2009/11/18 - 2009/11/18
1955位(同エリア2200件中)
harusanさん
- harusanさんTOP
- 旅行記125冊
- クチコミ2件
- Q&A回答0件
- 65,628アクセス
- フォロワー0人
NHKの朝の連続ドラマ「つばさ」の舞台となり、一躍有名になった「川越」~~♪
ドラマは見ていませんでしたが、「蔵造り」の家々が並ぶきれいな街、「さつまいも」の産地、くらいは知っていました(笑)。
一度はあの街並みを散策してみたいなぁ~~とも思っていました。
先日、他へ出かけた折、思いがけなくそれが実現!
川越は、昔から武蔵国の中心地で、江戸時代徳川家の重臣が代々城主となった重要地であり、江戸から近いこともあって川越街道は中仙道よりも早くから物資輸送に使われ、新河岸川を利用した船の運搬も盛んで賑わった町です。
川越城は石垣や土塁で、天守閣ではなく富士見櫓だったそうです。(現在修復中)これは江戸城に遠慮して天守閣を作らなかったといわれています。
明治26年(1893)3月、川越大火が起こり、川越町(当時)の3分の1を焼失しました。この大火に何棟かが焼失をまぬがれていますが、その残った蔵造りの店舗が、重要文化財「大沢家住宅」です。そしてこの大火を契機に防火の意識が川越商人のなかに高まり、「類焼を防ぐため」の巧妙な防火造りの「蔵造り店舗」が、次々と建築されました。
その大沢住宅は、「呉服太物」を商っていた近江屋半右衛門が、1792年に建てた家で、川越では最古の蔵造りです。国の重要文化財に指定されています。
土格子造りは燃えない材料として工夫されたものです。
たくさんの「蔵造り」の家々が並ぶ一番外街は、江戸の面影を残した雰囲気のステキな通りです。
その街並みの一画にある「時の鐘」は、江戸時代初頭から、川越の町に時を告げてきた、川越のシンボル~~♪
度重なる火災で何度も焼けたのですが、明治の川越大火後に、まだ自分の店も再建していない川越商人たちが、いち早く再建したそうです。今の搭は「四代目」とか~~。
その櫓の高さは、奈良の大仏と同じ高さだとか!
蔵造りの街並みとマッチして、「小江戸・川越」になくてはならないものになっています。
そして~~、
江戸の雰囲気の街並みで、独特の雰囲気をかもし出している建物が「埼玉りそな銀行川越支店」。
第八十五国立銀行として、明治11年に建てられたものを大正7年に改築した洋館です。
ルネッサンス風のドームと、ゼブラ模様の控え壁が西洋の建築様式の雰囲気をよく出しています。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
6