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マドリッドから入り、鉄道移動を中心にポルトガル、フランスなども回りマドリッドに戻るというようなコースで行き当たりばったりで歩いてきました。<br />まずはマドリッドのマヨール広場です。

南ヨーロッパ60日間

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2009/02 - 2009/04

19947位(同エリア23823件中)

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flier

flierさん

マドリッドから入り、鉄道移動を中心にポルトガル、フランスなども回りマドリッドに戻るというようなコースで行き当たりばったりで歩いてきました。
まずはマドリッドのマヨール広場です。

交通手段
鉄道 高速・路線バス タクシー
航空会社
ブリティッシュエアウェイズ
  • 南ヨーロッパの旅はここスペインの首都マドリードから始まりました。スペインの安宿はオスタルとかペンシオンがあります。日本からネットで予約したオスタルに2泊して市内を歩き回りました。ムセオ・ハモンという生ハムの専門店を見つけました。生ハムをつまみにセルベサ(ビール)をグイーっと。何しにはるばる来たのか。しかしこれがたまらなく美味しいのです。今日もBarへ直行です。

    南ヨーロッパの旅はここスペインの首都マドリードから始まりました。スペインの安宿はオスタルとかペンシオンがあります。日本からネットで予約したオスタルに2泊して市内を歩き回りました。ムセオ・ハモンという生ハムの専門店を見つけました。生ハムをつまみにセルベサ(ビール)をグイーっと。何しにはるばる来たのか。しかしこれがたまらなく美味しいのです。今日もBarへ直行です。

  • ちょうど14年前2月に訪れた町、トレドに2泊してみました。町を一通り見て回った後、鉄道駅の更に北の郊外にその時に入ったバルを訪ねてみたかったのです。確か緩い坂を上る途中の右側にあったと記憶しています。そして道路は舗装されていなかったと思うのですが砂利道はありませんでした。少し以前より寂れている感じがしました。その辺りにバルは見つかり入ってみました。店中のカウンターは向きが逆になっています。いろいろタパスを注文してセルベサを飲みながら話していると、店主らしきオバサンに一品サービスされ、それは美味しいまかない料理でした。

    ちょうど14年前2月に訪れた町、トレドに2泊してみました。町を一通り見て回った後、鉄道駅の更に北の郊外にその時に入ったバルを訪ねてみたかったのです。確か緩い坂を上る途中の右側にあったと記憶しています。そして道路は舗装されていなかったと思うのですが砂利道はありませんでした。少し以前より寂れている感じがしました。その辺りにバルは見つかり入ってみました。店中のカウンターは向きが逆になっています。いろいろタパスを注文してセルベサを飲みながら話していると、店主らしきオバサンに一品サービスされ、それは美味しいまかない料理でした。

  • スペインにはRenfeという国鉄があります。トレドからバスでマドリッドに戻り、地下鉄に乗ってアトーチャ駅に向かいました。マドリッド駅は行き先によってチャマルティン駅、プリンシペ・ピオ駅、アトーチャ駅の3つあるのです。一番大きなアトーチャ駅で次の訪問地、アビラまでの切符を買いました。でも出発駅はチャマルティン駅のようです。先ほど買った切符では自動改札を入ることが出来ません。その近くの切符売り場で切符を見せるとチャマルティン駅までの切符を買わされました。そして改札を抜け数分間近郊電車に乗り、チャマルティン駅からこの黄色い列車でアビラに向けて出発したのでした。

    スペインにはRenfeという国鉄があります。トレドからバスでマドリッドに戻り、地下鉄に乗ってアトーチャ駅に向かいました。マドリッド駅は行き先によってチャマルティン駅、プリンシペ・ピオ駅、アトーチャ駅の3つあるのです。一番大きなアトーチャ駅で次の訪問地、アビラまでの切符を買いました。でも出発駅はチャマルティン駅のようです。先ほど買った切符では自動改札を入ることが出来ません。その近くの切符売り場で切符を見せるとチャマルティン駅までの切符を買わされました。そして改札を抜け数分間近郊電車に乗り、チャマルティン駅からこの黄色い列車でアビラに向けて出発したのでした。

  • アビラの町は、サンタ・テレサ修道院、カテドラルなどが城壁に囲まれ、その中にあるオスタルに1泊した後また列車でサラマンカに向かいました。駅を降りて泊まる所を探しながら中心街に向かいました。しかし手頃な料金のオスタルが見つからないのです。1時間歩いても見つからず、更に離れたところにあるバスターミナルの周りを探して見ることにしました。するとターミナルから100mほどの所にあったのです。Navasfriasという名で下がバル。バルのカウンターの奥にパソコンがあり宿泊客はフリーです。不思議なフォントでしたが日本語を読むことはXP以降は日本語の書き込みが出来るよう設定可能なのですが、すべてガードされていてダメでした。それほどヨーロッパでは日本語は相手にされていないのですね。

    アビラの町は、サンタ・テレサ修道院、カテドラルなどが城壁に囲まれ、その中にあるオスタルに1泊した後また列車でサラマンカに向かいました。駅を降りて泊まる所を探しながら中心街に向かいました。しかし手頃な料金のオスタルが見つからないのです。1時間歩いても見つからず、更に離れたところにあるバスターミナルの周りを探して見ることにしました。するとターミナルから100mほどの所にあったのです。Navasfriasという名で下がバル。バルのカウンターの奥にパソコンがあり宿泊客はフリーです。不思議なフォントでしたが日本語を読むことはXP以降は日本語の書き込みが出来るよう設定可能なのですが、すべてガードされていてダメでした。それほどヨーロッパでは日本語は相手にされていないのですね。

  • サラマンカから次の訪問地メリダまでは鉄道がありません。バスで1400mほどの雪のある峠を越えて5時間かけてメリダに到着しました。これまでと違い、南国に来たという実感がありました。オスタルの庭にはレモンがたわわに実っています。高台の円形劇場まで上り、今度は下ってミラグロス水道橋まで歩きました。写真のディアナ神殿は街中に埋もれるように建っていて見つけずらかったです。ここからはまた列車です。西のポルトガルにするか南のモロッコに向かうか、今晩のうちに決めなければなりません。

    サラマンカから次の訪問地メリダまでは鉄道がありません。バスで1400mほどの雪のある峠を越えて5時間かけてメリダに到着しました。これまでと違い、南国に来たという実感がありました。オスタルの庭にはレモンがたわわに実っています。高台の円形劇場まで上り、今度は下ってミラグロス水道橋まで歩きました。写真のディアナ神殿は街中に埋もれるように建っていて見つけずらかったです。ここからはまた列車です。西のポルトガルにするか南のモロッコに向かうか、今晩のうちに決めなければなりません。

  • ここまで各町に1泊滞在というのが多いのでペースが少し早過ぎています。ポルトガルに入るのはもっと南からで良いのでは。それではモロッコに向かおうという気になりセビーリャに向かいました。列車は山越えして距離は短いのに4時間以上も乗っていました。もちろん単線で景色は最高でした。しかしセビーリャでは手頃なオスタルが見つからず、モロッコに渡る港町、アルヘシラスまでバスで向かいました。町の安宿「ドラ」に行くと、薄暗い店中からアラブのおばさんにギロっとにらまれました。もちろん英語も通じません。でも顔に似合わず親切です。ショクランとお礼を言うと、リブロ・・・何とかとしきりに言ってきます。私をムスリムと思ったのかコーランをすすめてくれたのです。丁寧にお断りしましたが、何故か嬉しくて3泊もしてしまいました。

    ここまで各町に1泊滞在というのが多いのでペースが少し早過ぎています。ポルトガルに入るのはもっと南からで良いのでは。それではモロッコに向かおうという気になりセビーリャに向かいました。列車は山越えして距離は短いのに4時間以上も乗っていました。もちろん単線で景色は最高でした。しかしセビーリャでは手頃なオスタルが見つからず、モロッコに渡る港町、アルヘシラスまでバスで向かいました。町の安宿「ドラ」に行くと、薄暗い店中からアラブのおばさんにギロっとにらまれました。もちろん英語も通じません。でも顔に似合わず親切です。ショクランとお礼を言うと、リブロ・・・何とかとしきりに言ってきます。私をムスリムと思ったのかコーランをすすめてくれたのです。丁寧にお断りしましたが、何故か嬉しくて3泊もしてしまいました。

  • アルヘシラスに3泊もいるのだから、モロッコや英領ジブラルタルにでも行ってみようと思いました。ただ風が強く雨も時々降ってくるのです。モロッコまでのフェリーは出るのでしょうか。港にも行ってみましたがダメなようです。この日は諦めて部屋に戻りました。翌日も風は吹いていましたがバスでジブラルタルに行くことにしました。乗り場が分からず何人にも尋ねました。何てことはない、到着したバスターミナルからラ・リネア行きのバスは出ていたのです。たった2ユーロです。車内はフラメンコが流れ海が見えてきました。あれがジブラルタルのシンボルの猿山です。到着して歩いて入国をします。そこからほとんどの人達はバスに乗って街中に向かいます。私は歩いて強風に体を傾けながら向かいました。確かに英国の二階バスは走っていますが、感触としてはスペインだと思いました。ポンドに両替もしませんでしたが。

    アルヘシラスに3泊もいるのだから、モロッコや英領ジブラルタルにでも行ってみようと思いました。ただ風が強く雨も時々降ってくるのです。モロッコまでのフェリーは出るのでしょうか。港にも行ってみましたがダメなようです。この日は諦めて部屋に戻りました。翌日も風は吹いていましたがバスでジブラルタルに行くことにしました。乗り場が分からず何人にも尋ねました。何てことはない、到着したバスターミナルからラ・リネア行きのバスは出ていたのです。たった2ユーロです。車内はフラメンコが流れ海が見えてきました。あれがジブラルタルのシンボルの猿山です。到着して歩いて入国をします。そこからほとんどの人達はバスに乗って街中に向かいます。私は歩いて強風に体を傾けながら向かいました。確かに英国の二階バスは走っていますが、感触としてはスペインだと思いました。ポンドに両替もしませんでしたが。

  • フェリーは欠航、モロッコ行きは断念しました。モロッコのようなアルヘシラスからバスで港町カディスに向かいました。カディスもまだ雨でした。ここにはユースホステルがあるはずですが、その場所に行っても見つかりません。近所の人に尋ねても知らないと言われてしまいます。その近くのファリャ劇場のところで考え込んでしまいました。カテドラルの中にはカディス生まれの作曲家、M・ファリャの墓があるので行くことにしました。雨に濡れて入っていくと、その濡れたザックも預かってくれましたのでゆっくり観ることができたのです。まず周りの絵画や彫像をみたあと地下の墓に下りていきました。頭の中に音楽が鳴っているような気がしたのは何故でしょう。

    フェリーは欠航、モロッコ行きは断念しました。モロッコのようなアルヘシラスからバスで港町カディスに向かいました。カディスもまだ雨でした。ここにはユースホステルがあるはずですが、その場所に行っても見つかりません。近所の人に尋ねても知らないと言われてしまいます。その近くのファリャ劇場のところで考え込んでしまいました。カテドラルの中にはカディス生まれの作曲家、M・ファリャの墓があるので行くことにしました。雨に濡れて入っていくと、その濡れたザックも預かってくれましたのでゆっくり観ることができたのです。まず周りの絵画や彫像をみたあと地下の墓に下りていきました。頭の中に音楽が鳴っているような気がしたのは何故でしょう。

  • カディスでは雨の中の宿探しが失敗したため列車でセビーリャに向かうことにしました。途中にヘレス(シェリー)の町、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラが目に留まりました。そうだ、ここに寄ってみよう。そして宿があれば泊まってみようと思いました。なかなか良い町で宿もありそうです。バルに入ってヘレスを飲みながら店のご主人に尋ねると、オステルの場所を教えてくれました。そこに泊まりながらいくつかの醸造所を回ったのです。立派な古い建物はほとんどが醸造所でした。夜も近くのバルでヘレスを飲みました。店主から古いヘレスがあると言われ注いでくれました。しかしそれは甘すぎてちょっと閉口です。義理でグラシアスと言っておきましたが。

    カディスでは雨の中の宿探しが失敗したため列車でセビーリャに向かうことにしました。途中にヘレス(シェリー)の町、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラが目に留まりました。そうだ、ここに寄ってみよう。そして宿があれば泊まってみようと思いました。なかなか良い町で宿もありそうです。バルに入ってヘレスを飲みながら店のご主人に尋ねると、オステルの場所を教えてくれました。そこに泊まりながらいくつかの醸造所を回ったのです。立派な古い建物はほとんどが醸造所でした。夜も近くのバルでヘレスを飲みました。店主から古いヘレスがあると言われ注いでくれました。しかしそれは甘すぎてちょっと閉口です。義理でグラシアスと言っておきましたが。

