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 御茶ノ水駅から歩いて3分の湯島聖堂に行ってきました。<br /> <br />  聖堂の歴史については、こちらをご覧ください。<br /> 「気ままに江戸♪ 散歩・味・読書の記録」<br />  http://wheatbaku.exblog.jp/12853562/

湯島聖堂

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2009/11/03 - 2009/11/03

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夢見る獏

夢見る獏さん

 御茶ノ水駅から歩いて3分の湯島聖堂に行ってきました。

聖堂の歴史については、こちらをご覧ください。
 「気ままに江戸♪ 散歩・味・読書の記録」
  http://wheatbaku.exblog.jp/12853562/

  • 大成殿(たいせいでん)<br /> 大成殿は、孔子廟の正殿のことを言います。<br /> 杏壇門を入ると大きな大成殿が目に飛び込んできます。<br /> 当初は先聖殿と呼ばれました。先聖とは孔子のことを言います。<br /> その後、湯島に遷った時に、大成殿に変更されました。<br /> 孔子の他、願曽思猛といわれる願子・曽子・子思・孟子の四賢人を祀っています。<br />

    大成殿(たいせいでん)
     大成殿は、孔子廟の正殿のことを言います。
     杏壇門を入ると大きな大成殿が目に飛び込んできます。
     当初は先聖殿と呼ばれました。先聖とは孔子のことを言います。
     その後、湯島に遷った時に、大成殿に変更されました。
     孔子の他、願曽思猛といわれる願子・曽子・子思・孟子の四賢人を祀っています。

  • 杏壇門(きょうだんもん)<br />杏壇門は、廊門になります。<br /> 杏壇とは学問を教える所を言います。孔子が学問を講じた壇のまわりに杏(あんず)の木があったところから言われます。<br /> 山東省曲阜にある孔子の講堂の跡に門扉が設けられ、杏壇門の名称が付けられたことにちなみます

    杏壇門(きょうだんもん)
    杏壇門は、廊門になります。
     杏壇とは学問を教える所を言います。孔子が学問を講じた壇のまわりに杏(あんず)の木があったところから言われます。
     山東省曲阜にある孔子の講堂の跡に門扉が設けられ、杏壇門の名称が付けられたことにちなみます

  • 入徳門(にゅうとくもん)<br />  左写真が「入徳門」です。、江戸名所図会によると唐門にあたります。<br /> 入徳とは、「大学 朱熹章句」にある「子程子日、大学孔子之遺書 而初学入徳之門也。」によるそうです。<br /> 宝永元年(1704)に建造され、その後の大火や関東大震災も免れた貴重な木造建築物です。<br />

    入徳門(にゅうとくもん)
      左写真が「入徳門」です。、江戸名所図会によると唐門にあたります。
     入徳とは、「大学 朱熹章句」にある「子程子日、大学孔子之遺書 而初学入徳之門也。」によるそうです。
     宝永元年(1704)に建造され、その後の大火や関東大震災も免れた貴重な木造建築物です。

  • 【楷樹(かいじゅ)】 <br /> 仰高門を入ると正面に、楷樹があります。「かいのき」とも言います。<br />楷は、中国山東省の曲阜市の孔子の墓所に植えられている名木で、初め子貢が植えたと伝えられていて、現代まで植えつがれているそうです。<br /> 枝や葉が整然としているので、書道で言う楷書の語源になったとも言われています。<br /> 楷と孔子は切り離すことができないものとなっているそうです。<br /> 中国では殆ど全土に生育していますが、日本に到来したのは大正4年であり、まだ日が浅い木です。<br /> 聖堂に植えられている楷は、「曲阜の樹の正子に当る聖木である」と案内板に書かれていました。<br />

    【楷樹(かいじゅ)】 
     仰高門を入ると正面に、楷樹があります。「かいのき」とも言います。
    楷は、中国山東省の曲阜市の孔子の墓所に植えられている名木で、初め子貢が植えたと伝えられていて、現代まで植えつがれているそうです。
     枝や葉が整然としているので、書道で言う楷書の語源になったとも言われています。
     楷と孔子は切り離すことができないものとなっているそうです。
     中国では殆ど全土に生育していますが、日本に到来したのは大正4年であり、まだ日が浅い木です。
     聖堂に植えられている楷は、「曲阜の樹の正子に当る聖木である」と案内板に書かれていました。

  • 【孔子銅像】 <br /> 楷の木の横奥に、孔子の像が祀られています。<br /> 斯文会館の西脇になります。<br /> この孔子像は、1975年(昭和50年)に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものだそうです。<br /> 台湾師範大学の開明徳教授が製作したものだそうです。<br /> 高さは4.5メートルあり、孔子の銅像では世界最大のものです。

    【孔子銅像】 
     楷の木の横奥に、孔子の像が祀られています。
     斯文会館の西脇になります。
     この孔子像は、1975年(昭和50年)に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものだそうです。
     台湾師範大学の開明徳教授が製作したものだそうです。
     高さは4.5メートルあり、孔子の銅像では世界最大のものです。

  • 【仰高門(ぎょうこうもん)】<br /> 江戸名所図会には、聖堂の惣門で、「仰高」の額は、寺明院基輔の筆によると書かれています。<br /> 聖堂入口の仰高門は、孔子がどんな人物か訪ねられた弟子の顔回が「先生は仰げば仰ぐほど高さをますすばらしい人です」と答えたことに由来するそうです。<br /> 原文は 「論語」子罕第九の「顔淵喟然歎日、仰之彌高、讃之彌堅」だそうです。 <br /> 江戸時代、仰高門東舎での儒教経典の講義は、仰高門日講と呼ばれ、武士だけでなく、町人まで解放されていました。<br />

    【仰高門(ぎょうこうもん)】
     江戸名所図会には、聖堂の惣門で、「仰高」の額は、寺明院基輔の筆によると書かれています。
     聖堂入口の仰高門は、孔子がどんな人物か訪ねられた弟子の顔回が「先生は仰げば仰ぐほど高さをますすばらしい人です」と答えたことに由来するそうです。
     原文は 「論語」子罕第九の「顔淵喟然歎日、仰之彌高、讃之彌堅」だそうです。 
     江戸時代、仰高門東舎での儒教経典の講義は、仰高門日講と呼ばれ、武士だけでなく、町人まで解放されていました。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 一歩人さん 2010/02/11 13:31:26
    やっぱり、ここですよね
    夢見る獏さんへ
    ここは、歴史をひもとくには、いいです。
    どんどん、広がって、私は、台北の
    孔子廟まで行ってQ!でした。
    思い出すだけで、ハッピーです。
    失礼しま〜す。

    夢見る獏

    夢見る獏さん からの返信 2010/02/12 11:12:45
    RE: やっぱり、ここですよね
    > 夢見る獏さんへ
    > ここは、歴史をひもとくには、いいです。
    > どんどん、広がって、私は、台北の
    > 孔子廟まで行ってQ!でした。
    > 思い出すだけで、ハッピーです。
    > 失礼しま〜す。

    一歩人さん、はじめして。
    一生懸命ご覧いただき、そして、多くのコメントをいただき
    ありがとうございました。
    私は江戸に関係した史跡・旧跡を訪問しています。
    一歩人さんは、もう既に多くの江戸東京を訪問済みのよう
    ですので、楽しい訪問記をじっくり読ませていただきます。

    これからもどうぞよろしくお願いします。

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