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ベナレスから、バスを乗り継いで、2日目の昼に、段々畑の谷が望めるネパール国境事務所を通過し、ギリシャで、購入した東京行き航空券の出発点のネパールに入る。<br /><br />いよいよ、日本に近くなり、旅も終わりに近づきつつある。<br /><br />インド人、ネパール人、チベット人がミックスしている様な顔つき、まるでアフガニスタンと同じ様に、違う顔つきの人々が同じ生活をしているのが、不思議に感じる。  <br />しかし、ネパールは美人が多い。<br /><br />バスは道が悪く、大揺れである。<br />緑の溢れる山々に、上の方まで続く段々畑、昔の日本の農家と同じ様な家が点在し、まるで、四国の田舎を旅している様な気にさせられる。<br /><br />ポカラまで、それ程、距離はないはずなのに、悪路と山道でスピードが出ないのか、暗くなった夜8時にポカラに到着する。<br /><br />真っ暗な中、ホテルの多い、湖に向けて歩く。 値段が安かった(1泊 4RP=約60円  1Nrp=約15円)子供の客引きに付いて行くと、普通の農家に連れて行かれる。<br /><br />よっぽど腹が減っていたのか、2人共夕飯(5RP=約75円)をたらふく、かっ食らう。<br /><br />牛舎の2階であろうか、ベッドのない赤土に、直にシュラフを敷いて寝る。 小窓から、冷たい風が、ビンビン入ってくる。<br /><br /><br />ネパールのポカラに入ったのが、 もう、冬の1978年12月3日であった。<br />

貧乏ヒッピーが行くネパール <ヒッピー天国?・ポカラ>  1978年の思い出

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1978/12/03 - 1978/12/08

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アンタライ

アンタライさん

ベナレスから、バスを乗り継いで、2日目の昼に、段々畑の谷が望めるネパール国境事務所を通過し、ギリシャで、購入した東京行き航空券の出発点のネパールに入る。

いよいよ、日本に近くなり、旅も終わりに近づきつつある。

インド人、ネパール人、チベット人がミックスしている様な顔つき、まるでアフガニスタンと同じ様に、違う顔つきの人々が同じ生活をしているのが、不思議に感じる。  
しかし、ネパールは美人が多い。

バスは道が悪く、大揺れである。
緑の溢れる山々に、上の方まで続く段々畑、昔の日本の農家と同じ様な家が点在し、まるで、四国の田舎を旅している様な気にさせられる。

ポカラまで、それ程、距離はないはずなのに、悪路と山道でスピードが出ないのか、暗くなった夜8時にポカラに到着する。

真っ暗な中、ホテルの多い、湖に向けて歩く。 値段が安かった(1泊 4RP=約60円  1Nrp=約15円)子供の客引きに付いて行くと、普通の農家に連れて行かれる。

よっぽど腹が減っていたのか、2人共夕飯(5RP=約75円)をたらふく、かっ食らう。

牛舎の2階であろうか、ベッドのない赤土に、直にシュラフを敷いて寝る。 小窓から、冷たい風が、ビンビン入ってくる。


ネパールのポカラに入ったのが、 もう、冬の1978年12月3日であった。

  • ポカラ<br /><br /><br />快晴である。さすがに12月の山間部、午前中は寒くて、なかなか起きられない。<br /><br /><br />子供がガンチャを売りに来る。農作業をしていたお母さんが、「買ってあげなさいヨ!」と言って、一致協力、思いっきり営業努力して勧められる。<br /><br /><br />せめて、ベッドのあるホテルに変わろうと、湖に戻り、沢山のホテルの客引きの中から1泊6RP(1RP 約15円)のホテルに決める。<br /><br />6000m以上8000m級の山々を、近くで見る事が出来るって、凄い事だよね〜!!<br />

    ポカラ


    快晴である。さすがに12月の山間部、午前中は寒くて、なかなか起きられない。


    子供がガンチャを売りに来る。農作業をしていたお母さんが、「買ってあげなさいヨ!」と言って、一致協力、思いっきり営業努力して勧められる。


    せめて、ベッドのあるホテルに変わろうと、湖に戻り、沢山のホテルの客引きの中から1泊6RP(1RP 約15円)のホテルに決める。

    6000m以上8000m級の山々を、近くで見る事が出来るって、凄い事だよね〜!!

