2009/03/03 - 2009/03/04
6位(同エリア156件中)
がおちんさん
雲南旅行の2日目の続き。
田舎の集落だったモンフンは、スーパーマーケットもある町に進化していました。
人づてにダイ族の知人宅を訪れるも、彼は留守。
ならば後日に再訪するとして、今日はプーラン族の村へ向かうことにしました。
プーラン族の友人を訪ねるのは5度目。
19年ぶりの再訪です。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- ヒッチハイク
-
勐海−打洛を結ぶ旧道と、勐混街が交わる十字路に立つ。
ずいぶん雰囲気は変わっているが、確かにここはモンフンだ。
しばし、昔の思い出に浸りながらシャッターを切る。 -
★同じ場所から撮った、20年前のモンフン。
日曜日のマーケット以外の日は、閑散としていた。
十字路の側には、伝説のフェニックスホテル(鳳凰旅社)があり、ドラム缶を使ったホットシャワーや、小川を利用した水洗トイレ(ブタが糞を食べちゃうので臭くない)等が画期的な宿だった。
http://4travel.jp/traveler/gaochin/album/10427533/
毎朝6時になると、街頭のスピーカーから大音量で流されるプロパガンダ放送で目が覚めたものだ。
豚や牛、犬や鶏が気ままに道を歩いていた。
現在、十字路の角に建つ賓館の場所には商店があったが、本当にろくな物しか売っていなかった。 -
昔はどこの村へ行くのも歩きだったが、今は地元の人も皆バイクに乗っていて歩くことは無い。
交通が便利になったのだ。
当然といえば当然の事だが、時間をかけて歩いた頃のほうが、やっぱり旅の味わいがあったなー。
そうは思いながらも、十字路にいたバイクのおじさんに声をかけて村へ向かうことにする。 -
14時20分、モンフンを出発。
バイクのダイ族おじさん、私が19年ぶりにプーラン族の村を訪ねると知り、「その人は今も村に住んでいるのか? 居なかったらどうする?」と心配してくれた。
確かにそれはそうだ。それもありえる話である。
しかし、日本からここまで来たのだ。
もう行くしかないよー(笑)。 -
道路の拡張工事のため、所々で砂埃がひどい。
道を行く子供達は、誰も民族服を着ていない。
なんだか残念だー。 -
街道から折れて、山へ向かう道を進む。
この辺りは昔と変わっていない。
最初に来た時は、ここらで道を間違ってしまいプーラン族の村にたどりつけず、炎天下をえんえん歩く羽目になって大変な思いをしたことがある。
でも、そのことがラフ族やハニ族、プーラン族など、いろいろな少数民族の人と出会うきっかけにもなり、雲南の虜になっていったのだ。
何気ない、ただの山道だが、
私にとって、その後の人生を変えた分岐点でもあった。 -
プーラン族の茶畑と、その奥にある木々に囲まれた村が見えてきた。
懐かしさがこみ上げてくる。
茶畑は以前よりもかなり広大になっており、仕事をするプーラン族の人達も確認できた。 -
後ろを振り返ると、はるか遠くにモンフンのある盆地が見えた。
街道からは、けっこう標高が上がっている。
それにしても、バイクで来ると、あっという間に着いてしまうのが少々残念。
自分の記憶の中にある時間や距離と、現実とのギャップが大きすぎる。私の知っている雲南は、もっと遠く、もっと広大だったのだが、交通が便利になって、なんだか小さく、狭くなったように感じてしまう。 -
プーラン族の村に着いた。
入り口にある「龍樹」という大木は、昔のままだ。
とても懐かしい。
「待っててやるから、知り合いに会えなかったらモンフンまで送ろうか?」と、親切なバイクおじさん。
「なんとかなるから」と、礼を言って帰ってもらった。 -
