2007/12/02 - 2007/12/14
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Huumaさん
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続いてトルコは、イスタンブールから最も東がカッパドキア、そして再びイスタンブールへの実動7日間、バスで総走行2,300kmの旅でした。モスクに代表されるトルコの歴史、文化、芸術、また私たち日本人に対するトルコの人々の親近感にふれてきました。トルコ建国の父と云われているアタチュルク初代大統領への人々の敬慕の思いを深く感じたものでした。
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イスタンブールのヨーロッパ側、手前は新市街のベイオール地区、川向うは旧市街。日没時のサラート(礼拝)が近い。
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イスタンブールを出発、ガリポリ半島をバスで縦断、半島の先端近くで初めての青いエーゲ海が見えてきました。
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出発して300km強、ガリポリ半島の先端に近い港町エシャバットに着く。
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エシャバットの海の男たち。
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このフェリーに乗りダータネルス海峡を渡り、アジア側、チャナッカレの港ヘ。
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エシャバットの街を後にして。
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フェリーのなかでは、おもちゃのみやげ売りの愛想の良いおじいさんが商売上手、皆んなにこやかです。
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対岸のチャナッカレが近づいてきました。
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チャナッカレの露天市場のようです。車窓から。
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トロイの遺跡。1700年BC〜1250年BC頃とされる第6期の城壁。トロイ戦争があったとしたらこの時代に近い遺跡かと。
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いつ頃の遺跡かわからなかった。
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第?期〜?期(1〜9)の層と年代図。9期の年代と層が3000年BC〜500年ADの3500年に及ぶ。
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近年複製されたトロイの木馬。あまり今まで描いていたイメージと合わない。
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アイワルクのホテル。
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ホテル室内より。
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エーゲ海最大の遺跡群の眠る古代都市、エフェソス遺跡。まだ発掘の途中。
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24000人を収容できたのでないかとされるトルコで最大級の円形劇場。山の斜面を使って建造され音響効果も良かったのではと。
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勝利の女神ニケの石像。
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この街の全盛は130年BC〜100年BC、約10万人が暮らしていただろうと推定されている頃と。
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アルテミス神殿跡。
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トルコ語で「綿の城」という意味をもち、トルコ有数の温泉保養地、「パムッカレ」のヒエラポリスホテルに泊まる。
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ホテル前の温泉が出ている石のモニュメント。
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温泉の石灰分が長い年月をかけて石灰棚を造ってきている。
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真白な石灰棚。
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パムッカレからコンヤまで410kmのシルクロード。
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コンヤのメブラーナ博物館。メブラーナ教団創始者の霊廟、現在宗教色を薄める博物館となっている。
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メブラーナ博物館の外観。
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コンヤのインジェ・ミナーレ。1265〜67年に建造されたイスラム神学校であった。ミナーレ(尖塔)が現在の3倍の長さであったが、1901年の落雷で途中から折れてしまった。
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コンヤ〜カッパドキアまでの約230kmのシルクロード。
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カイマクル地下都市の入口付近。
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カイマクル地下都市の内部。かって5000人もの人々が暮らした地下8層もある地下都市。長期間生活するための食糧、施設すべてが整っていたとのこと。
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洞窟レストランにて昼食。
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カッパドキア。標高1000mを超えるアナトリア高原中央部に、100平方km近くにわたって広がる。柔らかい地層と硬い地層が重なり合い侵食されてできたキノコ状の奇岩の台地。
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奇岩中の奇岩。
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要塞跡の穴が残る岩山とみやげ物産露店。
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ラクダ岩。
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見事なトルコ絨毯のいろいろ。
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トルコ絨毯を織る若い織り職人。
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カッパドキアでペリーダンス。
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トルコ石の専門店スタッフに女性客が商談中。
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カッパドキアの住居。
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ドライバーのアダモさん。5日間安全運転をしてもらったが、6日目途中、バスの調子が良くないと私たちをアンカラのホテルに送った後、修理のためイズミールヘ。あの長い距離を引き返すことになり大変なご苦労であった。ナイスドライバーでした。明日からはほかのドライバーさんです。
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