1998/08/30 - 1998/09/11
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Azucenaさん
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古い旅行の資料を整理していると、レオナルド ダ ヴィンチの研究で知られる先生からいただいた資料が混ざっていた。
それとともに楽しかった思い出が蘇ってきた。先生はお元気だろうかとグーグルで検索してみると、2006年にお亡くなりに・・・49歳。若すぎる。肺がん。
ダ ヴィンチの特番があると先生が関わってらっしゃるのではないかと、必ずチェックしてたのに。カブト虫が好きな子供のように純粋な心で研究を続ける少年のような方。そんな印象。
ヨーロッパで様々な絵画を鑑賞し、その魅力に目覚めた後でしたが もっと早くその魅力に気付き、先生のような方の元で勉強出来たらまた違った人生だったかなぁ。
今日は、50歳で亡くなったマイケルジャクソンさんのニュースばかりだけど、私にとっては先生の命日のようになってしまった。本当に悲しすぎる。いつかまたお会いできると信じていたのに。
絵は写真撮影禁止のところもあるので、主にポストカードです。
ちまちまと購入したたくさんのポストカードコレクションとともに。
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ヴァティカン美術館 (ヴァティカン市国)
システィーナ礼拝堂
ミケランジェロ「最後の審判」Last Judgement 1536-41
キリストの再臨。永遠の命か、永遠の罰か最終的な裁きをくだしている。
中央キリスト、寄り添う聖母マリア
キリストの右手(向かって左)には、天国に昇る人々、復活する死者
左手(向かって右)は、地獄に堕ちる人々が描かれている。
詳しい登場人物の配置
http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/michelangelo_universale01.html
他に
ミケランジェロの「天地創造」
ラファエロ「アテネの学堂」
個人的には、ボルジア家の間に興味あり。 -
ウフィツィ美術館(フィレンツェ)
BOTTICELLI
ボッティチェリ 「ビーナスの誕生」1480頃
ルネサンス期のフィレンツェの画家。
他
シモーネ マルティニ 「受胎告知」1933
ウッチェロ「サン ロマーノの戦い」1455-60
三部作(他は ルーブル、ロンドンナショナルギャラリー)
フィリッポ リッピ 「聖母子」1460年代
ボッティチェリ 「春」1480頃
レオナルド ダ ヴィンチ「三博士礼拝」1481-2 -
アカデミア美術館 (フィレンツェ)
ミケランジェロ ダビデ像 1501 高さ410cm
この写真は1992年のものです。
今は、写真撮影禁止。 -
ラヴェンナ
モザイクの町ラヴェンナ。
ほんとうにモザイクが彩り美しく残っている街です。
教会のステンドグラス まれに心が動かされます。基本 色がうそ臭いものが多くてパス。
ポルトガルのアズレージョ 剥がれ落ちている部分も含めていとおしくなります。
ラヴェンナのモザイク。心にズキュン。こんなところにひっそりと?素晴らしいモザイクです。
ヴェネチアにみるビザンチンの派手派手モザイク、ありゃ興ざめ。趣味じゃないですな。
同じビザンチンでもこっちの方が落ち着いて見られます。 -
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サン・ヴィターレ聖堂とガッラ・プラチディアの霊廟のチケット
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ヴェネチアには、アカデミア美術館があります。
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サンタ マリア デレ グラティエ教会(ミラノ)
レオナルド ダ ヴィンチ「最後の晩餐」Last Supperの壁画
ホントにこれが教会?と言うようなシンプルな見掛けの教会内部に入るには、いくつもの扉が・・・。大袈裟か。「保護するために みんな消毒してから入ってね。」みたいな 空間を通り抜けて食堂に。
ダ ヴィンチって音楽家でもあったんだねぇ。絵の中に、音符が隠されているんですって。パンと手の位置で右から演奏するとレクイエムになるのだそうです。
先生の著書「よみがえる最後の晩餐 片桐頼継/アメリア・アレナス」によりますと、1979年から1999年まで20年もの年月をかけて修復されたそうです。とても分かりやすい本です。「最後の晩餐」を観に行く前に是非一読。より深く実物が楽しめます。オススメの本です。 -
