2009/03/21 - 2009/03/21
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プイイ フュイッセさん
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3月からの、朝の連ドラのロケ地が川越だと聞いて、ラッシュになる前に行かねば、と出かけました。川越は明治の大火の後、建てられた「蔵の町」で知られていますが、洋風建築や、江戸末期の大蔵を改造したギャラリーなど、行った人の好みでみつける別の顔もありました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
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特急レッドアローの先頭車です。乗ってから、撮影してないことに気づき、本川越駅でトライしましたが、ホーム端なので、よく写りませんでした。近所の人は、ホーム一つ前の踏み切り脇から狙ってました。
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13:33高田馬場発を選んだのは偶然でしたが、前日から運行を開始したラッピングトレイン(というらしいです)に乗りました。3連休のうちの晴天を選んで21日にしたのですが、着いてから大正解!!と納得。
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というのも、手にしたパンフレットを見ると、翌22日から5月8日まで(って長いですねぇ)「第20回小江戸 川越 春まつり」が開催され、22日はオープニングイベントで大交通規制だったそうで、難を逃れました。裏道で、辛夷の花が満開でした。
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土蔵の町で知られますが、洋風建築もポツリポツリと。一番街商店街で目を引いたのが、旧山吉デパート(まるひろの前身、だそう)。1936(昭和11)年 保岡勝也の設計。今は歯科医院が使っていました。
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保岡勝也は、三菱合資会社で丸の内の賃貸用ビジネスビルである第8号館から第20号館までをてがけた人物で、この町のランドマークになっている旧第八十五銀行(埼玉りそな銀行川越支店)も彼の設計とのこと。おぉー、もっと調べてから来るべきでした。ファサードのステンドグラスは創建当時からのもののようです。
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陽も傾いた頃、「茶陶苑」という(抹茶付き)ギャラリーに出会いました。川越の表通りの蔵は、1893(明治26)年の大火の後建てられたものが多く、また東京風の黒漆喰のものが多いなかで、この大蔵は、1850(嘉永3)年、味噌蔵として建てられた南北12間、東西5間の大規模なものです。
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ギャラリーには、濱田庄司、富本憲吉、バーナード・リーチと柳宗悦の友人たちの作品が並び、まるで駒場の日本民藝館か京都の大山崎山荘にでもいるかのような錯覚を覚えました。蔵のなかは、街歩きの喧騒からも遮断され、江戸から明治、大正、昭和をゆっくりと考えることができました。
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