2009/10/28 - 2009/10/28
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もろずみさん
今年3度目の仙台。秋もだいぶ深まってきました。
杜の都を貫いて流れる広瀬川の橋づくしをしてみました。
広瀬川は青葉山とともに杜の都仙台の象徴。
水源は奥羽山脈の関山峠付近、市街地を蛇行しながら流れ、太平洋に注ぎ込むまで全流路が仙台市内で完結しています。
全長51kmもあって一日で全部歩くのは無理ですので、中流域の10橋を巡ってみました。距離は12kmくらいと手頃。
思いつきは、さとう宗幸の「青葉城恋唄」の歌詞かな。
詞のイメージ以上に歴史を感じる川歩きでした。
- 交通手段
- 新幹線 徒歩
-
何だか東京より仙台の方が暖かいんじゃないかな?
スタートは先月のゴール地点の大崎八幡宮。
今日は鳥居に一礼するだけにしておきます。 -
広瀬川を目指して坂道を下る途中、来迎寺という寺に立ち寄ります。
「モクリコクリの碑」がありました。
モクリは蒙古、コクリは高句麗で恐ろしい外敵という民間伝承です。
あれ?「ムクリコクリ」というんじゃなかっただろうか。
「モクリ」は仙台訛りかも。 -
1番【牛越橋(うしごえばし)】
坂を下りきったところが広瀬川です。
もっと上流にも橋はありますが今日はこの橋から。
仙台城の石垣を造るとき、切り出した石を牛に曳かせて川を渡ったので牛越の渡しと呼ばれていました。
明治38年(1905年)に初代の橋が架けられました。
現在は2代目で昭和29年(1954年)に架橋。 -
橋の上から上流部を眺めたところ。
右岸の河原は芋煮会の会場として人気。
おや、今日もやってますね。 -
左岸には自転車道が整備されていて格好のサイクリングコースになってます。
もちろんランナーやウォーカーも多いです。 -
この辺りが観音淵という淵です。
対岸にある亀岡観音堂に因んで付けられました。
その対岸は川内つまり城内の武家屋敷があった所。 -
夜でも足元を照らすようになっているのには驚き。
至れり尽くせりというより、仙台は道が狭い割に車が多いので、夜安全に走ったり歩いたりできる場所がないからですね、きっと。 -
2番【澱橋(よどみばし)】
江戸期にすでにあった古い橋で、昔は淀橋とも言ったそうです。
現在の橋は昭和36年(1961年)に架け替えられたもので、左下に見える石が明治期に造られた先代の橋台です。 -
澱橋を渡って少し寄り道。宮城県美術館があります。
この辺は仙台城二の丸だったエリアで、今は文教地区としてアカデミックな雰囲気。
本館は前川國男の設計、彫刻はヘンリー・ムーアの「スピンドル・ピース」です。 -
知らなかったけど、本館の隣には別館が新たにできてました。
「佐藤忠良記念館」で入口の作品は「若い女」。
仙台市内には定禅寺通りのエミリオ・グレコなど、たくさんの彫刻があります。
じっくりと取材したいところですが、今日は目的が違うので入館もせず。 -
橋まで戻る途中、青葉城方向のケヤキ並木です。
若干色づいてますが市内の紅葉はまだですね。 -
広瀬川は大きく蛇行しており、川沿いをトレースするのは難しいです。
一応下りられる所は下りてみることにします。
今度は右岸を行きます。 -
3番【仲の瀬橋(なかのせばし)】
川沿いには自動車学校があるくらいで、何だか殺風景な道が続きます。
見えてきたのは2層になった仲の瀬橋です。
上が市道で下が国道バイパスの仙台西道路。 -
歩道があるのは上層の市道の方。
錆び付いた階段を上って橋の上に出ます。
風情もなにもないですけど・・・。 -
仲の瀬橋の上から下流を臨むと新しい橋を建設中でした。
番外の橋か?
