2009/07/17 - 2009/07/21
184位(同エリア532件中)
あんいえさん
2009年7月、夏の青島へ行ってきました。
○旅程○
1日目:成田から青島へ、散策
信号山公園→基督教堂→魯迅公園→第一海水浴場
2日目:散策、海水浴
八大関→第二海水浴場→太平角→第三海水浴場
3日目:散策
小魚山公園→魯迅公園→天主教堂→ドイツ総督府→ドイツ牢獄跡
4日目:散策
青島山砲台→青島ビール博物館→桟橋→中山道→旧金融街
5日目:散策、お買い物、帰国
オリンピック主題公園
○交通機関○
全日空(特典航空券)
○費用○
ホテル代:1,000RMB
食事代:350RMB
交通費:250RMB
お土産代:200RMB
国内航空券:600RMB
入場料:100RMB
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合計:2,500RMB(約35,000円)※大まかな数字です
※その1からのつづきです
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- ANA
-
●3日目●
3日目の今日はとてもいい天気になりました。
香港中路、空が高いです。 -
ブランチはWさんの希望で、カルフールの中の味千ラーメンでいただくことにしました。
店内は若いカップルがたくさんいました。
味千ラーメンって、若い中国人のデートスポットなのかな?
私は石焼ビビンバを。 -
Wさんはあさり豚骨ラーメン。
どちらも美味しかったです。 -
今日はまず、小魚山へ。
カルフールの前から228路のバスに乗りました。 -
バス停の表示で、小魚山バス停にも停まることを確認して乗ったのですが、どうやら様子がおかしいです。
バスのルートが変わって、小魚山バス停に停まるバスはなくなってしまったようです。 -
周りの人に聞いて、大学路というバス停で下車しました。
こちらのバス停ではルートがシールで修正されていましたが、バスに乗ったカルフール前では修正されていませんでした。バス停のルート表示、あんまり信用できません。
8元地図にもバスのルート表示があります。
こちらを信用するか、運転手に都度尋ねた方がいいかもしれません。 -
大学路
ここから歩いて小魚山を目指します。 -
大学路を真っ直ぐ歩き、この高架道路にぶつかったら右に曲がります。
魚山路は小魚山へと続く坂道です。
アイスを買って、暑さをしのぎながら歩きました。 -
昨日の青島の海水浴場には、30万人の人出があったそうです。
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小魚山の付近は、かつての文化人の邸宅が点在していたようです。
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そのうちの1つにお邪魔してみました。
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こちらのお家は三角形のとんがり屋根が特徴的です。
ちょうど家主のおばあちゃんが出てきました。
あなたのお家、素敵ですね。
「そうよ、100年前からあるのよ」 -
こちらのお家も負けずにいい雰囲気。
特に、とんがり屋根の三角形部分のデザインがいいです。 -
まだ動くのかな?
年代物のサイドカー。
Dのステッカーが張ってあるのが分かりますか?
これ、ドイツ製なのかもしれません。 -
お庭で夏らしいものを見つけました。
-
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こちらの建物は、青島紅卍字会旧跡です。
柱の装飾がとても細かいですね。
壁の向こうから撮影しましたので、中がどうなっているのか、よく分かりませんでした -
他にも、道沿いには興味深いデザインの邸宅が。
-
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花崗岩をあしらったこの建物は、花石楼を思い出させます。
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途中、中国海洋大学の門前を通りました。
大学路の「大学」って、中国海洋大学だったんですね。
この中国海洋大学の建物は、かつて日本人専用の中学校だったそうです。 -
小魚山公園に着きました。
門票を買って、ついでに桃も買って入場しました。
桃売りのおじさん「柔らかいのがいい?硬いのがいい?」
あんいえ「うーん、硬いの」
硬い桃を、梨のようにしゃくしゃくと食べながら、小魚山の頂上を目指します。 -
小魚山の頂上に到着。
頂上には、望楼があります。 -
一番上まで上ってみましょう。
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第一海水浴場が一望できます。
いい眺め!天気が良くて本当によかった。
そして、海から吹いてくる風がとても心地いい。
人もそれほど多くなく、ずーっとここにいたくなるくらい心地よい場所でした。 -
テレビ塔と中山公園方面。
-
こちらは、初日に行った信号山。
そして、その真下にドイツ官邸旧址。 -
その手前には、さっき通りかかった中国海洋大学。
ここに日本の中学生が通っていた時代のことを想像せずにはいられません。 -
基督教堂(真ん中右)と、天主教堂(真ん中左)。
プロテスタントとカソリックです。
そして、左下に青島紅卍字会旧跡が。
後方には青いドームがあしらってありますね。
中に入って見たかったです。 -
今日は桟橋がこんな遠くからこんなに綺麗に見えます。
その向こうには、シドニーオペラハウスもどきが。 -
そして、小青島。
-
歩いてきた魚山路の坂道が見えます。
小魚山はそれほど高い場所ではありませんが、旧市街地の名所が全て一望できます。
こんな暑い日にも涼しさを感じるほどの心地よさで、観光客もそれほど多くなく、この旅一番のお気に入りスポットになりました。
できることなら、もう一度ここで風に吹かれながらぼーっとしてみたい。 -
下りは別の出口から出ることにしました。
静かな木立の中を歩きます。 -
こちらの出口には小魚山の別名”魚山秋月”が。
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海水浴のできない彼らは、こうやって暑さをしのいでいました。
