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一年ぶりに仙台を訪ねました。去年は寒くて飲み会だけ参加の弾丸旅行でしたっけ。(^^;<br />春がまだ遠い杜の都ですが、今回は暖かいし時間もとれたので市内観光してきました。<br />定番の伊達政宗の足跡を訪ねる歴史散歩です。<br /><br />伊達政宗は天正年間に奥羽を平定した実力派の武将。<br />独眼竜正宗の異名をとる戦国期の覇者の一人です。<br />天下が平定されると秀吉・家康と仕え、政治的手腕もなかなかなもので、270年続いた仙台伊達藩62万石の基礎を築きました。<br /><br />昔3年近く住んだことがある街ですが、年月が経っているので見るものが結構新鮮でした。

みちのく紀行・伊達政宗

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2009/03/09 - 2009/03/09

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もろずみ

もろずみさん

一年ぶりに仙台を訪ねました。去年は寒くて飲み会だけ参加の弾丸旅行でしたっけ。(^^;
春がまだ遠い杜の都ですが、今回は暖かいし時間もとれたので市内観光してきました。
定番の伊達政宗の足跡を訪ねる歴史散歩です。

伊達政宗は天正年間に奥羽を平定した実力派の武将。
独眼竜正宗の異名をとる戦国期の覇者の一人です。
天下が平定されると秀吉・家康と仕え、政治的手腕もなかなかなもので、270年続いた仙台伊達藩62万石の基礎を築きました。

昔3年近く住んだことがある街ですが、年月が経っているので見るものが結構新鮮でした。

交通手段
新幹線
  • 市内の見所を1時間で周遊するレトロな小型バス「るーぷる仙台」。<br />今日の移動手段はこれにしました。<br />一日券600円で乗り降り自由。1回250円ですから確実に元がとれます。<br />こんなのが走っていたとは知りませんでした。

    市内の見所を1時間で周遊するレトロな小型バス「るーぷる仙台」。
    今日の移動手段はこれにしました。
    一日券600円で乗り降り自由。1回250円ですから確実に元がとれます。
    こんなのが走っていたとは知りませんでした。

  • で、最初に下車したのは伊達家の霊廟である瑞鳳殿。<br />参道を進むと左手に瑞鳳寺というお寺があります。<br />山号は正宗山と、伊達政宗ゆかりのお寺であることは言うまでもありませんね。

    で、最初に下車したのは伊達家の霊廟である瑞鳳殿。
    参道を進むと左手に瑞鳳寺というお寺があります。
    山号は正宗山と、伊達政宗ゆかりのお寺であることは言うまでもありませんね。

  • 立派な山門を潜ると正面にこれまた唐破風の立派な本堂。<br />静かな佇まいなのは禅宗のお寺ですからでしょう。<br />ご本尊は平泉の毛越寺から遷したと言われる釈迦三尊像です。

    立派な山門を潜ると正面にこれまた唐破風の立派な本堂。
    静かな佇まいなのは禅宗のお寺ですからでしょう。
    ご本尊は平泉の毛越寺から遷したと言われる釈迦三尊像です。

  • 開基は2代藩主・伊達忠宗で、父である藩祖・伊達政宗の菩提寺として建てられました。<br />さすがに仙台藩62万石の菩提寺だけあります。<br />鐘楼の梵鐘は忠宗が寄進したものらしい。

    開基は2代藩主・伊達忠宗で、父である藩祖・伊達政宗の菩提寺として建てられました。
    さすがに仙台藩62万石の菩提寺だけあります。
    鐘楼の梵鐘は忠宗が寄進したものらしい。

  • 冠木門は3代藩主・綱宗の側室お品の方邸にあったもの。<br />高尾門と呼ばれています。<br />狭いながらも凝ったものがたくさんあって興味は尽きません。<br /><br />ただ、仙台藩は戊辰戦争で奥羽列藩同盟の盟主となった筋金入りの朝敵でしたので、明治時代には相当に荒れていたようです。<br />再興されたのは大正時代です。

