1993/01/02 - 1993/01/09
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kojikojiさん
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高校生の頃父に連れられて岩波ホールだったか、映画に連れていかれました。2本立ての映画は「天と地の間に」と「星にのばされたザイル」というもので、フランス人の登山ガイドのガストン・レビュファの映画でした。生涯でモンブランを1000回登ったと言われる伝説の登山家を父がどうして知っていたのかは分かりませんが、どうしても見せたかったのでしょう。それ以降彼の著書の「星と嵐」は愛読書にもなっています。父と一緒に4歳富士山を皮切りに始めた登山も高校生のときに身延から伝付峠を越えて塩見岳から荒川三山、赤石岳を経て井川に降りた旅で終えていました。働き始めても登山を再開することはありませんでしたが、1991年の2カ月の旅行の最後でスイスの山々を巡り、子供の頃を思い出すようになっていました。ツェルマットでもスキーを楽しみ、そして2度目のヨーロッパスキーはシャモニーモンブランへ行くことにしました。個人で手配するよりも格安だったのでサン&サンというJTB系のツアーに参加しました。当日成田空港でルフトハンザの機体トラブルのため、機内で6時間待たされてのフライト。ジュネーブまでたどり着けず、フランクフルトのシェラントンに1泊する羽目になりました。現地では横山さんというガイドさんと一緒にモンブラントンネルを越えてクールマイユールに行ったり、スキー以外にも列車でレマン湖畔のヴヴェイやエッペス、サン・サフランの村への小旅行も楽しみ、村々のワインを買い求めたり、オーベルジュで優雅にランチをいただいた楽しい旅でした。ジュネーブの空港ではワインが重すぎて超過料金を払わなければならなくなりそうでしたが、ツアーだからとかスキーの道具は無いからと説明して何とかなった良い時代でした。挙句に経由のミュンヘンから成田空港間はインボラアップでビジネスということで、初日のフライトの遅れも許せる展開となりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
イチオシ
午前11頃出発のフランクフルト行のルフトハンザはエンジンの点検というアナウンスの後一向に動きません。主翼上のAの席だったのでエンジンを見るとカバーを外して分解しています。これはダメだと思っていると、案の定6時間遅れの午後5時に離陸。この日はフランクフルト経由でジュネーブに入り、迎えのバスでシャモニー・モンブランまでの移動ですが…。安いツアーなので添乗員はついていません。フランクフルトの空港では同じツアーであろう人たちはパニック状態でした。日本人の係員さんにバラバラ尋ねるので、「みなさん同じ状況なので集まって聞きましょう。」と提案。この日はルフトハンザで空港のシェラトンに部屋を取るので泊まり、翌朝それぞれ再度チェックインしてジュネーブに向かうという説明でした。とっととチェックインして部屋に入り豪華なホテルを楽しみます。
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翌朝はスキーパス用の写真を撮って、コンシェルジュに絵葉書を託してチェックアウトして空港のカウンターに向かうと「このチケットは昨日の物で使えない。」といわれ「ルフトハンザの成田便のディレイのせいで乗り継げなかった。」「コンピューター画面でチェックして。」と文句を言うと納得してもらえました。「それで何人ですか?」と言われたので「見ての通り2人だ。」と返すと、肩越しにチケットを持った手がたくさん伸びてきます。結果全員のチェックインする羽目になりました。
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ジュネーブに着くと現地係員の横山さんという方がバスを用意して待っていてくれました。ホテルで着替えてすぐにミーティング。パス用の写真と代金のフランススランを渡します。以前の旅で残っていたコインで払おうとすると「このコインはもう使えませんよ。」数千円分はあったのでショック。この日はミディ展望台だけ見学になりました。かなりの高度差を一気に上がるので少し耳が痛くなりましたし、息も切れます。でも展望台からは遠くマッターホルンも望めました。
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そしてモンブラン。白い山というだけのことはあります。スイスの山塊は以前見ていますが優雅な姿に言葉もありません。冬に来て良かったなと思いました。
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手前の氷河はメールドグラス、奥の山はグランドジョラスです。子供の頃から写真で見てきた有名な山々が手に取るように望めます。
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360°どこを眺めても絵になる風景です。
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イチオシ
展望台の下にシャモノーモンブランの町が望めます。町はすでに日陰に入って霞もかかっているようです。
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フランスとイタリアの国境にまたがり、標高4,208mで約1kmにわたる頂稜には6つの頂があります。ウォーカー峰(4208m、最高点)とウィンパー峰(4184m)とクロ峰(4110m)、エレーヌ峰(4045m)とマルグリット峰(4066m)とヤング峰(3996m)です。
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ミディ展望台からの下りロープウェイ。ここの景色だけでも来た甲斐がありました。
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高校生の頃に父と観に行ったガストン・レビュファという山岳ガイドの「星にのばされたザイル」や「天と地の間に」という映画が思い出されます。ヨーロッパアルプスの名ガイドで、モンブラン登頂は1000回以上におよび、ヨーロッパ6大北壁全てに登頂しています。
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文才に溢れれ「山の詩人」とか「山のサン・テグジュペリ」とも呼ばれます。「星と嵐」は何度読み返しても飽くことがありません。
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そんな映画や本でしか知らなかった景色が目の前に広がるので感動しない訳がありません。
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昭和40年代の登山やキャンプの道具は現在に比べたら原始的でもあり、防水性や防寒性、重さなど優れているものは何もなかったように感じます。ただ、その頃のことは体がよく覚えていてかえがたい思い出になっています。
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本当はスキーをしに来たのですが、この贅沢な景色を眺めているだけで十分な気持ちになります。
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光の具合によってモンブランの印象も違って見えます。日が暮れる前にシャモニーの町へ降りてレンタルスキー屋に向かいます。ツアーには夕食が含まれてなかったのでハーフペンショーネにしてもらいました。
