2008/08/22 - 2008/08/31
312位(同エリア512件中)
目黒警部さん
タイ族の象のショーを楽しんだ後、東南アジア大陸部の5カ国(ビルマ東部、中国雲南省南部、ラオス北部、タイ北部、ベトナム北部)に他の少数民族と混じって居住する山岳少数民族のひとつハニ族(哈尼)の村へと向かった。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- 上海航空
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ハニ族 哈尼 人口約125万3952人チベット系。
居住地域 主に雲南省南西部の瀾滄江と紅河の中間地帯に居住し、哀牢山岳地帯の元江、墨江、紅河、元陽、金平、緑春、江城などの県に集中している。
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哈尼族は中国西南辺境地域でも古い歴史を持つ民族の一つで、“哈尼”、“卡多”、“雅尼”、“碧約”、“布都”、“白宏”などの自称を持つ。
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歴史的には彝族、拉怙族と同様、南遷してきた北方の古代羌人を祖先に持つ。
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紀元前3世紀頃にはすでに四川省大渡河南岸及び雅龍江東岸の一帯に定住していた。
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7世紀頃、現在の哀牢山、無量山一帯に住むようになり、唐代にはさらに南東へ集中し、紅河、元江の岸辺一帯にも住むようになった。
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古来火を家庭の命と考え、暖炉の種火を絶やすことなく保ち続けている。
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唐代、宋代には南詔や大理国に属し、明、清代には部族長が代々世襲の土司職に任命された。
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老若男女にかかわらず歌と踊りを非常に好み、男性は三弦や四弦、女性は“把烏”という楽器を演奏する。
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伝統的な祝日は旧暦6月24日の“松明節”で、この日は歌舞や相撲などを催す。
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民間口承文学が多彩で神話史詩≪奥色秘密≫、≪十二媽局≫、創世史詩≪烟本雀本≫などは初期の形式が現存している。
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現在でも父子連名制(父の名前の最後の1字か2字を、息子の名前の最初につける制度)を保っている。
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言語 漢・チベット語系チベット・ミャンマー語派彝族の言葉に属する哈尼族の言葉を使用。
哈雅、碧触、豪白の3方言に分かれており、それぞれは通じない。
自民族の文字はなく、1957年にローマ字を基にした表音文字が作られた。 -
ハニ族は多くの神と祖先崇拝を信奉している。
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ハニ族の人びとは高い山、長い川という地理的強みを生かして、一年中絶えることのない渓流の水と谷の水を段々畑に引き入れ、完全な天然灌漑網をつくり上げている。
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主に水稲を栽培し、いろいろな経済林、茶畑の栽培にも力を入れている。
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ハニ族は音楽が好きである。
老若男女は歌も踊りも上手であり、平日も楽器を肌身離さず持っている。 -
ハニ族は伝統的に1日2食で、コメを主食とし、トウモロコシを補助的なカロリー源としている。
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コメは白飯に炊いて食べるほか、粥、餅、ビーフン等にも加工する。
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エンドウからゼリー状の涼粉を作り、大豆で豆腐を作る。
発酵食品として、野菜の漬物、メンマの類、トウチなどがある。 -
ブタやニワトリや山で取れた獲物を使った炒め物、焼き物の肉料理や、血を固めたゼリー、魚のスープ、蛇肉、蜂の子のすり身などの動物性食品も多用する。
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味付けは唐辛子、コリアンダー、ショウガ、ニンニクの芽、トウチなどを用いた、刺激が強く濃厚なものが多い。
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火を神聖なものと見ているため、飯などの煮物と、動物の焼き物を別の場所(別の火)で行う伝統がある。
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また、客をもてなす際には、男女が別の部屋で食べたり、長街宴が開かれたりする。
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五穀豊穣を祈る目的で、初夏に田に出てイナゴを取って食べる祭りを行う。
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雲南省紅河地区にあるハニ族の棚田は、国内外のカメラマンたちの絶好の被写体として人々の目に触れるようになり、世界中に名を馳せている。
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ハニ族の元陽の棚田は「この世の奇跡」とたたえられている。
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5つの理由がある。
一、段が多いこと。坂の斜面に連綿と連なる畑は、3000段以上に及ぶ。 -
二、規模が大きいこと。棚田がもっとも集中する地区の元陽県の棚田の面積だけでも、20万ムー(1ムーは6.667アール)に達する。
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三、歴史が長いこと。この地の棚田は、控えめに見ても明の中期には一定の規模が形成され、少なくとも500年以上の歴史を有するという。
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四、景色が美しいこと。
棚田と一体化した山や雲海、日の出と夕暮れ、また山村風景などが、独自の美しさを見せる。 -
五、深みがあること。棚田は人文景観が自然景観と融合したものであるとして、海外から訪れる人々に「大地の芸術」とたたえられている。
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さらに、棚田を万里の長城と並べて「人間が創り上げた奇跡」と主張する学者もいる。
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この二つの違いは、万里の長城は庶民が強制されて完成させたものであるが、棚田は人々が積極的に建設し、千年という月日を経て自然にこのような規模となったという点にある。
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雲南省元陽の棚田の写真は、下記の旅行記でご覧下さい。
雲南省・南ルートの旅 (25)〜(31) -
棚田は外国人が人工衛星が撮った画像から元陽県の棚田を発見した。
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続いて、香港や台湾の写真家が相次いで発見。
その後、北京や上海、広州の写真家も元陽県に集まってくるようになった。 -
雲南省は「アジアの給水塔」と呼ばれ、古代の人が中国から東アジア、東南アジアそして南アジアへの「移動の中心及び文化交流の中心」であった。
哀牢山の棚田は「日本のコメ文化の発祥地」である可能性も高いといわれる。 -
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