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 2009年のNHK大河ドラマは上杉家家老直江兼続の活躍する「天地人」です。私達はここ数年、大河ドラマの舞台となった地を訪ねていますが、今年は「天地人」の舞台、新潟を訪ねてきました。

☆<天地人の舞台を行く>☆−その1ー南魚沼

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2009/07/03 - 2009/07/05

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 2009年のNHK大河ドラマは上杉家家老直江兼続の活躍する「天地人」です。私達はここ数年、大河ドラマの舞台となった地を訪ねていますが、今年は「天地人」の舞台、新潟を訪ねてきました。

同行者
友人
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
自家用車
  •  今年もNHK大河ドラマの舞台を訪ねます。2009年は「天地人」、主人公は上杉家の家老直江兼続で、舞台は新潟です。<br /> 私達は友人と5人で、山陽道、中国道、名神道、北陸道、関越道と783kmを約10時間かけて突っ走り、まず兼続の故郷、六日町まで行きました。<br /> 写真は米原JCTから北陸道に入った辺りです。

     今年もNHK大河ドラマの舞台を訪ねます。2009年は「天地人」、主人公は上杉家の家老直江兼続で、舞台は新潟です。
     私達は友人と5人で、山陽道、中国道、名神道、北陸道、関越道と783kmを約10時間かけて突っ走り、まず兼続の故郷、六日町まで行きました。
     写真は米原JCTから北陸道に入った辺りです。

  •  北陸道の名立谷浜SAまで来ました。ここはもう新潟県です。<br /> ここからだと、春日山城のある上越はすぐです。が、春日山城の見学は後に回し、六日町に向かいます。

     北陸道の名立谷浜SAまで来ました。ここはもう新潟県です。
     ここからだと、春日山城のある上越はすぐです。が、春日山城の見学は後に回し、六日町に向かいます。

  •  関越道の越後川口SAまでやって来ました。<br /> 川口は信濃川と魚野川の合流点です。信濃川の雄大な流れを見てください。

     関越道の越後川口SAまでやって来ました。
     川口は信濃川と魚野川の合流点です。信濃川の雄大な流れを見てください。

  •  直江兼続と兼続の仕えた主君・上杉景勝、二人の故郷・六日町にやって来ました。ここは昔、越後国上田庄と言われた所です。<br /> NHK大河ドラマ「天地人」のロケもここで行われ、かなりの場面が撮られています。つまり、ロケ地です。<br /> 私達はまず、南魚沼市役所前に建つ上杉景勝・直江兼続のレリーフを訪ねました。

     直江兼続と兼続の仕えた主君・上杉景勝、二人の故郷・六日町にやって来ました。ここは昔、越後国上田庄と言われた所です。
     NHK大河ドラマ「天地人」のロケもここで行われ、かなりの場面が撮られています。つまり、ロケ地です。
     私達はまず、南魚沼市役所前に建つ上杉景勝・直江兼続のレリーフを訪ねました。

  •  次にやって来たのは、JR六日市駅前で、南魚沼市役所の隣に造られている「愛・天地人博」です。<br /> 直江兼続の生誕地南魚沼市では、2009年1月11日から12月27日まで「愛・天地人博 南魚沼」が開かれています。入館料は大人600円、子供300円です。

     次にやって来たのは、JR六日市駅前で、南魚沼市役所の隣に造られている「愛・天地人博」です。
     直江兼続の生誕地南魚沼市では、2009年1月11日から12月27日まで「愛・天地人博 南魚沼」が開かれています。入館料は大人600円、子供300円です。

  •  私たちも「愛・天地人博」を見て、あらためて上杉家と戦国時代の歴史を勉強です。<br /> 会場内では主人公の上杉家の家老・直江兼続を演ずる妻夫木聡さんの鎧姿の写真パネルと記念撮影です。パネルでも妻夫木聡さんはとてもカッコいいです。

     私たちも「愛・天地人博」を見て、あらためて上杉家と戦国時代の歴史を勉強です。
     会場内では主人公の上杉家の家老・直江兼続を演ずる妻夫木聡さんの鎧姿の写真パネルと記念撮影です。パネルでも妻夫木聡さんはとてもカッコいいです。