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翌朝はツアーのメンバーとガイドさんとシャモニーバスに乗ってフレジュールのロープウェイ乗り場に向かいます。
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ほぼ真正面にドリューという針峰が望めます。ドリルのような形からドリューと呼ばれます。
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フレジュールの麓のロープウェイ乗り場。スキーをするにはロープウェイで山頂に登らなければなりません。
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レ・プラ(Les Praz Church)教会のバックにドリュー。
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イチオシ
教会の尖塔とドリルのような針峰を比べてみます。
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ようやくスキーです。広大なゲレンデに人の影はありません。貸し切り状態です。
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ツアーではスキーの技術を見極めて3つほどのグループに分けて滑りました。お昼は皆さんと待ち合わせて全員でいただきます。
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翌日はモンブラントンネルを越えてイタリア側のクールマイユールのスキー場へ行きました。本当は山の上をロープウェイも使いながら超えたかったのですが、この時期は運休中でした。
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モンブランの反対側です。フランス側が有名なので裏側と言った方がいいのかもしれません。
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ダン・デュ・ジョアン(Dent du Giant)は文字通り巨人の歯でした。
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ガイドのジャンです。スキーの腕は超一流です。カルガリーオリンピックに出たくらいですから。ツアー中は彼について滑りまくりました。
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シャモニートンネルを1本越えただけで、イタリアになり町の雰囲気も明るくなります。単純にモンブランの南側と北側という訳だけではないでしょうね。
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同じ山塊でも北側から南側を眺めたシャモニーと南側から北斜面を眺めたクールマイユールでは全く違った印象を受けます。
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イタリア側の陽気なスキー場を堪能しました。
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スキーの後はクールマイユールの町で自由時間がありました。
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今日はエピファニア(公現祭:こうげんさい)のお祭りの日でした。ベファーナおばあさんは良い子にはお菓子を、悪い子には石炭をくれます。おばあさんに扮した彼女たちは背中の籠からメレンゲのお菓子を一袋くれました。
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お菓子屋さんのディスプレイも素敵です。
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日本ではこんな売り方も見せ方もしないですからね。日が暮れるころにバスに乗ってシャモニーの町へ戻ります。
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翌日は朝一番の電車でスイスに向かいます。スキーも目的ではありますが、レマン湖の方へも行ってみたい思いがありました。同じ時期にミラノに来ていた友人とスイスで合流できないか電話してみましたがタイミングが合いませんでした。
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到着した電車からは昨晩パリを発った日本人留学生が数人降りてきました。発車までの数分で思いつくままに情報提供しました。
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国境のヴァルロシーヌ駅で乗り換えです。帰りはこの駅で真っ暗な中シャモニー行きの電車を待つのはさみしかったです。
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マルティニーの町に降りる前はギアを使いながら急勾配を降りていくので結構スリリングです。標高も下がるので雪もありません。谷を左に進むとローザンヌやジュネーブへ、右に進むとブリッグ(ツェルマットへの乗り換え駅)やシンプロントンネルを越えるとミラノです。
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我々は左に進みました。間もなくレマン湖岸に出て、更に進むとシオン城が見えてきます。ここを通るのは3度目ですが、まだ見た事はありません。次の3回目の旅でもミラノからローザンヌへ直行したので、4回目のツェルマットへスキーへ行った帰り道にようやく見学することが出来ました。
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ヴヴェイ駅に到着しました。ここから東側はレマン湖の北側のラヴォー地区という葡萄畑と村々のワインで有名な所です。
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ヴヴェイの駅です。ここは有名な避暑・避寒地で、チャップリンも晩年過ごして湖岸にはチャプリンの像もあります。
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ヴヴェイの湖岸の公園に来ました。1月だというのにポカポカ陽気です。
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カモメがたくさんいます。対岸はフランスです。ミネラルウォーターで有名なエヴィアンは目と鼻の先です。ローザンヌからエヴィアンへはこの数年後に行くことになりました。
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水の中では優雅な白鳥も陸に上がるとかなりの大きさで、近寄ってくると怖いくらいです。
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水は青く澄みきって鳥たちの足使いまでも手に取るように分かります。というかゼンマイ仕掛けのおもちゃみたいです。
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散歩が終わってヴヴェイ駅からサン・サフランへ向かいます。
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サン・サフラン駅。ミラノ方面への列車が物凄いスピードで通過していきます。
