2009/09/21 - 2009/09/24
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akkiy363672さん
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4連休のシルバーウイーク…、「上海・蘇州」を巡る、4日間のツアーに参加してきました。
詩情あふれる水郷古鎮と、躍進する中国を象徴する近代都市の顔を併せ持つ「上海・蘇州」…。
この第③編では、2000年の歴史を持つ水郷古鎮「用直(ルースィー、用の本字はカタカナのノに用)」散策、太湖の遊覧、そして蘇州古塘のライトアップの様子を綴っています。
当日の詳細を http://homepage3.nifty.com/akira-i/monomiyusan/175-syanghai-03.htm にも記しています。よろしければ、のぞいてみてください。
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- 中国東方航空
-
章くんたちがツアーの第一日目の夜を過ごした「周荘賓館」、中国版(?)3ツ星ホテルです。
貧乏旅行に慣れている章くんには、上等の部類に入るホテルでした。 -
午前7時20分、朝食です。
パン、おかゆ、3種類ほどのおかず、こー!、紅茶、緑茶!
パンとコーヒーだけのアメリカンスタイル・モーニングに慣れている章くんには、結構なご馳走でした。 -
8時30分、バスに乗り込んで出発…。まずは、2000年の歴史を秘めるという水郷古鎮「用直」へ向かいます。
出発から30分少々…、大きな門の前に着きました。 -
門をくぐり、大きな橋を渡ると、広場に出ます。
右手に並ぶ5軒ほどの店のうちの3軒が、床屋さんでした。ここは、オシャレな人が多いのでしょうか? -
広場の中央に「一角獣」が座っていて、魔物がこの町に入っているのを見張っています。
この町の名前は「甪直(用の本字は、左の写真にもあるように、カタカナのノの下に用)」と書いて、日本読みでは(りくちょく)…、この字が日本の漢字にはないので「用」の字を用いて「用直」と書き、そのまま(ようちょく)と呼び習わしたりしています。
中国語の読み方は、(ルースィー)です。
以前に、「中国の人名や地名に日本語の読み方を仮名振りしたりして当てはめるのは、やめたほうがいい。「用直…ようちょく」はもちろん、「甪直…りくちょく」という地名も、世界のどこにもない。読み方を日本語で表示するならば、(ルースィー)と書き添えるべきである」と書いた記事を読んだ覚えがあります。
確かに、現地でタクシーに乗っても、「ようちょく」も「りくちょく」も通じないでしょうね。
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張り巡らされた水路の両岸に、お土産などを売る店が並んでいます。
1平方kmの小さな街の中に、宋・元・明・清時代の大小さまざまな石橋が、かつては70余りあったといいます。
現在でも40余りが残っていて、「古橋の郷」と呼ばれています。 -
途中で見かけた喫茶店…。
コーヒーのスペルがかなり少ないように思われるけれど、この村では、昔の日本のように「カフェ」と呼び習わしていて、「これで合ってるんだ。放っておいてんか」と言われるかもしれません。 -
町並みもまだ観光化されていなくて、狭い通りに古めかしい店が軒を並べています。
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豪商「沈さん」の館。
館の造作も、置かれている家具も、桁違いのお金持ちだったことがうかがえるというもの…。 -
江南地区には、古来より沈氏という名の豪商が多く見られます。
紹興市延安路には、南宋の沈氏の私家庭園である「沈園」が残されていますし、昨日の周荘にも「沈庁」という部屋数100室に及ぶという、沈氏の邸宅があります。
沈一族は、江南の経済を握る名家だったのでしょうね。 -
ここが用直の有名な写真撮影場所だとのことです。
町中にはたくさんの貸衣装店があって、きれいなドレスやコスプレ衣装を貸してくれます。
中国人の写真好きも定評のあるところらしくて、時代物の貸衣装を着て、昔を残す橋のたもとで、カメラに収まるのでしょうね。 -
古い石畳の道を、リヤカーを後ろにつけた自転車や、客を乗せる三輪車、3人乗りのオートバイなどが行き交います。
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9時50分、章くんたちはバスに乗って、次の目的地「蘇州」へと向います。
