2007/11/06 - 2007/11/06
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フロッガーさん
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今回の道中記、最後の場所になった浄蓮寺です。
浄蓮寺は正式名称『八葉山遍照院・浄蓮寺』。第十七次の遣唐僧で第三代・比叡山座主となった「慈覚大師」によって、天安2年(858)に開山された天台宗のお寺です。慈覚大師は奥州山寺(山形市)の創立の帰途途中にこの地に立ち寄り、道場を開いて阿弥陀如来像を作り安置しました。
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建久年間(1190)頃には源頼朝から50石、当地領主の車丹波守義秀から寺領100石を受けており20あまりの末寺を配下に置く大きなものだったそうです。浄蓮寺は天正二年(1574)の兵火によって記録の大半を焼失しました。また嘉永元年(1848)にも再び火災にあい、宝物類も全焼してしまいました。
安政四年(1857)には現在の本堂が再建されました。屋根が茅葺きであるのが特色となっています。本尊である阿弥陀如来像は延宝九年(1681)の作と言われ、仁王尊は天和三年(1683)の作と伝えられています。 -
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山門。
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本堂。
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愛染堂。
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愛染堂は文禄二年(1593)に建てられたといわれています。中には愛染明王が安置されており、姿は赤色で3つの目と6本の腕。忿(ふん)怒の相をしていますが、愛情を守護し悪心を滅する仏様とされています。またその名から染物の神様としても祀られています。
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この愛染明王は、車城主・車丹波守義秀が戦勝祈願のために満願寺(花園神社)に奉納したものと言われています。この像の中には体内仏が収められています。また、両脇に獅子と白象に乗った二童子を従えている珍しい形式となっています。 -
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鐘楼堂。
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そして、裏山にあたる場所に三十三体観音があります。そちらへ。。。
七福神。 -
1番目の観音様。暗くなってきて危ないので4番目までしか行きませんでした(;´Д`A ```。それ以降は山の中に入って浄蓮寺の裏手までのルートになります。
三十三体観音の作者及び年代は不明となっていますが、修行僧達が発心して西国、或は坂東の霊場(いわゆる観音霊場)を模したものといわれています。定かではありませんが、三十三観音信仰に基いて造られた磨崖佛であり渓流に面した山の斜面に花崗岩が点々と置かれ刻まれています。観音像は聖・十一面・馬頭・如意輪・千手観音などでこれらの中に地蔵菩薩が一体だけあるそうです。 -
三十三観音がある方に行くと、花園川がここにも流れています。この界隈は上蓮寺渓谷としても有名です。実際、渓谷は1キロ先の上流までになるようですが、お寺のすぐ脇に立派な滝がありました。
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ここら辺も、紅葉はまだのよう。お寺の人の話によると毎年、11月20日過ぎに花園に紅葉が来てそれから浄蓮寺界隈だそうです。
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そしてここで暗くなってきたので、今回の旅もこれにて終了です。
最終的には滝ばっかり撮ってるか、全然余裕がないかの行動になってしまいました(ΦωΦ)
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