2009/04/07 - 2009/04/08
184位(同エリア704件中)
labuさん
上海発一泊二日「アモイ鼓浪嶼」+「福建土楼」の旅
ところが上海虹橋空港からトラブル発生!!!
4月7日(火)上海虹橋空港朝7:40発MU5661→アモイ着9:10
4月8日(水)厦門高崎空港夜21:30発MU5670→上海虹橋で
丸2日間観光の予定が・・・最初から・・・狂ってしまった!
出発の50分前に虹橋空港到着。空港は人民で溢れ返り、
チェックインのための行列に並んでいると
「シャーメン・シャーメン〜」と言う呼び出しの声。
カウンターに行くと今度は「もうチェックインは45分前に終わったから乗れない、次の便に変更してくれ」と言われ、まずはここでプチ切れ。
チケットはディスカウントのSにも関わらず50元払って楽々次の便に変更・・その後、続々同様の人が・・これってオーバーブッキングじゃないの?!
そして9:30発でようやく出発。アモイ到着は11:00
「あ〜、半日これで無くなってしまったよ〜」
アモイ空港には事前にホテルの無料送迎バスを予約しておいたのでお出迎え。
さすが4星。
空港からホテルまでの車中にてチェックインの手続き完了。
ロスタイム挽回です!
上海虹橋空港⇔厦門高崎空港 MU往復Sクラスチケット代860元
厦門セントラルホテル(4星)ツイン568元
土楼 238元
出発前、偶然にも土楼の旅行記を投稿していた“あんいえさん”のサイトに出会い旅の参考にさせて頂きました。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス 船 タクシー
- 航空会社
- 中国東方航空
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こちらはホテルのロビー。
厦門京ミン中心酒店 (中国語名)
アモイセントラルホテル(英語名?カタカナ名)
厦門市嶼後南里158号にあります。
空港まで無料送迎バスがあります。
日本人スタッフが一人いらっしゃいました。
eLongのネットサイトから予約しました。
www.eLong.com
ほかにはctripもネット予約できます。 -
私達の部屋は15F でした。
ドライヤー、バスローブ、スリッパ、アメニティすべて揃っています。TVもBS放送が映ります。 -
バスルームです。トイレはTOTOのあったかシートです。
-
さて半日ロスタイムが出てしまったため、昼食はホテル2Fで日本食のランチセットを頂きました。50元でした。このエスカレーターの上に日本食レストランがあります。ロビー奥にはビュッフェのレストランがありました。
-
まずは翌日の土楼行きのチケットを買いに行くことにしました。ホテル内で手配できる土楼行きは一人600元もしますので、これはパス。ホテルにいる日本人スタッフに聞いても彼はその辺の知識がない。
“あんいえさん”の旅行記にあった青年旅行社の電話番号を調べてもらい電話してもらったけど誰も出ない。昼寝中かな?
「困った〜」でもこれ以上時間のロスが許せない私達はタクシーで電子城そばの長距離バス乗り場に行くことにしました。画像の場所が長距離バス乗り場です。 -
バスターミナルの中の画像です。入口を入るとバスのチケット売り場窓口があります。土楼を通過する長距離バスもここから出ていますが、私達が目指すのは土楼往復個人客向け旅行バス。ターミナルの中には土楼の大きなポスター。でもチケット売り場が見つからない。当たって砕けろ!それらしい人を見つけて聞きまくりました。
-
そして最後は、バスターミナルの中に入って左手に列車のチケット売り場があり、ここで土楼行きのチケットをゲットしました。
土楼行きの個人客用観光バスは青年旅行社が手掛けているようです。どこで買っても同じルートのようです。パンフにはA線、B線、C線と書かれています。
A線は南靖土楼行き。“あんいえさんの行ったところですね〜。”田螺坑土楼がある所です。“四菜一湯”のところですね。4つの○と1つの□の土楼です。
B線は永定高北土楼がある所で“承啓楼=土楼の王”がある所です。
C線は永定土楼群の“振成楼=土楼の王子”があるところです。こちらは中国国家トリプルA級旅行地区でもあり、世界遺産になっている所です。
さて値段ですがパンフレットには318元となっていますが、実際はこの値段ではありません。A線はネット予約ですと200元弱でも売られています。私達はB線に行きたかったのですが、C線になってしまいました。値段は一人238元でした。昼食代と土楼の入場券50元が含まれています。
さて、「これからどうするか?」とチケット売り場の人に聞かれたので、「鼓浪嶼へ行く」と答えたら一人15元でガイドを勧めてくれたので、30元を出してガイドを雇いました。このバスターミナルから船着場までのタクシー代8元込の値段です。 -
ガイドさんは青年旅行社の女性でした。
結果としてガイドさんをつけて本当に良かったです。
私達は午後2時にバスターミナルを出発しました。
鼓浪嶼では、
?日光岩
?ピアノ博物館、アモイ島に戻って
?南普陀寺に行きたいというリクエストをしました。南普陀寺は夕方6時まで入ることが可能という事で、それまでにアモイ島に着く予定で鼓浪嶼の見学をスタートしました。 -
