2009/04/08 - 2009/04/08
278位(同エリア424件中)
エスケーさん
青春18切符の最後の1枚でどこに行こうかなと、考えていて岡山の備中高梁の松山城が以前から気になっていたのだが今まで行く機会が無かった。天気もよさそうなので思い切って一人で新快速に飛び乗った。備中高梁は城下町で武家屋敷の通りなどが保存されており予想通り落ち着いた良い街でした。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
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姫路乗換、岡山乗換でやっと備中高梁に着きました。
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うまい具合に、駅前から乗り合いタクシーに乗れ、備中松山城の登り口まで行けました。
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「ようこそ まいられた」城主 の高札が迎えてくれます。
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「臥牛山」標高480mの頂上にそびえる日本一の山城です。石垣も奇麗です。
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大手櫓跡です。
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三の平櫓東土塀は国指定重要文化財だそうです。
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山城の石垣は風情が有りあますねえ。
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パンフレットより備中松山城の歴史を。
この城の歴史は古く、鎌倉時代に有漢郷(現在の上房郡有漢町)の地頭に任ぜられた秋庭三郎重信により臥牛山の内の大松山に砦が築かれた事に始まります。 -
その後、小松山に移り、城の縄張りは時代とともに変化しますが、中でも1574年に起こった「備中兵乱」時は「砦二一丸」と呼ばれた出丸が築かれていたようです。
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臥牛山全体が一大要塞となっていたことがうかがえます。
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当時の城主であった三村氏が滅んだ後も、毛利氏の東方進出の拠点となっていました。
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毛利氏が防長二国に退いてからも、備中国奉行として赴任していた小堀正次・政一(遠州)父子により修改築がなされたそうです。
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以降、池田氏、水谷氏、安藤氏、石川氏、板倉氏と城主が変わり明治維新を迎えます。
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現存する天守などは1683年に水野勝宗により修築されたものと伝えられています。
以上、高梁市観光パンフレットより。 -
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天守閣の内部
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天守閣の内部です。
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帰りは歩いて下りました。途中から高梁の市街地が一望できます。
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川沿いの道はよく整備されて歩くのに気持ちがいいです。
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武家屋敷の通りです。
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武家屋敷(旧折井家)の門構え
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頼久寺
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高梁基督教会の前は紺屋町筋で桜並木が奇麗です。
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高梁基督教会
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紺屋町筋の桜並木
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現在は歴史資料館になっています。
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備中高梁駅に戻って来ました。落ち着いたいい感じの街ですねえ。映画「男はつらいよ」で何度か取り上げられたのが分かる、古い日本の良さを持ったいい町でした。
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