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さて、魯迅公園のバス停まで歩いて、バスに乗りましょう。
海産博物館の前はこんなに人だかり。
海底世界の人だかりと合わさって、周囲は大混雑していました。
こんな暑い日に海底世界行ったら、窒息死しそうです。 -
魯迅公園の中を通って、バス停を目指すことにしました。
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さっきまでいた小魚山の望楼が見えます。
-
海に出ました。
天気がいいのは嬉しいのですが、この日は30℃近い暑さで、ちょっとバテ気味。 -
魯迅公園の中でココナッツジュースを売ってました。
試しに1つ買ってみましょう。 -
どれどれ、お味は?
不味くはないけど、ぬるい・・・。 -
飲み終わると、おばちゃんがココナッツの果肉をナイフでこそいでくれます。
味は可もなく不可もなく。
Wさんは「美容にいいのよ!と半ば義務的に食べていました」 -
魯迅公園のバス停に到着。
小魚山の上から見ると、目と鼻の先のように見えたのですが、直線で行くことができないので、以外に時間がかかりました。
228路のバスに乗って、次を目指します。 -
口腔医院バス停で降りると・・・
現れました!天主教堂です。 -
どうやら裏側に着いたようです。
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当時、青島で一番高い建築物だっただけあり、近くで見ると圧倒的な存在感があります。
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そして、正面から。
経堂の前は広い石畳の広場になっています。
広場の一番後ろに下がって、ようやく全体をフレームに収めることができました。ほんとに大きい!
ちなみに塔は2本あるのですね。
小魚山から見ても、信号山から見ても、横から見ることになるので、塔は1本のように見えます。 -
青い空に十字架が映えます。
その大きさなんと4m。
12畳のリビングに入るかしら。 -
こんな素敵な場所に、この人たちがいないはずがありません。
はい、撮影カップルです。 -
日本の公園に鳩がいるのが当たり前のように、青島の名所は撮影カップルが群れています。
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この暑いのに、ご苦労さまです。
いつまでも、お幸せに。 -
さて、経堂の中を拝見させていただきましょう。
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「内部補修中」
「見学休止」
あぁ、本当に残念です。 -
また青島を訪れる口実ができた、ということにしましょう。
それにしても、自国から遠く離れたこの地にこんなものを作るとは、ドイツ人の宗教パワー恐るべし。 -
バスで来る途中、ドイツ総督府が見えたので、そこまで歩いてみることにしました。
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老舎公園という縦に長い公園がありました。
人々の憩いの場となっています。
木陰でトランプを楽しむ人々、ビールを楽しむ人々、日光浴をする人・・・。 -
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渇いた喉には、やっぱりこれ。
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途中で見つけたこの建物は、1905年に建てられたドイツ人の邸宅だそうです。
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100年後の今は、青島市国家税務局として使われています。
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塀によじ登って、お庭を撮らせて頂きました。
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天主教堂から寄り道しながら歩くこと10分、ドイツ総督府に着きました。
周りより少し高い場所にあり、市街をぐっと見下ろすような威容があります。 -
写真で見るドイツ総督府の変遷です。
1906年にドイツ総督府として作られました。 -
第一次世界大戦で日本がドイツに勝利。
山東半島をドイツから取り返した日本が、ここに軍司令部を置きました。 -
五・四運動などの高まりで、日本は山東半島を返還。
青島市政府ビルになりました。 -
日中戦争で再び日本が占領しました。
※写真はこの後に訪れる「青島ドイツ監獄跡博物館」の展示物から拝借しました。 -
そして現在は「青島市人民代表大会常務委員会」に。
主を変えながら、この地の歴史を高台からずーっと見つめ続けてきたのですね。 -
中はどうなっているのかなあ、とぐるり一周してみました。
表に面している建物だけでなく、複数の建物で構成されています。 -
中庭を挟んで2つの建物がありました。
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坂道を登って下ってぐるり一周しましたが、ガードが固くてなかなか全容を見せてくれません。
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総督府のとなりに、屋根にドームをあしらった珍しい建物がありました。
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どこかの会社の建物のようですが、きっとここはドイツの要人のお屋敷だったに違いありません。
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補修工事中でしたが、バルコニーのデザインが素敵でした。
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そのまま歩いて海までたどり着きました。
初日と同じところです。
でも、今日は小青島もこんなに綺麗。 -
初日は桟橋のバックは見えませんでしたが、今日はばっちり見えます。