船着場を出て左側に進むと、右手にすぐこの建物が見えます。
確かここは旧イギリス領事館の建物だったと思います。 -
そして一つ目の角を右手に曲がると緩い上り坂があります。画像は上り坂から撮った旧イギリス領事館です。赤い花が大変きれいです。
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坂の中腹にある旧ドイツ領事館。現在は「NAYA CAFE」となっています。
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ガジュマルの木です。島にはたくさんこの木があります。 中国語では「榕樹=rongshu」と言います。
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坂を登って左角にあるこの陰湿な建物は、誰が見てもそう感じる建物です。あまりにも陰湿過ぎて旅行者は通り過ぎてしまいます。ガイドさんがいなければ決して敷地内には入らないだろうと思います。
私達が日本人だったからかな?ガイドさんが案内してくれたこの建物は「旧日本領事館監獄」です。
建物外観も朽ちた感じですが、アモイ大学の先生が現在も住んでいるそうです。何となく大きな木が生い茂り太陽が当らない場所でした。 -
この石碑が敷地内に入るとあります。
「日本帝国主義アモイ領事館警察署地下監獄」
1985年第二省級文化単位」となっています。
つまりこの建物は永久に取り壊されず、日本帝国主義の悪の遺産として福建省人民に語り継がれるための文化遺産ということでしょう。 -
旧日本領事の敷地の中を通り左側の脇道を通り抜けるとこのような道にでます。
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白い建物は天主堂。
ここは天主堂の裏側になります。 -
天主堂の入口側です。中に入ることが出来なかったので道路脇から写しました。
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「海天堂構」です。ここは入場料が必要のようです。
元はフィリピン人華僑が建てた建物だそうです。その後、国にこの建物を寄付したとの説明でした。
画像は入口を入って正面にある一番大きな建物です。かつて5人の妻を持ち、この大きな建物には一番目の妻が住んでいたそうです。さらに左右も建物があり、そこには2番目から5番目の妻が住んでいたそうです。 -
「海天堂構」の建物には中華風と西洋風が至るところに混じり合っています。
画像は中華風の鳳凰と西洋の飾りが混じっています。 -
「海天堂構」の中を見学しました。
ここには「いろいろな中国初が鼓浪嶼で行われたと言うリスト」が書かれています。
例えば:
? 中国初の裕福島になった。
? 中国初のボーリング場ができた。
? 中国初の飼い犬登録を実施した。
? 中国初のコカコーラ工場(スパークリング)出来た。
? 中国初の現代式サッカー場ができた所。
? 中国初の現代式幼稚園ができた場所。
? 中国で初めてピアノが上陸した所。
? 13カ国の領事館があり当時の上海の領事館数より5個多かった・・・・などなど、沢山の初めて物語がここ鼓浪嶼から始まったとの説明でした。 -
「海天堂構」の入口を入ってすぐ右手の建物の2階で
無形文化財のショーが日に数回行われています。これを見ることが出来たのもガイドさんを雇ったおかげでした。
「国家非物質文化遺産」=「国家無形文化遺産」です。
「木偶」=パペット、指で巧みに人形を操作します。昨年の北京オリンピックの開会式でもこちらのパペットが披露されたそうです。 -
パペットショーは短いストーリーで二人ずついろいろな登場人物が出てきます。
観客は私達だけが外国人であとは全員中国人でした。
大変盛り上がっています。 -
皿回しまでやってくれます。
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京劇あり、龍が出てきたり、たった4人で持ち回りでやっています。
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ショーが終わると再度、登場人物のパペットをもった人が、先ほどの演技がどのように行われたか見せてくれます。指の動かし方も見せてくれます。画像はバトンを回すところを再演してくれたものです。
指が大変やわらかく動きます。驚きです。 -
さてパペットショーが終わり、再び「海天堂構」の中を見学です。
不思議な仏像です。これも中華と西洋の合体作品です。顔は男性です。手に持っているものは船の舵。
そして後ろから見ると・・・ -
どうですか?後姿は女性です。
しかもマリア像見たいにブーケのような物を身につけています。 -
次は「日光岩」を目指して歩きます。
途中、こんな椰子の実をつけた椰子の木発見。
この島は、観光客が多いにも関わらず途中、地図や矢印など目印がありません。大まかな地図はあるのですが、あとでその地図を見ても私達の歩いた道は載っていませんでした。
初めての時はガイドさんがいた方がロスタイムがなくていいですね。特に短期滞在の人には。
2回目からは自分たちで探索しても面白いと思います。 -