← 途中、休憩のために立ち寄ったドライブイン -
蘇州市内に入ってきました。
高架道路の下から見えた、市内の人出はたいへんな賑わいで、蘇州が大きな町だということがわかります。
蘇州市は長江の南側にあり、長江デルタの中心部である太湖の東岸に位置しています。
市区人口は235万人、総人口は624万人とありますから(2007年)、名古屋市とほぼ同じぐらいですね。 -
はるか彼方の丘の上に、お寺の塔がかすんでいます。
呉国王夫差が埋葬された八角七層の虎丘塔(雲岩寺塔)でしょうか。 -
町中では、旧市街地区の古い家並みが取り壊され、区画整理が進んでいます。
市街地の取り壊しは、蘇州市内のほか、無錫や上海でも見ました。
上海万博に向かって、新しい顔を造っているところでしょうか。 -
蘇州の産業である、泥人形工場へ寄りました。
茶碗や茶器、壷なども作っていますから、陶磁器工場ですね。
← 泥で作ったネズミの楽隊
一つ一つが手作りで、同じものはないということです。 -
← 中国版、五人囃子(官女?)ですかね。
兼学する章くんたちの前で、職人さんたちが、泥をこね、造って見せてくれます。 -
← 色付けして焼き上げると、こんな美女が現れます。
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← 店の玄関にいたご老人。このふくよかな笑い顔はどうでしょう。
道教の神「福禄寿(ふくろくじゅ、七福神の一つ)」ですね。
道教で強く希求される3種の願い…、幸福(現代日本語でいう漠然とした幸福全般のことではなく血のつながった実の子に恵まれること)、封禄(財産のこと)、長寿(単なる長生きではなく健康を伴う長寿)の三徳を具現化した神様です。 -
近代的なビルの横では、ゆったりと船が荷物を運んでいきます。
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昼食を食べるために、蘇州市内のホテルに寄りました。
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なかなかにゴージャスなたたずまいでしょう。
格安ツアーだとは思えない雰囲気です。 -
蘇州市内で見かけた、モダンな建物…。体育館らしいです。
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市内を縦横に川が走っていて、水運が盛んです。
その横では、重機がうなりをあげて、ビルが建築されています。
今の上海周辺では、どこへ行ってもこんな風景にお目にかかれます。 -
無錫の太湖遊覧乗船場に着きました。
無錫(むしゃく)市は、江蘇省の南部にあり、改革開放以来、急激に工業が発展して、とりわけ日本企業の進出が多いところです。
20年前には、この地を訪れる日本人はほとんどいなかったけれど、尾形大作の「無錫旅情」以来、飛躍的に観光客が増えたと、ガイドの唐さんが言っていました。
無錫市の南部は太湖が広がり、市内には小さな河川が無数に流れる、典型的な江南の水郷です。江南デルタで産する米と、太湖で捕れる魚などの水産物が豊富で、古来「魚米の郷」と呼ばれていました。
また無錫は、中国古代文明を支えたスズ(錫)を多く産出し、「有錫」という言われるほどの地でした。
余りにも多く掘り過ぎて前漢までに掘り尽くしてしまい、以来「無錫」になったという俗説があります。 -
← たくさんの遊覧船が舫っています。
隋時代に建設された大運河(現在は「京抗大運河」とよばれ、市内を迂回する新運河も掘られています)が無錫を通り、以来1000年の時を越えて、江南の農産物や織物を集散し華北や中国各地へ送る重要な経済都市・商業都市であり続けました。
大戦や人民公社化、文化大革命などによって無錫は荒廃しましたが、改革開放のあと大躍進を遂げ、現在は常住人口610万人といわれるほどの大都市です。 -
← 龍の形をした豪華遊覧船
ガイドの唐さんに、「あれに乗るの?」と言ったら、「200人乗りq@から、この少人数ではダメね」と言われました。 -
← 雨模様の天候で、はるかにかすむ島々
太湖の面積は2,250平方km(琵琶湖の3倍)、平均水深は2m、最大水深は48mです。
中国五大湖の一つで、鄱陽湖、洞庭湖に次ぎ中国で三番目に大きな淡水湖です。
湖には大小約48の島が浮かび、多くの半島が連なり、湖を囲む峰の数は72を数えるとか。
洞庭東山、西山、馬跡山、三山などが著名な山々で、これらの山や湖が入り組む景観は天然の絵画ともいえる美しさです。 -
← 船舶の往来用に、ブイや灯台もあります。
太湖周辺は、石灰岩でできた丘陵が取り囲んでいます。