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太平路沿いの美しい建物。
とは言え、観光客がひっきりなしに行き交う道ですので、住んでみたいとは思いません。 -
次なる目的地は「青島ドイツ監獄跡博物館」です。
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「仁」「義」「礼」「智」「信」という名前のついた5つの建物と、監獄工場で構成されています。
2006年に政府から保護対象に認定されて、2007年から対外開放されたそうです。
それまでどうやって保存していたんでしょうね? -
内部は、青島の歴史と復元した監獄の2本立て構成になっています。
青島の歴史については、
小さな漁村をドイツが発展させたところから始まり、第一次大戦、三国干渉、日中戦争、国共内戦と、歴史の教科書通りです。
途中、日本軍が殺したと書かれた赤ちゃんの死体写真とか、愛国教育の要素が混ざっています。
Wさんとの間に微妙な空気が流れてしまいました。
ここを選んだのは私のミスでした。 -
1Fがドイツ占領期の頃、地下1Fが日本占領期の頃を復元しています。
これはドイツの人たち。 -
日本占領期に愛国運動をやって捕まった人のようです。
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中国のドラマ「夜霧下的哈尓濱」の1シーンのようです。
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水牢。
足元がびちょびちょで、一晩で風邪をひきそうな牢です。 -
鎖で拘束された状態で汚水の中に立たされる、と説明書きにありました。
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取調室と手錠類
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拷問室と拷問器具
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拷問用具が並んでいます。
見ていて気持ちのいいものではありません。 -
監獄の中の中庭です。
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監獄内の監視所です。映画の中でよく出てきますね。
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天后宮
明代に作られた、青島で一番古い建物だそうです。
宗教施設はパス。 -
坂井貞一さんという、日本の商人のお屋敷だそうです。
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1929年竣工。
直線と曲線をうまく取り入れて、この写真で見るよりもう少しいい雰囲気な建物です。
Wさんが空港に行く時間が迫ってきました。
そろそろ新市街地へ戻りましょう。
316路のバスで戻りました。 -
Wさんを空港に送って、再び一人旅へ。
今晩のお店は、●江路美食街にある「美達尓」。(●は「門」の中に「虫」) -
まずは、青島ビールの原漿をピッチャーで。
原漿とは、酵母その他を濾過していないビールです。
足が速いので、ビール工場に近く、かつ回転のいいお店でしか飲むことができません。
濾過していませんので、ピッチャーの向こう側を透かして見ることができません。
さて、お味は・・・?
うん、おいしい。
苦味は通常の青島と同じ(マイルド)ですが、麦の風味が強く出ていると感じました。
そして何より不思議なことに、ずっと飲んでいて飽きません。 -
青島名物、アサリの唐辛子炒め。
唐辛子が入ったものと入っていないものとありますが、ここは是非唐辛子入りでビールをぐいぐいと行って下さい。
お勧めです。 -
こちらは四川料理の定番メニュー。
豆を素揚げして、細かく刻んだお肉と一緒に、山椒と唐辛子で炒めたものです。
最高。ビールが喜ぶ味です。 -
串焼きがメインのお店ですので、いくつか頼んでみました。
羊肉串
豚肉ロース串
豚肉モモ串
豚大動脈串
串焼きは大連でも上海でも成安でも、クミンシードと唐辛子たっぷりの味つけばかりでしたが、こちらはかなりあっさり目の味つけでした。
万人に受け入れられる味だと思います。
もうちょっと頼んでみたかったけど、もう満腹。 -
人生で一番アサリを食べた日になりました。
これだけ食べても、1つも砂を噛んでいないアサリに感動。 -
日付が変わりましたが、相変わらず外のテーブルまで大賑わいです。
わたしもダラダラと飲んでしまいました。
おやすみなさい。 -
●4日目●
おはようございます。
今日からまた一人旅モードに戻ります。
ホテルの部屋から香港中路方面をぱちり。
写真の真ん中あたりがカルフールです。
雨こそ降っていませんが、すっきりしない天気で空気もあまり澄んでいません。 -
今日の朝食は「許家雲霄面食店」。
ホテルから美食街に向かって徒歩2分のところにあります。
このあたりで朝食を提供しているローカル食堂の中では、ダントツの人気店です。
朝はいつも行列ができています。
中で食べていく人も多いですが、テイクアウトする人はもっとたくさんいます。 -
肉まんも油条もおかゆも豆乳も、全て自家製です。
-
今日は外のテーブルでいただきました。
-
油条と小米のおかゆです。
まあるいのは名前不明。肉まんと同じ具が入っていました。
合計4RMB。 -
MYKALの裏側に交通ICカードの売り場があります。
バスで出かける前に1枚買っておきましょう。
途中、ミニストップがありました。
青島に進出しているのですね。 -
この建物です。
-
40RMB渡したので、25RMBのデポジットと15RMB分のチャージ。
これで、バスに乗るたび小銭の有無に神経を使う作業から開放されました。
私にとって交通ICカードは、再訪を誓う証でもあります。
北京、上海、大連、香港に続き、5枚目の交通ICカードを手に入れました。 -
MYKALは開店前の朝礼中。
店員たちが軍隊のように行進していました。 -
MYKALの前の辛家庄バス停でバスに乗ります。
平日の8時過ぎ、通勤客で道路はかなり混雑していました。
辛家庄から隣のカルフール前まで15分以上かかりました。 -
私の席の前には、乗客向けに新聞が刺さっていたので暇を潰せました。
