2009/09/19 - 2009/09/19
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にゃんこ姫さん
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お彼岸なので、亡父のお墓参りに
行きました。
その途中で、「根津神社」の前を
通るのですが、折しも19日のきょうは、
秋季例大祭の初日とあって、朝から
祭りの準備で賑わっていました。
★根津神社
今から1900年あまり昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)
が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建しています。
江戸時代、五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建しました。
明治維新には、明治天皇御東幸にあたり勅使を遣わされ、国家安泰の御祈願を修められるなど、由緒のある古社として知られています。
拝殿をはじめ、唐門、楼門などが、国の重要文化財に
指定されています。
御祭神は、須佐之男命・大山咋命・誉田別命。
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
-
地下鉄「東京メトロ」の『根津(ねづ)駅』で
下車して地上に出た所は、「不忍(しのばず)
通り」。
コミュニティ・センターらしい建物の
前に・・・ -
小さな御御輿(おみこし)が
展示されていました。 -
そのひとつ「八重垣(やえがき)町」の
ものですね。
このあたりには、由緒ある町名が残って
います。 -
こちらは、「弥生(やよい)町」。
弥生式土器で有名な弥生時代の
名前をとっています。 -
至る所に、「御祭礼」と記した
幟(のぼり)が立てられていました。 -
TVや新聞で紹介されて、すっかり
有名になった「根津のたいやき」のお店。
いつもなら、お墓参りの帰りに寄るのですが、
きょうは土曜日の上、お祭りの日なので、
早々と行きました。
それでも、10人近くの行列が
できていました。
売り切れ次第、閉店ですからね。 -
街灯の柱にも、お祭りの提灯が
掛けられています。
柱の上には「文豪の街」の文字。
ここは、夏目漱石・森鴎外などの
文豪を輩出した街なのです。 -
先の大戦でも焼け残った地域なので、
こんな昔ながらの店が残っている
貴重な街です。 -
いかにも時代がかった銭湯。
「15時30分〜24時」という
表示があるところを見ると、今でも
営業しているのでしょうか。 -
ここでも、お祭りの準備中です。
地区ごとに拠点があるようで、
こちらは「宮本町会」と書いて
ありました。 -
それぞれ趣向を凝らした見事な
造りです。
宮大工さんの技には、いつも
感心してしまいます。 -
小さな山車(だし)も、出番を
待っています。 -
「根津神社」に着きました。
-
門前の露店も、仕込みに
忙しそうです。
この屋台は、もう準備完了なのか、
余裕の表情? -
朱塗りの大鳥居も、たくさんの
提灯で隠れています。 -
大鳥居をくぐると、『表参道』です。
せっかくなので、お参りして行きます。 -
『神橋』と『唐門』。
『神橋』は新しく、平成18年に境内整備事業の
一環として架けられました。 -
『神橋』の架かっている小さな池。
左の植え込みは、『つつじ苑』です。
境内地となる以前、徳川綱重が屋敷の庭につつじを植えたことに始まり、七千坪の神苑は世につつじヶ岡と呼ばれる府内の名勝でした。
今も花季(4月中旬から下旬ごろ)には、
約50種3000株のつつじが花盛りとなり、
見事です。
開花に合わせて、「文京つつじまつり」が開催され、
大勢の見物客で賑わいます。 -
『楼門』(国指定重文)です。
きょうは、露店の陰になって見えませんが、
正面右側の随身は、水戸光圀公が
モデルと伝えられているそうです。 -
『楼門』を入った右手にある
『神楽(かぐら)殿』。 -
『唐門』(国指定重文)
神社の正門。両妻に唐破風を備え、
天井には、藤原立信の墨江の龍が画かれていた
のですが、惜しいことに、今は剥損して
しまったそうです。 -
『拝殿』(国指定重文)
宝永二年、五代将軍綱吉は兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子に定めると、氏神根津神社にその屋敷地を献納、世に天下普請と言われる大造営を行ない
ました。(宝永三年完成)
この社殿は拝殿の奥に幣殿・本殿と一宇に続く、総漆塗りの華麗な権現造建築で江戸の神社建築としては最大の規模を誇っています。 -