これらの丘陵から切り出される「太湖石」とよばれる穴の多い複雑な形の奇石は有名で、蘇州はじめ中国各地の庭園で、このあとお目にかかりました。
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← 手漕ぎの船で、漁をしていました。
のどかな、水墨画の世界ですね。
太湖周辺は古来「魚米の郷」と呼ばれた、中国有数の豊かさを誇る穀倉地帯・淡水漁業地帯です。 -
蘇州へ引き返す途中に見たビル…。超近代的です。
太湖の汚染について補足…。
周辺の地域の都市化・工業化が激しい勢いで進んでいることから、太湖に出入りする川は汚染が進んでいます。
2007年5月には藻類の大発生により、湖水が青く変わって悪臭が激しくなる公害事件が起こり、無錫市内では水道水が使えなくなる事態になりました。
人々がミネラルウォーターを買い求めたため通常の六倍以上の値になり、市当局が水の値上げを禁止する騒ぎが起こっています。
中国の近代化への苦しみが、ここにもあるようですね。 -
北京の頤和園、承徳の避暑山荘、(以上2つは中国皇帝所有の庭園) 蘇州の拙政園とあわせて、中国四大名園と称される、蘇州「留園」の見物です。
清代庭園の代表とされていますが、もとは今から約500年前、明代の万歴年間に、政府の役人(太僕寺少卿)であった「徐泰時(シュー・タイシー)」の個人庭園「東園」がその始まりです。
庭園の中部にある池やその西手にある築山などは、当時からほとんど改修されずに受継がれているそうです。
清時代に「劉恕」の宅となった時に寒碧荘と改められ、のち「盛康」の所有となって拡張し留園と呼ばれるようになりました。 -
大きな池の周りに、清朝式の建物(「明瑟楼」かな…)、築山、回廊、植え込みが配され、見事な庭となっています。
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天上から下がるシャンデリア…?
豪華なものですが、光量はいまいちであるような…。
机上や床に置いた明かりも、併用していたのでしょうね。 -
← 奇岩・名石の庭
これが、太湖周辺から採れる「太湖石」です。
たくさんの穴が空いていて、雨が降った後などは、いろいろなところから水が流れ出して、趣きがあるのだそうです。 -
このニョキッと立つ石が、「冠雲峰」と名づけられている、高さ6.5mの園内で最も有名な太湖石です。
池の北側に、“冠雲”“瑞雲”“岫雲” と3つの太湖石が並んで立ち、留園内でも有名な姉妹三峰とされています。
もっとも、他の2石は、この冠雲を引き立たせるため以外の何者でもないようですが…。
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夕食に「上海ガニ」を頼みました。
格安ツアーですから、もちろんオプションです。時期的にちょっと早いですから、小ぶりのものでした。2杯でやっと一人前というところです。 -
食事のあとは、蘇州古塘のナイトクルーズです。
「塘」という字は、日本語の「島」という意味だとか。
蘇州市内には無数の水路が走っているので、陸地はあたかも島の如しなのです。
だから、蘇州の古い町並みは「古塘」と呼ばれるのですね。
← 川の両岸の家々はライトアップされ、提灯を飾ったりしています。 -
船に乗り込んで、ライトアップされた水路を行きます。
エンジンを操作する人とは別に、先端に船頭さんが1名座っていて、水路の前の浮遊物を取り除いたりしています。 -
ただ船に乗っただけだったからでしょうか、ライトアップされた両岸の風景が過ぎて行くだけで、ちょっと単調なクルーズでした。
途中、工場排水が流れ込んでいる一角があって異臭がしたのも、中国らしい杜撰さですね。
国を挙げて水郷観光事業を進めようとしている重点地区の川に、工場排水が流れ込んでくるのを放置しているなんて、考えられないではありませんか。 -
ライトアップはとても美しかったのですが…。
両岸の明るさ…華やかさが、何か旅情を削ぐようで、『蘇州詩情』とは少し違うかな…といったカンジでした。
昨夜、周荘の暗くて物悲しい雰囲気を体験したからなのでしょうが…。 -
ホテルに戻ったのが9時30分。
ちょっと小腹が空いたかなと表に出てみたのですが、あたりはマンションばかりが立ち並んでいるだけ…。
コンビニを見つけて、ミネラルウオーターとお菓子を少し買ってきました。
← 写真の「富士山…」と赤いネオンがともっているところは、マッサージ店。窓にはブラインドが下りていて中をのぞけなかったし、小さなアルミのドアーが不気味だった(笑)ので、入る勇気が出ませんでした。
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