5人の子供の像 + 休憩する2人の男
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私達はこの坂を下って日光岩を目指しました。
下から撮った坂道です。 -
やっと見えてきました。日光岩です。
ここでガイドさんから質問がありました。「山に登りますか?ピアノ博物館だけなら10元です。山に登るとプラス50元で60元になりますがどうしますか?」と。
ここまで来たのだから登らないとね。
しかも92.68mだったら大丈夫でしょう・・ -
山登りの入口です。
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左側には「弘一法師」の記念碑があります。
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低い山だと思っていたのに以外とキツイ。
石段の高さが高いせいかな。
ガイドさんは途中で「私はここで待っているから」と頂上までは付いて来てくれませんでした。 -
日光岩頂上からロープウェイ発見。
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日光岩頂上から厦門島を望みます。
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日光岩頂上から別方向を望みます。
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頂上から海岸付近に下りて来ました。
海岸そばにはモノレールが走っています。
下から見上げる日光岩です。
次は海岸線に沿って歩きピアノ博物館を目指します。 -
ピアノ博物館の下にある海岸です。
夏には海水浴場になります。 -
ピアノ博物館入口です。残念ながらピアノ博物館内は撮影禁止になっています。
珍しいピアノがいっぱいです。音が出ない飾りだけのピアノや変形型ピアノ。白黒鍵盤が逆になったものなど。
オルゴールのようにパンチカードをセットし足踏みを交互に押すと音がなる「ピアノが弾けない人のピアノ」がありました。ガイドさんがお願いして特別に演奏してもらいましたが、素晴らしい音色です。パンチカードが動いているだけなのに、強弱速度さらに音、感動ものでした。 -
これで鼓浪嶼の観光はおしまい。船着場に帰る途中、綺麗な花が咲いていました。写真を撮るつもりは無かったのですが、ガイドさんの「この花は島の中でここにしかない!」という言葉を聞いてシャッターを押しました。でも花の名前を書きとめるのを忘れてしまいました。
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船着場に戻る途中、お土産物屋さんに寄ってもらいました。
島の名物「老婆餅」。中国語では「Lao po bin」と言います。「老婆」とは「妻」の意味です。味は塩味です。なぜかと言うと「しょっぱい」と言う中国語は「シェン」と発音し「賢母」の「賢」という字も「シェン」と発音するから、良妻賢母の意味で味が「しょっぱい」味になっています。
もうひとつ「老公餅」というのもありました。「老公」は夫の意味でこちらは甘い味付けになっているそうです。 6個入って8元でした。 -
買い物も終わり船に乗ってアモイ島へ戻ります。
さてガイドさんに支払った金額は;
?ガイド料として一人15元。(タクシー代込)
?海天堂構入場料一人90元。
?日光岩+ピアノ博物館一人50元。
?帰りの船代(ガイドさんの分と二人分)16元。 -
アモイ島に到着後、ガイドさんはタクシーで南普陀寺まで送ってくれました。寺に着いた時はすでに5:30分。入場は夕方6時までに入れば夜まで中にいられるということでした。拝観料は3元。・・と言っても夕方6時になると本殿などは閉められてしまうので見学できません。
ガイドさんは、寺からホテルまでバスでの帰り方を教えてくれてここでお別れしました。 -
画像右側がチケット売り場です。
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南普陀寺では外せない「仏」の字のある石です。
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お寺を出て1元でバスに乗り胡里山砲台を目指しました。でも砲台はすでに閉門していました。そこで海岸線に沿って遊歩道があったので歩いて見ることにしました。すると、砲台のある山の側面に小さな大砲を発見。何となくこれで満足。
さらに遊歩道を歩くと海鮮レストランがあり繁盛していたので、ここで夕食をしました。二人で110元。
穴場でお勧めです。食べる事に夢中で写真を撮るのを忘れました。
レストラン名:九龍塘
住所:環島路胡里山大砲台傍 -
大砲台側の夜の海です
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翌日土楼へ出発。約束は7:30のピックアップ。しかし運転手は7:15に迎えに来ていた。その後3つのホテルを回ってピックアップ。本日は日本人2名、広西人3人+シンガポール人2名+地元の母子で合計9名です。ところが広西人が途中で忘れ物をしてホテルへ戻ったりと結局、一番はじめに乗った私達は市内を出るまでに1時間も車に乗る羽目になってしまいまいした。