  •  これは当時を偲ぶ坂戸城跡の石垣です。御館跡の標柱も建っています。

     これは当時を偲ぶ坂戸城跡の石垣です。御館跡の標柱も建っています。

  •  坂戸城跡にやって来ました。ここには越後国上田庄を治めていた長尾氏の城があったところです。<br /> 城は坂戸山634m一帯に広がる中世の巨大山城で、実城は山頂にあり、それぞれの尾根上のピークに小城、大城、主水郭などがあったようです。山麓には御館、御居間屋敷などの住居跡、石垣、土塁、堀切などの遺構が残されており、国の指定史跡となっています。<br /> 現在頂上には富士権現社が祀られています。

     坂戸城跡にやって来ました。ここには越後国上田庄を治めていた長尾氏の城があったところです。
     城は坂戸山634m一帯に広がる中世の巨大山城で、実城は山頂にあり、それぞれの尾根上のピークに小城、大城、主水郭などがあったようです。山麓には御館、御居間屋敷などの住居跡、石垣、土塁、堀切などの遺構が残されており、国の指定史跡となっています。
     現在頂上には富士権現社が祀られています。

  •  坂戸城跡の碑の近くには、「上杉景勝・直江兼続生誕の地」の碑も建っています。<br /> 上杉景勝は坂戸城主長尾政景の子としてこの地で誕生しています。<br /> また直江兼続は坂戸城主・長尾政景の家臣・樋口惣右衛門兼豊の長男として、坂戸城下で生まれています。<br /> 坂戸城周辺は、二人が若き日を共に過ごした地です。

     坂戸城跡の碑の近くには、「上杉景勝・直江兼続生誕の地」の碑も建っています。
     上杉景勝は坂戸城主長尾政景の子としてこの地で誕生しています。
     また直江兼続は坂戸城主・長尾政景の家臣・樋口惣右衛門兼豊の長男として、坂戸城下で生まれています。
     坂戸城周辺は、二人が若き日を共に過ごした地です。

  •  ここは長尾正景公墓所です。今ここは上田長尾氏史跡公園として整備されています。

     ここは長尾正景公墓所です。今ここは上田長尾氏史跡公園として整備されています。

  •  アジサイがとても綺麗でした。

     アジサイがとても綺麗でした。

  •  幼少時代の喜平次(後の上杉景勝)と与六(後の直江兼続)が修行していたという雲洞庵にやって来ました。拝観料は300円です。

     幼少時代の喜平次(後の上杉景勝)と与六(後の直江兼続)が修行していたという雲洞庵にやって来ました。拝観料は300円です。

  •  雲洞庵は奈良時代に藤原氏によって開かれた歴史あるお寺です。その後、関東管領上杉家の菩提寺として再興されています。<br /> ここでは、戦火から経典を守るために、参道の石畳に経典が、一石一字ずつ刻まれており、石畳を踏むだけで御利益があると言われ、かの有名な「雲洞庵の土踏んだか」と言う言葉となっています。

     雲洞庵は奈良時代に藤原氏によって開かれた歴史あるお寺です。その後、関東管領上杉家の菩提寺として再興されています。
     ここでは、戦火から経典を守るために、参道の石畳に経典が、一石一字ずつ刻まれており、石畳を踏むだけで御利益があると言われ、かの有名な「雲洞庵の土踏んだか」と言う言葉となっています。