  • ヘレス・デ・ラ・フロンテーラから列車でセビーリャに北上しました。セビーリャでは日本人の末裔ハポンさんの多く住む町に行ってみようと考えていましたが、そこへ行く市内のバスが見つかりませんでした。それではポルトガルに向かおうという気になり北のバスターミナルに向かいました。ここで市内バスを乗り間違えて4キロほど歩くはめになりましたが、ウェルバ行きに乗りこみました。ウェルバから国境の町、アヤモンテまではまたバスです。黒人が多くアフリカから出稼ぎにきているのでしょうか。アヤモンテに到着して宿探しです。ホテルの2つ星がありましたが、もっと安宿を探しに裏道に行くと先ほどのホテルと同じ経営者のオスタルが裏に建っていたのです。英語も通じる綺麗な宿でした。カギをもらっていろいろ説明を受け、オブリガードとお礼をいうと、まだここはスペインだと言われてしまいました。

    ヘレス・デ・ラ・フロンテーラから列車でセビーリャに北上しました。セビーリャでは日本人の末裔ハポンさんの多く住む町に行ってみようと考えていましたが、そこへ行く市内のバスが見つかりませんでした。それではポルトガルに向かおうという気になり北のバスターミナルに向かいました。ここで市内バスを乗り間違えて4キロほど歩くはめになりましたが、ウェルバ行きに乗りこみました。ウェルバから国境の町、アヤモンテまではまたバスです。黒人が多くアフリカから出稼ぎにきているのでしょうか。アヤモンテに到着して宿探しです。ホテルの2つ星がありましたが、もっと安宿を探しに裏道に行くと先ほどのホテルと同じ経営者のオスタルが裏に建っていたのです。英語も通じる綺麗な宿でした。カギをもらっていろいろ説明を受け、オブリガードとお礼をいうと、まだここはスペインだと言われてしまいました。

  • 宿をチェックアウトして始発のフェリーでいよいよポルトガルに渡ります。たったの1.5ユーロを支払い乗り込むと15分ほどで対岸のポルトガルに到着です。ここから最初の港町、ファーロにどうやって行けばよいのか分かりません。バスターミナルも見当たりません。分からなければここに泊まればいいと思っても宿がありません。フェリー乗り場を出たところに地図がありました。4キロほど先に鉄道駅のようなのがあるので歩いて行ってみることにしました。3キロほど歩いたところにあったカフェで休憩しました。カフェ・ソロが0.5ユーロです。やはりポルトガルは物価が安いなと感じました。そこで駅名と思われるものを確かめるため聞いてみるとその先だと言っているようです。間違いなかったのだと喜んで更に先にいってみると、そこには馬が3頭いるだけです。どうやら村の地名だったようです。困ったなと思っていると雨が降ってきました。最悪です。

    宿をチェックアウトして始発のフェリーでいよいよポルトガルに渡ります。たったの1.5ユーロを支払い乗り込むと15分ほどで対岸のポルトガルに到着です。ここから最初の港町、ファーロにどうやって行けばよいのか分かりません。バスターミナルも見当たりません。分からなければここに泊まればいいと思っても宿がありません。フェリー乗り場を出たところに地図がありました。4キロほど先に鉄道駅のようなのがあるので歩いて行ってみることにしました。3キロほど歩いたところにあったカフェで休憩しました。カフェ・ソロが0.5ユーロです。やはりポルトガルは物価が安いなと感じました。そこで駅名と思われるものを確かめるため聞いてみるとその先だと言っているようです。間違いなかったのだと喜んで更に先にいってみると、そこには馬が3頭いるだけです。どうやら村の地名だったようです。困ったなと思っていると雨が降ってきました。最悪です。

  • フェリー乗り場に引き返すと、何んとそこからファーロ行きのバスが出ていたのです。鉄道で行くものと思っていたことと、バスターミナルがあるものと思い込んでいたことが失敗の原因でした。フェリーを降りたときに聞いてみるべきだったのです。バスは快適にファーロの港に到着しました。2キロほど離れていますがユースホステルがあるはずです。坂を上っていくとありました。若者ばかりで少々恥ずかしかったです。荷物を預けようと係員にお願いすると、そこら辺に置いておくように言われました。大丈夫なのでしょうか。少々心配でしたが貴重品だけ持って港に降りていきました。昼食にレストランに入ると注文したビールはジョッキで出てきました。2杯飲みましたがグラスのスペインと同じ料金。ユースは安くほとんどの町にあるので、これでスペインでの赤字が解消されそうです。

    フェリー乗り場に引き返すと、何んとそこからファーロ行きのバスが出ていたのです。鉄道で行くものと思っていたことと、バスターミナルがあるものと思い込んでいたことが失敗の原因でした。フェリーを降りたときに聞いてみるべきだったのです。バスは快適にファーロの港に到着しました。2キロほど離れていますがユースホステルがあるはずです。坂を上っていくとありました。若者ばかりで少々恥ずかしかったです。荷物を預けようと係員にお願いすると、そこら辺に置いておくように言われました。大丈夫なのでしょうか。少々心配でしたが貴重品だけ持って港に降りていきました。昼食にレストランに入ると注文したビールはジョッキで出てきました。2杯飲みましたがグラスのスペインと同じ料金。ユースは安くほとんどの町にあるので、これでスペインでの赤字が解消されそうです。

  • ファーロからは雨の中、まだ真っ暗なうちにバスでリスボンに向かいました。豪華なバスで女性ガイドさんもいてコーヒーサービスもありました。3時間半ほどでセッテ・リオス・バスターミナルに到着。3日間フリー切符を買って地下鉄で中心街にきました。ユースホステルは分かりにくい場所にあり、何度もその辺りをぐるぐる回ってしまいました。大きな都市です。坂の多い町です。フリー切符はバスも路面電車も自由に乗れるので、特に路面電車には助かりました。ポルトガルにきた目的のファドを知りたくてファド・ミュージアムに入りました。それよりもファドはやっぱり夜中に酒場で聴いた方が良いのかもしれません。だいぶ晴れ間が出てきました。サント・アントニオ教会やサン・ジョルジェ城に行ってみましょうか。

    ファーロからは雨の中、まだ真っ暗なうちにバスでリスボンに向かいました。豪華なバスで女性ガイドさんもいてコーヒーサービスもありました。3時間半ほどでセッテ・リオス・バスターミナルに到着。3日間フリー切符を買って地下鉄で中心街にきました。ユースホステルは分かりにくい場所にあり、何度もその辺りをぐるぐる回ってしまいました。大きな都市です。坂の多い町です。フリー切符はバスも路面電車も自由に乗れるので、特に路面電車には助かりました。ポルトガルにきた目的のファドを知りたくてファド・ミュージアムに入りました。それよりもファドはやっぱり夜中に酒場で聴いた方が良いのかもしれません。だいぶ晴れ間が出てきました。サント・アントニオ教会やサン・ジョルジェ城に行ってみましょうか。

  • リスボン2日目は電車で郊外に出てみました。シントラに日帰りです。晴れ間が出てきましたが、もし天気が良ければロカ岬まで行ってみるつもりです。終点シントラは山の中でした。古い建物が美しい。自動車道から外れて遊歩道があったので入ってみると山の花々が咲き乱れていました。山上の城まで10キロほどあるようです。雨が降ってきたので上るのは断念して戻ることにしました。岬に行くのも中止です。バスを乗り継いでリスボン市内に帰り部屋に戻ると、これからニューヨークに帰るのだと言う人や自称映画俳優だと言っている人がいました。今晩は賑やかになりそうです。

    リスボン2日目は電車で郊外に出てみました。シントラに日帰りです。晴れ間が出てきましたが、もし天気が良ければロカ岬まで行ってみるつもりです。終点シントラは山の中でした。古い建物が美しい。自動車道から外れて遊歩道があったので入ってみると山の花々が咲き乱れていました。山上の城まで10キロほどあるようです。雨が降ってきたので上るのは断念して戻ることにしました。岬に行くのも中止です。バスを乗り継いでリスボン市内に帰り部屋に戻ると、これからニューヨークに帰るのだと言う人や自称映画俳優だと言っている人がいました。今晩は賑やかになりそうです。

  • 翌日も少し曇っていましたが天気は昨日より良さそうです。今度は南回りでロカ岬に行ってみることにしました。カイス・ド・ソドレ駅からカスカイス駅に向かうと段々晴れてきました。カスカイスでは町内の巡回バスがあり乗ってみることにしました。ロカ岬行きは少し離れたバスターミナルから出ていました。山道をくねくねと40分ほど走り岬に到着しました。観光客は数人しかいません。晴れてはいますがかなりの強風です。呼吸が苦しくなるほど強く、体を斜め前に傾けると大西洋のかなたに飛んでいってしまいそうです。次のバスでカスカイスに戻り、海岸のレストランでシーフードをいただきました。当然ワインも付けて。

    翌日も少し曇っていましたが天気は昨日より良さそうです。今度は南回りでロカ岬に行ってみることにしました。カイス・ド・ソドレ駅からカスカイス駅に向かうと段々晴れてきました。カスカイスでは町内の巡回バスがあり乗ってみることにしました。ロカ岬行きは少し離れたバスターミナルから出ていました。山道をくねくねと40分ほど走り岬に到着しました。観光客は数人しかいません。晴れてはいますがかなりの強風です。呼吸が苦しくなるほど強く、体を斜め前に傾けると大西洋のかなたに飛んでいってしまいそうです。次のバスでカスカイスに戻り、海岸のレストランでシーフードをいただきました。当然ワインも付けて。

  • 3泊したリスボンをあとに北上して港町ナザレにきました。夏でないのでビーチは誰もいない海。こんな伝統衣装のご老人がいました。カラフルなスカートが恥ずかしい。いや可愛らしい。黒服は未亡人だとか。北の高台には小さなケーブルカーもあります。100mほど昇っただけなのに漁村の景色は素晴らしいです。下りはゆっくり歩きながらその景色を堪能しました。南側の高台にはミゼリコルディア教会があります。17世紀からひっそり建っています。海岸に下って、昼食はもちろんシーフードです。イカ、タコ、カニ、アサリをビーノ・ブランコ(白ワイン)で思う存分いただきました。

    3泊したリスボンをあとに北上して港町ナザレにきました。夏でないのでビーチは誰もいない海。こんな伝統衣装のご老人がいました。カラフルなスカートが恥ずかしい。いや可愛らしい。黒服は未亡人だとか。北の高台には小さなケーブルカーもあります。100mほど昇っただけなのに漁村の景色は素晴らしいです。下りはゆっくり歩きながらその景色を堪能しました。南側の高台にはミゼリコルディア教会があります。17世紀からひっそり建っています。海岸に下って、昼食はもちろんシーフードです。イカ、タコ、カニ、アサリをビーノ・ブランコ(白ワイン)で思う存分いただきました。

  • ナザレをバスで出てまた北上です。レイリアに午前中到着しました。ユースホステルはすぐ見つかり荷物を預かってもらい10キロほど離れたバターリャに日帰りで出かけました。ここには巨大な修道院があるのです。ポルトガルの独立を象徴する戦勝の地です。確かに圧倒されるほど大きな建物でした。1983年に世界遺産に登録されています。ゴシック・マヌエル様式を代表する建築とのことでした。

    ナザレをバスで出てまた北上です。レイリアに午前中到着しました。ユースホステルはすぐ見つかり荷物を預かってもらい10キロほど離れたバターリャに日帰りで出かけました。ここには巨大な修道院があるのです。ポルトガルの独立を象徴する戦勝の地です。確かに圧倒されるほど大きな建物でした。1983年に世界遺産に登録されています。ゴシック・マヌエル様式を代表する建築とのことでした。

  • ポルトガルは大変にユースホステルが充実しています。ナザレの町にはユースが無かったのでペンシオン(民宿)に泊まりましたが、そこ以外は全部ユースです。オテルの一人部屋と違って相部屋ですから、いろいろな国の旅人と一緒になるわけです。カタコトの会話ですが結構楽しく情報交換が出来ます。そしてここレイリヤのユースの真上にはレイリア城が聳え立っているのです。夜景もこの通りです。この写真はユースの近くのBARから出たところで撮りました。この日はバターリャに日帰りでしたからユースに2泊してこの町をゆっくり観て回りたいと思います。

    ポルトガルは大変にユースホステルが充実しています。ナザレの町にはユースが無かったのでペンシオン(民宿)に泊まりましたが、そこ以外は全部ユースです。オテルの一人部屋と違って相部屋ですから、いろいろな国の旅人と一緒になるわけです。カタコトの会話ですが結構楽しく情報交換が出来ます。そしてここレイリヤのユースの真上にはレイリア城が聳え立っているのです。夜景もこの通りです。この写真はユースの近くのBARから出たところで撮りました。この日はバターリャに日帰りでしたからユースに2泊してこの町をゆっくり観て回りたいと思います。