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旅行記で皆さんが書かれている「高速」って本当は高速ではありません。実際は国道324号線ですが、信号がなく、超スピードで走っているため日本人は高速と勘違いしてしまいます。本当の高速はこの国道と平行に走っていますが、土楼の方向には行きません。
お約束のトイレ休憩タイムです。バナナ売りが今日もいました。ひと房2元です。ちょっと大きめが3元。少なめが1.5元です。私は帰りに2元のバナナを買いました。ここから先はバナナ畑が続きます。 -
これがトイレ休憩タイムで立ち寄ったガソリンスタンドで買った2元のバナナです。上海に到着したらバナナは房からバラバラに離れていました。大きさはモンキーバナナを一回り大きくした感じです。買った当日は青臭く美味しいものではありませんでしたが時間が経つに連れ、食べられる味になってきました。
でもこれじゃ市場では売れないでしょう。きっと乾燥バナナとかになるんじゃないでしょうか? -
トイレタイムが終わり、さらにまっすぐバナナストリート(?)を走り右に曲がるとやっと土楼39kmの標識が出てきました。
A線の田螺坑まではここから7kmです。
C線の振成楼に行くまでには、田螺坑を左手に車窓から見ることができます。またB線の承啓楼をすぐ目の前にして右手に車窓から見ることができました。この2つを通り過ぎるとC線の振成楼があります。つまり一番遠い場所になります。おかげで私達は全部の土楼を目にすることができました。 -
田螺坑を過ぎたあたりからあちこちに土楼が出てきます。そして午前11時に振成楼に到着です。
まずは昼食。私達はここで昼食を取りました。そして12時ごろから徒歩で出発です。お目当ての振成楼は永定客家土楼文化村の中にあります。 -
永定客家土楼文化村内の案内図です。中はかなり広いです。土楼もたくさん集まっています。
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実際見て回った観光の順番とは逆にご紹介します。なぜかというと驚きのストーリーがあったからです。
ここは「福裕楼」です。歴史はここから始まります。
林仕栄という人物が清朝末にタバコの葉を切る煙刀で大成功を収めその遺子の3兄弟が財を成し、この「福裕楼」を建てました。
その後、もっと大きな土楼を作ろうと計画しました。
しかし長男と二男が死去し、三男の林仁山が二男の息子と一緒に「振成楼」の建設を計画しましたが林仁山も死去したため彼が完成させました。
つまり現在、世界遺産として「土楼之王子」と呼ばれる振成楼はこの福裕楼から始まるわけです。そしてその末裔が私達のガイドだったのです。
ここは川を渡った反対側からでないと全体像が見えませんが、「官邸式方形土楼」の形をしています。長方形の形をしています。 -
「福裕楼」には3つの入口があります。画像はそのうちの右側の入口です。3兄弟は各自部屋を与えられました。普通中国では長男が一番いい部屋を与えられるのですが、客家では長男が下の兄弟を守るという役割から三男が真ん中の部屋を与えられ、長男と二男は両脇の部屋になりました。
福裕楼の前には川が流れています。風水を考えて悪い位置には邪気が出るような作りをしています。 -
麦わら帽子をかぶったガイドさんは、実はこの家の人でした。彼女は5代目に当たるそうです。両親はこの家でお土産屋をしています。真ん中の部屋の奥の地下に臍の緒を収納している場所があります。彼女の臍の緒も地下に収めてあるそうですが、その後、法律が変わり臍の緒を持ち帰る事ができなくなったので、この風習は彼女の代で最後になるそうです。なぜ臍の緒を収めるかというと、生まれ故郷を忘れないという意味があるそうです。
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彼女の一族の人です。楼の中でお茶を売っています。彼の後ろにある写真は中国で毛沢東役を演じる役者と一緒に撮った写真だそうです。3,4日前にここに訪れたそうです。
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「袖珍円楼」です。一番小さな土楼です。かわいいですね。 「福裕楼」を川で挟んで反対側にあります。
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「袖珍円楼」なんだかキノコみたいな形です。
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川向こうにある「朝陽楼」です。
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こんな景色の中をさらに歩きます。
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朽ちた土楼跡ですが、土の中から竹が見えます。
骨組に使っている竹です。こちらは小さい土楼なのでこの程度の竹ですが、大きな土楼ではもっと大きなものを使っているそうです。 -
