1985/08 - 1985/09
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Akira_Tokyoさん
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1985年、という遠い昔の旅の思い出です。
皆さんのお持ちのノスタルジーと共感できれば幸いです。
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パリの少女
20歳の時、大韓航空のジャンボに乗って、ソウル−アンカレッジを経由して、はじめて訪れた外国の町は、パリでした。
重いザックを背負って、ドゴール空港からバスに乗り、着いたところは凱旋門。そこから東に向かって、シャンゼリゼを歩きだしました。
真夏のシャンゼリゼは人影も少なく、えらく静かな街だなと思いましたが、単にバカンスなだけでした。サンゼルマンまでてくてく歩き、一泊2千円の宿に泊りました。当時はフランス語は全くダメで、話せるのはカタコトの英語とドイツ語だけ。ひとりぼっちの、はじめてのパリの夜は、いつまでたっても太陽が沈まず、パリにも白夜があるのかなんて考えてました。翌日は日曜日でしたので、両替をしに北駅にゆくと、日本人のバックパッカー(男)に声をかけられ、その晩いっしょに泊まることにしました。
わたしが日本から持ち込んだトラベラーズチェックは20万円、当時のお金で900ドル足らず。それで1ヶ月半の間、欧州各地を旅行しようというのですから、安ホテルの部屋をシェアすることは、経済的にメリットがあったのです。二人で地下鉄シャトル駅の構内を歩いていると、ひとりの少女がわたしに声をかけてきました。わたしにはその娘がとても美しく思えました。金髪でしたが、日本の少女のように感じたのです。フランス語で話す彼女にわたしは、なぜか「イエス」と言いました。すると、次の瞬間、わたしの腰の回りに10人ほどのジプシーの子供たちが手に手に新聞をもってまとわりついてきたのです。わたしは、時差ぼけも手伝い、なにが起こっているのか、理解できませんでした。が、北駅からの相棒の大声で気づきました。これが、悪名高き、パリの地下鉄のスリの子供たちなのです。わたしのポケットから財布を盗もうとしているのです。相棒の大声で、子供たちは逃げていきました。相棒はわたしにアドバイスしてくれました。「スリがきたら、蹴るんだ。」 だけど蹴れませんでした。
それから、2年後にパリを再び訪れた時は、ちょうどテロ事件のあとで、警察の目が厳しく(日本人にもビザも必要でした)、スリの子供たちをみつけることができませんでした。 -
コートダジュールで気分はジゴロ − ニース
たまたまニースでラリーの欧州選手権が開催されていました。ゼッケン1番は、名車ルノー5(サンク)ターボでした。
ニースといえば海岸通りのオテル・ネブラスカが有名ですが、このあたりはジゴロを気取った少年たちが闊歩しており、「おお、コートダジュール!」という雰囲気を楽しめます(ちなみにカンヌにゆくと、さらにこの手合いは多い)。
ニースの海岸は砂利なので、足の裏が痛くなります。プライベートビーチのあいまにパブリック(無料)ビーチがあります。シャワーもあります。
山の手にはシャガール美術館やマチス美術館があります。ネブラスカのすぐそばにも美術館がありました。だれかの邸跡を利用しているようです。
海と美術と、もちろんディナーもたのしめる、ビンボー学生からお金持ちまで、間口の広いリゾートです。
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