2008/08/22 - 2008/08/31
312位(同エリア512件中)
目黒警部さん
中国雲南各地の少数民族の民居・村落を移築、中国雲南の少数民族の村落そして文化を集中展示している、中国雲南民族村に出かけた。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 航空会社
- 上海航空
-
2008年8月30日
イ族村の野外ステージにて踊りと歌を堪能して、民族村の中心にある方向へと歩いて行くと、大きな食堂の建物があった。 -
箇旧から昆明の道中に立ち寄った、バスの休憩所にて食べた同じ団子がレストラン前の屋台で売っていました。
鮮玉米南瓜餅というのか〜
おいしそうだが・・・あの時、お腹を壊したので買うのはやめとこう。 -
レストラン前の屋台街です。
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民族村の中心にあるイベント会場です、あいにくと催し物はやっていませんでした。
-
イベントホールのすぐ隣に・・・
なんの入口だろう?
入ってみよう。 -
中に入ってみますと、象ショーのステージがありました。
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象つかいは、タイ族の人かな?
それともタイから出稼ぎに来ている人かな? -
中国のタイ族の人口は102.5万人、雲南省には101.4万人、主にシーサンパンナ州と宏州に集まり住んでいます。
又臨滄の耿馬、孟定、思茅の孟連、玉溪の新平などの30県にも分布しています。
タイ族は多くの支系があり、主に水タイ、旱タイ、花腰タイです。 -
タイ族はタイ族の言葉を使用します。
この言葉は漢・チベット語系、チワン・トン語派、チワン・タイ言語に属し徳宏方言とシーサンパンナ方言があります。
タイ族は表音文字を使っており、各地で使われている文字はやや違いがあり、幾懋文(シーサンパンナ幾文)、幾陳文(徳宏幾文)幾荏文と金平幾文(幾端文ともいう)の四種に分かれてます。
四種の幾文は古代のインド文字母をルーツとするものです。 -
タイ族は悠久な歴史を持つ少数民族であり、大昔からタイ族の祖先は中国西南部で子孫を増やしながら生きつづけてきました。
タイ族には千年以上にのぼる古い幾文の文献、古い貝葉経、自民族の暦法――幾暦、著名な長い叙事詩などがあり、また豊富多彩な音楽と踊りがあります。
これはタイ族の悠久な歴史、光り輝く文化、独特な風情を存分に具現するものです。 -
タイ族は亜熱帯地域で生活しており、農業生産が発達し、サトウキビ、コーヒー、サイザルアサ、バナナ、ゴムなどの熱帯経済作物の栽培しています。
シーサンパンナの密林の中には、貴重な野生動物が生息し、野生植物が生い茂り、生物の王国と呼ばれ、今では中国の著名な観光スポットです。 -
タイ族のお祭りは主に開門節、関門節、送竜節などがありそのなかで、一番盛大なのは水掛け祭りす。
水掛け祭りはタイ族の新年を迎える伝統的なお祭りです。
人々はおたがに水を掛け、災を取り除いたり、祝福し合いたりすることができると思っています。
若い男女は祝福するほか、遊びに水を掛けます。
お祭りの際に、沙積み、綉球(絹リボンでこしらえた球形の飾り)投げ、花火あげ、竜舟(竜の形にかざった舟)の漕ぐ試合なども行ないます。
その際に、全国からの観光客が西双版納と宏にどっと集まり、非常ににぎやかになります。 -
漢民族を含む北方諸民族の南下により中国で大規模な人口変動が起こるとタイ族も移住を余儀なくされました、あるグループはメコン川北部上流に定住し、クメール族(現在のカンボジア人)の支配を退け、ラーンナータイ王国をチエンマイに建設しました。
彼らはラオ語と似たタイ諸語の方言を話し、独自の文字を持っていたうえ、昔の風習で腹に入れ墨を入れるがあったため、黒腹ラーオと呼ばれていました。
民族的には西北タイ人、あるいはユワン族と呼ばれています。
ラーンナー王国は数百年続いたが、のちにチャクリー王朝(現在のタイ王国)の属国となり、後に完全なタイ領となります。 -
メコン川流域に定住した住民のうち東へ移住した民族をラーオ族といい、彼らが立てた国が現在のラオスです。
このグループは後述の小タイ族に対して、同化の傾向を示さず頑なにラーオ族であることに固執したので、タイ族とは似て非なる特徴を形成しました。
これは後に同じ民族にありながらラオスという国を形成した要因でもあります。
近代に入ってからは、タイ系・非タイ系の少数民族がラーオ族の反抗勢力になるのをラオス政府は恐れ、ラオス国籍保有者をラオス人と定義し、ラオス人をラーオ族という民族やその他の少数民族という風に分類する事を政治的に否定しました。 -
ラーオ族はメコン川南西部にも居住していましたが、タイのチャクリー王朝とラオスとの戦争によりこの地方(イーサーン)はタイの領土となります。
その後は、この地方のラオ族はイーサーン人としてラオス人と区別されるようになります。
イーサーン人は、厳しい気候による貧困と言葉の違いにより、タイ王国の小タイ族から差別を受け、伝統的にラーオ族意識が強かったが、最近では中央政府の開発やグローバライゼーションの影響により一体化が進んでおり、タイ人意識が高まっています。 -
外国によりシャム人と呼ばれた人々が、小タイ族です。
彼らは、チャオプラヤー川下流で先住のクメール族(現カンボジア人)を退けて、1257年(タイ仏歴1803年)、スコータイ王国を建てた。
このタイ族のグループは、非タイ系民族からサヤーム(暹、Siam、日本語における「シャム」)と呼ばれました。
このスコータイ王国が現タイの基礎になります。
後には大タイ民族主義と呼ばれる同化政策をタイが進めたため、タイ領内のタイ国籍保有者をタイ人と定義します。
一般にはタイ(Thai、ไทย)という語は「自由」を意味すると説明されるていますがこれは俗説であり、中国古代語の「大(dai)」が語源で、dai が訛って、thaiとなったとするのが現在有力な説です。
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