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反対車線もこんなにバスの列が。
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海水浴場バス停でバスを乗り換えるはずが、乗り越してしまいました。
あわてて騒いで降ろしてもらう、という手もありましたが、このバスは第一海水浴場が終点なので、おとなしくこのまま海に行くことにしました。
朝の海は人もまだそれほど多くなく、落ち着いた雰囲気でした。 -
そのまま天泰体育場バス停まで歩いて、予定通り302路のバスに乗りました。
バスはぐんぐんと坂道を上がっていきます。 -
動物園バス停でバスを降りて、青島山公園の入り口に着きました。
「第一次世界大戦のアジア唯一の戦場遺跡」と書いてあります。 -
標識に従って
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山道を歩くこと10分
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青島山砲台に着きました。
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ここが要塞の入り口です。
ドイツ軍がこの要塞に立てこもり、日本軍と戦いました。
「通知 夏季期間中は内部の湿度が高く、皆様の安全を保障することができませんので、参観を中止させていただきます。」
またしても・・・。 -
そんな張り紙を無視するように、家族連れが中に入っていきました。
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近くには係の人もいましたが、見て見ぬ振りをしているようでしたので、私も張り紙が読めないことにして、中に入らせていただきました。
・・・お許しください。 -
内部はとてもひんやりとしています。
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まるで冷房を「強」で運転しているかのようです。
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天井からはいたるところから水滴が滴り落ちてきます。
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展示物を紹介する印刷物も、湿気にやられて文字が滲んで読み取れないほどです。
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上級軍人の秘密通路だそうです。
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指揮室です。
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工作室。
夏休みの課題じゃなくて、「工作」は仕事のことです。 -
ドイツ人の幽霊が出そうで、足ががくがくです。
ちゃんと予習をしてくれば、全員捕虜として収容されたことが分かるのですが、そんなことを冷静に考える余裕はありません。 -
休憩室。
当時のものと思われる二段ベッドがあります。 -
ここも工作室。
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作戦会議中。
重苦しい雰囲気が伝わってきます。
怖い・・・。 -
偉い人は地下室でワインを。
ワインの保存にはいいんでしょうけど、人間が長い時間暮らすのはどうなんでしょうね。
硫黄島やベトコンのそれに比べれば、まだ居住性は良さそうですが・・・。 -
士官の休憩室。
のんびりギターを弾いています。 -
工作室。
武器を手入れしています。 -
更に、地下一階がありまして、こちらは厨房やボイラー室、洗濯室などがあります。
恐怖に耐えながら、独り階段を降りていきます。 -
ボイラーの説明。
除湿したり、暖房したり、温水を供給したりと、大事な役割を果たしていたそうです。 -
そのボイラー。当時のまま遺されています。
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倉庫、だったかしら。
もう、この辺でおいとまします。 -
逃げるように地下一階を去りました。
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反対側にも地下1Fの入り口が。
こちらは生活区。
医療関係や、食堂、ベッドなどがあります。 -
ここは医療室。
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ここは兵隊さんのお部屋です。
もう限界。逃げ出すように外に出ました。
外の蒸し暑い空気が体にまとわりつきます。
それでも、気持ちは安堵感でいっぱい。 -
地下要塞の平面見取り図です。
緑の部分が司令部。
右側の上下に枝分かれしている部分が、地下1F。
上がボイラー室や厨房
下が生活区です。
で、緑の部分の上部にちょんと突き出ている部分があります。
こちらを地上側から訪れます。 -
それが、ここです。
着弾を確かめるための展望塔です。
自軍の砲撃が逸れてないか確かめて「おーい、もっと右!」なんて確認した場所のようです。 -
当時(第一次大戦時)の爆弾・砲弾が直撃しても耐えられる厚さなのだそうです。
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隙間にデジカメを差し込んで、フラッシュを焚いてみました。
今でもしっかり原形をとどめていますね。 -
こういった通気坑がいたるところにありました。
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せっかくなので山の頂上までのぼってみました。
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頂上には軍関係の通信施設が。
正直がっかり。 -
眺望も今日はいまひとつ。
これは、お隣の山にそびえる電波塔です。 -
「お国の恥を忘れるな」
よそのお国の人たちが勝手に自分の庭で戦争をしたわけですからね。 -
あれっ?
