間の生涯」生老病死の四苦八苦を象徴、と説明されています。 -
本堂内。
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慶長5年(1600)落城・伏見桃山城遺構血天井。
徳川家康の忠臣鳥居元忠一党の自刃の跡。供養のためにここに移したもの。 -
山茶花とススキ。
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常照寺。
元和2年(1616)本阿弥光悦が開基、日乾上人が開山した日蓮宗の寺院。本尊は十界大曼荼羅。左手の石碑には「南無妙法蓮華経」檀林とあります。
「鷹峰檀林」といわれる日蓮宗の学問所が置かれていました。 -
吉野門前の紅葉。
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日乾上人に帰依した京・島原の名妓2代目吉野太夫が23才の時寄進、現在の門は、大正6年(1917)に再建。
吉野太夫は容姿整い、美しく、教養、芸能に秀で才色兼備の名妓でしたが、38才の若さで亡くなりました。墓は当寺にありました。献花が絶えないそうです。 -
境内から吉野門を臨みます。
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常照寺本堂。
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遺芳庵。
吉野太夫が好んだといわれる茶室、吉野窓があります。ご住職の奥田正叡師のお話では、吉野窓の円の下が平らになっている。吉野太夫は、全てに到達したものが円であり、未熟な己の庵には円であってはならないと、円の下を切った形の窓とした、とのことです。 -
遺芳庵と紅葉。
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遺芳庵と黄葉。
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灰屋紹益の歌。
吉野太夫を身請してわずか12年で太夫を亡くした紹益が、恋い慕って太夫の骨灰を呑みほしたとご住職からお聞きしました。そして詠んだ歌が寺の入口左手にありました。
゛都をば花なき里となりにけり 吉野を死出の山にうつして"。 -
ちりめん山椒の店。
常照寺から光悦寺の間にあり、京都洛北のちりめん山椒、乾しいたけなどが並んでいました。 -
光悦寺の石畳と紅葉。
日蓮宗の寺。当地は、元和元年(1615)徳川家康よりこの地を与えられた本阿弥光悦が一族、工匠等と移り住み芸術郷を築いたところと説明されています。 -
紅葉のトンネル。
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門と紅葉。
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茅葺きの鐘楼と紅葉。
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大虚庵と光悦垣。
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鷹峯三山と光悦垣。
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光悦垣と紅葉。
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山茶花。
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光悦寺からの鷹峯三山。
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芝に落葉。
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光悦芸術村。
鷹峯三山を借景にした3万5千坪の自然につつまれた施設。 -
芸術村と鷹峯三山。
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芸術村内の料亭と庭園。
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芸術村内のカフェテラス。
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2時を過ぎてランチ。
他のメニューが切れていました。
しかしハチミツ付けパン、コーヒー、ティーは美味かったです。 -
カフェテラスの前から。
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芸術村内のチャペルと紅葉。
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芸術村内料亭の庭園。
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芸術村内の作品。
15時を過ぎました。寒くなってきたので家路へ。
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