じつは、この『拝殿』および2つの門は、
平成20年6月より、ずっと塗り替え修理中
でした。
それが、このたびやっと完成し、なんと30年
ぶりに美しい外観が再現されたものです。
権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・透塀・楼門の全部が欠けずに現存しているというのは、すごいことですね。
これらはすべて、国の重要文化財に指定されています。 -
この美しい飾りは、いつもあるわけでは
ないので、御祭礼に合わせて掛けられた
ものなのでしょう。
★例祭(九月二十一日)
六代将軍・徳川家宣は、幕制をもって当社の祭礼を定め、正徳四年江戸全町より山車を出し、俗に天下祭と呼ばれる壮大な祭礼を執行しました。
現存する大神輿三基は、この時家宣が奉納したものです。
同じ格式による山王祭、神田祭とあわせ江戸の三大祭と言われています。
なお、今年は陰の年に当たるため、1年おきに
出される家宣奉納の大御輿は出庫しないそうです。 -
これも、いつもいるわけではない
巫女(みこ)さんが、お札やおみくじを
授ける場所。 -
社殿の前の狛犬(こまいぬ)。
もちろん1対なのですが、こちらは
向かって左側のもの。 -
『透塀』(国指定重文)
社殿周囲を囲む塀。
名称の由来は格子部より向こう側が見えることに
よります。
総延長200m、300年を経てなお寸分の狂いを生じさせぬ昔の徹底した基礎工事の内容が近年の調査で判明したそうです。
ついでながら、この塀のところは、よく時代劇の
撮影に使われるようです。
私は、『鬼平犯科帳』とか『銭形平次』などの
話の中で、何度か見たことがあります。
(よく知っている場所なので、気がついて
しまうのですね〜。) -
『楼門』の手前から、左手の丘に
続いている鳥居。 -
登り切ったところには、
『乙女稲荷神社』があります。
御祭神は、倉稲魂命。
(これは、下から見上げた眺めです。) -
さて、お参りもすんだので、
先ほど無事に買うことができた
「根津のたいやき」をいただきます。
行儀が悪いと言われようと、これはぜったい
焼きたてを食べなければ。
皮が薄くてパリッとしていて、あんこが
ぎっしり詰まっています。
すごく甘いのですが、おいしい〜♪
この地に来たら、はずせませ〜ん! -
神社正面の大鳥居のすぐ横にある
古池。
鯉や亀がたくさんいます。
鯛焼きの皮を、ほんの少しお裾分け。
といっても、ほとんど分ける部分が
ないのです。
自分で食べちゃうから。(笑) -
寄り道ばかりして、本来の目的である
お墓参りを忘れてはいけません。
「根津神社」脇の急な坂を登って
お寺へ向かいます。 -
「新坂(権現坂・S坂」と呼ばれているとは、
この立て札で、初めて知りました。
森鴎外の小説『青年』の中に、この坂が
出てくるのだそうです。 -
坂の途中にある古い家。
いつの時代のものなのでしょうか?
今でも、ちゃんと人が住んでいる
ようですね。
時代の風格を感じさせます。 -
これも坂の途中で。
なんとも可愛い山車です。
この坊やが、太鼓を叩いて
いました。
祭り太鼓のリズム、
「ドーンドーン、カッカッカ。
ドンドンドーン、カッカ。」
を上手に刻んでいて、エライ!
御御輿が出て、お祭りが始まるのは、
午後1時過ぎだそうです。
そんなにはいられないので、
本番は見られません。
ちょっと残念。 -
坂の上の道に沿って、東京大学が
あります。
緑に包まれた塀の内側は、東大の敷地
になっています。 -
通用門の横に、不思議な形の
オブジェがあって、気になっていましたが
・・・。 -
昭和初期に、東大・安田講堂の裏に
地震研究所が造られました。
後年、研究所が移転し、その後
取り壊された際、黎明期の輝かしい
地震研究の業績を記念して、地震計を
かたどった石造りの模型を、ここに
残したのだそうです。 -
数ある東大の門のひとつ、
『農正門』。
立派です。 -
『農正門』の説明。
-
ついでに、関係ないけど、
我が家の菩提寺です。 -
境内には、『出世不動尊』なるお堂も。
-
同じく境内にある
『西国札所観音霊場仏塔』。
江戸時代、観音札所の巡拝が流行
しましたが、一般の人々の巡拝は
なかなか困難でした。
そこで、この仏塔を拝むことで、
西国巡礼を果たしたことになるよう
祈念して、天保11年(1840)に
ここに建立されたものです。
上に十三仏を配し、下に三十三観音像が、
その寺院名と所在地とともに刻されて
います。 -
ーおまけー
同日、マンションの廊下から見た
夕景。
夕焼けがきれいだったので、
撮ってみました。
秋ですね。
ー完ー
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