そういえば、砲台なのに、大砲を見てません。
出口ちかくにあったこれは、清代の復元模型。
そうじゃなくて、ドイツ製の大きな大砲があったはずですが、結局見ることなく山を降りてしまいました。
私らしいオチがつきました。 -
動物園バス停からまた302路バスに乗って、十五中バス停で下車しました。
青島ビール博物館の最寄のバス停です。 -
青島ビール博物館に到着。
2009/07現在、延安一路バス停に停車するバスのほとんどは別なルートを通っています。
十五中バス停が最寄になります。
青島ってバスのルート変更がとっても多いような気がします・・・。 -
門票50RMB。ちょっとお高め。
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受付のおねえさんに「あなたどこの国の人?」と聞かれて、どうしてそんな事を聞くのだろうと思いつつ「日本人ですけど」と答えたら、有無を言わさず日本語パンフレットを渡されました。
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異国情緒を味わう上でも、中国語版が欲しかったです。
そして、中国ではよくありがちですが、
「細い奉仕の先進的会社!」
など、中国語に直訳し直さないと真意を理解できない日本語が並んでいます。 -
以前、アサヒビールの工場見学に行ったことがありますが、青島ビール博物館は工場見学とはちょっと内容が違います。
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日本のビール工場見学は、近代的な生産ラインが見学の中心になりますが、青島ビール博物館は青島ビール黎明期の醸造方法を再現した展示物が見学の中心です。
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まずは、この建物で青島ビールの歴史を学びます。
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?青島を占領していたドイツ人が、ビールが飲みたい一念で、勢いでビール工場を作ってしまいました。
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?彼らは、わざわざ当時の最新機器まで持ち込みました。
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?第一次大戦でそれを手に入れた日本人が、輸出産業になるまで発展させました。
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?従業員総出で「毛沢東万歳!」なんてやった日々もありましたが
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?改革開放、古い設備は思い切って壊して
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?最新設備の新しい工場を作りました。
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?今ではこんなにたくさんの種類を作っています
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?国外工場もこんなにたくさん作りました。赤い点のあるところです。
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日本人が経営していた時代のCMポスターです。
チャイナドレスとか、 -
三国志なんて、ベタなキャラクターを使うところが、日本人らしいと言えましょう。
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三ツ矢サイダーが大陸で生産されて、大陸で売られていたのですね。
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これはシンガポールにおける広告です。
-
社長の遍歴。
日本人が発展させたことを隠さないところに好感を持ちました。 -
日本の懐かしいラベルにこんなところで出会いました。
-
次の建物に移動します。
ここからは青島ビール黎明期のビールの作り方を学ぶことができます。
学んだことをここでおさらい。
?ビールの原料は、麦とホップと酵母とお米
そして、おいしい水です。 -
?麦芽を発芽させて、その後乾燥させて成長を止めて、麦芽にします。
-
?お湯に材料を混ぜてぐつぐつ煮ます。
デンプン質が麦芽糖に変わります。 -
ポットの中はいつもぴかぴか!