  • 次の町、コインブラに向かうバスは月曜日ラッシュのためか少し遅れて到着し出発しました。この町のユースホステルは到着したバスターミナルから2キロほど離れています。観光をしながら歩いていくことにしました。高台にあるカテドラルにはエレベータとケーブルを使って上ることが出来て助かりました。信者のためなのでしょうか、無料でした。これまた高台にあるユースに到着すると同室の人はよく話をする人でした。いろいろ話をして親しくなりネームカードの交換をしました。マズレクという名のチェコ人で、ポルトガル留学のためアパート探しをしているとのことでした。この町は坂が多く広いのでバスで回りたいと思いました。バスは1.5ユーロと高かったのですが、ユースのレセプションで2ユーロの3回乗車券がタバコ屋さんなどで買えると教えてもらえました。またこのバスの乗り方がややこしく、停留所が行きと帰りとでは別の通りにあるので困りました。

    次の町、コインブラに向かうバスは月曜日ラッシュのためか少し遅れて到着し出発しました。この町のユースホステルは到着したバスターミナルから2キロほど離れています。観光をしながら歩いていくことにしました。高台にあるカテドラルにはエレベータとケーブルを使って上ることが出来て助かりました。信者のためなのでしょうか、無料でした。これまた高台にあるユースに到着すると同室の人はよく話をする人でした。いろいろ話をして親しくなりネームカードの交換をしました。マズレクという名のチェコ人で、ポルトガル留学のためアパート探しをしているとのことでした。この町は坂が多く広いのでバスで回りたいと思いました。バスは1.5ユーロと高かったのですが、ユースのレセプションで2ユーロの3回乗車券がタバコ屋さんなどで買えると教えてもらえました。またこのバスの乗り方がややこしく、停留所が行きと帰りとでは別の通りにあるので困りました。

  • コインブラに2泊した後、列車で次の町アヴェイロに向かいました。やはり列車は快適です。ポルトというポルトガル第2の都市に行く途中にある町ですがあまり見所はなさそうです。ここのユースホステルも駅から2キロほど離れていました。歩いていると小さな町にしては珍しい日本料理店がありました。長旅をすると日本食が恋しくなるのですが、スペインやポルトガルの食事はまったく飽きません。中国料理店は時々見かけますがやはり入る気にはなりません。<br />これまでのユースホステルでは快眠していたのですが初めてここでは眠れなかったのです。と言うのは、同室の人から寝るときに窓を開けておくように頼まれたのです。閉所恐怖症なのでしょうか。寒いのではと言ってみたのですが、一晩だし要望に応じました。それほど寒くはなかったのですが、近くに幹線道路があり自動車の騒音が酷く眠れませんでした。でもその代わり、教会の鐘の音が聞こえてきて、なかなか風情はありましたが。

    コインブラに2泊した後、列車で次の町アヴェイロに向かいました。やはり列車は快適です。ポルトというポルトガル第2の都市に行く途中にある町ですがあまり見所はなさそうです。ここのユースホステルも駅から2キロほど離れていました。歩いていると小さな町にしては珍しい日本料理店がありました。長旅をすると日本食が恋しくなるのですが、スペインやポルトガルの食事はまったく飽きません。中国料理店は時々見かけますがやはり入る気にはなりません。
    これまでのユースホステルでは快眠していたのですが初めてここでは眠れなかったのです。と言うのは、同室の人から寝るときに窓を開けておくように頼まれたのです。閉所恐怖症なのでしょうか。寒いのではと言ってみたのですが、一晩だし要望に応じました。それほど寒くはなかったのですが、近くに幹線道路があり自動車の騒音が酷く眠れませんでした。でもその代わり、教会の鐘の音が聞こえてきて、なかなか風情はありましたが。

  • 寝不足でまた列車に乗りポルトに到着しました。ここは少し甘めのワイン、ポルトの醸造所で有名です。中心街からドウロ川の対岸にたくさんのワイナリーを見ることができます。ワイナリー見学に行ったかって? いえ、行きませんでした。試飲しなくても旨いポルトが手軽に買えるのですから。まず1本空けて、翌日は同じものを2本買ってザックに詰めました。これを残り1ヶ月以上も背負っていたのですから。飲んでしまえば軽くなるのでしょうが。我慢、我慢。この旅は飲み過ぎだと感じています。美味しく安いのでついつい、毎日ワインを1本以上は空けています。そしてこの町に3泊しました。見所と言えば駅の近くに集中していますが、たまには大西洋を眺めながら海岸でのんびりするのもいいでしょう。いよいよポルトガルとお別れです。スペインが懐かしい。

    寝不足でまた列車に乗りポルトに到着しました。ここは少し甘めのワイン、ポルトの醸造所で有名です。中心街からドウロ川の対岸にたくさんのワイナリーを見ることができます。ワイナリー見学に行ったかって? いえ、行きませんでした。試飲しなくても旨いポルトが手軽に買えるのですから。まず1本空けて、翌日は同じものを2本買ってザックに詰めました。これを残り1ヶ月以上も背負っていたのですから。飲んでしまえば軽くなるのでしょうが。我慢、我慢。この旅は飲み過ぎだと感じています。美味しく安いのでついつい、毎日ワインを1本以上は空けています。そしてこの町に3泊しました。見所と言えば駅の近くに集中していますが、たまには大西洋を眺めながら海岸でのんびりするのもいいでしょう。いよいよポルトガルとお別れです。スペインが懐かしい。

  • スペイン国境の北、ビーゴに行く列車は到着した時のサン・ベント駅ではなく次のカンパニャン駅から出発します。ユースホステルから駅までのバスがこの日は日曜日のためありません。早朝の出発です。とりあえずバスでサン・ベント駅まで行きました。カンパニャン駅までの行き方が分からずタクシーで向かいました。列車に間に合い出発。このように都市ではポルト駅何々というように複数あるので戸惑います。<br />快適に列車は走りミーニョ川を渡るとそこはスペインです。ビーゴ駅に着いて宿探しです。天気が良いのでゆっくり探し歩きました。散々探して駅の近くに戻り、マドリッドという名のオスタルにしました。しかしレセプションには誰もいません。下のバルでセルベサを飲みながら尋ねると、そこのお爺さんに言ってくれと言われました。するとそのお爺さんが宿主だったのです。さっそく荷物を置いて港に下りて行きました。港には日曜日なので大勢の人が集まって陽を浴びて楽しんでいました。<br />そうそうワインです。写真の無印ワインを見つけました。どんなもんかと買って飲んでみました。喉越しがよく旨いワインでした。

    スペイン国境の北、ビーゴに行く列車は到着した時のサン・ベント駅ではなく次のカンパニャン駅から出発します。ユースホステルから駅までのバスがこの日は日曜日のためありません。早朝の出発です。とりあえずバスでサン・ベント駅まで行きました。カンパニャン駅までの行き方が分からずタクシーで向かいました。列車に間に合い出発。このように都市ではポルト駅何々というように複数あるので戸惑います。
    快適に列車は走りミーニョ川を渡るとそこはスペインです。ビーゴ駅に着いて宿探しです。天気が良いのでゆっくり探し歩きました。散々探して駅の近くに戻り、マドリッドという名のオスタルにしました。しかしレセプションには誰もいません。下のバルでセルベサを飲みながら尋ねると、そこのお爺さんに言ってくれと言われました。するとそのお爺さんが宿主だったのです。さっそく荷物を置いて港に下りて行きました。港には日曜日なので大勢の人が集まって陽を浴びて楽しんでいました。
    そうそうワインです。写真の無印ワインを見つけました。どんなもんかと買って飲んでみました。喉越しがよく旨いワインでした。

  • ヨーロッパ中の人々が巡礼に訪れる聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラ。列車で到着すると有名な所にしては小さな駅でした。カテドラルのある中心街へ思いザックを背負ってゆるやかに上っていくと巡礼者の気分になります。途中にあったペンシオンに2泊することに決めました。荷物を置いて散策に出かけようとすると、宿主のお爺さんが三階から行ってらっしゃい(たぶん)と言いながら笑顔で手を振ってくれました。教会や大学、市場などを通りカテドラルに着きました。壮大です。覆いかぶさるように聳えています。杖を持って貝をぶら下げている巡礼者はわずかでした。広場でジャズの演奏をしたりアコーディオンを弾いたり賑やかです。細い道が複雑にからみ合い道を憶えることは出来ませんでした。西側のエラドゥーラ公園でもパフォーマンスをやって小銭を稼いでいる人々がいました。南側の高台からの景色も素晴らしかったです。全てくまなく歩き回りました。次は更に北の海岸の町、ア・コルーニャに列車で向かいます。

    ヨーロッパ中の人々が巡礼に訪れる聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラ。列車で到着すると有名な所にしては小さな駅でした。カテドラルのある中心街へ思いザックを背負ってゆるやかに上っていくと巡礼者の気分になります。途中にあったペンシオンに2泊することに決めました。荷物を置いて散策に出かけようとすると、宿主のお爺さんが三階から行ってらっしゃい(たぶん)と言いながら笑顔で手を振ってくれました。教会や大学、市場などを通りカテドラルに着きました。壮大です。覆いかぶさるように聳えています。杖を持って貝をぶら下げている巡礼者はわずかでした。広場でジャズの演奏をしたりアコーディオンを弾いたり賑やかです。細い道が複雑にからみ合い道を憶えることは出来ませんでした。西側のエラドゥーラ公園でもパフォーマンスをやって小銭を稼いでいる人々がいました。南側の高台からの景色も素晴らしかったです。全てくまなく歩き回りました。次は更に北の海岸の町、ア・コルーニャに列車で向かいます。

  • スペイン北西、ガリシア地方最大の港湾都市ア・コルーニャに着きました。鉄道駅から中心街へ行く道が分かりません。30分ほど歩いて地図とは別の所を歩いている気がしてBARに入って休憩です。カフェを飲みながら尋ねると、やはり全く違いました。坂を下って中心街に出て目星をつけていた宿を見つけました。しかしそこは満室でした。ここまでしばらく両替が出来なかったので銀行を探しながら宿探しです。二つ目のBBVA銀行でトラベラーズチェックの現金化が出来ました。この銀行は手数料がかからないのです。そして宿も見つかりました。1階がカフェの綺麗な宿でした。ここに2泊することにして食事に出かけました。東海岸の方に良さそうな店がありメヌー(定食)を注文しました。大体2時ころから始まるのですが、少し早めにメヌーが出来るかどうか聞いてから入店したためまだ誰もお客はいません。ワインを付けてもメヌー料金に含まれているので安上がりです。マリスコス(魚介類)かどうかを確認してメヌーから選びます。少々食べ過ぎたため海岸を歩き回りました。あれっ、もうこんなに大勢泳いでいる。気が早いんじゃない?

    スペイン北西、ガリシア地方最大の港湾都市ア・コルーニャに着きました。鉄道駅から中心街へ行く道が分かりません。30分ほど歩いて地図とは別の所を歩いている気がしてBARに入って休憩です。カフェを飲みながら尋ねると、やはり全く違いました。坂を下って中心街に出て目星をつけていた宿を見つけました。しかしそこは満室でした。ここまでしばらく両替が出来なかったので銀行を探しながら宿探しです。二つ目のBBVA銀行でトラベラーズチェックの現金化が出来ました。この銀行は手数料がかからないのです。そして宿も見つかりました。1階がカフェの綺麗な宿でした。ここに2泊することにして食事に出かけました。東海岸の方に良さそうな店がありメヌー(定食)を注文しました。大体2時ころから始まるのですが、少し早めにメヌーが出来るかどうか聞いてから入店したためまだ誰もお客はいません。ワインを付けてもメヌー料金に含まれているので安上がりです。マリスコス(魚介類)かどうかを確認してメヌーから選びます。少々食べ過ぎたため海岸を歩き回りました。あれっ、もうこんなに大勢泳いでいる。気が早いんじゃない?

