2009/07/06 - 2009/07/06
178位(同エリア386件中)
まみさん
2009/07/06月 キエフ観光1日目
・独立広場
・聖ソフィア大聖堂(教会、鐘楼、パン焼き場を利用した企画展、琥珀博物館)
・黄金ドームの聖ミハイル修道院の教会
アンドレイ坂を少しだけ見学した後
・ウクライナ歴史博物館
・そばの小さな教会のミサを見学
・アンドレイ教会
【キエフ泊:ホテル・フレシチャーチク(Khreschatic)】
さぁ、いざ、キエフ観光を開始しましょう!
と思うのに、朝、目を覚ましたら腰が痛くて、行動が鈍る……。
腰をかばうから、動作が遅くなります。
それに、窓の外は太陽がぎらぎらと照っていて、みるからに暑そう……。
快適な冷房の部屋から出たくなくなります。
外に出たらすぐに、キエフの中心の独立広場が目の前にある、というホテルの絶妙なロケーションが救いです。
出てから観光を始めるまでの時間のロスがないから。
だから、本日の観光はすべて徒歩ですんでしまいました。
代わりに、非常に疲れましたし、始終、腰痛の痛みが気になりました。
1日目からコレでは、先行き心配……。
もっとも、腰痛に悩まされたのはこの日だけでした@
今回の旅行では、重い荷物を自分で運ぶ必要はほとんどなかったせいでしょう。
というのも、ウクライナにはメーター付の流しのタクシーはなく、基本的に白タクばかりだというので、空港やホテルと駅のようなスーツケースを持ったフル装備の移動でタクシーを利用するつもりだったところでは、現地旅行代理店を通じて事前にトランスファーを手配しておいたのです。
そうして手配しておいたドライバーとはホテルのロビーで待ち合わせて、列車に乗り込むまでスーツケースを運ぶのを手伝ってもらいました。
おかげで、いつもはたっぷり持参しても使い切ってしまう湿布だのバンテリンだのが、今回はたっぷり余りました。
本日の観光のハイライトはウクライナ歴史博物館と決めていました。
でも、どうせすぐそばにあるのだから、キエフのシンボルともいえる独立広場から観光を開始しました。
ぐるっとまわって写真を撮るだけです。
ところが、思った以上の巨大さと、それからソ連時代様式の古めかしい威厳のある建物群にすっかりしびれ、さくっと回るつもりが、実にもたもたと過ごしてしまいました。
「キエフのモダンな中心地 独立広場(マイダン・ネザレージュノスチ)
メインストリートのフレシチャーチク通りを跨いで広がる、名実ともにキエフの中心となる広場。しかし広場としての歴史は浅く、本格的に整備されたのはソ連時代になってから。中世のこのあたりは城壁外の外れで、19世紀初めまではゴミ捨て場だったという。2000年に大規模な改修工事が行われ、現在はいくつもの噴水があり、地下にはショッピングセンターを備えた近代的な広場になっている。(後略)」
(「地球の歩き方ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、コーサカスの国々」('08〜’09年版)より)
※2009年ウクライナ旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2009年ウクライナ旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10359084/
詳細版「2009年ウクライナ旅行の詳細旅程」(もう1つのブログ「まみ’s Travel Diary」より)
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2009/07/2009-2271.html
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独立記念碑とホテル・ウクライナを背にして見た独立広場
独立広場は、ホテルから見たらすぐ近くだと思ったけれど、街が巨大だし(特にこのあたりは)、道路は地上を渡れない(地下道を利用する)ので、結構遠くかんじました。
徒歩5分くらいの距離だと思いますけど、実は地下街で寄り道(両替)もしました。
(このあたりは銀行がいくつかあるおかげでATMがたくさんあるのですが、ユーロの現金を多めに持参しすぎたのです。)
新しいカメラPowerShot SX 200 ISのフィルム換算28mmの広角の威力!
でも、カメラ関係なしに、かっこいい広場です。空もいい具合にドラマチックな雲が散っていて、広場の魅力も倍増!