四角い形の土楼です。川向こうはみんなミニチュア系の小さな土楼が多いです。
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「景陽楼」です。四角い形です。
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「景陽楼」は少し高台にあります。
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こんな景色をずっと歩きながら見学していきます。
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こんな大きな木もあります。いったい何百年?それとも何千年?でしょうか。
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ここが「振成楼」です。
偶然にも土楼に旅立つ1週間前、中国CCTV10で土楼の番組を見ました。それによると、はじめは四角い形の土楼を作ったそうです。しかし四角い形では必ず一か所日陰=陰の部分が出来てしまうので改良を重ねて出来たのが丸の土楼とのことでした。そしてここ「振成楼」は完璧な形を成しているそうです。 -
「撮影ポイント」ということで、「世界遺産」「福建土楼」の石碑の前で記念撮影。
ここが入口の正面になるそうです。
ここは徹底的に風水に従って建てられている楼です。 -
「振成楼」の入口です。
1912年に建てられました。5000m2の敷地があるそうです。風水と八掛に基づいて建設されています。 -
もっと近づいてみました。
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入口は女性は右足から入ります。男性は左足から入ります。ここは先祖を祭る部屋です。中央に位置します。4つの石柱は長さ7mありますが、これをどのように山奥まで持ってきたかは謎のようです。
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蘇州庭園の要素も持ち合わせているとガイドさんは言っていましたが、たぶん蘇州庭園のように敷石が模様をなしていたからでしょうかね。
上海から持ってきた琉璃もあります。
盗賊から守る為に扉は外側に鉄板をかぶせています。
かなりの財産があったのでしょうね。 -
ここは中国武術の試合会場にもなっていたそうです。八掛の形をしています。 昔、中国武術者は用心棒として雇われていました。だから試合をして強いものに家を守らせていたのでしょう。
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陰陽の井戸です。こちらは陰でしょうか?反対側に陽があります。
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内側の様子です。現在は2家族しかここに住んで居ないそうです。
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この場所は炊事場になっていました。両側にトイレがありました。住民が少ないせいか綺麗に保存されています。
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外から見た感じです。
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外壁を下から上に向かって写して見ました。
1Fは炊事場、2Fは食糧貯蔵庫になっています。外壁は二重になっており、壁を伝わって煙は4Fまで登っていきます。 -
1階、2階には窓がありません。盗賊から襲われないように1階には窓がありません。2階を貯蔵庫にすることにより湿気や害虫から食糧を守ります。壁を伝わる煙により冬は暖かく過ごせます。
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そしてバスは午後2時に現地を出発し午後5時にアモイのホテルに到着しました。午後6時にホテルの送迎バスに乗り空港へ。アモイの出発ロビーのレストランは大変値段が高いです。到着ロビーにだけKFCがあります。空港で3時間時間を潰し夜9:30発で上海に戻りました。上海到着は夜10:40.
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こちらは「福裕楼」で10元で買った土楼の置物です。
今回の1泊2日の旅の総費用は1800元です。
見たい所をほぼ完璧に見れて大満足です! -
こちらは今回宿泊したセントラルホテルの名刺です。
日本人スタッフが常駐しています。 -
こちらは「福裕楼」の5代目=麦わら帽子のガイドさんの名刺です。自分の家が「世界遺産」なんてどんな気持ちなんでしょうね。
それにしてもご先祖が風水や八掛に基づいて建ててくれた家が現在も一族に富みをもたらしてくれているというのはうらやましいですね。
しかしほとんどの親族は文化大革命以降、中国大陸を離れて海外に移民してしまったそうです。
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