ロンドン ナショナルギャラリー
ホルバイン「大使たち」
ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」
ラファエロ「アレクサンドリアの聖女カテリーナ」
ウッチェロ「サンロマアーノの戦い」
フェルメール「ヴァージナルの前に立つ少女」
レンブラント「ベルシャザルの饗宴」
セザンヌ「大水浴」
ルノワール「雨傘」
モネ「睡蓮の池」
ゲインズボロ「猫をもてあそぶ画家の娘たち」
ルソー、ヴァトー、ゴヤ、クリムト、ルドン、スーラ、ルーベンス、ボッティチェッリ、コンスタブル -
レオナルド ダ ヴィンチ 「岩窟の聖母」1506
先生は、ロンドンまでご一緒でしたが、お仕事の都合でイタリアへ戻られてしまいました。
最後の晩餐ではなく、食後にロンドンパブに繰り出しました。当たりのパブで ここの黒ビールの美味しかったこと!ロンドンにも暫く住んでいましたが、このときの黒ビールが忘れられない味となっています。でもそのパブがどこにあったのかサッパリ・・? -
元々 絵画の好きなド素人でしたが、本格的知識のある先生とご一緒させていただき より興味を深く持つこととなりました。先生は、この後のフランスには 行かれなかったので イタリア、ロンドンの短い間でしたが、絵画について大変勉強させていただき その強烈な想い出は常に先生と一緒に蘇ってきます。
ラヴェンナ、パドヴァ、ヴェネチアのアカデミア美術館の印象が今も変わらずよいのは先生のお陰です。
先生との雑談の中で教わったパスタのレシピでパスタを作るときは、先生のことを想い出しながら作っていました。(トマトソースとカルボナーラ。男の料理って感じのシンプルなレシピでした。)
そして、先生と生徒さんたち数人とロンドンパブに行った帰り道、生徒さんと私が手を繋いで歩く姿を見て
「いいなぁ 楽しそうだなぁ。」 って。
途中から 先生も一緒に手を繋いで帰ってきました。なんて無邪気な大人なんだろうと。
てんで飾り気がなく、ただ研究熱心で、少年のように目を輝かせた研究熱心な方でした。
暫く会ってなくても街で見かけたら気さくに話してくれそうな。。。。本当に?もう いないの。
私みたいなどうでもいい人間より、先生のような方には、もっと生きて研究を続けて欲しかった。神様 なんで 先生を?
注)ちなみに先生と手を繋いだのは、私です。先生、私、生徒さんです。どうでも いいって?(^^;) -
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TATE GALLERY テイトギャラリー(ロンドン)
SALVADOR DALI サルバドール ダリ
AUTUMNAL CANNIBALISM 1936
ダリの絵をここで初めて見て、惹きつけられた。
見たいような見たくないような・・・でも見ちゃう。
シュールレアリスムとの衝撃的な出会い。
その後、フィゲラスのダリ美術館に。こっちは、遊園地感覚で楽しく見られた。それはそれでよいけれど、最初にテイトギャラリーで見たダリの方がインパクト強し。
ところで当時は、フィゲラスのダリ美術館なんて日本人にあまり知られてなかったのに、最近は随分人気のようですね。なんなんですかね。ダリファンが急増したの?凄い疑問。 -
ピカソ TATE GALLERY
PABLO PICASSO
FLOWERS 1901
テイトギャラリーは、イギリスのターナーの作品が多く展示されている。
ターナーの水彩画、デッサンが2万点あり展示しきれず、時々入れ替えている。
他
ミレイ「オフィーリア」
ロダン「接吻」
セザンヌ、ロートレック -
NPG (NATIONAL PORTRAIT GALLERY)
MARY, QUEEN OF SCOTS, 1542-1587
ロンドンのナショナルギャラリーの裏手にあるポートレートギャラリー。
歴史に残る有名人のポートレートがたくさんあって、
結構はまりました。ちょっとミーハーですかね。
王族をはじめ歴史上の有名人、芸術家の肖像画が約1万点。 -
NPG
ELIZABETH I, 1533-1603 -
NPG
QUEEN VICTORIA, 1819-1901 -
NPG
GERTRUDE ELIZABETH BLOOD, LADY COLIN CAMPBELL,
1858-1911 -
NPG
GEORGE GORDON, 6TH LORD BYRON, 1788-1824
イギリスの詩人バイロン
ギリシャ、ポルトガル、スペインを旅行 -
NPG
JOHN KEATS, 1795-1821
イギリスの詩人 キーツ -
パリ オルセー美術館