と思ったら市営地下鉄の橋梁のようです。
仲の瀬橋も江戸時代から架かっていたそうですが、当然こんな高さの橋でなく位置も現在とは多少違うようです。
ひょっとしたら新しい橋梁の方が昔の姿に近いかも。 -
橋を渡ると西公園なのですが、地下鉄工事のために大半が立入禁止でした。
とりあえず寄れるのは伊達政宗公が創建した櫻岡大神宮。
西公園は仙台の花見の名所ですか、この様子だと地下鉄が開通するまで花見は無理かも知れません。 -
神社の隣には老舗の源吾茶屋があります。
今でこそずんだ餅は全国的に有名になりましたが、ここが一番かも。
工事現場の真ん中でもなかなか良い風情を維持してます。 -
西公園には他にも見るものはあるのですが、今は無理みたいですね。
これはキリシタン殉教碑です。
伊達政宗はキリシタンに対して寛容で庇護していたが、徳川幕府の禁教令によってポルトガル人宣教師・カルヴァリョ神父らを処刑しなければならなくなった。
広瀬川沿いのこの地で7人が殉教したが、その時の彼らの毅然とした態度が民衆の胸を打った。
という言い伝えがあります。 -
4番【大橋】
おかげで正宗公が企てていたキリシタンを使って天下を狙うという野望も潰えてしまった。
だからローマから帰国した支倉常長は不遇の生涯を送ったというわけ。
おっと、テーマは橋でしたね。 -
大橋は格好が良いアーチ橋です。
これも江戸時代からある橋で、昔は仙台橋と言ったという説もあります。
仙台城大手門と城下を繋ぐメインの橋であったと考えられます。
現在の橋は昭和13年(1938年)に架け替えられたもの。 -
ここから広瀬川は大きく蛇行するのでショートカットします。
ちょっとお洒落なカフェでひと息もできます。 -
5番【評定河原橋】
河原に評定所があったので名付けられました。
以前は朱塗りの欄干の良い橋でしたが、平成6年(1994年)に架け替えられて普通の橋になってしまいました。
最悪だねぇ。どうしてそういうことをするのか・・・。 -
橋の真ん中にせり出しがあり、伊達家の九曜紋と広瀬川の流れをデザインしたレリーフがあります。
せめてもの救いかな。 -
評定河原橋を渡ると瑞鳳殿の入口です。
ここは3月に来ましたので今回は素通り。
http://4travel.jp/traveler/weekendwalker/album/10317035/ -
6番【霊屋橋(おたまやばし)】
御霊屋とは伊達家霊廟の瑞鳳殿のことです。
初代は明治初期に建造されて以来何度も流され、現在の橋は昭和10年(1935年)に架け替えられた。
やはり橋は昭和初期の頃までのものが重厚で良いです。 -
橋の向こうに市の中心部が見えます。
広瀬川もゆったりとして杜の都の風景にぴったり。 -
道は川より上の方を通っているので迂回せざるを得ません。
途中で見つけた鹿落観音(ししおちかんのん)に立ち寄ります。
小さな僧庵ですが仙台三十三観音霊場の33番札所、つまり結願寺です。
寺号は大蔵寺。ご本尊は慈覚大師作の聖観音菩薩です。 -
川下りなのになぜか登り坂。ちょっとした山越えをします。
道が狭いし歩道もないので、このコースの中では一番の難所です。
対岸は大回りになるし、これしか道がないので仕方ないか。 -
見通しの良い所で川を覗くと、ここでも芋煮会をやっていました。学生みたいですね。
仙台は学生街でもあるので、こういう光景はちょくちょく見かけます。 -
峠を越えて下りに入った辺りにあった大きなお寺。
虚空蔵山大満寺という曹洞宗の寺で、以前は青葉城内にあった5ヶ寺の一つだそうです。
あとの4つは長泉寺・龍泉寺・光禅寺・玄光庵だそうなので機会があれば探してみましょうかね。 -
