2009/07/06 - 2009/07/06
303位(同エリア385件中)
まみさん
2009/07/06月 キエフ観光1日目
・独立広場
・聖ソフィア大聖堂(教会、鐘楼、パン焼き場を利用した企画展、琥珀博物館)
・黄金ドームの聖ミハイル修道院の教会
アンドレイ坂を少しだけ見学した後
・ウクライナ歴史博物館
・そばの小さな教会のミサを見学
・アンドレイ教会
【キエフ泊:ホテル・フレシチャーチク(Khreschatic)】
ウクライナ史を予習すると、ロシアのものだとひとくくりされているものが、意外にもウクライナのものだったり、非常に縁が深かったりして、面白いです。
ウクライナは長いことロシアに併合されていて、完全に独立したのはやっと1991年ですから仕方のない側面もあります。
例えば、食べ物でいえば、ボルシチはウクライナ発祥です。
ロシア史のはじまりとされるキエフ・ルーシ(キエフ公国)ってウクライナのキエフのことですし、中世ではウクライナの国家らしきものは、実はコサックの国でした。
でも、ロシアのエカテリーナ女帝に解散させられていて、いまはウクライナにはコサックはいないそうです。
(ウクライナ人が日本の武士とコサックに通じるものがあるというのは、この末路もあるかもしれません。こちらは同じ日本人同士とでしたけど、武士も明治政府によって、まげや帯刀が禁じられて、強制的に解散されたようなものですから。)
人物でいえば、作家ゴーゴリはウクライナ人、ドストエフスキーは祖先がウクライナ人で、作曲家チャイコフスキーは祖父がウクライナのコサック出身。
ロシアの代表的な画家であるイリヤ・レーピンもウクライナ生まれ(両親がウクライナに入植したロシア人)、海洋画家アイヴァゾフスキーはクリミア出身のアルメニア人。
伝説のバレエダンサーのニジンスキーも、両親はポーランド人ですが、生まれはキエフでした。
ウクライナ歴史博物館は、3階4階には、テーマ別に小分けされた展示が続きました。
その中になんと、アンナ・パブロワとセルゲイ・リファールの展示室もありました。
リファールもウクライナ人だったんでしょうか。キエフ生まれというところまではつきとめました。
アンナ・パブロワは?
良くわらないけれど、ウクライナの歴史博物館としては、面白い展示だと思いました。
これに限らず、なんでこの展示なの?───と良く分からないものが多かったのは確かですが、展示はとても楽しめました。
被写体に選んだものはもちろん、きりがないので外したものも。
そして歴史博物館を出たのが17時半。すぐ外の広場のベンチで休みました。
それまで1日徒歩で観光してきたせいもあり、すっかり疲れて切ってしまい、イスから立ちがれないまま、30分経過し、1時間経過し……。
するとどこからともなく、シャンシャンと軽やかな鈴の音が流れてきました。
私が思い浮かべたのは、このへんを観光客向けの馬車でも走っているのかしら、という俗なものでした。
それは正教会のミサのはじまりで、教会の中でイコノスタシスや信者に向かってお香をまいている音でした。お香入れの鈴の音だったのです。
どうやら歴史博物館の目の前にあった小さな教会でミサが行われるようです。
そして私の視線の先では、助祭さまらしき人が、たくさんの鐘からつり下がったひもをいっぺんに引っ張って鳴らしはじめました。
興味を覚えた私は力を振り絞って、ミサを見学しました。
もっとも、正教会のミサはみんな立って行い、座るところがないので、少しだけね。
その後、またベンチでバテていたときに、教会のブドウをあしらった銅色の柵が目に入りました。
そこに夕日が当たり、まるで黄金のように輝いている様子を、無性に写真に撮りたくなりました。
撮ってる最中の私は現金。そのときだけ疲れを忘れられます。
そのあと再びベンチにヘタりました。
疲れ切って疲れ切って……ホテルまで歩いて帰る自信をなんとか取り戻すまで1時間半かかりました。
※ウクライナ歴史博物館の旅行記は次の3つに分けました。
(1)歴史が分からなくても楽しめる!?
(2)魅惑の民俗的コレクション
(3)盛りだくさんで最後はバテた&その後
※2009年ウクライナ旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2009年ウクライナ旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10359084/
詳細版「2009年ウクライナ旅行の詳細旅程」(もう1つのブログ「まみ’s Travel Diary」より)
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2009/07/2009-2271.html
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司祭服あるいは府主教(正教会での大司教クラスの呼び方)服と聖具
3階になったら、いきなり妙にこぎれいな展示の部屋が現れました。
そして、さらに意味不明に。 -
司祭服あるいは府主教服と聖具
写真の方はきっと高名な方なのでしょうね。 -
司祭服あるいは府主教服と聖具
右そでからぶらぶらんと垂れ下がっている菱形の布は一体なにかしら。
跪いたりするときのひざ当てとか肘当て?