  • 予定では北の海岸線をオビエドまで私鉄で行きたかったのです。駅のインフォメーションに聞いてみました。大変にローカルだと言われました。いいじゃないかそれが望みなのだ。ところで何時間かかるのでしょうか。200キロほどしか離れていません。ダイヤ表をもらうと、何んと8時間ではないですか。<br />それでも良かったのかも知れないのですが、バスでレオンに行くことにしました。そこに1泊してオビエドに北上することに決めました。12世紀のレオン王国です。巨大なカテドラルがあります。素晴らしい田園風景の中を延々と走りバスターミナルに着きました。でもその周りには宿が無いようです。もう少し歩いて国鉄レオン駅に行ってみました。駅の近くは安宿が多いのです。ありました。星の無いペンシオンです。インターフォンで泊まりたいと伝えました。シー。大丈夫でした。でもツインルームで一人ではもったいないですが。カギの説明などを受けた後、薄暗い廊下から入って行きました。すると絵が横になって置いてありました。絵は立ててあげた方が良いでしょう。勝手に直してあげました。するとその絵の中の女神は微笑んでくれたのです。

    予定では北の海岸線をオビエドまで私鉄で行きたかったのです。駅のインフォメーションに聞いてみました。大変にローカルだと言われました。いいじゃないかそれが望みなのだ。ところで何時間かかるのでしょうか。200キロほどしか離れていません。ダイヤ表をもらうと、何んと8時間ではないですか。
    それでも良かったのかも知れないのですが、バスでレオンに行くことにしました。そこに1泊してオビエドに北上することに決めました。12世紀のレオン王国です。巨大なカテドラルがあります。素晴らしい田園風景の中を延々と走りバスターミナルに着きました。でもその周りには宿が無いようです。もう少し歩いて国鉄レオン駅に行ってみました。駅の近くは安宿が多いのです。ありました。星の無いペンシオンです。インターフォンで泊まりたいと伝えました。シー。大丈夫でした。でもツインルームで一人ではもったいないですが。カギの説明などを受けた後、薄暗い廊下から入って行きました。すると絵が横になって置いてありました。絵は立ててあげた方が良いでしょう。勝手に直してあげました。するとその絵の中の女神は微笑んでくれたのです。

  • 土曜日なので列車の本数を心配していました。早朝に散歩しながら駅に行ってみると8時16分発があり、その次は5時間後までないのです。急いで部屋に戻りチェックアウトして列車に乗り込みました。寝台車ですが既に朝、6人部屋は私しかいません。のんびり車窓を眺めていました。列車はくねくねと曲がりながら登って行きます。雪山が見えました。標高は1300mを超えています。これから海に下るのです。清流の脇を走ったり、野焼きをしている側を走ったりと飽きません。一昨日はア・コルーニャで海水浴をしていましたし、昨日のレオンは桜が満開でした。今日は雪山です。線路の脇には雪が所々にあります。<br />20分遅れでオビエド駅到着。私鉄と併設されている大きな駅でした。駅からなるべく近い宿を探しました。手頃なペンシオンを見つけ2泊することにしました。オビエドの北にヒホンという小さな港町があるので日帰りで行ってみようと考えていたのです。

    土曜日なので列車の本数を心配していました。早朝に散歩しながら駅に行ってみると8時16分発があり、その次は5時間後までないのです。急いで部屋に戻りチェックアウトして列車に乗り込みました。寝台車ですが既に朝、6人部屋は私しかいません。のんびり車窓を眺めていました。列車はくねくねと曲がりながら登って行きます。雪山が見えました。標高は1300mを超えています。これから海に下るのです。清流の脇を走ったり、野焼きをしている側を走ったりと飽きません。一昨日はア・コルーニャで海水浴をしていましたし、昨日のレオンは桜が満開でした。今日は雪山です。線路の脇には雪が所々にあります。
    20分遅れでオビエド駅到着。私鉄と併設されている大きな駅でした。駅からなるべく近い宿を探しました。手頃なペンシオンを見つけ2泊することにしました。オビエドの北にヒホンという小さな港町があるので日帰りで行ってみようと考えていたのです。

  • オビエドは世界遺産のカテドラル周辺はもちろん駅の反対側もすべて歩き回りました。ここから私鉄が東西南北に出ています。地図を眺めるとGijon(ヒホン)という海岸の町が気にかかり行ってこようと出かけました。切符を買うと2.75ユーロでした。田園地帯を走り1時間もかからずヒホン駅に到着です。駅前に大きな教会がありました。ちょうど食事時でした。でもとりあえず海岸まで歩くことにしました。見所の多いところです。海岸線にそってレストランがたくさん連なってあります。どこに入りましょうか。メヌーの出ている店にしました。すごく混んでいます。○○SOPA(スープ)と2品と白ワインを頼むと、黒シャツを着たウィーターが素早く注文を伝えます。こんなに威勢の良い店は初めてです。最初に出てきたのはカニのスープです。濃厚な味です。陶器のワインデキャンタがドンと置かれます。次は大きなテリーヌに2つのソースが付いていました。もう満腹じゃと思っていると3品目が豚肉の角煮と腸詰です。大満足でした。この夜ばかりは胃が少々痛みました。食べすぎは禁物です。

    オビエドは世界遺産のカテドラル周辺はもちろん駅の反対側もすべて歩き回りました。ここから私鉄が東西南北に出ています。地図を眺めるとGijon(ヒホン)という海岸の町が気にかかり行ってこようと出かけました。切符を買うと2.75ユーロでした。田園地帯を走り1時間もかからずヒホン駅に到着です。駅前に大きな教会がありました。ちょうど食事時でした。でもとりあえず海岸まで歩くことにしました。見所の多いところです。海岸線にそってレストランがたくさん連なってあります。どこに入りましょうか。メヌーの出ている店にしました。すごく混んでいます。○○SOPA(スープ)と2品と白ワインを頼むと、黒シャツを着たウィーターが素早く注文を伝えます。こんなに威勢の良い店は初めてです。最初に出てきたのはカニのスープです。濃厚な味です。陶器のワインデキャンタがドンと置かれます。次は大きなテリーヌに2つのソースが付いていました。もう満腹じゃと思っていると3品目が豚肉の角煮と腸詰です。大満足でした。この夜ばかりは胃が少々痛みました。食べすぎは禁物です。

  • もう一ケ所私鉄を使ってオビエドから出かけてみることにしました。北西の終点はサン・エステバンという駅でした。駅に着くとインフォメーションはありませんが地図の看板はあります。小さな漁村ですが高台に教会はきちんとありました。桜も満開です。天気も良いので4キロほど北の港まで歩いてみました。数人の地元の人と出会いましたが、みんなに挨拶をされます。岬の先端から広大なビスケー湾を眺め、そこの断崖の細い道を下って港に出ました。港といっても小さな灯台があるだけです。駅に戻るとちょうど数少ない上り列車が出るときだったので、急いで乗り込みました。来るときに気になっていたプラヴィアという乗換駅で降りてみました。ここは観光客らしい人達をみかけるほどの大きさの町といったところです。町中を歩き回りBARに入ってセルベサで喉を潤しました。疲れが飛んだところで、駅の反対側にある川の方まで歩くと、ここにもコンポステーラへの巡礼の道標がありました。こんな細い道が巡礼道だとは驚きました。

    もう一ケ所私鉄を使ってオビエドから出かけてみることにしました。北西の終点はサン・エステバンという駅でした。駅に着くとインフォメーションはありませんが地図の看板はあります。小さな漁村ですが高台に教会はきちんとありました。桜も満開です。天気も良いので4キロほど北の港まで歩いてみました。数人の地元の人と出会いましたが、みんなに挨拶をされます。岬の先端から広大なビスケー湾を眺め、そこの断崖の細い道を下って港に出ました。港といっても小さな灯台があるだけです。駅に戻るとちょうど数少ない上り列車が出るときだったので、急いで乗り込みました。来るときに気になっていたプラヴィアという乗換駅で降りてみました。ここは観光客らしい人達をみかけるほどの大きさの町といったところです。町中を歩き回りBARに入ってセルベサで喉を潤しました。疲れが飛んだところで、駅の反対側にある川の方まで歩くと、ここにもコンポステーラへの巡礼の道標がありました。こんな細い道が巡礼道だとは驚きました。

  • オビエドから列車でサンタンデールに向かいました。1時間ほど乗るとNAVAという辺りの川が素晴らしかったです。渓流釣りをしている人もいました。サンタンデールは海浜リゾート地です。まだ暑くはないのにビーチではトップレスで陽を浴びていました。ほとんどの町には市場があります。メルカドと言います。この写真の建物は立派でしょう。中には美味しいものがたくさん売られています。生ハムやチョリソー、チーズやナッツ。野菜や果物も見ているだけでも飽きません。海のそばなのでここには魚介類も豊富に売られていました。ここでは宿探しにてこずりました。やはり最終的には駅の近くになりましたが、大人のお店の多い坂道に見つかりました。ここの宿主はソフィアローレンのような風貌の威勢のいい女性でした。

    オビエドから列車でサンタンデールに向かいました。1時間ほど乗るとNAVAという辺りの川が素晴らしかったです。渓流釣りをしている人もいました。サンタンデールは海浜リゾート地です。まだ暑くはないのにビーチではトップレスで陽を浴びていました。ほとんどの町には市場があります。メルカドと言います。この写真の建物は立派でしょう。中には美味しいものがたくさん売られています。生ハムやチョリソー、チーズやナッツ。野菜や果物も見ているだけでも飽きません。海のそばなのでここには魚介類も豊富に売られていました。ここでは宿探しにてこずりました。やはり最終的には駅の近くになりましたが、大人のお店の多い坂道に見つかりました。ここの宿主はソフィアローレンのような風貌の威勢のいい女性でした。

  • ここの私鉄が好きになりました。更に東のビルバオまで乗っていくことにしました。洗車された車両が入線してきました。出発して車内放送を聞いているといつもと違う言葉が入ります。次は○○に停まりますと言った後です。プロキシマ・パラダと言った後にオレンゴア・ドキアと続くのです。たぶんバスク語で繰り返しているのでしょう。約3時間でビルバオ駅に到着しました。いろいろな広告も2つの言語が併記されています。大変な事だと実感できました。<br />ここも宿探しは苦戦しました。雨も降ってきました。ありそうな所なですが、工事をしていたり単にインターフォンで返事がなかったり、シーズンオフということなのでしょうか。<br />雨の時には博物館に限る。知る人ぞ知る、グッゲンハイム美術館に入りました。CaiGuo−Qiangとムラカミ・タカシの作品でした。キン氏の方は爆竹で描いた反戦の図でした。ムラカミ氏のアニメは凄い人気で、みなさん日本語をスペイン語の字幕で観ていました。エコがテーマでした。

    ここの私鉄が好きになりました。更に東のビルバオまで乗っていくことにしました。洗車された車両が入線してきました。出発して車内放送を聞いているといつもと違う言葉が入ります。次は○○に停まりますと言った後です。プロキシマ・パラダと言った後にオレンゴア・ドキアと続くのです。たぶんバスク語で繰り返しているのでしょう。約3時間でビルバオ駅に到着しました。いろいろな広告も2つの言語が併記されています。大変な事だと実感できました。
    ここも宿探しは苦戦しました。雨も降ってきました。ありそうな所なですが、工事をしていたり単にインターフォンで返事がなかったり、シーズンオフということなのでしょうか。
    雨の時には博物館に限る。知る人ぞ知る、グッゲンハイム美術館に入りました。CaiGuo−Qiangとムラカミ・タカシの作品でした。キン氏の方は爆竹で描いた反戦の図でした。ムラカミ氏のアニメは凄い人気で、みなさん日本語をスペイン語の字幕で観ていました。エコがテーマでした。

  • 久々にバスでブルゴスに向かいました。急きょマドリッドに戻る用事ができ、途中にあるスペイン第3の規模を誇るカテドラルに寄ってみたかったのです。バスターミナルの近くのオスタルは通りに面して騒々しいかと思ったのですが私の部屋は奥まったところで全く静かでした。昨夜から天気も良くなり高台にある城址まで上ってみました。南の方にはマドリッドの手前に雪をかぶった山脈が輝いています。野鳥も多く蝶も春を楽しんでいました。景色を堪能したあと道を下ると巨大なカテドラルがありました。入場するには珍しく有料でした。宗教絵画をたくさん観ることが出来ます。内部の豪華さには驚きました。1時間かけてゆっくり観て回りました。外に出ると暑いくらいに天気が良いのでアルランソン川には大勢の人達がきていました。

    久々にバスでブルゴスに向かいました。急きょマドリッドに戻る用事ができ、途中にあるスペイン第3の規模を誇るカテドラルに寄ってみたかったのです。バスターミナルの近くのオスタルは通りに面して騒々しいかと思ったのですが私の部屋は奥まったところで全く静かでした。昨夜から天気も良くなり高台にある城址まで上ってみました。南の方にはマドリッドの手前に雪をかぶった山脈が輝いています。野鳥も多く蝶も春を楽しんでいました。景色を堪能したあと道を下ると巨大なカテドラルがありました。入場するには珍しく有料でした。宗教絵画をたくさん観ることが出来ます。内部の豪華さには驚きました。1時間かけてゆっくり観て回りました。外に出ると暑いくらいに天気が良いのでアルランソン川には大勢の人達がきていました。

  • ブルゴスのバスターミナルはオスタルから100mほど。余裕でバスに乗り込みました。バスは快適に南下して標高千数百メートルの峠を三つ越えて市内に入って行きます。雪山が輝いていました。<br />1ヶ月振りの懐かしいマドリッドです。大きなビルが見えると間もなく北側にあるアベニーダ・デ・アメリカ・バスターミナルに到着します。地下鉄6番線に3つ乗り、2番線に乗り換えて5つ目のサント・ドミンゴ駅で下車。初日に泊まったオスタルに行き宿主と再会の握手を交わしました。しかし部屋がフルだったのです。近くのオスタルに電話をしてくれました。セマタ・サンタ祭りのためどこのオスタルも混んでいたので助かりました。紹介されたオスタルに行くと路地裏にある閑静なところです。しかし夜になりる騒がしいこと。外では朝の4時頃まで延々と騒いでいて眠れません。隣がディスコだったのです。