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オルセー美術館
地上階 右 アングル
地上階 左 ミレー、コロー、マネ
中階
上階 ルノワール、ドガ、ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャン、ルソー、ロートレック
地上階 右側アングル辺りを軽く見て
左側をじっくり見て奥へ
奥まったところにあるエスカレーターで一番上へ。
さらに階段を上がって、美術館全体の写真を撮る。
上階を時間をかけて見て、中階はパス。または、軽く覗く程度。
私のコース -
オルセー美術館
オーギュスト ルノワール(1841-1919)
Bal du Moulin de la Galette, 1876
ムーラン ド ラ ギャレット
モンマルトルのぶどう畑の広がるのどかな丘には、野菜畑、空き地、いくつもの粉挽き小屋、ムーラン(風車)が建っていた。
四角い納屋をダンスホールに、オーケストラ用のテラスを作り、野外ダンスカフェ「ムーラン ド ラ ギャレット」が誕生。ギャレットという焼き菓子が人気。
近くに住む絵描き、職人、お針子、学生でいつも賑わっており、のどかな丘が歓楽地化していく先駆けとなった。常連には、ドガ、ルノワールなど。
ムーラン ド ラ ギャレットを描いた画家
ルノワール 1876
ゴッホ 1886
ロートレック1889
ピカソ 1900
ユトリロ 1914
ルノワールのムーラン ド ラ ギャレットには、友人たちが描かれている。キューバ出身の画家、お気に入りのモデルたち、役人、画家の友達。 -
オルセー美術館
セザンヌ La maison du pendu, Auvers-sur-Oise, 1873 -
ルーブル美術館
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ルーブル美術館
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ミロのヴィーナス
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モナリザ
レオナルド ダ ヴィンチ(ヴィンチ村出身のレオナルド)左利き
1503フィレンツェで描き始めた
-1519 死の直前まで筆を加え続けた未完の名作。
スフマート技法。
海外に持ち出されたのは過去二回のみ。
1962年アメリカ、1974年日本 東京公立博物館。
モデルは、 Liza del Giocondo リザ デル ジョコンド(日本では、ジョコンダ婦人) -
このころはデジカメではなかったので、映り具合が確認出来ず。
私の撮った美術館内の写真は、どこもこんな感じで。
ポストカードの方が 間違いなかった。 -
ダヴィッド「皇帝ナポレオン1世と后妃ジェセフィーヌの戴冠」1805-07
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MUSEE DE L'ORANGERIE DES TUILERIES
MODIGLIANI 1884-1920
PAUL GUILLAUME, NOVO PILOTA, 1915
モディリニアーニ
イタリアの裕福なユダヤ人家庭に生まれる。1906年、22歳でパリに。
酒、麻薬に溺れ、36歳で亡くなる。
映画「モディリアーニ 真実の愛」をみて「エディットピアフ 愛の讃歌」なんか見たら・・・パリって大丈夫かと思うね。
Edith Piaf 1915-1963 47歳の生涯
シャンソン歌手 愛の讃歌、バラ色の人生、パダムパダム
個人的には、Rien de Rien ダメさ加減が私。 -
オランジュリー美術館
MUSEE DE L'ORANGERIE DES TUILERIES
MONET 1840-1926
ARGENTEUIL, 1875 -
ポンピドゥーセンター4F、5F 国立近代美術館
1977年ポンピドゥー大統領によって開館。
「エッフェル塔以来のショック」と酷評された建物。
マティス、ブラック、ピカソ、カンディンスキーなど。 -
カンディンスキー
WASSILY KANDINSKY
1866年モスクワ − 1944年ヌイイ=シュル=セーヌ
(フランス)
1939年フランス国籍取得 -
ジヴェルニー
パリ サンラザール駅からVernonへ(45分)
バスに乗り換えてジヴェルニーへ。 -
NATIONAL GALLERIES OF SCOTLAND
CAMILLE COROT 1796-18875
VILLE D'AVRAY-ENTRANCE TO THE WOOD 1823-25
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