2006/12/31 - 2007/01/07
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ひろみさん
(写真は、どこかの博物館の入り口にあった「蜀」の字の変遷… この辺りは、「三国志演義」の時代には「蜀」の国であった…と思う… 歴史苦手…)
2006年12月31日に日本を発って中国、主に四川省に行ってきました。
地震の前の冬です。
私は中国語が少し分かりますので、この旅では、現地の人と少しは話すことができました。計画者とガイドさん、運転手さん(女性)、そして私の4人だったため、運転手さんとも気兼ねなくおしゃべりできました。
一番印象に残っているのは、九寨溝のホテルで、夜、足裏マッサージをしてもらいながら、蔵族(チベット族)のかわいい女の子と1時間世間話をしたことです。
写真はないけど本当に純真なかわいい娘さんで、結婚を半年後に控えて、あれやこれやと話をしてくれました。「他に相手もいないし、適齢期だからしょうがないのよ…」と、言って照れてましたっけ。都会では空気が悪くて暮らせない、と言っていたのを今も覚えています。都会といっても、成都にしか行ったことがないんですけど。そんなに旅行に行けて羨ましいと言われて、返す言葉がなかったです。
対照的だったのが、ガイドのお姉さん。漢族の人ですけど、何かミスをしても絶対謝らない。いつも責任転嫁。こちらが教えてあげると「そう言おうと思ったんですよ」とか言い出す始末。マッサージの女の子とは対照的に、自分の自慢話ばかり。自分が美人だということをいつも、さりげなく露骨にアピールしていました。「私のフィアンセは私のことが大好きなんですよー!」とか。まあ、ちょっと、お腹いっぱいという感じでした。
2人は当時同じ25歳、同じく結婚を1年以内に控えた娘さんでした。私は政治のことは分かりませんけど、生身の人間を見て、マジョリティーってなんだろう、教養ってなんだろう…と、考えさせられました。今頃2人はどうしているんでしょうか。
学習者としてひとこと中国語に関して言えば、マッサージの女の子の中国語の方がよっぽど発音がきれいで聞きやすかったです(笑)。
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上海での乗り換えのとき、2006年最後の日が沈んでいった…
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成都のホテルで、新年を迎える。
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ホテルのお正月飾り。
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朝暗いうちから出て、杜甫草堂へ。
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武候祠
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雨が降ってきました。
ガイドさんは傘を持っていなかったので、1本貸してあげました。
(九寨溝でも、寒い寒いと言って、露骨に早く帰りたそうな顔をするので、持ってきたホッカイロをあげました。) -
諸葛亮だそうで。
「三国志演義」は、日本語のダイジェスト版を読みましたが、途中からもう、誰が誰だか…(笑) -
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中国人の友人はこの人物のことを、
「小士兵」(シャオシーピン)
と呼んでいました。
自分も同じ所へ行って、同じアングルで写真を撮ったことがあると言って… -
錦里、というところ。
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私も思わずつられて「小吃」(シャオチー、おやつ?)を食べる。
おいしかった。 -
九寨溝へ向かう飛行機から。
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空港から少しずつ下って、九寨溝へと降りていく。
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私…
今年の旅行と同じ服である…(笑) -
夜、ザン・チャン劇、という出し物を見にいく。
ザン=チベット族
チャン=チャン族 …そのままですけど(笑)
合同の出し物ということで。
チベット族はものすごく歌が上手い。ア・ランという女性歌手が日本でも活躍中と聞いたけれど、彼女もチベット族だ。
ちなみに、知り合いの中国人に、ゴマすりで、彼女は歌が上手だね!と言っても、「あれは中国人じゃない、チベット人だ」と至極冷淡な答えが… -
パンダも観劇に来ていた…(笑)
ところでこのツアー(といっても2人だけのを申し込んだ…)、朝になると、ガイドさんが毎回、
昨夜はどこへ行って何をしましたか。
と聞くのである。決まりだからすみませんねとのことだし、聞かれてまずいようなことはしていないからいちいち答えたけれど、決して気分のいいものではなかった。
そんなことより、指定された時間に指定された場所へ行っても、夕飯のことなど聞いていない…と言われたりすることのないようにしてもらいたいものである。
そんなときにはガイドさんは部屋にいないし、結局私が中国語で交渉して、ガイドさんの居場所を探してもらったり… -
いざ、九寨溝へ。
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入り口です。
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な、なに、この水の色…!
自分は一切計画には関わらないので、いつも予備知識ゼロの新鮮な驚きを味わわせてもらう…(笑) -
鳥の巣…?