独立広場は1.5kmも及ぶキエフのメインストリート「フレシチャーチク大通り」で2つに分かれています。
左手の白亜の建物は、中央郵便局。
ホテルの部屋から見た独立広場の写真
その1:夜景
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/16667755/
その2:夜の独立記念碑とちょっと陰った満月
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/16667756/
この日の朝
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/16667757/
関連の旅行記
「2009年ウクライナ・ハイライトその7:ウクライナのホテル・レポート」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10361989/ -
地下道を使って、先にこっち側に来ちゃいました@
古い方といわれる北側です。かつての中世の城壁のミニチュアであるペチェルスキエ門がある方。
2004年のオレンジ革命のときにテレビ放映されたのは、きっと独立記念碑のある南側でしょうね。
なぜ先にこちらに渡ってしまったかというと……。 -
独立広場の独立記念碑とホテル・ウクライナのシルエット
独立記念碑がある側は、午前中は見事に逆光……。
ドラマチックな雲を優先させて、シルエットで撮りました。
記念碑の高さは50m、円柱の上の女性像は12m。独立から10周年を迎えた2001年に完成。 -
ミニチュアのペチェルスキエ門の上の大天使ミカエル
戦いの天使であるミカエルは、キエフ市のシンボルでもあります。
黒くて渋いです。
足下の弓矢のデザインは、おそらくキエフ市の紋章。 -
ミニチュアのペチェルスキエ門を背に、独立広場を見渡す
噴水にクラシカルな電灯と独立記念碑の影が入るように撮りました。 -
ものものしいソ連時代の建物に囲まれた独立広場
看板がでかでかと建物のてっぺんにあります。
ここもクラシカルな建物がコマーシャリズムに毒されているのか……と思いましたが、これはこれで案外、似合ってる気がします。
少なくとも私の感性(?)では。
スーツできめたおじさんに、野球帽をかぶせてみたようなかんじで、見ようによってはユニークというか、可愛いぢゃないですか。 -
ものものしいソ連時代の建物に囲まれた独立広場
この広場は19世紀にできた、キエフの中でも新しい地区ですが、第二次世界大戦中、撤退するソ連軍によってたくさんの地雷がしかけられました。
そのため、侵攻してきた多くのドイツ兵が吹き飛ばされたのはもちろん、そのときにほとんどの建物が爆破・焼失してしまいました。
いまある建物はその後に建てられたため、ソ連時代様式の建物ばかりなのだそうです。 -
ミニチュアのペチェルスキエ門周辺
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伝説のキエフ創始者のキー3兄弟と妹のルイベジの像
12世紀初頭に編纂された「原初年代記」によると、ポリャーネ氏族の3人の兄キー、シチェク、ホリフ(キー3兄弟)と1人の妹ルイベジが作った町がキエフの始まりとされています。
「原初年代記」は、キエフ・ルーシ公国の建国からその繁栄と衰退まで扱った最初の歴史書で、その生き生きとした描写により東スラヴ世界の最初の古典文学とされているそうです。
(情報源:中公新書「物語ウクライナの歴史─ヨーロッパ最後の大国」黒川祐次・著)
この像の写真を撮ろうとすると、背景が中途半端にうるさいので、どう撮ろうかかなり迷いました。
この像は独立記念碑に向かって左側にありました。
実は右側には、民間伝承の主人公コサック・ママイの像もありました。
それに気付いたのは、ウクライナを周遊し、約10日後に再びキエフに戻ってきたときでした。写真もその時に撮りました。 -
順光だと、なんて空がドラマチックに撮れるの!
ソ連時代様式の建物、古めかしくて重々しくてかっこいいです。
それにこの空色に雲模様。
私がぐすぐすとなかなか独立広場を離れられなかったのはこのせいです。 -
キー3兄弟たちの像を後ろから眺める
像の後ろは高台になっていて広場を見下ろせるというので試してみたものです。
おやっ、あの金色の屋根はナニ……!?
もしや聖ソフィア大聖堂でしょうか。
(聖ソフィア大聖堂の鐘楼でした。)
実はこのあと、ウクライナ国立歴史博物館に直行するつもりでした。
意外に体力が要る博物館めぐりは、まだ元気な午前中に行くのが良いといいますから。
しかも、ウクライナ国立歴史博物館では撮影代を払えば写真も撮れるのです。ますます楽しみ!
たっぷり時間をかけて見学しなくちゃ@
ところが、あの金の屋根を目にして、どうしても先に聖ソフィア大聖堂に行きたくなってしまいました。
どうせウクライナ国立歴史博物館がある方向と同じです。
いや、ちょっと遠回りになりますけど。 -
独立広場から聖ソフィア大聖堂に向かうのに道を間違えて
独立広場のあの4つ並んだソ連様式の建物の間のソフィア通りを進めば、そのまま聖ソフィア大聖堂に突き当たるはずです。
ソフィア通りは独立広場に対して直角に延びています。
なのに、私は左に延びている通りを進んでしまいました。
これぞ方向音痴のミラクル!?