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オーベルジュ・デ・ロンドでお昼をいただきました。正月のせいかお客は誰もいなく、暖炉の前のテーブルに通してくれました。とても贅沢な2時間を過ごしました。ワインはもちろんサン・サフランで造られたもの。
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村の一本道からはアルプスが望めます。
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この先のエッペスなどの村々を歩いてみたいという思いはまだ叶っていません。
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正月の小さな村では表を歩く人の姿もありません。レストランの給仕の人だけしか出会いませんでした。
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重たいけれどサン・サフランのワインをお土産に持ち帰ります。近郊の村の物を含めて10本くらい買ってしまいました。
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いつかもう一度ゆっくり旅したいところだと思いました。葡萄の季節も良いですが、誰もいないこの時期も贅沢ではあります。
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イチオシ
日向ぼっこをしながら帰りの電車を待ちます。湖の波の音以外何も聞こえず、ポカポカと陽炎が立ち昇るホームでほろ酔い気分でいるのはこの世のものとは思えませんでした。
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ホームにはバラも咲いています。
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マルティニまで戻ってくると日が暮れかかっています。同じルートをヴァルロシーヌ駅経由でシャモニーに戻りますが、国境の駅では真暗になりいつ来るともしれない列車を待ちました。
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シャモニーまで戻ってくると真冬の町に戻りました。翌日はスキーもしないでシャモニーの町巡りをしました。
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モンブランを指さすジャック・バルマとオラス・ベネディクト・ド・ソシュールの銅像です。1760年にスイスの博物学者ソシュールが氷河を観測するためにシャモニを訪れ、モンブランとシャモニ渓谷を挟んで位置するブレバンに登頂します。彼は他の山々をすべて見渡せるモンブランの自然科学的な意義に気づき、この山への登山ルートを見つけた者に莫大な賞金を出すことを約束します。
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イチオシ
シャモニ生まれの医師ミシェル・パカールは水晶細工人だったバルマ(水晶採掘者、猟師)とは知己の仲でした。バルマが賞金とモンブラン初登頂の野心をいだいていたのに対し、彼はソシュールが自然科学に没頭する科学者であるように、気圧計をモンブラン山頂に持って行って観測してみたいと思っていました。1786年8月7日にパカールとバルマはともに登頂を試み、翌日には初登頂に成功します。
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山小屋風の建物はアルピニスト発祥の地として由緒あるフランス山岳会が入っています。由緒あるものなので一般人には近づきがたい雰囲気ですが、年会費を払えば誰でも会員になれるとのことです。
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ミシェル・パカールの銅像は二人の像から離れています。モンブランへの往路で帽子を失っていたパカールはほとんど雪盲の失明状態にあり、翌日バルマは彼の手を引いて町にたどり着いたため、功績は否定されていたのが原因なのでしょう。後年名誉は回復されています。
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川沿いには古い建築様式のレストラン。噴水は完全に凍っています。
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ブレヴァンの展望台にも上がってみました。テラスでのんびりしてたら滑りたくなってきましたがスキーは返してしまったので諦めます。
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エグリーズ広場のサン・ミッシェル教会(Église Saint-Michel)です。ウインター・スポーツを題材にしたステンドグラスが有名です。
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イチオシ
この日はミディ展望台からメール・ド・グラス氷河を滑る予定でしたが、一緒に行った友人が行きたくないというので諦めました。行きたかったのに行けなかった想いが沸々していています。
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モンタンベール駅から電車に乗って氷河を見に行くことにします。
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ラックレールの電車はゴリゴリと音をたててゆっくりゆっくり登っていきます。
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昔はこんな勾配を汽車で登ったようです。
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終点がメール・ド・グラス=氷の海です。最初にミディ展望台から見た氷河の最後の部分です。青白く輝いていました。
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近距離でドリューが正面に望めます。
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展望台で少し休憩していると寒くなってきたので町に戻ります。
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帰りもガッタンガッタンゆっくり下ります。歩くのと変わらないようなスピードです。
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スイスでワインを15本、更に陶器のフォンデュー大鍋などまで買って、帰りの荷物はすごいことになりました。当然ジュネーブの空港ではカウンターの方と議論をする羽目になりました。団体である事とスキー板が無い事を理由に何とかなりましたが、最近は911のテロと燃油の高騰から厳しくなったものです。
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ジュネーブから帰路はミュンヘン経由でした。ミュンヘンの空港で係りの女性から「席が変わってしまいますが良いですか?」と訊ねられ「仕方ないですね。」と答えるとチケットはビジネスに変わっていました。初めてのインボラアップ。スキーで疲れた体には快適でした。往路の遅延のことなどこの待遇に比べれば取るに足りません。最初はつまずきましたが、終わってみれば楽しい旅でした。
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