    冠木門は3代藩主・綱宗の側室お品の方邸にあったもの。
    高尾門と呼ばれています。
    狭いながらも凝ったものがたくさんあって興味は尽きません。

    ただ、仙台藩は戊辰戦争で奥羽列藩同盟の盟主となった筋金入りの朝敵でしたので、明治時代には相当に荒れていたようです。
    再興されたのは大正時代です。

  • さて、先に進みましょう。<br />瑞鳳殿へは長い石段の続く道を登っていきます。<br />足腰の弱い人用の杖が用意されていました。

    さて、先に進みましょう。
    瑞鳳殿へは長い石段の続く道を登っていきます。
    足腰の弱い人用の杖が用意されていました。

  • この一帯は経ヶ峰と呼ばれる山です。<br />その中腹に伊達政宗の霊廟があります。<br />鬱蒼とした森の中に華麗な建物が忽然と現れます。<br />実に演出の効いたシチュエーションです。

    この一帯は経ヶ峰と呼ばれる山です。
    その中腹に伊達政宗の霊廟があります。
    鬱蒼とした森の中に華麗な建物が忽然と現れます。
    実に演出の効いたシチュエーションです。

  • 「瑞鳳殿」という扁額が架かった涅槃門。<br />華麗な彩色の施された桃山様式の門です。<br />徳川将軍家でもこんなに立派なものはなさそう。

    「瑞鳳殿」という扁額が架かった涅槃門。
    華麗な彩色の施された桃山様式の門です。
    徳川将軍家でもこんなに立派なものはなさそう。

  • 奥州の覇者とも言われた伊達政宗公です。<br />永禄10年(1567年)〜寛永13年(1636年)。享年70才ですから当時にしてみれば長寿でした。<br />独眼竜の異名もあるように隻眼の武将でしたが、死後には生まれた時のままの姿を残したいとの遺言で、絵には両目が描かれています。<br />

    奥州の覇者とも言われた伊達政宗公です。
    永禄10年(1567年)〜寛永13年(1636年)。享年70才ですから当時にしてみれば長寿でした。
    独眼竜の異名もあるように隻眼の武将でしたが、死後には生まれた時のままの姿を残したいとの遺言で、絵には両目が描かれています。

  • 正宗公の眠る豪華絢爛な廟所です。<br />実はこの瑞鳳殿は戦災で丸焼けになりました。<br />戦後の発掘調査でご遺体が完全な形で残っていたので、新たに建てられた廟所に安置されたということです。

    正宗公の眠る豪華絢爛な廟所です。
    実はこの瑞鳳殿は戦災で丸焼けになりました。
    戦後の発掘調査でご遺体が完全な形で残っていたので、新たに建てられた廟所に安置されたということです。

  • 瑞鳳殿の再建は昭和54年(1979年)ですが、その後の平成13年(2001年)に大改修が行われました。<br />屋根に竜頭瓦が載ってようやく元の姿が再現されたのです。<br />数十年ぶりに訪れたのでこの姿を見るのは初めて。

    瑞鳳殿の再建は昭和54年(1979年)ですが、その後の平成13年(2001年)に大改修が行われました。
    屋根に竜頭瓦が載ってようやく元の姿が再現されたのです。
    数十年ぶりに訪れたのでこの姿を見るのは初めて。

  • 柱の彫刻獅子頭なども大改修で復元されたものです。<br />彩色が新しいこともありますが、その華麗さには目を瞠ります。

    柱の彫刻獅子頭なども大改修で復元されたものです。
    彩色が新しいこともありますが、その華麗さには目を瞠ります。

  • 超広角でないと廟所全体を撮れませんので一旦外に出てから。<br />復元とは思えない重厚さがありますね。

    超広角でないと廟所全体を撮れませんので一旦外に出てから。
    復元とは思えない重厚さがありますね。

  • 再建時の発掘調査で出てきたものは資料館に展示されています。<br />もちろん館内は撮影禁止ですので野外にある瓦だけ。<br />これは九曜紋ですが、伊達家十紋と呼ばれるように竹に雀紋、竪三つ引両紋などいくつもの家紋があります。<br />これらは伊達家が永く栄えた証で、頼朝公・豊臣家・上杉家・皇室などから拝領した紋です。

    再建時の発掘調査で出てきたものは資料館に展示されています。
    もちろん館内は撮影禁止ですので野外にある瓦だけ。
    これは九曜紋ですが、伊達家十紋と呼ばれるように竹に雀紋、竪三つ引両紋などいくつもの家紋があります。
    これらは伊達家が永く栄えた証で、頼朝公・豊臣家・上杉家・皇室などから拝領した紋です。