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滝の水量は、夏と比べると少ないのでしょう。
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こころなしか、氷まで青く見える…
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これが、冬期に行ける最高の高度にある場所(名前忘れました)。
それでも私たちは、軽い高山病の症状を覚えました。
特に、計画者のそれは比較的重く、高地に弱い彼は最初から黄龍はムリと判断して、黄龍がクローズされ、観光客の減る冬期を選んだんだ…と、負け惜しみを言っていましたけど(笑)。 -
それでもやはり、冬には冬の風情が…
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何枚見ても、不思議です… この水の色…
イオンと言われてみれば、それまでですけど。
確かに、金属イオン水は鮮やかな色彩を呈しますわね… -
枯れ草がまた、水の色に映えるんです…(笑)
こんな緑色の水のところもある… -
凍りついた滝
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例によって、どこへ行ったか分からない写真、と言われる…(笑)
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これが溶け出す春には、すごいことになるんでしょうね…
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父が、「これ、カメラがおかしいんじゃないか…」と…。
バックは撮ったままの水の色です。
修正など一切ほどこしていません(ずぼらなためもあり…) -
何となく、クリムトの絵を想像してしまう…
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盆栽が並んでいるように見えるとか…
九寨溝観光はここまで。 -
五体投地…
チベット族の人たちは、こうして何歩に一回か地面にひれ伏しながら徒歩で聖地へと巡礼に向かう… -
楽山付近…か…
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楽山
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船上で写真を撮って売る人たち…
食べているのは何かの種…中国ではポピュラーなおやつである。
歯で種の殻を割って中身を食べ、殻ははき出す。 -
楽山の大仏。
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帰り道。
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夕飯は麻婆豆腐。
正直言って、この料理がこんなにおいしいものだとは、知らなかった…
「辣」だけではなく、「麻」といって、多分、サンショウなどの、しびれる感じも混ざっているのが四川料理の特徴だそうで。
中国語では合わせて「麻辣」(マーラー)という。 -
こんなにいっぱい材料がいるんじゃ、自分では作れませんね…(笑)
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成都市内に戻る。
百貨店のネオン。
絵的にきれい… -
川劇というものを見にいく。北京が京劇なら、四川は川劇…と。
とても楽しい出し物だった。
写真はないけど、何枚もお面をかぶり、それを一枚ずつはぎ取って次々と顔が変わる、
变脸 (←この簡体字が出ますかどうか…)
という有名な出し物も見た。 -
さてまた、暗いうちに街を出て、パンダを見にいく。
臥龍というところへ。
あれ、その前の日に、都江堰にも行ったはずだけど… -
雪交じりの天気で…
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給油とお手洗い…
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途中、落石があって道をふさいでいた…
通行止めもかけずに除去作業中…
恐くなる… -
道路は未舗装。
まだ工事中の道を行く。
日本では、考えられない… -
工事中のため、時間規制で片道通行なのだ。
この列の順番を確保するために、朝早くの出発となる。
カーブと絶え間ないでこぼこのため、この時点で私、かなり気分が悪かった… -
他所のツアーの現地ガイドさん。
順番を待ちながら… -
私たちの運転手さんが持っていた、日本語の教科書。
漢字で読み仮名がふってあり、四声もついている(笑)。 -
こんなところを行くのだからして…
泣きたくなった。
気持ち悪いし。 -
パンダに会えたときも、感動と言うよりは、車酔いでへろへろ…
寒さも加わり、ムリに笑ったパンダ写真も、顔面蒼白… -
そしてこの愛らしいパンダであるが、中国人に言わせれば、
揺銭樹(ヤオチェンシュー、カネのなる木)。
それもそのはず、
一緒の記念写真が、1人1万2千円だったか…
「幼稚園」と呼ばれるこどもパンダの檻に入ると5万円。
赤ちゃんパンダ抱っこが15万円…
というように、金額はうろ覚えだけど、法外な値段を吹っかけられる。いえいえ、収めさせられる、いえ、収めさせていただく…(笑) -
当日持ち合わせがないなんてことがないように、そして、冷静に考える時間をあまり与えないように、その価格表は、周到に、前日の夜、別れ際にガイドさんからさりげなく伝えられるのであった…
仰天した私たちは、さっそくホテルの部屋で、緊急の作戦会議…(笑) -
こんな馬鹿馬鹿しい金額、払う人間がいるから足元を見られるんで、後々の日本人旅行者のためにも、ここは断ろう…!
…と、憤慨した私が提案。
ところが、計画者に、
これが目的で来たんだから、一緒に写真だけ一枚写ってくれ…
…と泣きつかれ(笑)、いつも計画を立ててもらう立場上、そうすることに…
その1枚は、今でも計画者の携帯の待ち受けになっている(笑)。 -
パンダの保育器。
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私だって血も涙もある人間ですから、そりゃあ、見ればかわいいと思いますですよ…(笑)
こんなのとか、… -
…こんなのとか…(笑)。
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あれ、ブログでは、こんなところに都江堰の写真が…
計画は全て計画者任せのため、日程は既に記憶の彼方に…
ここは、震災でかなりのダメージを受けたと聞いているけれど、今はどうなったのだろう。 -
腊梅(ラーメイ)という花だそうで…
「腊」は、旧暦の12月の意味。 -
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ご達筆な字で「都江堰」と…
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2000年前の水利施設だそうで。
この、鳥のくちばしのようなところで、川の水を2つに分けている… -
こんな方も書を寄せられて…
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再び成都。
繰り返すけど、これは、震災「前」… -
三星堆博物館と言うところへ。
目が飛び出ているのが特徴。 -
また、成都市内に戻って、文殊院というお寺へ…
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庭師さんも、旧暦の正月の準備で忙しい…
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回廊も、日本の寺院とはまた、趣が違う…
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表参道か…
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マージャン
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やきいも
おいしそうではあるが、中国では、その辺で売っている食べ物をおいそれとは口にはできない…
私が言うのではない。
旅行前の、中国人のアドバイスである。 -
古い町並み
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緑色の成都バスはいつも目にしていた…
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最終日に重慶で、火鍋を食す。
このツアー、よく作ってあるなと思ったのは食べ物。
四川料理は元々辛いが、日を追うにつれだんだん辛い食べ物が出るように設定してある。
しめくくりが火鍋というわけ(笑)。
おかげで、うどんに七味すら入れられないほど辛いもの苦手の私が、最終日には火鍋でも何とか食べられるようになっていた。
それどころか、帰国してしばらくは、辛いものが恋しくて担々麺ばかり食べていた…(笑) -
重慶の夜。
重慶は、以前も帰国前夜の一泊に寄るだけだった。
そして朝は暗いうちに出発するので、まだ、昼間の重慶を見ていない。
今回の旅はここまで…
※
四川大地震の被害に遭われた皆様に、心から追悼の意を表するとともに(こうして書いていても涙が出てきます…)、
最後までご覧下さった方にも感謝いたします。
ありがとうございました。
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