  •  雲洞庵は大きなお寺です。本堂の一部は工事中でした。見えているのは本堂から座禅洞へと続く建物の一部です。

     雲洞庵は大きなお寺です。本堂の一部は工事中でした。見えているのは本堂から座禅洞へと続く建物の一部です。

  •  続いてやってきたのはほたるの里です。ここは「天地人」のロケ地でもあります。

     続いてやってきたのはほたるの里です。ここは「天地人」のロケ地でもあります。

  •  ほたるの里で見たハスの花です。

     ほたるの里で見たハスの花です。

  •  銭渕公園にやって来ました。今は公園として整備され、市民の憩いの場となっている所ですが、上杉景勝の父長尾政景が溺死したといわれている淵跡です。

     銭渕公園にやって来ました。今は公園として整備され、市民の憩いの場となっている所ですが、上杉景勝の父長尾政景が溺死したといわれている淵跡です。

  •  銭渕公園です。

     銭渕公園です。

  •  銭渕公園の一角にある直江兼続伝承館です。入館料は大人300円、子供(高校生以下)150円です。

     銭渕公園の一角にある直江兼続伝承館です。入館料は大人300円、子供(高校生以下)150円です。

  •  ここには上田五十騎甲胄レプリカ、直江状などが展示されています。<br /> 私達は直江兼続伝承館で、兼続ら上田五十騎甲胄レプリカの前で写真を撮りました。<br /> 上田五十騎とは、長尾政景の子・景勝が、上杉謙信の養子として春日山城に入る時、上田長尾氏家臣団から選ばれて景勝の供をした精鋭50人のことです。<br /><br /> この日はここまでで、宿へと向かいます。

     ここには上田五十騎甲胄レプリカ、直江状などが展示されています。
     私達は直江兼続伝承館で、兼続ら上田五十騎甲胄レプリカの前で写真を撮りました。
     上田五十騎とは、長尾政景の子・景勝が、上杉謙信の養子として春日山城に入る時、上田長尾氏家臣団から選ばれて景勝の供をした精鋭50人のことです。

     この日はここまでで、宿へと向かいます。

  •  六日町から近い上の原高原です。スキー場と温泉のある緑豊かな地です。私たちのこの夜の宿「心と体の保養の宿 龍気」は、この上の原高原温泉にあります。

    六日町から近い上の原高原です。スキー場と温泉のある緑豊かな地です。私たちのこの夜の宿「心と体の保養の宿 龍気」は、この上の原高原温泉にあります。

  •  ここが、私たちの泊まった「心と体の保養の宿 龍気」です。

     ここが、私たちの泊まった「心と体の保養の宿 龍気」です。

  •  ここは「心と体の保養の宿 龍気」の温泉です。

     ここは「心と体の保養の宿 龍気」の温泉です。

  •  龍気での夕食です。

     龍気での夕食です。

  •  翌朝、天地人の舞台・六日町を上から眺めて見ようを、魚沼スカイラインに向かいました。魚沼スカイラインは国道253号と353号を尾根沿いに結んだ山岳ラインで、そこからは八海山、中の岳、魚沼駒ケ岳などが望め、その展望は最高です。<br /> ここは八箇峠です。

     翌朝、天地人の舞台・六日町を上から眺めて見ようを、魚沼スカイラインに向かいました。魚沼スカイラインは国道253号と353号を尾根沿いに結んだ山岳ラインで、そこからは八海山、中の岳、魚沼駒ケ岳などが望め、その展望は最高です。
     ここは八箇峠です。

  •  八箇峠には延命地蔵が奉られていました。

     八箇峠には延命地蔵が奉られていました。

  •  標高920mの魚沼展望台にやって来ました。

     標高920mの魚沼展望台にやって来ました。

  •  魚沼展望台からの眺めです。少し曇っていますが、それでも素敵です。<br /> 私達は十二峠から353号線に下り、十二峠トンネルを抜け、関興寺へと向かいます。

     魚沼展望台からの眺めです。少し曇っていますが、それでも素敵です。
     私達は十二峠から353号線に下り、十二峠トンネルを抜け、関興寺へと向かいます。

  •  ここは「味噌なめたか」で有名な関興寺です。鎌倉の円覚寺派に属する臨済宗の古刹です。<br /> 御館の乱で、戦禍に巻き込まれ諸堂が焼失した際、時の住職が上杉家より寄進された大般若経六百巻を味噌桶に埋めて守ったということから、「関興寺の味噌なめたか」という言葉がうまれたそうです。

     ここは「味噌なめたか」で有名な関興寺です。鎌倉の円覚寺派に属する臨済宗の古刹です。
     御館の乱で、戦禍に巻き込まれ諸堂が焼失した際、時の住職が上杉家より寄進された大般若経六百巻を味噌桶に埋めて守ったということから、「関興寺の味噌なめたか」という言葉がうまれたそうです。

