2009/09/28 - 2009/09/28
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福の海さん
2009年09月28日(月)夕方、
那覇市若狭の久米至聖廟にて行われた、儒学の創始者・孔子の誕生を祝う「釋奠祭禮」に参加しました。
県知事や那覇市長も参加した儀式、厳かな雰囲気の中執り行われました。
会場では中国で知り合った友人T先生との再会もあり(写真は友人と社団法人 久米崇聖会・真栄田世行理事長)、T先生とは夕食時に沖縄料理を食べながら昔話に花を咲かせました。
沖縄と中国福建省の旅行記は4編です。
1.浦添市、宜野湾市で食事
2.名護・大家(うふやー)で沖縄料理
3.久米崇聖会 琉球の礎築いた「三十六姓」孔子生誕を祝う ←この旅行記
4.那覇市と福州市の友好の証 福州園
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祭禮は18時から
名護から那覇までの移動、途中渋滞もあり少し遅れて到着することに。写真は久茂地交差点付近。 -
ここだ!
久米至聖廟
1676年に尚貞王の許可を得て建立。以後春秋2回の釋奠が始まる。
現在施設を管理運営するのは社団法人 久米崇聖会(大正3年設立。 http://kumesouseikai.jp/modules/souseikai/ )
福建省を中心とした中国より来琉し帰化した久米村・三十六姓の子孫の方々です。 -
久米三十六姓
1392年、明の洪武帝の命により福建省出身の外交諸文書作成者、教育者、航海者、船大工らが渡来。明と琉球との架け橋として活躍、その末裔を指す。
現在はその後も同じ目的で来琉した中国人を含めている。
HP http://kumesouseikai.jp/modules/kume36/ -
三十六姓の居住区域として指定された久米村(クニンダ 長崎の出島のようなもの?)は、
琉球王朝時代は行政上独立し特別に扱われ、生活習慣も中国の影響を強く残し、独自のスタイルを保っていたそうです。
久米村からは
蔡温(琉球王朝で三司官を務める)、
程順則(日本人の道徳の基礎となる「六諭衍義」の著者)など偉人を輩出。
琉球王国発展の礎を築きました。 -
久米至聖廟は
第二次世界大戦で大成殿(写真 説明文)や -
役所及び教育施設だった明倫堂(写真 説明文)、
聖像、蔵書など全て灰となり -
その後、
現在地・那覇市若狭に廟地を選定し、復興工事に着手、1975年1月に至聖廟が落成。
同年より
戦後初の釋奠を挙行し、
久米孔子廟跡に孔子銅像を建立。 -
地図
http://kumesouseikai.jp/modules/map/
波上宮前(なみのうえぐうまえ)すぐ近くにあります。 -
それでは中に入りましょう。
久米至聖廟では
中国や台湾、ソウルと同日の毎年9月28日に釋奠が執り行われ、年に一度、この日だけ正門である至聖門が開かれます。
まずは受付。 -
久米三十六姓の子孫の方々及び来賓
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参列者は少なく無かったです。
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◆釋奠のながれ
私が参列できたのは下記↓10番目以降でした。
1.釋奠祭禮開始(せきてんさいれい)
2.執事就位(しつじしゅうい)
(全執事が各自の持ち場につく)
3.祭主就位(さいしゅしゅうい)
(祭主は、引禮に先導され大成殿に対す)
4.啓扉(けいひ)
(至聖門開扉準備)
5.迎神(げいしん)
(祭主は、参列者と共に至聖門に向き、孔子を迎える)
6.進饌(しんせん)
(執事がお供物の蓋を取る)
7.上香(じょうこう)
(祭主は、洗手所で手を浄め、正位と四配に上香する)
8.初献禮(しょけんれい)
(祭主は、正位と四配に、帛(はく)(絹織物)と爵(しゃく)(神酒)を献ず)
9.祝文奉読(しゅくぶんほうどく)
(孔子に対し、祝文官が祝文を奉読する)
10.亜献禮(あけんれい)
(祭主は2度目の爵を献ず)
11.終献禮(しゅうけんれい)
(祭主は3度目の爵を献ず)
12.来賓上香(らいひんじょうこう)
(来賓および崇聖会代表は、引禮に先導され上香する)
13.飲福受胙(いんふくじゅそ)
(祭主は、孔子よりお下がりの、福酒と福胙を代表して頂戴する)
14.撤饌(てっせん)
(執事が、お供物に蓋をする)
15.送神(そうしん)
(祭主、参列者ともに孔子をお送りする)
16.燎祝文(りょうしゅくぶん)
(祝文、帛、爵の順に燎所に向かい祝文をあぶる)
17.闔門(こうもん)
(至聖門を閉じる)
18.撒班(さんぱん)
(祭主、全執事は、開始前の位置に戻る)
19.釋奠祭禮終了 -
福の海