もっとも正教会のミサなどで司祭さまが跪く場面は見たことはないです。
とすると、なにか直接触ってはいけないような聖なるありがたいものを運ぶときなどのもの……?
たとえば聖書とか。
でもミサでそんなこと、してたかなぁ。 -
端正な聖母子のイコン
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花盛りの教会の絵
ペチェールスカ修道院の教会群のどれかかしら? -
花盛りの教会の絵───聖ソフィア大聖堂の鐘楼と教会
実物の聖ソフィア大聖堂の写真のある旅行記はこちら
「2009年ウクライナ旅行第2日目(2)キエフ:予想以上の美しさにドキドキ───聖ソフィア大聖堂とそこから見た黄金ドームの聖ミハイル修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10367606/ -
花盛りの教会の絵───聖ミハイルの黄金ドーム修道院
実物の聖ミハイルの黄金ドーム修道院の写真のある旅行記はこちら
「2009年ウクライナ旅行第2日目(2)キエフ:予想以上の美しさにドキドキ───聖ソフィア大聖堂とそこから見た黄金ドームの聖ミハイル修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10367606/
「2009年ウクライナ旅行2日目(4)キエフ:ここもたぶんキエフで最も美しいところ───黄金ドームの聖ミハイル修道院とアンドレイ教会」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10367611/ -
花盛りの教会の絵───アンドレイ教会
実物のアンドレイ教会の写真のある旅行記はこちら
「2009年ウクライナ旅行2日目(4)キエフ:ここもたぶんキエフで最も美しいところ───黄金ドームの聖ミハイル修道院とアンドレイ教会」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10367611/ -
アンナ・パブロワへのオマージュ
有名なバレエダンサー2人に関する展示室もありました。
アンナ・パブロワとセルゲイ・リファール。
アンナ・パブロワの展示はこのショーケースのみでしたが、デスマスクもあったりして、相当なものです。
いや、あれは単に生前の彫刻の1つかしら。
ちなみに、アンナ・パブロワとウクライナあるいはキエフとの関係は、残念ながら分かりません。
キエフのオペラ座で踊ったことはあると思います。
ひょっとしたら熱心なファンによる貴重なコレクションの寄贈かも。 -
役になりきっているセルゲイ・リファール(1905〜1986)の絵
この衣装はなんのバレエかしら。
セルゲイ・リファールは、バレエ・リュス最後のダンサーといわれていて、後にパリ・オペラ座の芸術監督としても大いに活躍した、ロシア帝国当時のキエフ出身のダンサーです。
廊下にはセルゲイ・リファールの世界中での公演ポスターが何枚もありました。
確か、ロートレック・チックなポスターもありました。
あのときはもう写真はいいやと思ったのですが、こうやって印象に残っているのだから、撮っておけば良かったです。 -
バレエの衣装を着たセルゲイ・リファールの写真
名前くらい知っていましたが、うわぁ、ハンサム@ -
リファールが踊ったバレエの模型
うーん、なんのバレエか分かりません。
いまではあまり上演されていない演目かもしれません。 -
リファールが踊ったバレエの模型
ギリシャ神話のようですが、さてはて。 -
ソ連の旗と黒塗りの馬車
今度はソ連時代の展示。 -
コートが意味深
スパイ? -
風刺画を飾り皿にしたの?
