2009/05/14 - 2009/05/14
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hirobekさん
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出張で福井に行くので、3時間早めに出発して、福井駅を散策して福井の町を堪能。
福井城跡で天守閣は無くて、なんと福井県庁と福井県警がどんと建っていました。たしかに現代の城主ですか。
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- 一人旅
- 交通手段
- JR特急
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新大阪7:45分発のサンダーバード3号がやっと来た。
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北陸の旅は、やっぱりサンダーバードが早くて、列車もスマート、大阪−福井が約2時間
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福井駅
びっくりするほど立派で綺麗な駅 -
駅を出て歩くとすぐに福井城お堀に突き当たった
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地図通りカトリック教会が目印
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標記されていて歩きやすい
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10分位歩いて養浩館庭園に到着
旧福井藩主松平家の別邸で、迎賓館、側室が住んでいたとボランティアガイドさんが説明してくださる。 -
江戸中期を代表する書院建築だったが、昭和20年の福井大空襲で焼かれたが、昭和57年に大復興計画で江戸時代文政6年(1823年)の「御泉図指図」に基づいて復元
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土間がある台所
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江戸時代は「御泉水屋敷」と呼ばれただけあり池の中に家が建っている雰囲気
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池には大きな鯉がゆったりと泳いでいる
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「養浩館」は明治以降の呼称とのこと。
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福井城本丸の北400mに位置し、外堀に接した要地に位置する
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二代目忠直に誅殺された重臣 永見右衛門の屋敷地であったところを3代の忠昌時代に藩邸となり、芝原上水を引き込んで泉水屋敷となった。
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明暦2年(1656年)に4代光道の側室がここで男子を出産したことが史料として初見。
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江戸中期を代表する回遊式庭園で、池の周りを1周散歩できる。
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書院造り
「鎖の御間」(くさりのま) -
「鎖の御間」(くさりのま)に面した板戸には鶏の絵が描かれている
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池からの風が気持ちがよい
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高麗伝来の螺鈿細工を配した脇棚
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遣水
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庭の景色が美しい
遠くに清廉が見える -
土壁に金粉を施した「金砂子の御間」(きんすなごのみま)
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御湯殿
なんと蒸し風呂まである -
蒸し風呂をでて体を洗うために水はけを良くするために床は傾斜がついている
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庭から眺めると屋根が独特
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復元された遣水
都市計画の都合で壁が築かれ幅が狭められたとのことと、現在はこの水は庭をまわって環流していると
赤い服のボランティアガイドさんが説明してくれた。 -
雲形で額縁効果がある
庭から眺めたところ -
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ここが正面玄関になるとのこと
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庭に有る巨石、庭石としては最も大きい
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庭に咲いていた花木
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清廉
四畳の広さで船遊び、庭の散策の休憩場所 -
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七重の塔
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隣の福井強度歴史博物館へ
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16代藩主松平春嶽
江戸末期に活躍し、福井だけでなく京都では大政奉還を進め、明治の新しい世の中をつくるのに尽力。 -
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外掘り
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右 福井県庁
左 福井県警 -
福井城城壁の階段
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結城秀康(徳川家康の次男)の像
1代目の福井城主、福井城と城下町をつくった。 -
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福井城天守閣の場所
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福の井
これから福井という地名になったと -
昭和22年の福井震災で城壁が大きくゆがむ
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お城の門
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中央公園にあった岡田啓介の像
岡田啓介は、
日本が戦争に向かって突き進んだ時代、福井県出身で初めて総理大臣となった。
戦争末期には、戦争を早く終わらせるためにつくしている。 -
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中央公園にあった岡倉天心(1862-1913)の像
明治大正の美術研究家。アメリカ人のフェノロサとともに日本古来の美術を研究、世界に紹介した。
『茶の本』を英語で出版している。
著作『東洋の理想』では「アジアは一つなり」と唱えた国際人。
横浜が生誕の地 -
中央公園にあったラジオ体操の像
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佐佳枝廼社
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材木、庭の飾り物を販売している古い店
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福井名物蟹飯を買う
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1100円もしたのに、ご飯も蟹も期待はずれ
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ローカル線で市波へ
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中国人研修生とひとときを過ごす
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帰りは特急「雷鳥」で
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帰りのお弁当に「焼き鯖寿司」これは950円で満足
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