-
?モーターで撹拌します。
-
ドイツのシーメンス社製のモーターです。
シーメンスから「いくらでも出すから売ってくれ」と言われましたが、「これはうちのお宝」と拒んだそうです。
現役稼働中、というのがスゴイ! -
1903の文字が誇らしげです。
-
?それを巨大な桶に入れて、酵母で発酵させます。前発酵です。
-
酵母の泡が液面を覆いつくします。
これは発泡スチロールですけど。 -
?それをタンクにいれて、もうしばらく発酵させます
後発酵です。 -
こちらは、もう少し後の時代のタンクです。
どちらにしても、現在のロケットのようなタンクとは異なります。 -
普通のビールの後発酵はせいぜい20日前後ですが、うちのビールは45日かけてじっくり発酵させています。
だから、純粋・爽やかで品質優秀なビールになるんですよ。
とのことです。 -
⑦発酵が終わったら、酵母や不純物を濾過して
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⑧ビンにつめて
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⑨ラベルを貼って
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⑩割れないように藁で覆って出荷します
-
昔はこんな樽で出荷していました。
-
70年代の樽と、今の樽。
今の樽のほうは、青島の至る所で目にします。 -
見学コース途中の試飲。
ろ過する前の原漿ビールがいただけます。
既に昨晩、ピッチャー一杯いただいております。 -
中国ではお酒に対する年齢制限はないので、小学校低学年と思しき子供が大人と一緒に試飲していました。もちろん誰も止めようともしません。頭でわかっていても、ちょっとびっくりするシーンでした。
-
この日は瓶ビールのラインは動いていませんでしたが、缶ビールのラインを見ることができました。
アルミ板がプレスされて、ビール缶になって、ビールを詰められて、蓋をされて、箱詰めされるまであっという間です。 -
最後の試飲はこちらで。
複数名にはピッチャーを1つ渡されるのですが、お一人様にはグラスで一杯。
「一杯だけ?!」と聞いたら、「お代わりしてもいいよ」と笑われました。
「そうじゃなくてピッチャーを・・・」とは言えませんでした。
この後も歩き回る予定だったので、2杯で切り上げたのは正解だったかもしれません。(しっかりお代わりはしてますけど) -
隣接する売店で、このグラスを2つ買って帰りました。
-
ビール豆の正体
落花生、ビール酵母、麦芽粉末、砂糖、ホップ、じゃがいもデンプン、唐辛子粉、カレー粉、海苔、サラダ油
だそうです。
本当にビールの材料が使われているんですね。
まさに「ビール豆」の名前にふさわしい。 -
青島ビール博物館の外は青島ビール街。
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「原漿」「当日」のマークが私を誘惑しますが、ここでピッチャーを注文したら、もう歩けなくなってしまいます。
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マンホールだって雰囲気を盛り上げてくれます。
-
再び十五中バス停に戻り、中山路方面に行くバスに乗りました。
ここに来るバスの半分は中山路方面に行きます。 -
そこから中山路を散策するつもりでしたが、今日は平日、桟橋も人が少ないんじゃないかな、と、回れ右して桟橋へ。
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平日/休日関係なく、ここには人が一杯いるようです。
ここまで来ちゃいましたし、歩いてみましょう。 -
初日に見た冒険鴨が!
本当に泳いでいる! -
通り雨が降ってきました。
おかげで人も少なくなりました。 -
大通りを渡る地下道の階段で、煎餅果子を作り売りしていましたので、1つ買ってみました。
クレープ状の生地に、たまご1つと葱のみじん切りをのせて -
ひっくり返したら、甜面醤(甘味噌)ベースのタレを塗って、揚げたワンタンの皮と、レタスをのせて
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くるくる巻いて出来上がり。3RMB。
青島のおやつ、熱々で美味しい! -
さて、予定通り中山路を散策しましょう。
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緑豆餡のお菓子のお店に行列ができていました。
おやつ代わりに4つ購入。
5RMB札でおつりが来ました。
予想に反し甘さあっさりで、私好みの味でした。 -
脇道にあった印象的な建物。
ドイツ占領期に建てられた軍のクラブハウスでした。 -
店舗の部分はともかく、2F部分から屋根にかけてのデザインがとってもレトロです。
-
天主教堂へと向かう路地にたどり着きました。
石畳の坂道と両脇の建物を含め、西洋の雰囲気一杯です。 -
-
映画館もいい雰囲気のまま残っています。
映画自体は最近のものです。
「変形金剛」=「トランスフォーマー」です。 -
「春和楼」
1891年創業の餃子の老舗です。 -
歩道橋の上からの1枚。
他とはちょっと毛色の違う、1911年竣工の建物。
中華バロック? -
歩いてきた路を振り返ります。
トロリーバスが走っていました。 -
