2009/03/11 - 2009/03/11
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がおちんさん
雲南旅行10日目の続き。
19年ぶりに訪れた文山は、やはり大都市に変貌していました。
都会は嫌なので、すぐにバスを乗り継いで丘北方面へと向かいます。
今日も無計画で成り行きの旅ですが、最終的には風光明媚な普者黒へたどり着きました。
そこでは、彝族の人達と酒を飲み交わし、熱く語らい、歌うという機会に恵まれました。
彝族の歌は素晴らしいです。
その時の音声を収録しました。こちらも一緒にお聴き下さい。
「好きでも嫌いでも、酒を飲まなくちゃならない」
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1007991.html
「請渇一杯酒」
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1008260.html
「いろんな人が4曲歌う」
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1008692.html
「酔いながら彝族の言葉や日本語を教えあう」
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1008277.html
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
今回の旅は懐かしさを求めて、雲南にやって来たのだ。
都会に用は無い。さっさと文山を出るべく、タクシーで文山北橋駅に向かう。 -
北橋駅に行くと、見覚えのある橋があった。
文山市内を流れる盤竜河に架かる、回波橋だ。
なんだか懐かしくなってきた。 -
★1990年5月の文山
上の写真と同じく、回波橋で撮った写真。
市内には苗族や壮族、ハニ族などが歩いていた。 -
★1990年5月の文山
当時は未開放のうえ、中越国境紛争の後で警備が非常に厳しかった。
念のため、農民姿になって昆明から夜行バスで向かったが、文山に着くまで3回も検査があり、外国人だとばれたら冗談がきかない状況になるかもしれないと冷や冷やしたものだ。
銃を持った軍人がバスに入ってきて乗客を睨み回す様子が、まるで文革映画に出てくるような表情だったのを憶えている。
怖かったなー。 -
★1990年5月の文山
市内を歩く苗族。
街は軍用車が走り、物々しい雰囲気があった。
担いだ麻袋からカメラを出しては素早くショット。
ほとんど隠し撮りだった。
今考えると、かえって怪しく思われるよなー。 -
★1990年5月の文山
当時の文山駅のバス時刻表。
昆明行きは、朝6時20分発と夜行便の19時発(私の時は20時半だった)の2便のみ。
いかに人民の移動が少なかったかがわかる。
文山から昆明までは425キロ、11時間かかった。朝便のバスは楊州号を使用で24元。夜便は雲南号で19.5元。
雲南号で夜行というのは辛かった。
ちなみに現在は高速を利用して350キロ、約5時間半で着くそうだ。
うーん、それでも昔の方が情緒があって良かったかな。 -
2日後には帰国するので、そろそろ昆明方面に向かわないとまずいな。
切符売り場でそう考えた結果、丘北行きのチケットを購入。バスはすぐの発車となる。
文山滞在は25分のみ。 -
バス乗り場で座るおじさんの後ろには、交通事故でグシャグシャになった死亡写真のポスターが。
いつもながらストレートな表現には説得力を感じるが、
ちとグロすぎる気がする。
もちろん、おじさんは平気の平左だ。
さすが中国人。 -
ご丁寧に、人が車にはねられた軌跡を赤丸で示してある。
そこまでする必要があるかなー?