  • 素晴らしいものを見たな、と思ったらまだ奥があります。<br />季節柄もの寂しいの山中ですが、霊廟ですから代えって雰囲気があります。

    素晴らしいものを見たな、と思ったらまだ奥があります。
    季節柄もの寂しいの山中ですが、霊廟ですから代えって雰囲気があります。

  • 瑞鳳殿に負けない立派な門の向こうに華麗な建物が見えます。<br />伊達藩の2代・3代の霊廟です。

    瑞鳳殿に負けない立派な門の向こうに華麗な建物が見えます。
    伊達藩の2代・3代の霊廟です。

  • 今度は正面から全体が撮れる感仙殿です。<br />2代藩主・忠宗公の廟所。<br />周囲の塀や門こそありませんが、瑞鳳殿に劣らず煌びやかな建物です。

    今度は正面から全体が撮れる感仙殿です。
    2代藩主・忠宗公の廟所。
    周囲の塀や門こそありませんが、瑞鳳殿に劣らず煌びやかな建物です。

  • 伊達忠宗公の「忠」の文字は2代将軍・秀忠公より賜ったものです。<br />慶長4年(1600年)〜万治元年(1658年)。<br />正宗公の長男・秀宗公が大坂の陣での功績により家康公から伊予宇和島10万石を賜ったため、宇和島藩の初代藩主となりました。<br />それにより忠宗公が2代藩主となり、治世に尽力して奥州伊達藩の基礎を築いた名君です。

    伊達忠宗公の「忠」の文字は2代将軍・秀忠公より賜ったものです。
    慶長4年(1600年)〜万治元年(1658年)。
    正宗公の長男・秀宗公が大坂の陣での功績により家康公から伊予宇和島10万石を賜ったため、宇和島藩の初代藩主となりました。
    それにより忠宗公が2代藩主となり、治世に尽力して奥州伊達藩の基礎を築いた名君です。

  • 感仙殿の左手に並んで建っているのが善応殿。<br />3代藩主・綱宗公の廟所です。<br />ほとんど感仙殿と区別がつかないほど同じ様式です。<br />3つも華麗な建物があるなんて、仙台藩の規模がいかに大きかったかわかります。

    感仙殿の左手に並んで建っているのが善応殿。
    3代藩主・綱宗公の廟所です。
    ほとんど感仙殿と区別がつかないほど同じ様式です。
    3つも華麗な建物があるなんて、仙台藩の規模がいかに大きかったかわかります。

  • 3代藩主・伊達綱宗公。<br />寛永17年(1640年)〜正徳元年(1711年)。<br />綱宗公は政務については熱心でなかったらしく、若くして幕府に隠居させられました。<br />隠居後は諸芸に没頭して別の分野で才能を発揮しました。<br /><br />なお、綱宗隠居事件はいわゆる「伊達騒動」の発端で、<br />芝居の『伽蘿先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の題材になったことは周知の通り。

    3代藩主・伊達綱宗公。
    寛永17年(1640年)〜正徳元年(1711年)。
    綱宗公は政務については熱心でなかったらしく、若くして幕府に隠居させられました。
    隠居後は諸芸に没頭して別の分野で才能を発揮しました。

    なお、綱宗隠居事件はいわゆる「伊達騒動」の発端で、
    芝居の『伽蘿先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の題材になったことは周知の通り。

  • 感仙殿も善応殿も戦災で焼失しましたので復元建築です。<br />再建は瑞鳳殿に少し遅れて昭和60年(1985年)のこと。<br />その割に彩色が鮮やかだなと思ったら数年前にお色直しされたそうです。

    感仙殿も善応殿も戦災で焼失しましたので復元建築です。
    再建は瑞鳳殿に少し遅れて昭和60年(1985年)のこと。
    その割に彩色が鮮やかだなと思ったら数年前にお色直しされたそうです。

  • こんな風に横並びになっています。<br />奥は妙雲界廟と呼ばれる伊達家の墓所ですが、後代藩主になると霊廟ではなく墓石です。<br />格の違いではなく華美を避ける時代になったからでしょうね。

    こんな風に横並びになっています。
    奥は妙雲界廟と呼ばれる伊達家の墓所ですが、後代藩主になると霊廟ではなく墓石です。
    格の違いではなく華美を避ける時代になったからでしょうね。

