2009/08/05 - 2009/08/05
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ライオンベラーさん
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(10 http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10392486/ の続きです。)
夕刻までに山形に入ればいいので、今日は距離的には少し余裕があります。
銀山温泉と山寺に立ち寄ることにしました。
もちろんどちらも初めてです。
楽しみです。
では幕を開けましょう。
スルスルスル〜〜・・・
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
朝、寝覚めるとこんなものがありました。
ここは中尊寺PA(パーキングエリア)です。
時刻は9時になろうとしています。
銀山温泉にカーナビをセットして、出発しました。 -
高速道路を出てから、山の中をひたすら走り続けました。
途中にこんな谷川もありました。 -
もうすぐ到着という頃に、このようなスイカ販売のテントがあったので、立ち寄ってみました。
素朴で感じのよさそうな婦人が、いいスイカだと勧めてくれました。
このような産地の道端で売っているものは、思ったよりも高価なものが多いので、注意深く値札を見ると・・・ -
おお、こんなスイカが1個500円とか1000円で売っていました。
安いので2つ買いました。
持ってみると、ずしりと思いスイカです。
明らかに近くのスーパーで売っているようなものとは違います。
でも残念ながら遠くまで帰るので、こんなに重いとガソリン代がかなりかかって、結局割高になってしまいます。
あまりたくさんは買えませが、もう1つだけ追加しました。 -
帰宅後、とても後悔(こうかい)しました。
こんなに美味いスイカならもっとたくさん買って、いろいろなところに配ればよかった・・・と。 -
銀山温泉にやってきました。
ここからどちらに行けばいいのでしょうか?
とりあえず右の道を登ってみました。 -
立ち寄り温泉があって、そこから少し降りるとこのような谷がありました。
どうやらここは昔(江戸時代の始め頃)、鉱山だったようです。
発見は1456年で、1631年が最盛期、その後急激に衰退(すいたい)して、1689年には廃山になってしまったようです。
その後は温泉地として、今に至(いた)っています。 -
このような小さな滝もありましたが、宿は数件しかなく、どこにでもあるような山の温泉のようです。
川の畔(ほとり)まで降りましたが、また車に戻って、来た道を引き返しました。
でも、念のためと思って、最初に迷った二股の道を、今度は左側に降りてみました。
すると・・・ -
おお、先ほどの奥からは見えなかったところにこのような街並みがありました。
-
このような足湯もありました。
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家並みはまだ続いています。
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いい感じのところです。
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風情たっぷりです。
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いい感じのところです。
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いい感じです。
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カリーパンの看板も見えます。
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少し行ってから振り返ってみました。
-
先ほど来た滝のところに出てきました。
旅館に立ち寄り湯の看板があったので、入ってみると・・・ -
立ち寄り湯はこの裏の道を登って行ってくださいといわれ、登っているところです。
かなり登りました。
何と、最初に通り過ぎた立ち寄り湯まで登って行くようです。
着いてみると500円という手頃な入湯料だったので、入ることにしました。
露天風呂から自然の山の景色が見えて、ゆったりした気分になりました。 -
山形に向かっています。
時刻はもうすぐ1時になります。
山形も米どころでしょうか、きれいな田園風景です。
広告か何かで見つけましたが、何と、ここ山形はあの有名な”おしん”の生まれ故郷であったようです。
このドラマは平均視聴率が52.6%(パーセント)で、今でもテレビドラマの最高記録を保持しているようです。
ということは、あの有名な川下りのシーンはこの近くだったのでしょうか? -
山形はそばの産地らしいので、そば屋に立ち寄ってみることにしました。
注文すると美味そうなそばが出てきました。
正式なそばの食べ方ということで、ずるずると音を立てて食べました。
そばを食べるときは海外で食べるときもこのように美味そうな音を立てて食べなければならないのでしょうか?
そして日本食ブームの中で、このような食べ方は、これから少しずつ普及していくのでしょうか?
