2009/05 - 2009/05
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Elliott-7さん
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屋根付き橋その四は、三原市にある佛通寺という寺院である。
このお寺は、1397年(応永4年)小早川春平が愚中周及(ぐちゅうしゅうきゅう)禅師を迎えて建立した臨済宗の禅刹である。
小早川一族の帰依を受けまたたく間に寺勢は隆昌し、最盛期には山内の塔頭88カ寺、西日本に末寺3千カ寺を数えるに至った。
しかし、応仁の乱(1467〜1477年)の後、荒廃にむかい小早川隆景の治世になってやや復興したものの、福島・浅野と時が移り次第に往時の面影を失ったのである。
近代に入ると一転して法灯は大いに挽回され1905年(明治38年)、臨済宗佛通寺派として独立復旧し、参禅道場をもつ西日本唯一の大本山として今日に至っている。(佛通寺境内の縁起から転用した)
佛通寺の公式HPは・・・
http://www.buttsuji.or.jp/
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
-
駐車場に車を置いて、参道を歩く・・・ -
新緑がきれいだ! -
人生へ空の一字を彫りつづけ・・・・
石碑があった、 -
新緑も良いが、紅葉の秋は最高に美しい
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この境内は、何度訪れても気持ちが安らぐのです・・ -
新緑が映える・・ -
秋には真っ赤に染まる・・・ -
杉木立と土塀が続く・・ -
紅葉の秋の喧騒が嘘のように静かだ・・ -
木立の間から、屋根付き橋が見えてきた、
ここ佛通寺には屋根付き橋が二本もあるのだ!
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最初の屋根付き橋は、飛猿橋(ひえんきょう)という。
”専門道場に付き立ち入り禁止”の立て札があった。
現在この飛猿橋は、通行禁止である・・・ -
飛猿橋の天井を見上げる・・・ -
往時を偲ばせてくれる、
ひっそりと架かる橋・・・ -
河原におりて見る・・・ -
また違った趣がある・・ -
川を流れる水は透き通るほど清澄だ、
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佛通寺一帯の案内板があった・・・ -
メインともいうべき屋根付き橋・・・
橋の名は、”巨蟒橋(きょもうきょう)”という、
巨蟒(きょもう)の蟒(もう)というのは、うわばみ、つまり蛇のことを言う。
巨蟒(きょもう)は、巨大な蛇・大蛇・おろちのことを言うのだ。
この橋を渡る者は、あらゆる邪念を捨てて渡らなければならないとされる・・・・、
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天井に目をやると・・・
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心が落ち着くひと時である・・・ -
巨蟒橋(きょもうきょう)を別の角度から見てみよう・・・ -
巨蟒橋(きょもうきょう)と苔むした石塔・・ -
巨蟒橋(きょもうきょう)を渡ると、山門・参門がある・・・
”座禅中”と書いてあった、 -
山門を入るとすぐ脇に、手水舎があった、
青銅製の龍である・・・ -
数多くの石彫があった・・・
それぞれ表情が異なる僧侶のようである、
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大方丈
佛通寺の本堂。儀式法要、法話説法の場。
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鐘楼
石庭の紋様が美しい・・
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開山堂への石段・・・ -
左には、”開山愚中禅師”とある・・・ -
右には、”開山堂”の石碑・・・ -
苔むした石段を上がっていく・・ -
見上げると、石仏が急坂に・・ -
急坂から人々を見下ろす・・・ -
上がったところに、開山堂が建っていた・・ -
その隣りには、地蔵堂が・・ -
開山堂と地蔵堂が寄り添うように・・ -
二層の”多宝塔”が・・ -
多宝塔からの眺め・・・ -
前掛けをしたお地蔵様も・・ -
永年の風雪、風雨に耐えて・・・ -
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石仏の険しい表情は、どこからくるのだろうか? -
相棒のジムニーも・・
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