  • ということで見所いっぱいの瑞鳳殿見物はこれくらいにします。<br />観光シーズンではないので混雑もなくじっくり見ることができました。

    ということで見所いっぱいの瑞鳳殿見物はこれくらいにします。
    観光シーズンではないので混雑もなくじっくり見ることができました。

  • 再びレトロバス「るーぷる仙台」に乗って広瀬川を渡ります。<br />川を眺めていると、なぜかビールが飲みたくなるのは、<br />この評定河原で秋になると芋煮会が盛んに行われたからかも。<br />懐かしさがビールを連想させるのか?(^^;

    再びレトロバス「るーぷる仙台」に乗って広瀬川を渡ります。
    川を眺めていると、なぜかビールが飲みたくなるのは、
    この評定河原で秋になると芋煮会が盛んに行われたからかも。
    懐かしさがビールを連想させるのか?(^^;

  • で、次に下車したのは伊達家の居城である仙台城趾。<br />通称は青葉城、仙台のシンボル的存在。<br />早速本丸に上ってみます。<br />ご覧の通りただ広いだけの広場になっています。

    で、次に下車したのは伊達家の居城である仙台城趾。
    通称は青葉城、仙台のシンボル的存在。
    早速本丸に上ってみます。
    ご覧の通りただ広いだけの広場になっています。

  • ただし、高台なので展望だけは良いです。<br />眼下には仙台市内が一望。右手には海も見えます。<br />TVの天気予報などで見かける景色です。

    ただし、高台なので展望だけは良いです。
    眼下には仙台市内が一望。右手には海も見えます。
    TVの天気予報などで見かける景色です。

  • 仙台藩は戊辰戦争で賊軍となったため、明治政府によって城は解体された歴史を持っています。<br />会津藩ほどの過酷な弾圧はなかったけど、東北各藩は同じような過去を背負っていますね。<br />近年修復された石垣だけが往時の姿です。

    仙台藩は戊辰戦争で賊軍となったため、明治政府によって城は解体された歴史を持っています。
    会津藩ほどの過酷な弾圧はなかったけど、東北各藩は同じような過去を背負っていますね。
    近年修復された石垣だけが往時の姿です。

  • 本丸には仙台城見聞館という小さな施設があります。<br />あまり見るものがありませんが、石垣修復の説明展示などがあります。<br />屋外にはその石垣がどーんと。

    本丸には仙台城見聞館という小さな施設があります。
    あまり見るものがありませんが、石垣修復の説明展示などがあります。
    屋外にはその石垣がどーんと。

  • 「荒城の月」の作詞者である土井晩翠の胸像です。<br />晩翠は仙台の生まれ、市内に晩翠草堂が残っていますが、今日は休館日のためスルーしました。<br />「荒城の月」は仙台城がモチーフということになっていますが、会津鶴ヶ城にも碑がありましたね。<br />作曲者の滝廉太郎は豊後竹田の岡城をモチーフにしたらしいので、古城であればOKということでしょう。

    「荒城の月」の作詞者である土井晩翠の胸像です。
    晩翠は仙台の生まれ、市内に晩翠草堂が残っていますが、今日は休館日のためスルーしました。
    「荒城の月」は仙台城がモチーフということになっていますが、会津鶴ヶ城にも碑がありましたね。
    作曲者の滝廉太郎は豊後竹田の岡城をモチーフにしたらしいので、古城であればOKということでしょう。

  • 往時の仙台城はこんな感じでした。<br />今は偲ぶものは何も残っていませんが、櫓が一つだけ復元されています。<br />本丸広場を歩きながら想像するだけ。

    往時の仙台城はこんな感じでした。
    今は偲ぶものは何も残っていませんが、櫓が一つだけ復元されています。
    本丸広場を歩きながら想像するだけ。

  • 仙台城趾はその所有権に複雑な問題が残っています。<br />その原因は市の土地と護国神社の敷地に分かれていること。<br />統一感のある城趾公園というわけにはいかないようです。<br />そのために観光客も「なーんだ」となってしまいます。<br />一度来れば十分。

    仙台城趾はその所有権に複雑な問題が残っています。
    その原因は市の土地と護国神社の敷地に分かれていること。
    統一感のある城趾公園というわけにはいかないようです。
    そのために観光客も「なーんだ」となってしまいます。
    一度来れば十分。