それとも海外では普及しないのでしょうか? -
そば屋の右手にこのような”みちのく風土記の丘資料館”なるものがありました。
これまでいろいろなところで見てきた天地人の旗が立っています。
しかしなぜこんなところが天地人と関係があるのでしょうか?
よくわかりません。 -
風土記の丘資料館です。
-
何と、せっかく期待して来たのに閉まっていました。
う〜ん、残念です。 -
ひたすら山形を目指して南下してきました。
山形の手前の山寺に立ち寄りました。
時刻は2時45分です。 -
階段を登っていきます。
有名な寺のようなので楽しみです。 -
ここから左に曲がってさらに登っていきます。
-
何とここはあの有名な松尾芭蕉(ばしょう)が立ち寄ったところのようです。
向こうが芭蕉で手前が弟子の曽良(そら)でしょうか?
それとも手前が芭蕉で向こうが弟子の曽良でしょうか? -
どうやらこちらが芭蕉で向こうが曽良のようです。
-
三重県の伊賀で生まれた芭蕉は、江戸の深川を発って、奥の細道の旅に出ました。
当時の奥地を探検するような旅だったようですが、現在の宮城、岩手南部、この山形、新潟などを周った程度の旅でした。
私はそれよりもずっと奥地の、平泉以北の岩手や秋田、さらに青森までも周って来たので、そのような話を当時の芭蕉が聞けば、さぞ驚くことでしょう。
芭蕉も知らないところを周ってきたということで、少し得意な気持ちになりました。 -
このようなところを通って、さらに登っていきます。
-
見上げればすごい絶壁です。
-
芭蕉はここで一句詠(よ)みました。
「静けさや〜ぁぁぁ、岩に染み入る〜蝉(せみ)の声ぇぇぇ・・・」
実際は句を紙に書いて、弟子がそれを披露(ひろう)したのかも知れませんが・・・。 -
急な階段をどんどん登っていきます。
-
このような門を通ってさらに登っていきます。
-
どんどんどんどん登っていきます。
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あんなところにお堂があります。
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そのお堂にやって来ました。
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何か、すごい光景です。
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お堂の横の祠(ほこら)です。
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祠です。
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今、やって来た道です。
この右下の階段を登って来ました。 -
先ほどのお堂までやって来ました。
すごい高さです。 -
お堂の中です。
-
おおお、足がすくんできます。
-
こんなところまで20分ほどで登ってきたので、大変でした。
でも急がないと、山形の花笠踊りに間に合わなくなってしまうので仕方がありません。 -
芭蕉もこの風景を見ていたのでしょうか?
家々や田畑の区画は変わっても、山並みの様子は昔と変わっていないのではないでしょうか。 -
お堂の裏に回ってみましょう。
写真の右下はサーチライトです。
ここは夜間はライトアップされているようです。
どのように見えるのか気になります。 -
その向こうは立ち入り禁止でした。
ここで修行する人たちがいるようです。
どのようないでたちで修行しているのでしょうか? -
さあ、お堂に戻りましょう。
-
左が先ほどのお堂です。
この間から降りていきます。 -
どんどん降りていきます。
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ここがこの寺の本堂のようです。
この上に奥の院があるようですが、遅くなるといけないのでこのまま降りることにしました。 -
もう一度祠(ほこら)を振り返りました。
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絶景です。
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いい風景です。
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来た道を降りていきます。
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ここから祠を見上げました。
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これは反対側の崖です。
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どんどん降りていきます。
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岩にこのようなものが刻んであります。
さあ、山寺を降りてきました。
車を停めた土産(みやげ)物店で少し土産を買って、早速(さっそく)山形に向かいました。
時刻は3時半でした。 -
道路は混雑していましたが、何とか無事に山形に着きました。
ここはJR山形駅です。
ここも新幹線が止まります。
この駅も巨大な箱のようです。
時刻は4時です。
花笠音頭は6時半から始まるので、まだ時間の余裕があります。
ゆっくり駐車場を探すことにしましょう。
(「12 山形花笠音頭」http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10393740/ に続く)
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