とは言ったものの、村の様子は変わってしまっていた。
高床式だった家はレンガ造りになっていて、記憶にある村の眺めと合致しない。
これでは友人宅にたどり着くのは難しい。
そこで、数名の村人に友人の名を伝えるが、「知らない」との返事が返ってきた。
弱ったなあ。 -
すると突然、強力な助っ人が現れた。
2名の若い娘さんが、一緒に友人宅探しを手伝ってくれたのである。
友人の名前を知る人が見つかると、話は早かった。彼女達の後について、友人宅へと向かう。
それにしても、プーラン族の人なつっこさと笑顔は相変わらずだった。それが嬉しい。
彼女達は17歳と18歳。
私が最後にこの村を訪れた時は、2人とも生まれていなかった。
なんか不思議な気持ち。 -
娘さんたちのお陰で、友人であるD氏宅に着いた。
住居に見覚えは無い。高床式ではなくなっていたし、場所も以前とは違っている。
家の人は仕事に出かけて留守だったが、やがてD氏の次男が帰ってきた。 -
前回、来たときは3歳だったのが、今は男前の青年になっていた。いや、もう子供が居るので立派なお父さんになっていたというべきか。
もちろん、彼は私のことを憶えてはいない。
でも、「親から話を聞いて知っている」と笑った。
彼は突然の来訪者にびっくりしながらも、それを親に知らせに茶畑に向かった。
(息子を抱くD氏の次男) -
D氏宅で待っていると、近所の人が集まってきた。
以前、この村で撮った写真を出すと、喜んで見始めた。 -
「せっかくだから、待っている間に村を案内しましょう」との申し出に甘えることにする。
昔撮った村の風景をインデックスにプリントしてきたので、同じアングルの場所を探したかったのだ。 -
ブタさん、こんにちは。
ブタ:「ぶー!」 -
道行き、近所の人に昔の写真を見せて、それが誰か判別してもらう。
今も居るひともいれば、引っ越した人もいた。 -
次々と、昔の写真に写っている人物が判明されていく。
-
自分の兄の、子供時代の写真を見て喜ぶ男性。
-
見覚えのある場所で定点撮影をしてみた。
家の様子は変わったけど、小道のうねうね曲がった感じや、後ろの茂みは同じだ。 -
★こちらは1990年の写真。
やっぱりこっちのほうが味があるなー。 -
村にある寺に行く。
「あなたが昔撮った井戸の写真は、寺の中のものです」とのこと。本人はすっかり忘れていました(汗)。
寺の中では靴を脱ぎます。 -
★これは1990年に撮った井戸の写真。
小坊主も写っているので、やっぱり寺だったんだ。 -
そして、これが現在の井戸。
雨が入るのか、コンクリートで固めてあった。
こりゃちょっと残念。
昔の方が味があります。 -
寺にいた若いお坊さん。
写真を撮ってもらうのが嬉しくてたまらない様子だった。
イイ顔だー^^。 -
2人組の娘さんは、最後に村を見渡せる高台に連れて行ってくれた。
なるほど、いい眺めだ。
これまで、ここから撮ったことは無かった。
どうもありがとう。
とっても楽しかったよ。 -
えっ、「一緒に撮りましょう」だって?
もちろん、喜んで。
ところが両脇からスッと腕をからめてきたのでビックリ。
以前ならば、少数民族の女性と軽々しく腕を組むなんていうのは全く持って考えられないことだった。
うーん、ちょっと嬉しい。
でも、20年前だったら本気になっちゃったかも。
あ、まだ生まれていないか(笑)。 -
ついにプーラン族の友人、D氏と再会できた。
19年ぶりの再会です。
いやー、本当に嬉しい。
まずはツーショット。
お互い、元気で良かった。
彼からは沢山プーラン語を教わったけど、もうほとんど忘れてしまった。
とりあえず、リショムガハイ、ニューブライ!
(今晩は、酒を飲もう!)