カメラマン、テレビ局の人に迷惑がかからないよう注意しながら撮影開始〜 -
12.来賓上香(らいひんじょうこう)
(来賓および崇聖会代表は、引禮に先導され上香する) -
県知事、那覇市長、議員の皆様方が次々と呼ばれ上香されていました。
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戦後34回目の式典
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内容充実
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広報活動及び
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スタッフの皆様方の準備
本当に大変だったことでしょう。 -
琉装を着用しての祭禮
古式ゆかしい出で立ち -
大成殿の中での儀式
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当日の様子はテレビでも放映されたことでしょう。
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15.送神(そうしん)
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祭主、参列者ともに孔子をお送り
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久米村(クニンダ)の御先祖様
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子孫の皆様の結束、その思いが伝わってくるようでした。
至聖廟はクニンダのシンボル的なものであり、5年後の崇聖会創立百周年の時には、旧久米郵便局跡地へ移転する計画があります。
久米町への移転復元は久米三十六姓の悲願でもあるようです。 -
16.燎祝文(りょうしゅくぶん)
(祝文、帛、爵の順に燎所に向かい祝文をあぶる) -
祭禮もいよいよ終了となります。
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献花
沖縄華僑華人総会 -
三十六姓
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子孫の方々より
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写真を撮っているのは友人T先生
沖縄にて福建省の若者と交流している方です。
この日も若者十数名とともに御焼香、孔子様に若者の明るい未来を祈願しておりました。
教育者の鏡、拍手です。パチパチ〜 -
一般の方々も大成殿へ
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T先生と知り合いの奥様方
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(社)久米崇聖会 真栄田世行理事長
T先生は理事長先生ともお知り合いのよう。さすが石垣島のお姫様(←本当です)。顔が広〜い。
福の海も理事長先生と記念撮影させて頂きました。 -
孔子廟
忘れられない沖縄での思い出となりました。 -
夕食
T先生に御招待して頂きました。
ぱいかじ 沖縄本店
住 所:沖縄県那覇市おもろまち4-8-26
電 話:098−862−2397
定休日:年中無休
http://www.paikaji.jp/tenpo/okinawa_honten.html -
ふーちゃんぷるー
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中味汁
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県産豚のスペアリブ
どれもおいしかった〜 -
三線生演奏
これもよかった〜
T先生、ご馳走様でした。 -
「釋奠祭禮」にてT先生のご友人から頂いた
学業成就(左)のお守り?
その裏面には -
むかしからの言い伝えに、
孔子生誕のおまつり『釋奠(せきてん)』のあと、
こどもたちは香炉の灰を頭につけ
「孔子さまにあやかり頭がよくなるように祈願した」
といわれています。
下側の黒い部分は 大成殿 香炉灰
おまいり記念に、孔子を祀る大成殿の香炉灰を封入した参拝記念品を贈呈します。
ほほう、
福の海もこれにあやかりたいものですが・・・
もう手遅れかもしれませんね。ははは
次の旅行記は
4.那覇市と福州市の友好の証 福州園 です。
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