裏通りにレンガ造りの建物がちらほらとのぞいています。
脇道を歩いて見ました。 -
この一番上の装飾は、昔何がついていたのでしょう。
お店のマークかなあ。 -
-
中身はいたって普通の長屋なんでしょうが、ちょっとした装飾が青島らしいです。
-
のんびりした時間が流れています。
-
階段を降りると・・・
-
そこにもまた気になる裏通りが。
-
スイカ売りご夫婦。
今回の旅行ではいろんなところでスイカ売りを見かけました。 -
市場三路
かつての歓楽街だったところです。
今は海産物の店が軒を連ねています。 -
かつての映画館。
それのしても、この統一された青い看板はどんな意味があるのでしょう。
元々の建築と調和しているわけでもないし。
いや、むしろ台無しにしているくらいです。
かつて栄えた時代を想像しようとしても、この青いもみじ饅頭が邪魔をします。 -
そんなかつての繁華街で、古き良き時代を懐かしむ男が一人。(勝手な想像)
-
線路をまたぐ部分だけ、先に作ってしまいました。
これが全て開通すると、このあたりの景色は一変しそうです。 -
もう少し足を伸ばすと、日本統治時代の金融街があります。
その手前で見つけた看板。
「青島ドイツ風情街」
嫌な予感がします。
中国で「××風情街」と言えば、わたしの知る限り、歴史的な背景や当時の雰囲気を無視して、中国的解釈で修正・再創造されてしまった街なのです。
しかも、ここ一帯で目立つのは日本占領以降に建てられた建築物ばかりなのに・・・。 -
ぴっかぴかになった建物と、急ピッチで進む舗装工事。
この付近の賞味期限はもうすぐなのかもしれません。 -
横浜正金銀行 青島支店
のちの東京銀行→UFJ銀行 です。
残念ながら、この日は中には入れませんでした。 -
かつての三菱商事です。
-
かつての、朝鮮銀行 青島支店です。
-
建物自体は地味に見えますが・・・
-
営業時間だったので、中に入らせていただきました。
シャンデリアと窓の装飾がとても見事です! -
かつての 日本青島取引所
-
この建物が一番インパクトがありました。
「取引所」という名前とは裏腹に、恐ろしいくらいの重圧感があります。 -
周りの建物と明らかに異なる大きさ、上から見下ろされるような威圧感、色褪せた錆色の赤い星。
個人的には青島に来たなら、一見の価値があると思います。 -
残念なことに、狭い通りに建っているために、建造物の全景を収めることができませんでした。
-
この通り、建物自体はかなり劣化しているようです。
-
かつての日本汽船。
曲線を多用した設計は、気持ちを安らげてくれます。
さっきの取引所が威圧的過ぎたのです。
現在は、COSCOという中国の造船会社が使っています。
船繋がりの不思議な縁。 -
「歴史優秀建築〜」のプレートがはがされていました。
理由は不明です。 -
長距離バスの駅がありました。
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長距離バスの駅が近くにあるせいか、このあたりには、小さな食堂がたくさん軒を連ねていました。
ビールを配達に来たお兄さんたち。
このあと、ビール樽をごろんごろんと転がして、店先に納品してました。
結構、樽の扱い乱暴です。 -
更に更に足を伸ばすと、ようやく庶民が暮らしているエリアに出ました。
思えば、この数日間、観光/商業エリアからほとんど出ることなく過ごしていました。 -
こんな小さな入り口を入ると
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まるで隠してあるかのように、こんなに広い市場がありました。
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トマトが新鮮だったので、買って帰りました。
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さて、この辺で引き上げましょう。
近くのバス停で調べると、222路のバスがホテルの近くまで走っていました。
旧市街地から新市街地へ、山側を経由して結ぶ路線です。
ちょうどここが始発なので、これに座って帰ることにしましょう。
222路は青島では珍しい空調つきバス。なので運賃は2元です。
歩きつかれたのと、昼ビールのせいか、バスの中で居眠りしてしまいました。
中国でこんなことができたのは初めてです。
旅行中、随分危険な真似をしましたが、全く不安を感じませんでした。本当に治安のいい街です。 -
青島、最後の夜です。
昨日と同じ「美達尓」にしました。
串焼きを中心にもっと食べたかったという理由もありますが、このお店、なぜだか一人でも落ち着いて飲めるんです。 -
まずはやっぱり、青島ビール「原漿」。
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熱いうちに食べたいので、4本ずつ頼みました。
わたしのお勧めは、羊肉串、鳥ハツ、イカ。 -
サイドディッシュには、苦瓜とエビの炒め物を。
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この日も誰にも絡まれることなく、一人でのんびりとビールを空けました。
青島最後の一日、歩いて歩いて、飲んで飲んで、大満足でした。 -
●5日目●
今日も朝食は許家雲霄面食店でいただきました。 -
今日は店内のテーブルに空きがあったので、こちらでゆっくりと。