    ブルゴスのバスターミナルはオスタルから100mほど。余裕でバスに乗り込みました。バスは快適に南下して標高千数百メートルの峠を三つ越えて市内に入って行きます。雪山が輝いていました。
    1ヶ月振りの懐かしいマドリッドです。大きなビルが見えると間もなく北側にあるアベニーダ・デ・アメリカ・バスターミナルに到着します。地下鉄6番線に3つ乗り、2番線に乗り換えて5つ目のサント・ドミンゴ駅で下車。初日に泊まったオスタルに行き宿主と再会の握手を交わしました。しかし部屋がフルだったのです。近くのオスタルに電話をしてくれました。セマタ・サンタ祭りのためどこのオスタルも混んでいたので助かりました。紹介されたオスタルに行くと路地裏にある閑静なところです。しかし夜になりる騒がしいこと。外では朝の4時頃まで延々と騒いでいて眠れません。隣がディスコだったのです。

  • マドリッドでは眠れなかったので一泊だけで離れることにしました。ガイドブックにも載っていない町を歩いてみようと列車で北東に向かったのです。まずシグエンサという小さな町です。駅を降りると駅周辺には何もありません。最初の交差点にオテルはありましたが宿代が高そうです。手頃なペンシオンもいくつかあるのですがシーズンオフのため営業していないのです。散々歩いて東側の端にあるレストランに入りました。ここは上がオスタルになっています。店主に聞いてみると泊まれるとの事。1号室でした。美味しい昼食もそこでいただきました。ただしセルベサをたのむとハイネケンが出てきたのにはがっかりしましたが。<br />そこから高台にお城が見えます。上っていくと中は高級オテルになっていました。古い建物が多く各所で修復工事をやっています。これからの観光シーズンに向けて準備をしているのでしょう。小さな食料品店がいくつか並んでいます。またワインを買ってしまいました。今晩は静かだし良く眠れることでしょう。

    マドリッドでは眠れなかったので一泊だけで離れることにしました。ガイドブックにも載っていない町を歩いてみようと列車で北東に向かったのです。まずシグエンサという小さな町です。駅を降りると駅周辺には何もありません。最初の交差点にオテルはありましたが宿代が高そうです。手頃なペンシオンもいくつかあるのですがシーズンオフのため営業していないのです。散々歩いて東側の端にあるレストランに入りました。ここは上がオスタルになっています。店主に聞いてみると泊まれるとの事。1号室でした。美味しい昼食もそこでいただきました。ただしセルベサをたのむとハイネケンが出てきたのにはがっかりしましたが。
    そこから高台にお城が見えます。上っていくと中は高級オテルになっていました。古い建物が多く各所で修復工事をやっています。これからの観光シーズンに向けて準備をしているのでしょう。小さな食料品店がいくつか並んでいます。またワインを買ってしまいました。今晩は静かだし良く眠れることでしょう。

  • 地図を見るとシグエンサから北のパンプローナまで鉄道の線が書いてあるのだがその列車がありません。途中にソリアという町まで行く列車はあります。ひとまずそこまで行ってみよう。何とかなるでしょう。しかし電光掲示板には列車の案内が表示されていません。土曜日だからなのかと不安になりました。駅の時刻表の見方にはだいぶ自信がついてきたのですが。曜日やお祭りで欠便になったりするのです。発車時間が近づくと、列車です。ちゃんと来るじゃないか。と、強気ですがかなりほっとしました。何しろ駅員もいないのですから。<br />ソリア駅に到着。寒い。番外地だ。駅の時刻表をみると本当に列車がこの先は走っていない。風が冷たい。小雨が降ってきた。町中まで2キロほどあります。黙々と歩いて行きました。泊まるところはあるのだろうか。ふと裏道に入るとペンシオンのPが見えました。時々Parkingと間違えるのですが。その小さなペンシオンに泊まることが出来ました。順調です。<br />寒いのですが、部屋に荷物を置いて出かけました。まずはバスターミナルまで行ってみるとどうやらバスはあるようです。後は町内の散策です。寒いですが爽やかに歩くことが出来ました。

    地図を見るとシグエンサから北のパンプローナまで鉄道の線が書いてあるのだがその列車がありません。途中にソリアという町まで行く列車はあります。ひとまずそこまで行ってみよう。何とかなるでしょう。しかし電光掲示板には列車の案内が表示されていません。土曜日だからなのかと不安になりました。駅の時刻表の見方にはだいぶ自信がついてきたのですが。曜日やお祭りで欠便になったりするのです。発車時間が近づくと、列車です。ちゃんと来るじゃないか。と、強気ですがかなりほっとしました。何しろ駅員もいないのですから。
    ソリア駅に到着。寒い。番外地だ。駅の時刻表をみると本当に列車がこの先は走っていない。風が冷たい。小雨が降ってきた。町中まで2キロほどあります。黙々と歩いて行きました。泊まるところはあるのだろうか。ふと裏道に入るとペンシオンのPが見えました。時々Parkingと間違えるのですが。その小さなペンシオンに泊まることが出来ました。順調です。
    寒いのですが、部屋に荷物を置いて出かけました。まずはバスターミナルまで行ってみるとどうやらバスはあるようです。後は町内の散策です。寒いですが爽やかに歩くことが出来ました。

  • ソリアからバスでログロニョという町に向かいました。昨日の雪が積もっている山々を眺めながらバスに揺られていると、アーモンドの花が咲き乱れている村を通過したり岩山の景勝地を通っていきます。こういうところに泊っても素晴らしいだろうと考えていると2時間ほどでバスターミナルに到着しました。数百メートルも歩くと鉄道駅があります。駅の時刻表を見ると、次に予定しているパンプローナへは列車がありませんでした。明日はまたバスで移動です。<br />バスターミナルの近くに宿を探したのですがありません。中心街に行って探すことにしました。道を間違えたらしく地元の人らしいおじさんに尋ねてみると、それはそれは懇切丁寧に教えてくれました。やはり行過ぎていたのです。宿も決まり近場の散策に出ました。観光地でないのに見所が豊富です。教会などを観ながらエブロ川に出ました。ニュースで今年の始めに大雨による大洪水のあった川だと聞いていましたが、被害の面影は見当たりませんでした。もっと南の方だったのでしょうか。ほっとしました。ここではピクルスとスパークリングワインを買って部屋でいただきました。

    ソリアからバスでログロニョという町に向かいました。昨日の雪が積もっている山々を眺めながらバスに揺られていると、アーモンドの花が咲き乱れている村を通過したり岩山の景勝地を通っていきます。こういうところに泊っても素晴らしいだろうと考えていると2時間ほどでバスターミナルに到着しました。数百メートルも歩くと鉄道駅があります。駅の時刻表を見ると、次に予定しているパンプローナへは列車がありませんでした。明日はまたバスで移動です。
    バスターミナルの近くに宿を探したのですがありません。中心街に行って探すことにしました。道を間違えたらしく地元の人らしいおじさんに尋ねてみると、それはそれは懇切丁寧に教えてくれました。やはり行過ぎていたのです。宿も決まり近場の散策に出ました。観光地でないのに見所が豊富です。教会などを観ながらエブロ川に出ました。ニュースで今年の始めに大雨による大洪水のあった川だと聞いていましたが、被害の面影は見当たりませんでした。もっと南の方だったのでしょうか。ほっとしました。ここではピクルスとスパークリングワインを買って部屋でいただきました。

  • ログロニョから久々の観光地のパンプローナまではバスで移動です。途中に停まったエステリャという町も泊まってみたい気がしました。パンプローナは新しく大きなバス・ターミナルでした。ガイドブックの地図と違う場所にあったので移転していたのです。<br />この町は「牛追い祭り」で知られています。7月に行われるので道端にあったモニュメントだけで我慢です。闘牛場も立派なのがありました。宿はパンプローナが生んだサラサーテ名の付いた通りのすぐ近くです。この日は月曜日、ゴヤの絵画があるナバーラ美術館はあいにく閉館でした。さて明日はどちらへ向かおうか考えました。鉄道駅は離れています。バスでフランス国境の町、イルンにしようかリゾート地サンセバスティアンにしようかと。バスターミナルで確かめてみるとサンセバスティアンには多くのバスが出ているようです。

    ログロニョから久々の観光地のパンプローナまではバスで移動です。途中に停まったエステリャという町も泊まってみたい気がしました。パンプローナは新しく大きなバス・ターミナルでした。ガイドブックの地図と違う場所にあったので移転していたのです。
    この町は「牛追い祭り」で知られています。7月に行われるので道端にあったモニュメントだけで我慢です。闘牛場も立派なのがありました。宿はパンプローナが生んだサラサーテ名の付いた通りのすぐ近くです。この日は月曜日、ゴヤの絵画があるナバーラ美術館はあいにく閉館でした。さて明日はどちらへ向かおうか考えました。鉄道駅は離れています。バスでフランス国境の町、イルンにしようかリゾート地サンセバスティアンにしようかと。バスターミナルで確かめてみるとサンセバスティアンには多くのバスが出ているようです。

  • 朝9時前にオスタルをチェックアウトして郵便局に寄り切手を買いバスターミナルに向かいました。サン・セバスティアンまでの切符を買いカフェを飲みに行きました。ここのトイレはこれまでで一番綺麗です。9:45発のバスは定時に出発しました。そして700mの峠を越えて1時間で到着しました。そこから私鉄駅に寄りイルン行きの時刻を確認しました。その先に、カテドラルがあり中に入ると素晴らしいステンドグラスでした。サンティアゴ巡礼の中継地だけあります。川を渡ると国鉄駅があります。ここからはフランスのバイヨンヌまで直通がありますが本数が少ないです。私鉄のほうがベターかなと考えながら旧市街に入りました。ここは泊まるところが多そうです。<br />宿に荷物を置いて頂上に大きなキリスト像のあるモンテ・ウルグルに上りに行きました。そこからコンチャ湾をのんびり眺めていました。さて、明日からフランスに入ります。イルン行きの列車は30分ごとに出ているようです。その先が不明ですが行ってみれば何とかなるでしょう。今夜はイベリコ豚のチョリソーとシードル(アップルワイン)です。

    朝9時前にオスタルをチェックアウトして郵便局に寄り切手を買いバスターミナルに向かいました。サン・セバスティアンまでの切符を買いカフェを飲みに行きました。ここのトイレはこれまでで一番綺麗です。9:45発のバスは定時に出発しました。そして700mの峠を越えて1時間で到着しました。そこから私鉄駅に寄りイルン行きの時刻を確認しました。その先に、カテドラルがあり中に入ると素晴らしいステンドグラスでした。サンティアゴ巡礼の中継地だけあります。川を渡ると国鉄駅があります。ここからはフランスのバイヨンヌまで直通がありますが本数が少ないです。私鉄のほうがベターかなと考えながら旧市街に入りました。ここは泊まるところが多そうです。
    宿に荷物を置いて頂上に大きなキリスト像のあるモンテ・ウルグルに上りに行きました。そこからコンチャ湾をのんびり眺めていました。さて、明日からフランスに入ります。イルン行きの列車は30分ごとに出ているようです。その先が不明ですが行ってみれば何とかなるでしょう。今夜はイベリコ豚のチョリソーとシードル(アップルワイン)です。

  • いよいよフランスに入ります。国境の近くの町、バイヨンヌまで私鉄で行けるのでしょうか。国鉄は本数は少ないのですがパリまでの国際列車があります。でもそれではつまらないでしょう。私鉄でスペイン側の国境の町、イルンまで私鉄にのりました。もし町が気に入ったら泊まろうとも考えていました。<br />到着しましたが泊まるところなどありそうもない港町でした。国鉄の駅に行きましたが列車もありません。バスもよく分かりません。ホームを行ったりきたりしながら、また私鉄駅に戻ることにしました。こういう時に限って雨が降ってくるのです。<br />そして分かったことは次のヘンダイヤ駅が終点でバイヨンヌ行きが出ていたのでした。駅の電光掲示板の12:51発までは1時間以上あります。それまで駅周辺を散策してみることにしました。

    いよいよフランスに入ります。国境の近くの町、バイヨンヌまで私鉄で行けるのでしょうか。国鉄は本数は少ないのですがパリまでの国際列車があります。でもそれではつまらないでしょう。私鉄でスペイン側の国境の町、イルンまで私鉄にのりました。もし町が気に入ったら泊まろうとも考えていました。
    到着しましたが泊まるところなどありそうもない港町でした。国鉄の駅に行きましたが列車もありません。バスもよく分かりません。ホームを行ったりきたりしながら、また私鉄駅に戻ることにしました。こういう時に限って雨が降ってくるのです。
    そして分かったことは次のヘンダイヤ駅が終点でバイヨンヌ行きが出ていたのでした。駅の電光掲示板の12:51発までは1時間以上あります。それまで駅周辺を散策してみることにしました。

