2007/12/04 - 2007/12/04
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フロッガーさん
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この神社は宇都宮から北に位置する上河内町の羽黒山(標高458m)の山頂に鎮座する神社です。
麓からは2キロ強の道を登る事になりますので、車の方は9合目展望台のある場所までいけますのでそこまで行ってしまった方が良いかと思います(笑)そこから神社まではさらに石段を200段超登りますので。。。
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石段を登り始めると途中に夫婦杉があります。この夫婦杉は推定樹齢が450年超といわれています。この杉は羽黒山神社に慶安年間(1648〜1652)に宇都宮城主・奥平光重が出羽の羽黒山の分霊を祀ったとされています。奥平光重が出羽(山形)に移封された際、羽黒山大神に祈願したことによって宇都宮に帰封されたことから分霊を勧請し合祀したという説があります。その折に神社本殿が修復されていて、この時同時に参道の修繕と併せ杉の植栽がされたそうです。
2本の杉が根元で一本となっているこの杉は、羽黒山神社の御神木として、そして名前からもそうですが縁結びの木として信仰されてきました。 -
そして拝殿へ。稲倉魂命(ウガノミタマノミコト)を祀る羽黒山神社は明治初期まで羽黒山大権現を称していました。近郷の十八郷・総鎮守の神様として、そして神仏混淆の修験道場としても多くの信者から崇敬されてきた場所です。創建は康平年間(1058〜1065)に藤原(宇都宮)宗円が宇都宮城築城に際して、祈祷修法の最中に出羽三山とのつながりを意識して勧請したものと伝えられています。要は北方の守護神として、の模様です。羽黒山はその前には河内山と称していて、「河内」はいまも栃木県内の地名に使われていることが多いです。
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鐘楼堂は、元禄14年の9月(1702)に建立されました。この鐘楼堂は神仏混淆としての羽黒山神社大権現を位置づける物です。現在の梵鐘は、建立から 117年後の文政元年に再替されたとの刻印があり改鋳されたものだといわれています。一般的な寺院にあるものと同様の物です。
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羽黒山神社の梵天祭りは、江戸時代中頃に収穫を感謝する行事として始められたものと言われています。300年以上続く伝統のお祭りです。以前は旧暦である 10月7日に行われていましたが、現在は毎年11月23日、24日の2日間に行われています。若者達が麓の今里地区を練り歩いた後、威勢よく羽黒山山頂の神社の参道を駆け上がります。約2kmある急な坂道を登り、神社に参拝すると、梵天は社殿の横に奉納されます。毎年約15本ほどの梵天が奉納されます。
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社務所側から。本殿は母屋に保護されています。
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梵天。本殿横に奉納されています。
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拝殿。
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9合目の参道入り口からは213段の石段を登ります。
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8合目付近から9合目に登るルートは2つ。車で行っちゃうか、麓から登る人はここにたどりつきます。
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ここの展望台から望む関東平野は関東一(いっぱいありますが)といわれます。夜は夜景の綺麗な場所としてデートスポットになっていますが真っ暗です(笑)
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山頂だけ雲が被っていて雨かな〜と思っていたら予想外にみぞれ混じり。雹のようになったりもしていたのですが初雪?
展望台の所で、雹の見えますね。柔らかい1〜2mmの雪玉。 -
我慢して日暮れまで待って夜景を撮ろうとしていたのですが、夕焼けもおきず寒さに耐えられず、撤収しました(爆)。左真ん中が筑波山です。ここの展望は綺麗なので(一応)有名です('-'*)
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