2009/11/28 - 2009/11/28
876位(同エリア1302件中)
円蔵さん
京都を出るまで予定していた滋賀をどうしようか悩んでいました。
帰りの新幹線をカナリ遅めの時間で予約してしまったので。
安土城を早めに見終わったら残りの時間をどう過ごそうって。
それなら京都で夜まで過ごした方が良いのか。
奈良に出てみようか。
結局、前回安土城跡に行った時に「安土の紅葉」を観たい。
その気持ちが再び安土城へと足を向かせました。
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京都を出て安土で下車。
前回と同じ駅前のレンタサイクルで自転車を借りました。
「安土城の紅葉ってどうですか?」と聞いた所。
持っていた一眼を見たオジサンは
写真を撮るなら「教林坊」に行った方が良いよって教えてくれました。
教林坊は行く前にサイトで見て名前だけは知っていましたが、どんな所か詳しい事はわかりません。
自転車レンタルは3時間で1200円。
でも、3時間あれば安土城に行った後に教林坊も行けるよと、場所を教えてもらい出発しました。
この前は時間無制限で電動アシストの自転車を借りましたが、やっぱり今はダメでした(笑)
京都は雲っていましたが、安土は晴れ!!
これで三日間好天に恵まれました♪
今日はサイクリングの途中にも写真を撮ってきました。
ここは安土城に行く途中の「大臼(だいうす)」地区です。信長はここを「ぜうす」と称したそうです。 -
晴れた安土。
先日まで観ていた京都の神社仏閣とは対照的な開けた場所 -
サイクリングをしているといよいよ安土山が見えて来ました。
前回の様に「やっと来たぁ」って感じではありませんが
再び訪れる事ができました。
山の麓には石垣が見え始めました。 -
安土城跡、正面にやってきました〜〜
ちらほらと紅葉が見えております。 -
ちょっと近づいてみました。
当時はこの木々が全て伐採されていたそうですが。
今の時代はこうやって紅葉も楽しめる姿になっています。 -
さて、この道を進んで安土城跡に入ってみましょう。
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左手にちょっと見えるのが入場券の自販機です。
それの目の前に紅葉があり。
ワクワクしてきましたぁ。 -
大手道を進みます。
まだ記憶に新しい安土城ですが、それ故に秋の姿の城跡に
感動できました。 -
大手道、進み始めて直ぐの右手に紅葉が広がっていますが
その下には -
伝前田利家邸跡があります。
前田利家の家があったとされる場所です。 -
前田利家邸跡に覆いかぶさるような紅葉♪
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ちょっとだけ大手道を進むと左側に
伝豊臣秀吉邸跡があります。
秀吉の方が土地が広いのでは? -
これが説明文です。
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晴れてて気持ち良い♪
そしてここも人が少ないです。
気持ちが良いです -
また少し進むと、小さな門に閉ざされた「見寺仮本堂」
が右側にあります。
元々見寺は別の所(帰りに観れます)に信長が
鈴鹿山の麓の江雲寺を移築して自らの菩提寺にしていたそうです。
その後、火災により消失。
現在の場所は伝徳川家康邸跡の土地に昭和7年に建てられたそうです。 -
見寺から少し登ると大手道は左に大きく曲がります。
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大手道に使用されている多くの石仏。
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結構頻繁にあります。
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この階段の左側に伝武井夕庵邸跡があります。
信長の秘書?
この邸宅跡地がかなり上の位置にある事から、信長にとても信頼されていた証となっているみたいです。 -
結構登って来ました!
木々の隙間から向こうに山が見えますが。
観音寺山だと思われます。
佐々木六角氏の居城「観音寺城」がある筈ですが。
こうやって観てみると信長の安土城とは目と鼻の先です。 -
伝武井夕庵邸跡から少し登ると。。
もう普通に山です(笑)
しかし、ここは信長の嫡男「伝織田信忠邸跡」です。
位置的には信長の住む天主の下に森蘭丸邸跡、織田信澄邸跡があり、その次にこの場所になっています。 -
丁度この階段の左手に伝織田信澄邸跡と伝森蘭丸邸跡が
あるはずですが。。発見していません。
この階段を登りきると「黒金門跡」があります。 -
ここが黒金門跡です。
二の丸や本丸の手前に設置されてたせいか直線では無く
階段を2回曲がって行く設計です。 -
これが上から観たパネルですが、左下の抜糸前の傷口の
様に書かれている部分が今登って来た道で、途中で右に90度、その後すぐに左に90度曲がっているのがわかります。 -
黒金門跡を抜けると視界が開けます。
目の前には二の丸の石垣。
不揃いの石が歴史を感じさせてくれました。 -
二の丸を過ぎると、本丸跡に続きます。
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本丸跡に出る道の片隅に。。。
大きな石があります。
これが「火天の城」に登場した蛇石だと思っていますが。
実際はどうなのでしょう?