  •  私たちも関興寺の味噌なめてきました。ここでは味噌はお土産としても売られており、せともの器入りは1000円、プラスチック器入りは500円でした。

     私たちも関興寺の味噌なめてきました。ここでは味噌はお土産としても売られており、せともの器入りは1000円、プラスチック器入りは500円でした。

  •  ここは樺沢城跡です。<br /> ここも中世の山城跡で、石垣の一部など遺構が残っています。<br /> 城の中腹には、景勝のへその緒を収めた胞衣塚があります。景勝誕生の地との説もある城です。<br /> また謙信亡き後の跡目争いの御館の乱では、影虎方についた北条氏と景勝方が争った戦場でもあります。ここには新しい「御館の乱 上田庄の攻防 戦没将士 追悼碑」が建てられていました。

     ここは樺沢城跡です。
     ここも中世の山城跡で、石垣の一部など遺構が残っています。
     城の中腹には、景勝のへその緒を収めた胞衣塚があります。景勝誕生の地との説もある城です。
     また謙信亡き後の跡目争いの御館の乱では、影虎方についた北条氏と景勝方が争った戦場でもあります。ここには新しい「御館の乱 上田庄の攻防 戦没将士 追悼碑」が建てられていました。

  •  樺沢城跡近くにある龍澤寺です。室町時代前期創建の寺で、ここには上杉謙信の姉で景勝の母・仙桃院が、景勝元服の折に奉納した文殊菩薩が残されています。

     樺沢城跡近くにある龍澤寺です。室町時代前期創建の寺で、ここには上杉謙信の姉で景勝の母・仙桃院が、景勝元服の折に奉納した文殊菩薩が残されています。

  •  これがその文殊菩薩です。これは住職の許可をいただいて写したものです。

     これがその文殊菩薩です。これは住職の許可をいただいて写したものです。

  •  お昼になったので、何か食べるものにありつきたいと、塩沢の牧之通り(ぼくしどおり)へやって来ました。旧三国街道の塩沢宿は今、牧之通りとして町を整備し、古くて新しいお洒落な町へと生まれ変わりつつあります。

     お昼になったので、何か食べるものにありつきたいと、塩沢の牧之通り(ぼくしどおり)へやって来ました。旧三国街道の塩沢宿は今、牧之通りとして町を整備し、古くて新しいお洒落な町へと生まれ変わりつつあります。

  •  これは牧之通りの「だんだん亭 にっぽん家族」で私が食べたカニ・イクラ丼980円です。おいしそうでしょう〜(*^_^*)

     これは牧之通りの「だんだん亭 にっぽん家族」で私が食べたカニ・イクラ丼980円です。おいしそうでしょう〜(*^_^*)

  •  続いて行った所は普光寺こと、浦佐毘沙門堂です。征夷大将軍の坂上田村麻呂が、蝦夷討伐のためこの地を訪れた時、国家安泰を祈願して、美l者問答を建てたと伝えられているのだそうです。上杉謙信や景勝も武運を祈願した上杉家ゆかりの古刹です。

     続いて行った所は普光寺こと、浦佐毘沙門堂です。征夷大将軍の坂上田村麻呂が、蝦夷討伐のためこの地を訪れた時、国家安泰を祈願して、美l者問答を建てたと伝えられているのだそうです。上杉謙信や景勝も武運を祈願した上杉家ゆかりの古刹です。

  •  浦佐毘沙門堂にある見事な巨木、その名も長寿檜です。

     浦佐毘沙門堂にある見事な巨木、その名も長寿檜です。

  •  私たちが浦佐毘沙門堂にお参りしている時、突然雨が降り出し、それは見る間に土砂降りとなりました。危機一髪で車に逃げ込んだ私達は、前も見えないような雨の中、南魚沼市を後にしたのでした。

     私たちが浦佐毘沙門堂にお参りしている時、突然雨が降り出し、それは見る間に土砂降りとなりました。危機一髪で車に逃げ込んだ私達は、前も見えないような雨の中、南魚沼市を後にしたのでした。

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