その道を選んだときの私は、自分が真っ直ぐに進んでいるものと、大真面目で信じていました。
後で地図を確認しました。おそらくフリンチェンカ通り(Hrinchenka)です。
地図上では独立広場に対して思いっ切り左折でした。
それがなぜ真っ直ぐの道に思えたのか……。
不思議です。自分が信じられません。
物珍しそうにきょろきょろしながら歩いていたから、方向感覚が狂ったのでしょうか。
そのやわな方向感覚ゆえ、方向音痴というわけですが……。
※ちなみに、ここでは他にもこんな写真を撮っています。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/16649799/
関連の旅行記
「2009年ウクライナ・ハイライトその2:ウクライナでも植物に注目(前編)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10361799/ -
重々しいアーチに圧倒される
はじめは真っ直ぐに思えた道がどんどん左にカーブしていくので、だんだんおかしい、と思いました。
このアーチの建物をくぐると、真っ直ぐの道がありません。
どうやら道を間違えたらしいと気付きました(今頃……)。
でも、こんな興味深い道を歩くことができたんですもの、回り道も良いものです(3分の1くらいは悔し紛れ@)。 -
喫茶店の屋根の愉快な像と洗濯シーツ
アーチをくぐったすぐ後にありました。
こんな興味深い一角を見つけることができたんですもの、回り道も良いものです(これは100%本気@)。 -
白い建物と黄色いマルシュルートカ(乗合り路線タクシー)
残念ながら、この瞬間は曇っていました。
日が射していたなら、もっと魅力的な写真になったと思うンですよ。 -
ソフィア通りのちょっと目を引いた建物
暖房装置が邪魔ですが、なかなか味のあるきれいな建物だと思います。
キエフって、思ったよりきれいな街並みなんだな、という感想を抱いたきっかけのひとつ。 -
ソフィア通りでちょっと目を引いた建物
アングルを変えて撮りました。
となりの建物がむき出しのレンガの壁なのも、なかなか風情があると思いながら。 -
ソフィア通りでちょっと目を引いた建物
晴れてきました。
街並みの魅力が段違いです。 -
ソフィア通りでちょっと目を引いた建物
そしてこの軽い上り坂の突き当たりに、魅力的な建物が私を待ち受けていました。
独立広場からチラッと見て、想像した以上です。
たちまちウクライナ国立歴史博物館のことは頭から吹っ飛びました。
その写真は、次の旅行記「2009年ウクライナ旅行第2日目(2)キエフ:予想以上の美しさにドキドキ───聖ソフィア大聖堂とそこから見た黄金ドームの聖ミハイル修道院」にて。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10367606/
* * * * * * * *
月曜の午前の独立広場は、記念碑のある側は閑散としていて、太陽がじりじり照りつける都会の砂漠のようでした。
反対に、黒の大天使ミカエルがいるペチェルスキエ門がある側は、通勤客らしき人々が闊歩していて、まるでオフィス街のようでした。
カメラをもってふらふらしていた私は、完全に異分子でした。
しかしこれが週末になると、ガラッと雰囲気が変わるのです。
広場を2つに隔てるフレシチャーチク大通りの一部に交通規制が敷かれ、歩行者天国となり、自由に行き来できます。
そして大勢の観客と、少しでしたが屋台や大道芸人が道路のど真ん中に店を広げていました。
ときには無料のコンサートが開かれたりすることもあるようです。
その様子は、2日後にキエフを離れてクリミア半島・オデッサ・リヴィブと周遊し、約10日後にキエフに戻ってきたときに、見ることができました。
ところでこの独立広場は、オレンジ革命(2004年)の時に世界中にその放映されて有名になったそうですね。
しかしその当時の私はウクライナにまだ興味を持っていなかったので、そのニュースはスルーしました。
その私が5年後にこうしてウクライナを旅行することになったなんて、人生って不思議@(大袈裟@)
「独立広場
キエフ市の中心に位置する「独立広場」(マイダン・ネザレージュノスチ)は、旧ソ連時代には「革命広場」と呼ばれていました。1991年8月24日、ウクライナは独立を宣言し、同年末のソ連崩壊によりウクライナ独立が達成されました。武力衝突のない無血の独立でしたが、1990年夏には、キエフ大学を中心に学生のハンガー・ストライキがこの広場で行われ、ソ連共産党の指導的役割を謳った憲法の条項を削除することなどを要求しました。このデモは市民の賛同を得て、最後には当時のクラフチューク最高会議議長(初代ウクライナ大統領)が学生達と会うことにより解決されました。
2000年には、政治スキャンダルを巡る「クチマなしのウクライナ」運動もこの広場を中心に行われ、その模様は全世界で放映されました。
2001年8月24日のウクライナ独立10周年記念式典にあわせ独立広場は大きく様相を変え、現在は、地下にウクライナ随一のショッピング・センターを擁する文字通りの中心地として、ウクライナ市民と観光客で賑わっています。
2004年11月には、大統領選挙における当局の不正な選挙干渉に抗議して、参加者数十万人といわれる大規模な集会がこの広場を中心にして繰り広げられ、やりなおし決選投票を実施する大きなきっかけをつくりました。この大規模集会・デモは当選したユーシチェンコ新大統領のシンボル・カラーにちなみ「オレンジ革命」と通称されています。」
(在ウクライナ日本大使館公式サイトの「ウクライナ情報」─「ウクライナ・エピソード集(2006年7月)」より)
http://www.ua.emb-japan.go.jp/J/About.Ukr/Episodes_ukr.htm
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