それに帰りに道を下って居る時にまさに蛇石と思われる
巨大な石を発見したので、そっちが蛇石じゃないかな?
と勝手に推測してしまいました。 -
安土の紅葉♪
本丸跡にて。 -
こちらが本丸跡です。
現在は礎石が残っていました。
また信長はここに天皇を住まわせようとしていた場所です。 -
本丸から一段あがった場所からは
北側の城壁が見えます。 -
遠くに街がみえました。
当日、煙突の煙が横を向いている様に琵琶湖から吹き付ける風が強く。
しばらく風に当たっていると「寒い!!」って思っちゃいました。 -
そしてこれが最後の階段
いよいよ天主です。
ここから黄金に輝く天主を想像してみたした。 -
あと数歩登れば天主跡です♪
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そして天主跡に到着!!!!!
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今回は一段高い所から見える景色が良かったです♪
琵琶湖の方をみているツモリでしたが、琵琶湖は見えていませんね(笑) -
これが整然と並ぶ天主跡の礎石ですが・・・・
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ここが丁度真ん中に当たる部分。
真ん中には礎石がありません。
中央に礎石が無い??って事はやっぱり吹き抜け?
とも思えますが、火天の城原作では信長がここにあるモノを入れた壷を埋めていました。 -
天主跡の脇を彩るモミジです。
さて、降りましょう!!
ココまで一時間。自転車の返却まであと2時間です。 -
本丸跡から二の丸跡に向かう道です。
両側を石垣で囲まれています。 -
帰りは道を下って織田信忠邸跡を右に曲がります。
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道なりに進むと本来ココにあった見寺跡の三重塔が見えてきます。
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見寺跡には礎石が残っていました。
そして、目の前に西の湖が姿を現しました。 -
前回は酷い雨の中を散歩したので、今回は雨が降っていないだけでも精神的に楽です!
三重塔の鬼瓦が目の前に見えます。 -
そしてなんと!!!
前回、雨の中散歩をした時に緑色のモミジを見て
「秋にも来てみたい」と思い今回に至った安土城跡で最も観たかったモミジが。。
鮮やかな赤では無く、しかも散り始めていました・・ -
振り返っちゃったりして(笑)
振り返っても黄色は黄色です。 -
京都であれだけ紅葉を楽しませて頂いたので、ここは
我慢して!
下り始めました。 -
見寺の楼門です。
両脇にある木造金剛二力士像は国の重文に指定されているそうです。
この金剛二力士像は頭部の内側に1467年作と記されていたそうで、信長がやはりここに移築したとされています。 -
楼門からは一気に下ります。
雨じゃなくてホントよかったぁ -
暫く下っていると、林の中に巨大な岩を発見!!!
あ!もしかしてこれがホントの蛇石じゃない!?
でも、この岩の向こう側は来る時に自転車で走って来た道なので、それほど上には持ち上げられずここで諦めたんじゃ???(笑)
って勝手な推測をしてしまいました。 -
もう一枚角度を変えて。
でも、大きさが伝わりずらくてごめんなさい。
とっても大きいんです(笑) -
道がこの様に普通に山道っぽくなってきたらゴールは
もうすぐです。
前回はここで雨の中、木の根っこに足をとられたり、水溜りが出来てて大変な思いをした場所です。 -
安土城が失われて、その後どの様にしてココまで樹木の山に戻ったのかは判りませんが。
自然に戻ったとしたら、この紅葉は自然の紅葉ですね。 -
視界が開けてこの石垣が見えたらゴールです。
ここは秀吉邸跡の石垣。
下から見るとかなり広いのが判ります。 -
秀吉邸跡前から前田利家邸跡を見てみました。
-
逆に前田利家邸跡前から秀吉邸の方を見て
2回目の安土城攻略は終了しました。 -
自転車を置いた場所から振り返ると
最近になって発見された武家門と大名門跡が見えます。
時間が無いので先を急いでしまいましたが・・
いまは14時40分。
天主跡からココまで40分も掛かっちゃいました。
さぁ、次はあまり知識が無い教林坊って所に向かいます。
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