横縞のシャツの男性、顔つきが悪くて、囚人みたいに見えてしまいます@ -
第二次大戦中の事物の展示
スターリンのスケッチがあります。
スターリン時代のウクライナは苦難の時代でした。
悪名高き大飢饉(1932〜33年)のことなどは、今回ウクライナを旅行しようと興味もって、初めて知りました。
集団化による混乱のせいの収穫減と強制的な穀物徴収で、ヨーロッパの穀倉地帯と呼ばれていたウクライナで多数の餓死者が出たという事件です。
すぐ目の前では穀物が黄金色に大地を埋めていたというのに、それを育てた人々は大勢餓死したなんて、なんという残酷な仕打ちでしょう。
ロシア本体は飢饉の被害を受けなかったことから、この飢饉はスターリンによるウクライナ民族主義の弱体化がねらいだったのではないかという説を生んだそうです。
外国に弱みを見せたくなかったのか、当時のソ連政府は飢饉の事実を隠匿して、外国からの援助も断り、しかも国内(ウクライナ)に餓死者が大勢出ていたのに、せっせと穀物を輸出していたそうです。
(情報源:中公新書「物語ウクライナの歴史─ヨーロッパ最後の大国」黒川祐次・著) -
1977年の展示
といってもウクライナ史上、何があった年なのか、さっぱり……。
おやっ、ものすごいなつかしいカメラがあります@ -
デモの様子
この下のガラスケースにはペレストロイカに関する著書やゴルバチョフの写真が展示されていたので、それ関係かな。
壁に書かれたウクライナ語、ウクライナとかクレムリンといった固有名詞以外、さっぱり分からず(泣)。 -
現代アーティストの作品より
伝説のコサック・ママーイのモチーフの陶器の絵。
「コサック・ママーイ
コサック・ママーイは、ウクライナの伝統美術におけるコサックの理想像である。ウクライナの守り神、ウクライナ人のシンボルとされる。コサック・ママーイの絵画は、18世紀から20世紀にかけてウクライナの民家においてイコンと同様に扱われ、神聖視された。
(中略)
絵画におけるコサック・ママーイは、樫の林で愛馬の隣にあぐらをかき、ウクライナの楽器であるバンドゥーラを弾く姿で描かれることが多い。彼は東洋風な上着(ジュパーン)を着、広々としたズボン(シャロヴァールィ)と錦の長靴をはいている。頭にはコサックの前髪(オセレーデツィ)、顔には長い口髭、口には長いコサック・パイプ、周りには槍が据えられ、ウクライナ酒(ホリールカ)の酒瓶と酒杯が置かれている。
コサック・ママーイの絵画に描かれているものは、それぞれの意味を持っている。バンドゥーラはウクライナの歌、馬はウクライナの自由、樫はウクライナのしぶとさを象徴している。酒瓶・酒杯が埋葬品としてコサックの墓に入れられ、槍がコサックの墓の上に立たされることがあったので、槍・酒瓶・酒杯は人生の儚さと死の覚悟を表している。
(中略)
コサック・ママーイの絵画は、ウクライナ人の民家でのお守りのような役割を果たし、戸・壁・窓際・櫃・食器などの家庭品に描かれた。(後略)」
(ウィキペディアフリー百科事典より) -
1991年8月24日ウクライナ独立宣言
背景のカーテンはウクライナの国旗の色。
青空を象徴する空色と、無限の穀物畑を象徴する黄色。
これが最後の展示でした。
見学が終わったのは17時30分。
「地球の歩き方」だと閉館17時30分とあったのですが、実際は18時でした。
でも私が最後の見学客だったようで、私が出ると、すでに帰り支度をしていた館員のおばさまたちがわらわらと出てきました@ -
1時間動けなかった、歴史博物館前の広場
歴史博物館の目の前にベンチがあったので休んだら、ぐったりと疲れて、立ち上がれなくなってしまいました。
今日は一日よく歩いたから。
写真はお向かいのベンチ。
休んでいると、どこからともなくシャンシャンシャンと鈴の音が。
私の耳には、それは観光客目当ての馬車にくくりつけられた鈴の音に聞こえました。たとえばウィーンなどで見かけた……。
まさかこんなところにそんな馬車が走っているとも思えなかったのですが、徒歩でホテルまで戻るのはきつかったので、乗れるなら乗りたいと思ってしまいました。
すぐあとでそれが、目の前の教会でミサの前に清めのお香をまくためのお香入れの鈴の音だと気付きました。
こんなやつ(ただしこの写真は、サプンツァのルーマニア正教会のものです)
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/12914652/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/12914653/
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第10日目(2)サプンツァ:きりがないです、陽気な墓@」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10191101/ -
そばの教会で礼拝開始の鐘が鳴らされた
ウクライナ正教会では、ミサのはじまりの鐘は、このようにひもで複数の鐘をいっぺんに鳴らしていました。 -
国立博物館のすぐ目の前にあった小さな教会
ミサをやっていると知り、渾身の力を振り絞って、見学しに行きました@ -
鳴らし終わった後、ひもがまとめられた鐘
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教会のブドウのモチーフのフェンス
夕日が当たって、銅色のブドウのモチーフがきらきらと金色に輝いていました。
ぐったりとベンチに沈み込んでいた私ですが、これを写真に撮りたい!と思ったとたん、現金にも元気がでてきました@ -
教会のブドウのモチーフのフェンス
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教会のブドウのモチーフのフェンス
夕方の日はどんどん沈んで行きます。待ってくれません。
いろんなアングルを試しているうちに、あっという間に日が差し込まなくなってしまいました。
このあとまたしばらく休む、合計1時間半も休憩を取りました。
それだけ休んでやっと、ホテルまで歩いて帰るだけの力をかき集めることができました。
昼食抜きなのでおなかもすきましたしね。
ただ、わざわざホテルから遠いウクライナ料理店にまで足を運ぶ元気はなく、ホテルの目の前のセルフ・レストランですませました。
そのセルフ・レストラン「ドヴァ・グシャ」の写真と食事レポートはこちらです。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/16662396/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/16662397/
関連の旅行記
「2009年ウクライナ・ハイライトその4:ウクライナの食べ物レポート」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10361986/
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