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肉まん2つと、豆乳。
真ん中のはサービスのお漬物です。
合わせて3RMB。 -
11時にはチェックアウトしなければならないので、のこりはあと3時間。
行きはタクシー、帰りは徒歩で帰る、としましょう。
と、前方に見慣れない乗り物が。 -
あーっ、セグウェイだ。
走っている姿は初めて見ました。 -
着いたのは、青島オリンピック帆船センター。
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2008北京オリンピックでヨット競技を行った場所ですね。
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一番端にある灯台まで歩いてきました。
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五四広場から第三海水浴場・太平角のあたりまで、海岸線を海側から眺めることができる唯一の場所です。
海岸線を眺めていると、5日間の楽しかった思い出が湧き出るように蘇ってきます。 -
青島オリンピック帆船センターは、全体的にまだまだ工事中です。
2008年オリンピックも終わって、もう2009年の7月なんですけど? -
中学生たちが、手漕ぎボートに帆をつけたようなヨットで練習をしていました。
金網の隙間から入ってみたら、そのうちの一人の女の子がこちらに来て「許可のない人は入っちゃいけないのよ!」
はいはい、ごめんなさい。 -
さっきタクシーの中から見たセグウェイ、ここで体験試乗をやっていました。
中国でセグウェイに乗れるとは思いませんでした。
ストップさせるのが微妙に難しかったけど(重心を真ん中に戻すだけですが)、あとは普通に楽しめました。
早く法規の問題をクリアして、自転車みたいに普及すればいいのに。
ちなみに、観光客の注目度はいまひとつでした。
セグウェイですよ?セグウェイ。あれ? -
ジャスコでお土産を買って帰りました。
(と文字にすると、自宅近所で買い物をしてきたような気分です)
今回のお土産です。左上から時計回りに。
●芝麻醤
ゴマペーストです。
ゴマペースト:2 マヨ:1 お味噌:1
を混ぜ混ぜすると、野菜スティックが豪華なご馳走になりますよ。
●結晶蜂蜜
常温でも結晶しているはちみつです。
いつもヨーグルトに混ぜて食べています。
●青島黒ビール
青島のSTOUT、初めて見ました。
山東料理にあわせるのはピンと来なかったので、今回の旅行では飲むことなく、お土産としてお持ち帰り。
●ヤギ乳のヨーグルト
濃厚で美味しかったです。
●洋ナシ
まあ、普通の洋ナシでした。
●象牙マンゴー
通常のマンゴーとは大きさがぜんぜん違うので、ちょっと気になって購入。
筋っぽさがなくて、香りも良くて、甘い!
大満足でした。
●高粱飴
青島の名産らしいので購入。
お餅のように柔らかく、昔懐かしい味です。
お値段も一箱2.3RMBと激安です(ただし、箱の中身はすかすか)
いろいろな味がありますが「原味(プレーン)」が一番美味しかったです。
会社の人たちへのお土産などにどうぞ。
そのほかに、青島名物の労山茶も買いました。
労山茶は、ほぼ日本茶と同じ味ですね。
お父さん・お母さんのお土産にいいかもしれません。 -
帰りもエアポートバスで空港へ。
民航大厦の切符売り場でチケットを購入。20RMB
ここはエアポートバスの始発ではありませんが、
時間が来ると、チケット売りのお姉さんがみんなを引き連れてバスに向かいます。
それまでゆっくり椅子に座って待っていればOKです。 -
偶然通りかかった、青島ビールを配達するクルマ。
青島ビールは、人々の生活にしっかりと根付いていました。
そして私もすっかり原漿の虜になりました。 -
青島空港のラウンジ。
青島ビールはありますが、食べ物が駄菓子しかありません。
事前に情報は得ていたので、おつまみをジャスコで買ってきました。 -
ラウンジの新聞。
19日の第一海水浴場の様子を伝えています。
5日間の期間中、一番の好天でしたから、こうなるのもやむを得ないでしょうね。
片道3車線の道路を水着で闊歩する人もたくさん見かけました。
7月の青島は、海で遊ぶつもりがなければお勧めしませんよ。 -
これにて青島5日間の旅行はおしまい。
さて、今度はどこに行こうかな。
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この旅行記へのコメント (1)
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- beijing-fanさん 2009/07/27 09:55:13
- この手です
- あんいえさん
僕はこの手です。
上海でも北京でもやりました。
味干ラーメンですか、中国へ渡って知りましたが。
単品で済みますから。
本当は、街の食堂に入ってみたいと願望を持ってはいますが、中々入る勇気が湧きません。
つい、安きにながれてしまいます。
外国で会う中国人は、語学が出来ない日本人を目茶苦茶馬鹿する人が多いですが、中国国内ではあんまりそんな風に感じたことは有りません。お互いに分かろうとする限り何とかなるとなることが多いです。
普通の食事でいいですから、次回は何とか普通の食堂に挑戦してみたいです。
beijing-fan
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