  • 歩いていると、ここはスペインではないと気が付きました。南フランスの地図を求めて本屋さんに入りました。丁寧な応対はちょっとスペインとは違うなと感じさせられました。ぶらぶら歩いていると住宅街の中に露天市場を出していました。その辺りのお店に入るとやっぱりここはスペインでは無いんだと実感できたのです。

    歩いていると、ここはスペインではないと気が付きました。南フランスの地図を求めて本屋さんに入りました。丁寧な応対はちょっとスペインとは違うなと感じさせられました。ぶらぶら歩いていると住宅街の中に露天市場を出していました。その辺りのお店に入るとやっぱりここはスペインでは無いんだと実感できたのです。

  • 列車でバイヨンヌに着きましたがどうやって泊まるところを見つけてよいのか分かりません。駅前にホテルが3軒ありますが安宿ではなさそうです。散々街中を歩いてやっと見つけました。天気も回復してホテルの木製の窓を開けると眩しい陽射しとともに立派な教会が目の前に現われました。

    列車でバイヨンヌに着きましたがどうやって泊まるところを見つけてよいのか分かりません。駅前にホテルが3軒ありますが安宿ではなさそうです。散々街中を歩いてやっと見つけました。天気も回復してホテルの木製の窓を開けると眩しい陽射しとともに立派な教会が目の前に現われました。

  • これから南東に向かいピレネー山脈越えをしようと決めました。そして出来ればアンドラという小国にも寄ってみようと考えています。まずはPau(ポー)という観光地に向かいました。<br />駅に着くとホテルがありました。しかし閉まっているようです。駅前には中心街に上る無料ケーブルがありました。ボンジュールと声をかけて乗らせてもらいました。上るとそこは別世界でした。サン・マルタン教会があり立派な市庁舎の脇にはインフォメーションがありました。そこで地図をもらい宿探しをしました。ボンソワール、メルシー、シルブプレー程度しか言葉を知らないためスペインのようにはうまくいきません。昼食はお城の近くの小さなレストランに入りました。店内はロートレックのポスターの本物が無造作に貼ってあります。

    これから南東に向かいピレネー山脈越えをしようと決めました。そして出来ればアンドラという小国にも寄ってみようと考えています。まずはPau(ポー)という観光地に向かいました。
    駅に着くとホテルがありました。しかし閉まっているようです。駅前には中心街に上る無料ケーブルがありました。ボンジュールと声をかけて乗らせてもらいました。上るとそこは別世界でした。サン・マルタン教会があり立派な市庁舎の脇にはインフォメーションがありました。そこで地図をもらい宿探しをしました。ボンソワール、メルシー、シルブプレー程度しか言葉を知らないためスペインのようにはうまくいきません。昼食はお城の近くの小さなレストランに入りました。店内はロートレックのポスターの本物が無造作に貼ってあります。

  • ここのオーナーの従兄が陶芸をやっているとのことでいろいろ美術館情報などを教えてもらいました。フランス語が分からないだろうって?そうです。英語で話してくれたのでした。料理ももちろん美味しくワインにもブラボー!

    ここのオーナーの従兄が陶芸をやっているとのことでいろいろ美術館情報などを教えてもらいました。フランス語が分からないだろうって?そうです。英語で話してくれたのでした。料理ももちろん美味しくワインにもブラボー!

  • 次の町、トゥールーズにも列車で向かいました。段々慣れてきて駅からそう遠くないところでホテルが決まり、荷物を部屋に置いて散策にでました。1キロほど歩くとガロンヌ川に出ました。そこに架かるポン・ヌフが見えます。映画の舞台に使われましたね。<br />聖堂や修道院などが多く見所はいっぱいです。歩き回ってお腹も空いてきました。ベトナム料理店がありました。フォーが食べたくなったのです。

    次の町、トゥールーズにも列車で向かいました。段々慣れてきて駅からそう遠くないところでホテルが決まり、荷物を部屋に置いて散策にでました。1キロほど歩くとガロンヌ川に出ました。そこに架かるポン・ヌフが見えます。映画の舞台に使われましたね。
    聖堂や修道院などが多く見所はいっぱいです。歩き回ってお腹も空いてきました。ベトナム料理店がありました。フォーが食べたくなったのです。

  • フランスに侵略された国の料理はどうでしょうか。ハノイで食べたフォーより洗練されていてそれは美味しかったです。10倍以上の値段はしましたが。隣の席でやはりフォーを食べている若い女性3人がいました。そのうちの一人が話しかけてきたのです。それは日本語で。日本人が一人いたのです。バスターミナルの場所が分からなかったのでお友達に聞いてもらいました。でも知らないとのことでしたので、また列車でピレネー越えをするしかないと思いました。

    フランスに侵略された国の料理はどうでしょうか。ハノイで食べたフォーより洗練されていてそれは美味しかったです。10倍以上の値段はしましたが。隣の席でやはりフォーを食べている若い女性3人がいました。そのうちの一人が話しかけてきたのです。それは日本語で。日本人が一人いたのです。バスターミナルの場所が分からなかったのでお友達に聞いてもらいました。でも知らないとのことでしたので、また列車でピレネー越えをするしかないと思いました。

  • トゥールーズ(Toulouse)から南に向かいました。100キロくらい先にFOIXという町があります。フォアと読むのでしょうか。駅の窓口でフォイと言ったら通じたようで切符が手に入りました。ローカル線にしては車両が綺麗です。さすがにフランス、でも高いです。<br />駅に到着すると近くにお城が聳えています。清流も流れています。なかなか良いところじゃないかと満足です。その川を回りこんで橋を渡り中心街に入っていきます。宿が見つからず街の反対側まで出てしまいました。町役場があったので地図の看板をみるとホテルが6軒ほどあります。下がレストランになっている宿の値段表を見ると51ユーロでした。フランスは高いなと思いましたが歩き疲れたのでここに決めました。ダブルベッドのように大きなのが2つあるツインの部屋でした。一人ではもったいないですね。<br />先ほど見えたお城に上ってみることにしました。12時15分前に入り口に着いて入場券を買おうとすると、12時までだけどよろしいですかと聞かれました。係りの人はもう帰ろうとしています。仕方なく諦めて商店街に下りてきました。パンとチーズとワインを買って山の上で食べることにしました。天気も良くなってきました。これで宿代の分を少し節約できました。

    トゥールーズ(Toulouse)から南に向かいました。100キロくらい先にFOIXという町があります。フォアと読むのでしょうか。駅の窓口でフォイと言ったら通じたようで切符が手に入りました。ローカル線にしては車両が綺麗です。さすがにフランス、でも高いです。
    駅に到着すると近くにお城が聳えています。清流も流れています。なかなか良いところじゃないかと満足です。その川を回りこんで橋を渡り中心街に入っていきます。宿が見つからず街の反対側まで出てしまいました。町役場があったので地図の看板をみるとホテルが6軒ほどあります。下がレストランになっている宿の値段表を見ると51ユーロでした。フランスは高いなと思いましたが歩き疲れたのでここに決めました。ダブルベッドのように大きなのが2つあるツインの部屋でした。一人ではもったいないですね。
    先ほど見えたお城に上ってみることにしました。12時15分前に入り口に着いて入場券を買おうとすると、12時までだけどよろしいですかと聞かれました。係りの人はもう帰ろうとしています。仕方なく諦めて商店街に下りてきました。パンとチーズとワインを買って山の上で食べることにしました。天気も良くなってきました。これで宿代の分を少し節約できました。

  • 更に南に向かいアンドラへ入る街へ行くことにしました。10時頃の列車に乗り30分もすると急にみんな降りだしたのです。まだ先じゃないかと思っているとバスに乗り換えるのです。バスに乗ろうとすると自動販売機で買うように言われました。もう発車時間だというのにどうしても切符の買い方が分かりません。運転手が心配して降りてきました。そして切符も買ってくれました。すぐにバスは発車して素晴らしい山道を走りだしました。線路に沿って走り、たぶんこの辺で降りるのではないかと思いました。でも乗り継ぎのバスも無さそうだし泊まるところも無さそうです。そのまま乗っていると標高2000m近いトンネルを越えました。そして終点のラトゥール・ド・キャロル駅に着いてしまいました。<br />駅前の看板を見るとホテルが3軒ほどあります。駅から遠いのですが天気も良いし景色も良いし行ってみました。ホテルはありましたが閉まっていました。キャンプ場があったので泊まれるかどうか聞いてみることにしたのですが、係りの人は3時にならないと来ないと言われました。諦めて駅に戻り時刻表を見るともっと先に行く列車が4時間後に来るようです。<br />次の少し大きな町までは5キロほどです。線路に沿って歩くことにしました。目的地のプィグセルダはこちらと小さな看板がありました。入っていくと農道のようですが、まあ何とかなるでしょう。1時間も歩くと小雨がパラついてきました。

    更に南に向かいアンドラへ入る街へ行くことにしました。10時頃の列車に乗り30分もすると急にみんな降りだしたのです。まだ先じゃないかと思っているとバスに乗り換えるのです。バスに乗ろうとすると自動販売機で買うように言われました。もう発車時間だというのにどうしても切符の買い方が分かりません。運転手が心配して降りてきました。そして切符も買ってくれました。すぐにバスは発車して素晴らしい山道を走りだしました。線路に沿って走り、たぶんこの辺で降りるのではないかと思いました。でも乗り継ぎのバスも無さそうだし泊まるところも無さそうです。そのまま乗っていると標高2000m近いトンネルを越えました。そして終点のラトゥール・ド・キャロル駅に着いてしまいました。
    駅前の看板を見るとホテルが3軒ほどあります。駅から遠いのですが天気も良いし景色も良いし行ってみました。ホテルはありましたが閉まっていました。キャンプ場があったので泊まれるかどうか聞いてみることにしたのですが、係りの人は3時にならないと来ないと言われました。諦めて駅に戻り時刻表を見るともっと先に行く列車が4時間後に来るようです。
    次の少し大きな町までは5キロほどです。線路に沿って歩くことにしました。目的地のプィグセルダはこちらと小さな看板がありました。入っていくと農道のようですが、まあ何とかなるでしょう。1時間も歩くと小雨がパラついてきました。

  • プィグセルダの駅が見えてきた時にはホッとしました。そして駅前にホテルがありました。少々汚いのですがもうどこでもいいです。ここも中心街が高台にありケーブルとエレベータを使って上ることが出来ます。<br />レストランを探していると何故か雰囲気が違います。何か懐かしいというか。そうだここはスペインなのだ。当然Barに入りセルベサを注文しました。<br />夕方には天気も良くなってきてまた街に上りお城や公園などを見て回りました。公園には白鳥もいましたが黒鳥もいました。雪山がきれいに見えます。今日はフランスからアンドラへ入る町を行き過ぎてしまいましたので、明日は早朝のバスで西に向かい、ウルゲルという名のスペインからアンドラへ入る国境の町に行きます。

    プィグセルダの駅が見えてきた時にはホッとしました。そして駅前にホテルがありました。少々汚いのですがもうどこでもいいです。ここも中心街が高台にありケーブルとエレベータを使って上ることが出来ます。
    レストランを探していると何故か雰囲気が違います。何か懐かしいというか。そうだここはスペインなのだ。当然Barに入りセルベサを注文しました。
    夕方には天気も良くなってきてまた街に上りお城や公園などを見て回りました。公園には白鳥もいましたが黒鳥もいました。雪山がきれいに見えます。今日はフランスからアンドラへ入る町を行き過ぎてしまいましたので、明日は早朝のバスで西に向かい、ウルゲルという名のスペインからアンドラへ入る国境の町に行きます。

  • 翌朝駅に行くと出発時刻になってもバスはやってきません。ここが始発駅だから大丈夫でしょう。それに二人ほど待っているような人もいます。するとやはり遅れてバスが到着しました。まだ薄暗いなか出発しました。一緒に乗っていた人は途中でみんな降りてしまいました。ここも赤字路線でしょうか。明け方の山々の景色が輝いています。

    翌朝駅に行くと出発時刻になってもバスはやってきません。ここが始発駅だから大丈夫でしょう。それに二人ほど待っているような人もいます。するとやはり遅れてバスが到着しました。まだ薄暗いなか出発しました。一緒に乗っていた人は途中でみんな降りてしまいました。ここも赤字路線でしょうか。明け方の山々の景色が輝いています。