中国は国際免許証すら通用しない後進国であるが、
こういうポスターを見る限り、運転者の意識レベルが世界的水準に達するのは、まだ先の話だと思う。
それに、ここはバス駅だ。
乗客にグロイの見せてどーする(笑)。 -
昔の思い出に浸る時間もなく、
バスは丘北へ向けて出発した。 -
★1990年5月の文山市街
軍用車が多く走っていたので緊張感はあったけど、
街そのものは、のどかな雰囲気だった。 -
そして現在の文山は、あちこちで工事中。
まだまだ街は大きくなりそうだ。 -
丘北へ向かう旧道は、昔のままの雰囲気だ。
何やら楽しそうな予感がするぞ。 -
文山州では、馬車や牛車をよく見かける。
バイクや自動車よりも、家畜が現役で頑張っているというのがイイ。 -
のどかな湿地帯を走る。
追い越す車両は、ほとんどが牛車だ。 -
漁をする人たち。
-
赤子をおんぶして、牛と一緒に野良から帰る。
おんぶ布の刺繍から、少数民族であることが分かる。 -
バスに乗っていた、チョイ悪おばさん。
一人で2席分を占領し、隣に座らせない。
昔、漢族の女性によくいたタイプだ。
大いばりの図。 -
農村地帯を走るため、乗客の乗り降りは頻繁。
ここでは6人が乗り込んできた。 -
先ほどのチョイ悪おばさんも、車内が混雑して席を譲るはめになった。
彼女の小さな反革命的行為が終わり、ちょっとスッキリした俺。
やっぱ団結しなくちゃ。 -
1時間ほどで硯山の街に到着。
牛がたんすを運んでいる。
のんびりした街だなー。
文山州、かなり好きかも。 -
硯山バスターミナルには、1分のみ停車。
誰も乗り降りしないので、すぐ発車となる。 -
赤い大地を走る。
-
野良帰りのおじさんと水牛。
-
文山州は西双版納なんかより、よっぽどのどかさが残っている。
-
維摩彝族郷に着く。
あれっ、オバサンたちが走ってきたぞ。 -
おお、これまた懐かしいパイナップル売りだ。
大声で売り込むオバサン。値切る乗客。
かつてバスの旅には欠かせない物売りだったが、今回の旅では初めて見かけた。
やっぱり向こうから売り込んでくれなきゃ、つまんないよ。駅弁だって店じゃなく、「べんとー」って声をかけるオジサンから買いたいのと同じ。
オバサンたちの騒々しさが、胸にぐっと来るのであった。 -
こちらはタマゴ売り。
茶叶蛋かい? だったら買うよ! -
野良帰りの時間と重なったのか、
丘北への道は、ほとんど「牛車街道」となっていた。 -
願わくば、いつまでも鈴の音をシャンシャン鳴らしながら、牛車に乗っていてほしい。
家畜と共に育つ坊やが、ちょっと羨ましい。 -
街道を離れ、彝族の村へと帰る牛車が見える。
タイムスリップしたような気分だ。
旅の期限が無ければ、俺もついて行きたいよー。 -
どこの集落でも牛が大活躍している。
人と動物が一緒に働く光景は、いつの間にか見る機会が少なくなった。
文山州には、それがまだ残っている。
ここに来て良かった。 -
この路線は人といい風景といい、素朴な味わいがある。
人々の身のこなしや態度、服装に至るまでが、どこか旧態依然としているのだ。
明らかに他の地方とは異なった印象を受ける。
これが文山州の気質というものなのか、あるいは開発が遅れただけなのか知らないけど、実に私の心に響いて来る。
時間の過ぎるのも、どこかのんびりしているようだ。 -
カルスト台地を貫いて走る道。
丘北までは、あと少しだ。 -
文山から3時間で丘北に到着。
以前に何度か、この街を通り過ぎているはずだが、
全く記憶にないのだ。 -
今日は丘北に市が立つ日らしく、道は大混雑。
屋台は道にせり出しているし、リヤカーやら歩行者が沢山いて、バス駅までなかなかたどり着けない。
ついには路上で下車させられてしまった。
なんか、これも昔風。 -
埃と排気ガスと混雑の中で肉が売られている。
こんな所じゃ買いたくないよー。
環境劣悪。 -
丘北は場末感があって、街をウロウロするには楽しそうだが、埃っぽさは閉口する。
さらに田舎を求めて移動しよう。
普者黒なら、ここから近いはずだ。
街の人に交通手段を聞き、バス乗り場へ向かう。 -
軽の乗り合いが停車していたので乗り込む。
普者黒まで4元。私が乗ってちょうど満員だ。
ところが、「3元にしろ」という彝族のおばさんと運転手が揉め、最後は罵りあいとなる展開に。
おばさんは車を降りても文句を言い続け、そのツバが私の顔にかかるという災難に遭う。
なんで、こういう展開になるの?