  • さて、撮るべきものが少ないので青葉城資料展示館にでも入ってみます。<br />お目当ては仙台城のジオラマです。<br />ノーフラッシュ撮影OKなので遠慮なく。

    さて、撮るべきものが少ないので青葉城資料展示館にでも入ってみます。
    お目当ては仙台城のジオラマです。
    ノーフラッシュ撮影OKなので遠慮なく。

  • 光量不足の上ガラス越しなので上手く撮れませんが・・・。<br />二層・三層の櫓の模型を見ると、実物を復元して欲しいものだと思いますね。

    光量不足の上ガラス越しなので上手く撮れませんが・・・。
    二層・三層の櫓の模型を見ると、実物を復元して欲しいものだと思いますね。

  • これがメインの建物である本丸御殿です。<br />仙台城は天守台があったようですが、幕府に遠慮して天守閣は建てられませんでした。<br />その代わりの御殿は贅を凝らしたものだったようです。

    これがメインの建物である本丸御殿です。
    仙台城は天守台があったようですが、幕府に遠慮して天守閣は建てられませんでした。
    その代わりの御殿は贅を凝らしたものだったようです。

  • 映像室でCGで再現した本丸や御殿の様子を見ることができます。これは必見。<br />以前、江戸博の「江戸城展」で見たCGと同じような3次元で再現したものでした。<br />なかなか良くできています。<br />なお、瑞鳳殿もそうでしたが、「るーぷる仙台」の一日券提示で入館料が割引になります。

    映像室でCGで再現した本丸や御殿の様子を見ることができます。これは必見。
    以前、江戸博の「江戸城展」で見たCGと同じような3次元で再現したものでした。
    なかなか良くできています。
    なお、瑞鳳殿もそうでしたが、「るーぷる仙台」の一日券提示で入館料が割引になります。

  • 月曜日は博物館や美術館は休館だし、植物園も春まで休園期間ということで歴史散歩となりました。<br />これで半日コース。<br />観光ガイドでは仙台城趾がメインのスポットのように書いてありますが、実は瑞鳳殿の方が数倍素晴らしいです。<br />これから行かれる方はチェックしてくださいね。<br /><br />伊達正宗公の足跡はあまり学ばなかったですね。<br />まぁ、それはまた別の機会に。

    月曜日は博物館や美術館は休館だし、植物園も春まで休園期間ということで歴史散歩となりました。
    これで半日コース。
    観光ガイドでは仙台城趾がメインのスポットのように書いてありますが、実は瑞鳳殿の方が数倍素晴らしいです。
    これから行かれる方はチェックしてくださいね。

    伊達正宗公の足跡はあまり学ばなかったですね。
    まぁ、それはまた別の機会に。

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  • まもちんさん 2009/03/16 00:24:18
    仙台〜
    もろずみさん、こばわ〜

    伊達さんたちの廟所も、徳川さんに負けず劣らずで、華やかですね〜♪
    四寺回廊専用の御朱印帳ってものあるんだぁ〜!よだれがでそうです(笑)
    ぜんぶそろうと、印が正方形を四分割したような感じにならぶんでしょうか?

    今日は、もろずみさんに教えてもらった密蔵院の安行寒桜をみにいってきたんですが、天気がよかったこともあり、ひさびさに満腹になりました(^o^)/
    ありがとうございました!

    まもちん

    もろずみ

    もろずみさん からの返信 2009/03/16 19:26:32
    RE: 仙台〜
    まもちんさん、

    > 伊達さんたちの廟所も、徳川さんに負けず劣らずで、華やかですね〜♪

    仙台に行かれたら是非。
    近年の復元なんで日光のように国宝になってませんけど、見る価値はあります。

    > 四寺回廊専用の御朱印帳ってものあるんだぁ〜!よだれがでそうです(笑)

    まもちんさんの影響かな?
    私も近いところから始めちゃいました。(笑)

    この際なので今年中に一気に全部揃えたいと思います。
    揃うと最後のお寺で色紙をもらえるんで、どこを最後にするかが悩みどころです。

    > 今日は、もろずみさんに教えてもらった密蔵院の安行寒桜をみにいってきたんですが、天気がよかったこともあり、ひさびさに満腹になりました(^o^)/

    お〜、行きましたか!のちほど伺います。
    桜も始まってますね。今週末からしばらくは桜、桜になりそうです。

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