  • バスは順調にドゥ・ウルゲルに到着しました。小さなバスターミナルです。電光掲示板にアンドラ9:00と表示されています。少し時間があったのでカフェで一休み。<br />このバスはほぼ満席で出発しました。国境の手前の停留所から10人以上乗り込んできます。一人ずつ乗車賃を支払っているので時間がかかりますが、のんびりやっています。超満員バスはスペインの検問を抜けアンドラの検問も通過しました。高い山々が迫ってきます。中心街のアンドラ・ラ・ベリャらしきところに入りました。少し手前で降りて宿探しをしながら歩こうと思い降りてしまいました。商店街が続きます。まだ独立して30年も経っていないのですね。まだ10時頃なのでお店は閉まっているところが多いです。<br />インフォメーションで地図をもらうとホテルのランク付けが載っていました。近場で一番安そうなところに行ってみました。さすがにアンドラ。すべてがリーズナブル。身軽になって町の散策です。

    バスは順調にドゥ・ウルゲルに到着しました。小さなバスターミナルです。電光掲示板にアンドラ9:00と表示されています。少し時間があったのでカフェで一休み。
    このバスはほぼ満席で出発しました。国境の手前の停留所から10人以上乗り込んできます。一人ずつ乗車賃を支払っているので時間がかかりますが、のんびりやっています。超満員バスはスペインの検問を抜けアンドラの検問も通過しました。高い山々が迫ってきます。中心街のアンドラ・ラ・ベリャらしきところに入りました。少し手前で降りて宿探しをしながら歩こうと思い降りてしまいました。商店街が続きます。まだ独立して30年も経っていないのですね。まだ10時頃なのでお店は閉まっているところが多いです。
    インフォメーションで地図をもらうとホテルのランク付けが載っていました。近場で一番安そうなところに行ってみました。さすがにアンドラ。すべてがリーズナブル。身軽になって町の散策です。

  • 山の中にビルが立ち並ぶ姿はあまり好きにはなれません。そこで一つ先の町にバスで上ってみました。そして適当なところを登ってみたのです。1時間ほどで1650m辺りまで登りました。すると野生のつがいの鹿と目が合いました。デジカメをそーっと向けようとすると足早に逃げていってしまいました。残念。

    山の中にビルが立ち並ぶ姿はあまり好きにはなれません。そこで一つ先の町にバスで上ってみました。そして適当なところを登ってみたのです。1時間ほどで1650m辺りまで登りました。すると野生のつがいの鹿と目が合いました。デジカメをそーっと向けようとすると足早に逃げていってしまいました。残念。

  • 昨夜は酒とチョリソーなどを買って部屋で飲んだため快眠でした。この国は物が安いため買物客が多いのですが、特に酒の安さには驚きです。昨夜の好天に反して今朝は雲行きが怪しいのです。そしてバス乗り場が分かりません。バス停はあるのですが国境を越えるバスが見つからないのです。適当なバスに乗って国境の手前の町まで乗りました。1時間くらい歩くとアンドラの国境を越え、次にスペインの検問所にきました。係員が「歩いてきたのかい?バスはその辺にくるよ」と言っているようです。グラシアスと言って通過しましたがバスは来る気配がありません。来るときも1時間に1本でしたから。歩こう。と気合を入れて歩き始めました。すると大雨になってびしょ濡れです。

    昨夜は酒とチョリソーなどを買って部屋で飲んだため快眠でした。この国は物が安いため買物客が多いのですが、特に酒の安さには驚きです。昨夜の好天に反して今朝は雲行きが怪しいのです。そしてバス乗り場が分かりません。バス停はあるのですが国境を越えるバスが見つからないのです。適当なバスに乗って国境の手前の町まで乗りました。1時間くらい歩くとアンドラの国境を越え、次にスペインの検問所にきました。係員が「歩いてきたのかい?バスはその辺にくるよ」と言っているようです。グラシアスと言って通過しましたがバスは来る気配がありません。来るときも1時間に1本でしたから。歩こう。と気合を入れて歩き始めました。すると大雨になってびしょ濡れです。

  • 車の風圧で傘もおちょこになってしまいます。まだ町までは10キロではきかないでしょう。最悪の事態になってしまったなと考えながら歩いている時でした。<br />グレーのベンツが近寄ってきて乗りなさいと言うのです。お言葉に甘えて乗らせてもらいました。初老の穏やかそうな方で、こんな雨の中をまだ30キロはあるよと言っているように聞こえます。ハンドルから両手を離しながらのジェスチャーで驚いているのです。分かりましたからステアリングに手を戻してくださいよ。町までは大変長く感じました。そしてどこやらに連れていってあげるというのですが、バスターミナルの近くまで行って降ろしてもらいました。<br />まだ雨は止みませんが街中に入ってインフォメーションを探しました。立派なインフォメーションがありオスタルの場所も教えてもらいました。市場の裏の路地にあるようですがなかなか見つかりません。バルが同じ名前なので入って尋ねるとそこがオスタルでした。3階の小さな部屋に決まりました。そこで昼食もいただき雨の中を散策に出ました。でもかなり降っているのでカテドラルの中の博物館に入ることにしました。さすがに雨のため見学者は少ないです。布教博物館で私一人のために日本語版のスライドを特別かけてもらいました。宗教音楽が身に沁みました。<br />カテドラルも見終わって外を歩いていると、路地に今朝ほど乗せてもらった車と思われる同じ色のベンツが停まっていたのです。お礼をもう一度言おうと思ったのですが、そのご老人は見当たりませんでした。

    車の風圧で傘もおちょこになってしまいます。まだ町までは10キロではきかないでしょう。最悪の事態になってしまったなと考えながら歩いている時でした。
    グレーのベンツが近寄ってきて乗りなさいと言うのです。お言葉に甘えて乗らせてもらいました。初老の穏やかそうな方で、こんな雨の中をまだ30キロはあるよと言っているように聞こえます。ハンドルから両手を離しながらのジェスチャーで驚いているのです。分かりましたからステアリングに手を戻してくださいよ。町までは大変長く感じました。そしてどこやらに連れていってあげるというのですが、バスターミナルの近くまで行って降ろしてもらいました。
    まだ雨は止みませんが街中に入ってインフォメーションを探しました。立派なインフォメーションがありオスタルの場所も教えてもらいました。市場の裏の路地にあるようですがなかなか見つかりません。バルが同じ名前なので入って尋ねるとそこがオスタルでした。3階の小さな部屋に決まりました。そこで昼食もいただき雨の中を散策に出ました。でもかなり降っているのでカテドラルの中の博物館に入ることにしました。さすがに雨のため見学者は少ないです。布教博物館で私一人のために日本語版のスライドを特別かけてもらいました。宗教音楽が身に沁みました。
    カテドラルも見終わって外を歩いていると、路地に今朝ほど乗せてもらった車と思われる同じ色のベンツが停まっていたのです。お礼をもう一度言おうと思ったのですが、そのご老人は見当たりませんでした。

  • もっと西に山越えをしたいのですがバスは無いと言われました。でもトランスファーというのがあると言うのです。11時15分発とのこと。それまで時間があるので近場を歩き回ったあとバスターミナルに戻るとトランスファーらしきものは停まっていません。一台だけ雪をかぶったトラックがありました。まさかこれで行くわけはないだろうと思いながらも運転手に聞いてみました。トランスファーなんて知らないと言われてしまいました。しかし時間になっても来ません。10分くらい遅れてワンボックスカーが到着しました。これはソルトまで行きますか?と聞いてみました。シーと言ってカフェを飲んでくるから5分待ってくれと言われました。<br />そして遅れて出発しましたが、何んと乗客は私一人だったのです。雪が所々にある道を快適に走りSORTに到着しました。ここで泊まってもいいのですがあと30キロほど南西にあるla Pobla de Segurという町までバスで行くことにしました。ここの町は列車の始発駅なので泊まるところも多いと思ったのです。<br />そして小さなバスターミナルに到着し宿探しです。これが全く見つからないのです。インフォメーションも閉まっているし駅に行ってみることにしました。かなり離れているのですが列車をあるのを期待するしかありません。18:05発がありました。それでTrempという小さな町まで行ってみることにしました。

    もっと西に山越えをしたいのですがバスは無いと言われました。でもトランスファーというのがあると言うのです。11時15分発とのこと。それまで時間があるので近場を歩き回ったあとバスターミナルに戻るとトランスファーらしきものは停まっていません。一台だけ雪をかぶったトラックがありました。まさかこれで行くわけはないだろうと思いながらも運転手に聞いてみました。トランスファーなんて知らないと言われてしまいました。しかし時間になっても来ません。10分くらい遅れてワンボックスカーが到着しました。これはソルトまで行きますか?と聞いてみました。シーと言ってカフェを飲んでくるから5分待ってくれと言われました。
    そして遅れて出発しましたが、何んと乗客は私一人だったのです。雪が所々にある道を快適に走りSORTに到着しました。ここで泊まってもいいのですがあと30キロほど南西にあるla Pobla de Segurという町までバスで行くことにしました。ここの町は列車の始発駅なので泊まるところも多いと思ったのです。
    そして小さなバスターミナルに到着し宿探しです。これが全く見つからないのです。インフォメーションも閉まっているし駅に行ってみることにしました。かなり離れているのですが列車をあるのを期待するしかありません。18:05発がありました。それでTrempという小さな町まで行ってみることにしました。

  • ここがトレンプの駅です。夜が近づいてきました。さ〜て宿は見つかるデしょうか。

    ここがトレンプの駅です。夜が近づいてきました。さ〜て宿は見つかるデしょうか。

  • トレンプの町は意外と宿がありました。広場の近くにあるペンシオンに決め一泊しました。<br />さて、次はどこの町にしようかと地図を見ました。ギターの大作曲家タレガと同じ名前の町があります。観光地ではないのですが気になるので出かけてみました。列車では遠回りなのでバスで向かいます。<br />アグラムントという途中の町に寄ってみることにしました。下車しましたが宿は無いようです。面白い博物館がありました。閉館していましたがモニュメントが奇抜です。チーズを計っているのでしょうか。一回りしてバス停に戻りました。<br />しかしそこからのバスがまったく無いのです。地図ではタレガまでは20キロほどありそうです。更に少し遠回りですがトルナボウスという小さな町を経由してみようと思いました。何故ならば大通りなのでタレガの町までバスが走っていそうな予感がしたのです。

    トレンプの町は意外と宿がありました。広場の近くにあるペンシオンに決め一泊しました。
    さて、次はどこの町にしようかと地図を見ました。ギターの大作曲家タレガと同じ名前の町があります。観光地ではないのですが気になるので出かけてみました。列車では遠回りなのでバスで向かいます。
    アグラムントという途中の町に寄ってみることにしました。下車しましたが宿は無いようです。面白い博物館がありました。閉館していましたがモニュメントが奇抜です。チーズを計っているのでしょうか。一回りしてバス停に戻りました。
    しかしそこからのバスがまったく無いのです。地図ではタレガまでは20キロほどありそうです。更に少し遠回りですがトルナボウスという小さな町を経由してみようと思いました。何故ならば大通りなのでタレガの町までバスが走っていそうな予感がしたのです。

  • とにかくトルナボウスに向かって歩き出しました。晴れていて気持ちが良いです。野原ではウサギを時々見かけます。ウサギを眺めながら昼食をしていると若者の乗った一台のバイクが近寄ってきました。「これからどこへ行くんだい?」と聞かれたようなのでトルナボウスですと応えました。すると、それは遠いから途中まで乗せていってくれると言います。親切ですね。でも丁重にお断りしました。美味しい空気を吸いながら歩くのはとても気持ちが良いのです。

    とにかくトルナボウスに向かって歩き出しました。晴れていて気持ちが良いです。野原ではウサギを時々見かけます。ウサギを眺めながら昼食をしていると若者の乗った一台のバイクが近寄ってきました。「これからどこへ行くんだい?」と聞かれたようなのでトルナボウスですと応えました。すると、それは遠いから途中まで乗せていってくれると言います。親切ですね。でも丁重にお断りしました。美味しい空気を吸いながら歩くのはとても気持ちが良いのです。

  • 気持ちよく歩いて小さな村をいくつか通過しました。10キロを過ぎたところで遠くに小さいな町が見えます。ポルトガルで買った二本の酒瓶が肩に食い込んできます。でも、どうやらトルナボウスに辿り着いたようです。町はしーんとしています。でもこのバルだけは人が大勢入っているのです。カウンター席に座りアーモンドをつまみにセルベサを頼みました。そしてカウンターの中の女主人に宿があるかどうか聞いてみました。しかしこの町には宿はないとのことです。タレガに行きたいと言うと、隣の席の老人がバスがあるよと教えてくれました。3時に出るよ、停留所は大通りの方だと言われました。ラッキー、間に合いそうです。

    気持ちよく歩いて小さな村をいくつか通過しました。10キロを過ぎたところで遠くに小さいな町が見えます。ポルトガルで買った二本の酒瓶が肩に食い込んできます。でも、どうやらトルナボウスに辿り着いたようです。町はしーんとしています。でもこのバルだけは人が大勢入っているのです。カウンター席に座りアーモンドをつまみにセルベサを頼みました。そしてカウンターの中の女主人に宿があるかどうか聞いてみました。しかしこの町には宿はないとのことです。タレガに行きたいと言うと、隣の席の老人がバスがあるよと教えてくれました。3時に出るよ、停留所は大通りの方だと言われました。ラッキー、間に合いそうです。