アップダウンがあったりして、この橋間は結構な距離がありました。
越路の交差点に出て左に行くと次の橋があります。
左の高台が愛宕神社で、尾根伝いに先ほどの大満寺の山上伽藍である虚空蔵堂と繋がっていそう。
尾根歩きすれば良かったかなと思っても後の祭り。(^^; -
7番【愛宕大橋】
次の愛宕橋が狭いので昭和50年(1975年)に架けられた橋です。
仙台の幹線道路なので6車線+歩道分の幅がある大きな橋です。
交通量も多いので渡っても面白くない機能優先の橋です。 -
8番【愛宕橋】
愛宕大橋のすぐ隣りの小さな橋で、こちらの方が歴史が古く明治時代に架橋されました。
現在の橋は平成12年(2000年)に架け替え。
何だか役目を終えた生活橋という風情です。 -
愛宕橋より下流は川沿いに広瀬河畔通りが走っており、川と道路の間が遊歩道になっています。
川面が見えてなかなか気持ちの良い道です。 -
途中に堰がありました。
魚も多いので水鳥も集まってくる鳥見スポットのようです。
散策している人が双眼鏡で川面を眺めていたりします。このカメラじゃ無理な距離。
確認できたのはコサギ、セキレイ、カワウくらいかなぁ。 -
9番【宮沢橋】
江戸時代にはこの辺りは城下のはずれで、渡し場があったようです。
初代の橋は明治15年(1882年)に架けられたが、その後二度も流されて、現在の橋は昭和30年(1955年)の架橋。
毎年5月にはこの橋の付近で鯉のぼりイベントが開催されるそうです。 -
まだ15:00だというのに秋は日が短くて困りますね。
ケヤキやプラタナスが続く遊歩道も、すでに夕景の趣になって来ました。 -
次の堰にはしっかり魚道も造られています。
広瀬川は毎年サケが上ってくるくらいです。東京じゃ考えられません。
ちょうど今頃の時期ですが、しばらく見ていても跳ねなかったな・・・(^^;
これより少し下ったところに、かつて名取川の六郷堰から広瀬川に水を引いていた木流堀という運河を見つけました。
こちらを歩いても面白いかも。 -
10番【広瀬橋】
江戸時代は奥州街道を通す重要な橋で、当時は永町橋(長町橋)と呼んでいました。
明治42年(1909年)に将来の交通量増加と鉄道敷設を考慮して、日本初の鉄筋コンクリート製の橋を架け、広瀬橋と改名。
現在の橋は昭和34年(1959年)に架け替えられたものです。 -
橋の南の長町は江戸から来ると仙台城下の入口にあたり、交通の要所として栄えた町でした。
また木流堀を使って木材を運んで来て、広瀬橋の上流には木場もありました。
人や物が集まって、さぞや橋の上も賑やかだったことでしょう。 -
橋の南詰にあった橋姫神社と橋供養塔です。
元々は洪水で流された橋そのものを供養するために建てられたもの。
しかし、橋を架ける際に人柱となって埋められた娘を供養しているという伝承が生まれ、橋は姫になったということです。
芝居のネタになりそうなお話。 -
広瀬橋の上から上流を見ると広瀬川は穏やかな風情。
『広瀬川 流れる岸辺 想い出は 帰らず♪
早瀬 躍る光に 揺れていた 君の瞳♪』
と「青葉城恋唄」のメロディーが浮かんできます。 -
ということで、そろそろ陽も落ちるので橋づくしもここまで。
広瀬川中流域の10橋巡りウォークでした。
あらためて仙台城下と広瀬川の位置関係がわかりました。
まだ下流に橋は続き、広瀬川は太平洋まで続いています。
コスモスの向こうに見えるのが東北新幹線と東北本線の橋梁です。
続きはまた後日・・・できるかな?
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