だいたい彝族は気が短いよなー。 -
丘北の町を出てしばらく走ると、石灰岩質が作り出す眺めが目に入ってきた。
ああ、美しい風景だ。 -
カルスト地形の山を見ながら、バスは25分で普者黒に到着。
夕暮れの広々とした中、牛が草を食んでいる。
おお、絵に出てきそうな風景じゃないか。
やっぱ、こっちに来て正解だった。 -
夕方のせいか、あるいはシーズンオフなのか、風景区の入り口は閑散としている。
観光客らしい人は見かけないし、物売りが声をかけてくるわけでもない。私も観光はしないので、宿のある村まで歩いて行く。
湖と山の眺めが素晴らしい。 -
村には宿らしき建物が何件かあったので、湖沿いの一軒に泊まることにした。
宿泊客は私以外おらず、宿の人も部屋の鍵を開けたきり船でどこかに行ってしまう。
静寂があたりを包み込み、さっきの丘北での混雑ぶりが嘘のよう。これはたまらない。時間があれば、本でも読みながら1週間ぐらい滞在したいよー。
観光地として既に廃れてしまったのか、あるいは雲南を訪れる旅人がいないのかわからないけど、のんびりしたい人には最高の場所だと思う。
金じゃ買えない贅沢。 -
まるで高級リゾートにいるような眺めだ。
静寂に包まれ、ホットシャワーも出る。他に客はいないので、宿ごと貸切状態。
沈み行く太陽を望みながら、たった30元でこんな素晴らしい思いが出来る事に驚く。
まだまだ雲南省は捨てたものじゃないな。
この時ばかりは、一人ではなく誰かと感動を共有したい気持ちになった。
だって、俺一人じゃもったいないよー。 -
村が真っ暗になる前に、散歩に出る。
ごく普通の彝族の村だ。
腹が減ったので食堂を探すが、やっている所が無かった。 -
村の民家を見ていると、石林のサニ族の村と造りが似ている。
実は普者黒の彝族もサニ族なのだった。
納得。 -
散歩の帰り、宿の隣の敷地内で大勢の人が食事をしていた。てっきりツアー客かと思ったら、そうではなくて地元の人たち。
「食べていけ」と言われたので、値段を聞いたら「要らない」と。実は明日行われる結婚式の前祝をしているのだった。
私が日本人と知ると彼らはとても歓迎してくれ、「明日の結婚式にもぜひ参加してくれ」と頼まれた。喜んで同意する。
食事だけして宿に帰ろうと思ったが、彼らはそれを許してはくれない。
彝族の酒は危険である。結局、記憶が曖昧になるほど飲まされてしまった。 -
一人が歌うと「乾杯」、私も歌わされて「乾杯」。
石林のサニ族もそうだが、彼らがつくる酒は飲み口が強烈な辛口の白酒で、飲むと口から火が出そうなほど。
これを歌う度に(おわんで)飲み干さなくてはならないので、あっという間にヘロヘロにされてしまう。
もちろん、拒否は出来ない。歓迎されているからだ。また酒の飲めない男は男としてみなされない。ここでは若い娘までが飲むのである。
酔うほどに、歌うほどに少数民族の気質が現れ、大胆になっていく。話の途中に何度も歓迎の言葉をもらい、握手を交わす。そしてまた飲む。
あまりに酔ったせいで、途中から中国語が上手く話せなくなり、最後は青年に肩を借りて宿に帰るハメになってしまった。 -
この時、歌ってくれた彝族のPさん。
表紙でも紹介しましたが、白酒を皆で一気飲みしながら、歌う様子を収録しました。
彝族語と中国語で歌ってくれています。
全て酒の歌です(笑)。
飲むほどに、明るく楽しくなる彝族の人達。
漢族とはまた違う、少数民族の魅力を感じていただけると思います。
「好きでも嫌いでも、酒を飲まなくちゃならない」
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1007991.html
「請渇一杯酒」
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1008260.html
「いろんな人が4曲歌う」
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1008692.html
「酔いながら彝族の言葉や日本語を教えあう」
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1008277.html
【雲南省旅行記 2009】Vol.14 彝族の結婚式 に続く
http://4travel.jp/travelogue/10408113
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