少数民族の人とは、酒を飲まないと話が始まらない。 -
孫を抱く、D氏の奥さんです。
とても控え目で、親切な温かい人です。
昔から体が弱かったので心配していましたが、元気でなりより。
昔より太って、元気なおばあちゃんになっていました。
※奥さんは昨夜、私が訪ねて来る夢を見たそうです。そうしたら本当に来たと。不思議な話ですが、彼らは「当然ありえる事だ」と話していました。 -
★これは1990年に訪れた時の奥さんです。
以前は、プーラン族の女性は皆このような民族衣装を着ていました。とても格好良かったんです。
頭に巻いた布も、耳から下がった飾りも素敵だったのに、今はもう見ることができません(涙)。
この頃のD氏の家は高床式。
夜中に家畜が騒ぐと、「どうしたの? 寝なさい」といった感じで下に声をかけてたのが印象的でした。なぜか鶏だけは夜になると部屋に上がって来て、止り木で並んで寝ていました。
そして、奥さんの横にいるのは娘さんですが・・・
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ -
こんなに素敵なお嬢さんに・・・いや、お母さんになっていました。
来月は2人目の子供が生まれます。
少数民族は結婚が早いからなー。
その澄んだ目に、スッと引き込まれそうになってしまった。 -
近所の人から「写真を撮って欲しい」とのリクエストがありました。
よーし、酔っ払う前に撮りましょう。
う〜ん、プーラン族の人は笑顔がイイ!
昔からそう思っていたけど、今日改めてそう思った。
東京を歩いている人と違って、輝いているよー。
娘さんと、こんな顔で写真を撮れるお父さん、イイナー! -
もう、その笑顔を見てると、こっちまで笑ってしまうのです。
写真を撮るのは嬉しいけど、恥ずかしくて、やっぱり楽しくなっちゃった、プーラン族の母と娘さん。 -
若い夫婦。
夫がそっと、妻の肩に手をかけた。
幸せそうな表情。 -
プーラン族が栽培する、自慢の茶葉を手にする男の子。
君は将来、モテモテになるぞ。
それは俺が保証する。
髪型もキマッテル! -
照れくさそうに立つ、プーラン族の婦人。
貴女は憶えていないかもしれないけど、
俺は20年前にモンフンで貴女を撮っていましたよー。
服装は変わってしまったけど、元気でなによりです。 -
★これは20年前の彼女。
大きな耳輪と民族衣装が素敵でした。
肩からカゴを提げて、買い物をしていましたね。 -
とにかく明るい、仲良し夫婦。
二人とも良い顔だー。
彼女はすっかり肝っ玉母さんになっていたが、
昔はキュートでとっても可愛い娘さんだった。 -
★昔の写真がありました。(1990年)
これじゃ、村の若者もイチコロだ。
やっぱり昔の民族衣装が素敵だなー。 -
写真を撮り終えてD氏の家に戻ると、
村を案内してくれた2人の娘さんが訪ねて来た。
えーっ、そんな悩殺ポーズで俺を・・・ではなく、
服を着替えて写真を撮りに来たのでした。
ダイエットなどに金をつぎ込む日本の女性と違い、
彼女たちからは、女性本来の美しさを感じます。 -
D氏の家には家族が集まっていた。
「突然来たので何も無いが、飯と酒はある」とD氏。
いつも村を訪ねる時は、モンフンで肉を沢山買い込んで行った。世話になる礼でもあり、余った肉は近所に配ってもらった。
今回もそうするべきだったが、市場の場所がわからず買えなかったのだ。礼を欠かぬよう事情を説明し、明日の買出し費用を出させて欲しいことを伝えた。
習慣や文化が異なる民族と付き合うには、筋を通す事が重要である。
「よし、明日はごちそうをつくろう。今日はこれで飲ろう!」と、19年ぶりの乾杯をした。
話は尽きない。気がついたら、夜中の2時になっていた。
それにしても、東京を出た翌日にプーラン族の村で酒を飲んでいるなんて、雲南省も近くなったなー。
プーラン族の会話です
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1010493.html
【雲南省旅行記 2009】Vol.3 アク族の村を訪ねて につづく
http://4travel.jp/travelogue/10398303
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