  • さっそくお礼を言って停留所に急ぎました。停留所には女性が二人バスがくるのを待っています。間違いないと確信しました。あと15キロほどを歩かないで済んだのです。

    さっそくお礼を言って停留所に急ぎました。停留所には女性が二人バスがくるのを待っています。間違いないと確信しました。あと15キロほどを歩かないで済んだのです。

  • バスは快適に走りあっという間にタレガの町に到着です。ここは先ほどより大きな町なので泊まることが出来るでしょう。そして宿探しです。1時間ほど歩きましたが何故か宿が見つかりません。<br />タレガの鉄道駅に行ってみるとリェイダという大きな町に行く列車がありました。もうそこで泊まるしかないと考え列車で向かいました。7時近いのにまだまだ明るいです。暗くなる前にはリェイダに着くことでしょう。

    バスは快適に走りあっという間にタレガの町に到着です。ここは先ほどより大きな町なので泊まることが出来るでしょう。そして宿探しです。1時間ほど歩きましたが何故か宿が見つかりません。
    タレガの鉄道駅に行ってみるとリェイダという大きな町に行く列車がありました。もうそこで泊まるしかないと考え列車で向かいました。7時近いのにまだまだ明るいです。暗くなる前にはリェイダに着くことでしょう。

  • リェイダに着いた頃には薄暗くなっていました。メインストリートはかなりの人ごみです。繁華街をずっと抜けて2キロほど行ったところにオテルがありました。恥ずかしながらスペインではオテルと名がつくところはこれが初めてです。これまではオスタルかペンシオンですから。少し高目でしたがこれ以上探し回るのもいやなので一泊だけすることにしました。そこは素晴らしく綺麗な部屋でした。<br />次の日はぶらぶら歩き回りました。リェイダはガイドブックに載ってはいませんが見所は多いようです。変な看板に目がとまりました。マンネリと読めますね、このイタリアンレストラン。やはり入りませんでしたが。<br />そう、何となく気に入りました。この街に。そして後3泊もしたのです。ただし別のオスタルを見付けてですが。この街を拠点に東に北に西に鉄道を使って歩き回ったのです。

    リェイダに着いた頃には薄暗くなっていました。メインストリートはかなりの人ごみです。繁華街をずっと抜けて2キロほど行ったところにオテルがありました。恥ずかしながらスペインではオテルと名がつくところはこれが初めてです。これまではオスタルかペンシオンですから。少し高目でしたがこれ以上探し回るのもいやなので一泊だけすることにしました。そこは素晴らしく綺麗な部屋でした。
    次の日はぶらぶら歩き回りました。リェイダはガイドブックに載ってはいませんが見所は多いようです。変な看板に目がとまりました。マンネリと読めますね、このイタリアンレストラン。やはり入りませんでしたが。
    そう、何となく気に入りました。この街に。そして後3泊もしたのです。ただし別のオスタルを見付けてですが。この街を拠点に東に北に西に鉄道を使って歩き回ったのです。

  • ちなみにこの通りを抜けた左側に3日間泊まったオスタルがあるのです。セマナサンタもたけなわ。店はみんな閉まっていました。

    ちなみにこの通りを抜けた左側に3日間泊まったオスタルがあるのです。セマナサンタもたけなわ。店はみんな閉まっていました。

  • リェイダに泊まりながらここを基点に歩き回りました。この日の朝は曇り空です。雨も少々心配になります。空を眺めると西のほうが少し晴れ間が見えます。Binetarという町まで列車で行くことにしました。1時間はかからないでしょう。がらがらに空いた列車でした。黒人からこの列車はビネタール行きですかと聞かれました。そうだよ。出稼ぎにきている人が多いのです。駅に着いて帰りの列車の確認をすると2時頃にあります。<br />町中を歩いていると雨が降ってきました。珍しく見所のない町でした。住宅街なのでお店はたくさんありました。段々雨がひどくなります。さきほど調べた2時の列車で帰ろうと決め急いで駅に戻りました。しかしあともう少しというところで列車は出てしまいました。残念。<br />ビネタール駅のすぐ近くのバスターミナルに逃げ込みました。何しろ凄い雨です。ビショビショになりバスターミナルのカフェに入りました。お店のフードケースの中に何やら肉の塊が入っています。これを注文してみました。運ばれてくると美味しい牛のテールでした。食べながらバスの時間を聞くと3時に2本来るそうです。やはりバスのほうが便利です。

    リェイダに泊まりながらここを基点に歩き回りました。この日の朝は曇り空です。雨も少々心配になります。空を眺めると西のほうが少し晴れ間が見えます。Binetarという町まで列車で行くことにしました。1時間はかからないでしょう。がらがらに空いた列車でした。黒人からこの列車はビネタール行きですかと聞かれました。そうだよ。出稼ぎにきている人が多いのです。駅に着いて帰りの列車の確認をすると2時頃にあります。
    町中を歩いていると雨が降ってきました。珍しく見所のない町でした。住宅街なのでお店はたくさんありました。段々雨がひどくなります。さきほど調べた2時の列車で帰ろうと決め急いで駅に戻りました。しかしあともう少しというところで列車は出てしまいました。残念。
    ビネタール駅のすぐ近くのバスターミナルに逃げ込みました。何しろ凄い雨です。ビショビショになりバスターミナルのカフェに入りました。お店のフードケースの中に何やら肉の塊が入っています。これを注文してみました。運ばれてくると美味しい牛のテールでした。食べながらバスの時間を聞くと3時に2本来るそうです。やはりバスのほうが便利です。

  • バスでリェイダに戻る頃には雨があがっていました。道路が濡れているのでここも雨が降ったようです。雨上がりの城や教会を観て回りました。

    バスでリェイダに戻る頃には雨があがっていました。道路が濡れているのでここも雨が降ったようです。雨上がりの城や教会を観て回りました。

  • 昨日は雨にたたられました。今日は北の町、Balaguerです。ここは一昨日乗ったタレガ行きのバスの始発ターミナルがある町です。<br />はやり1時間もしないでバラグエル駅に到着しました。いやに人が北に向かってぞろぞろ歩いています。橋を渡るときに城や教会が美しく見えました。露天商も出ています。エスカルゴが山積みです。渡りきるとそこは大きな朝市をやっていたのです。大勢の人々であふれていました。町の中を一通り見て回った後にまた市場に戻りアーモンドを買いました。

    昨日は雨にたたられました。今日は北の町、Balaguerです。ここは一昨日乗ったタレガ行きのバスの始発ターミナルがある町です。
    はやり1時間もしないでバラグエル駅に到着しました。いやに人が北に向かってぞろぞろ歩いています。橋を渡るときに城や教会が美しく見えました。露天商も出ています。エスカルゴが山積みです。渡りきるとそこは大きな朝市をやっていたのです。大勢の人々であふれていました。町の中を一通り見て回った後にまた市場に戻りアーモンドを買いました。

  • この日は天気が良く、昨日の雨は何だったのだろうと思いました。町のバスターミナルに行くと、ありました、タレガ行きのバスが。これには本当に助けられました。<br />上を見るとコウノトリがいます。この旅も残り少なくなりました。幸せを運んでくる鳥に見えました。

    この日は天気が良く、昨日の雨は何だったのだろうと思いました。町のバスターミナルに行くと、ありました、タレガ行きのバスが。これには本当に助けられました。
    上を見るとコウノトリがいます。この旅も残り少なくなりました。幸せを運んでくる鳥に見えました。

  • 帰国は17日のマドリッド発。駅でリェイダからマドリッド行きの列車ダイヤをみると高速列車しかありません。それほど急いでマドリッドに戻らなくてもいいのです。どうも高速列車は景色が飛んでしまい落ち着いて旅が出来ないので好きではありません。遠回りしてHuescaに向かうことにしました。でも列車がありませんのでバスで行くことにしました。

    帰国は17日のマドリッド発。駅でリェイダからマドリッド行きの列車ダイヤをみると高速列車しかありません。それほど急いでマドリッドに戻らなくてもいいのです。どうも高速列車は景色が飛んでしまい落ち着いて旅が出来ないので好きではありません。遠回りしてHuescaに向かうことにしました。でも列車がありませんのでバスで行くことにしました。

  • 2時間ほどでウエスカに到着。宿も適当なのが見つかりました。荷物を置いて町中を歩き回りました。古い建物が多いです。カテドラルもありました。そして道に貝のマーク。これはサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼街道の印です。歩いて旅をするのもいいなーと思いにふけりました。

    2時間ほどでウエスカに到着。宿も適当なのが見つかりました。荷物を置いて町中を歩き回りました。古い建物が多いです。カテドラルもありました。そして道に貝のマーク。これはサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼街道の印です。歩いて旅をするのもいいなーと思いにふけりました。

  • ウエスカからサラゴサに行きました。2両編成のローカル列車はほぼ満席でした。サラゴサ駅に着いて次に列車を調べました。ここに泊まってもいいのですが、もっと小さな町に行きたいのです。適当な列車は見つけられず、ひとまず昼食がてら町に出てみることにしました。かなり運転の荒い市内バスは中心街辺りに着いたようです。

    ウエスカからサラゴサに行きました。2両編成のローカル列車はほぼ満席でした。サラゴサ駅に着いて次に列車を調べました。ここに泊まってもいいのですが、もっと小さな町に行きたいのです。適当な列車は見つけられず、ひとまず昼食がてら町に出てみることにしました。かなり運転の荒い市内バスは中心街辺りに着いたようです。

  • カテドラルに入ってみました。ここのカテドラルはこれまでで一番美しいもので立ち竦むほどでした。市内を見て回った後にやはりバスでサラゴサ駅戻りました。列車はやはりあの高速列車なので途中下車も出来ません。<br />バスターミナルに行くとちょうどマドリッド行きのバスもあります。それではもうまっすぐにマドリッドに行ってしまおうと決めました。まだ寄り道をしようと目論んでいたのでしたが。

    カテドラルに入ってみました。ここのカテドラルはこれまでで一番美しいもので立ち竦むほどでした。市内を見て回った後にやはりバスでサラゴサ駅戻りました。列車はやはりあの高速列車なので途中下車も出来ません。
    バスターミナルに行くとちょうどマドリッド行きのバスもあります。それではもうまっすぐにマドリッドに行ってしまおうと決めました。まだ寄り道をしようと目論んでいたのでしたが。

  • そして懐かしいマドリッドに着きました。宿探しに手間がかかりましたが超安宿も見つかりました。ここオスタル・ナランコに3泊することにしました。市内はほとんど歩いたので、近郊の町にでも出かけようと考えながら眠りにつきました。

    そして懐かしいマドリッドに着きました。宿探しに手間がかかりましたが超安宿も見つかりました。ここオスタル・ナランコに3泊することにしました。市内はほとんど歩いたので、近郊の町にでも出かけようと考えながら眠りにつきました。

  • マドリッドから北に100キロほどのところにセゴビアという古い町があります。バスで行ってみることにしました。<br />途中雪の見える峠を越えて小さな町に入って行きました。少し小雨が降っていますが空には晴れ間も見えます。<br />大きな水道橋がありました。ここはまさに観光地です。お土産屋もたくさんあります。久々に声をかけられました。

    マドリッドから北に100キロほどのところにセゴビアという古い町があります。バスで行ってみることにしました。
    途中雪の見える峠を越えて小さな町に入って行きました。少し小雨が降っていますが空には晴れ間も見えます。
    大きな水道橋がありました。ここはまさに観光地です。お土産屋もたくさんあります。久々に声をかけられました。

  • 更に歩いていくと大きなカテドラルがありました。更にその先は城になっています。いつもと同じパターンですが断崖に建つ城からの景色もなかなかのものでした。帰りのバスも1時間に1本ほど頻繁に走っています。<br />マドリッドに戻り何度も訪れたマヨール広場にきました。長いようで短かったこの旅も終わりです。17日は早朝の出発です。カギも部屋のサイドボードに置いていっていいと言われています。ここの雑踏も懐かしい音に聞こえます。ポルトガルやフランスの街並みを思い浮かべながら眠りに落ちてゆきました。

    更に歩いていくと大きなカテドラルがありました。更にその先は城になっています。いつもと同じパターンですが断崖に建つ城からの景色もなかなかのものでした。帰りのバスも1時間に1本ほど頻繁に走っています。
    マドリッドに戻り何度も訪れたマヨール広場にきました。長いようで短かったこの旅も終わりです。17日は早朝の出発です。カギも部屋のサイドボードに置いていっていいと言われています。ここの雑踏も懐かしい音に聞こえます。ポルトガルやフランスの街並みを思い浮かべながら眠りに落ちてゆきました。

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