  • ポカラ<br /><br /><br />泊まっていたホテルの少年従業員とKawaM氏<br /><br /><br />毎夕に夕陽で赤く焼けた山々を見るのが日課であった。<br /><br /><br />ピーナツバターが美味かった。

    ポカラ


    泊まっていたホテルの少年従業員とKawaM氏


    毎夕に夕陽で赤く焼けた山々を見るのが日課であった。


    ピーナツバターが美味かった。

  • ポカラ湖<br /><br /><br />ポカラ湖の周辺を歩いてみる。<br /><br />道端の、朝市のような土産物屋の中に、数多く、それも堂々と、ガンチャを売っているのである。 <br /><br />そして、試煙と言う事で、幾らでも吸わせてくれるんだな〜。<br /><br />こんなに、大っぴらに、堂々と売っていた場所は、今まで無かったし、初めてである。<br /><br /><br />多分、これが、ヒッピー天国と言われる由縁なんだな〜。<br /><br />

    ポカラ湖


    ポカラ湖の周辺を歩いてみる。

    道端の、朝市のような土産物屋の中に、数多く、それも堂々と、ガンチャを売っているのである。 

    そして、試煙と言う事で、幾らでも吸わせてくれるんだな〜。

    こんなに、大っぴらに、堂々と売っていた場所は、今まで無かったし、初めてである。


    多分、これが、ヒッピー天国と言われる由縁なんだな〜。

  • ポカラ湖<br /><br /><br />日本の田舎の景色に似ている、湖と段々畑の素敵な風景。<br /><br /><br />BABAと言う名の美味いヨーロピアンフードレストランもあり、崩れきった毛唐や日本人が多い。<br /><br /><br />あちこち旅行しないで、ポカラとか、ゴアだけに長く居ると頭がいかれちゃうヨ!!

    ポカラ湖


    日本の田舎の景色に似ている、湖と段々畑の素敵な風景。


    BABAと言う名の美味いヨーロピアンフードレストランもあり、崩れきった毛唐や日本人が多い。


    あちこち旅行しないで、ポカラとか、ゴアだけに長く居ると頭がいかれちゃうヨ!!

  • ポカラの町並み<br /><br /><br />ポカラが高度が高いのか、目の色が黄色っぽく成ってきたと脅かされる。<br /><br />肝炎になっている旅行者の多いインド、ネパールだし、まともな病院のあるはずの、カトマンズに早く行こうと思い、飛行機を予約する。<br /><br />KawaMさんは軽くトレッキングに行き、まだポカラに残ると言うので、この地で別れる。<br /><br />気が合うのか、長く一緒にいる事がお互いに、不思議と苦にならないタイプなのか、1ヶ月に渡って、行動を共にした旅を、一旦終える。<br /><br />しかし、カトマンズのホテルで、バンコクのバス停で、再会する腐れ縁は続くのである・・・。<br /><br />

    ポカラの町並み


    ポカラが高度が高いのか、目の色が黄色っぽく成ってきたと脅かされる。

    肝炎になっている旅行者の多いインド、ネパールだし、まともな病院のあるはずの、カトマンズに早く行こうと思い、飛行機を予約する。

    KawaMさんは軽くトレッキングに行き、まだポカラに残ると言うので、この地で別れる。

    気が合うのか、長く一緒にいる事がお互いに、不思議と苦にならないタイプなのか、1ヶ月に渡って、行動を共にした旅を、一旦終える。

    しかし、カトマンズのホテルで、バンコクのバス停で、再会する腐れ縁は続くのである・・・。

  • ポカラの町並み<br /><br /><br />予約していたカトマンズ行きの飛行機が欠航になり、電話なしのホテルに泊まっている私だけが、取り残されたり、<br />インド人のナンダ君と一緒に旅行していた日本人の女の子2人と遅くまで話をして、夜中に空港ホテル近い裏道を、道の角々で数匹の犬(一番怖いと言われていたのが狂犬病)が吠えていて、ドンドン細い道に追い込まれ、石を握り締めて、水溜りに足を取られながら、ズボンをドロドロにして逃げ帰った事もあった。<br /><br /><br />カトマンズで、またいつものHoriMさん、MastuOちゃん、KaneKちゃんにバッタリ会う。<br /><br /><br />カトマンズでタイのビザを取ったり、自転車(1日3RP  =約45円)で観光したりで5日程滞在する。<br /><br />ネパールでひいた強烈なカゼ気味のまま、これまた、クソ暑いバンコクへ飛ぶ。<br /><br /><br />バンコクでは、この頃でも、こ汚なかったチャイナタウンの楽宮大旅社(バンコク楽宮ホテル)に泊まっていた。<br /><br />

    ポカラの町並み


    予約していたカトマンズ行きの飛行機が欠航になり、電話なしのホテルに泊まっている私だけが、取り残されたり、
    インド人のナンダ君と一緒に旅行していた日本人の女の子2人と遅くまで話をして、夜中に空港ホテル近い裏道を、道の角々で数匹の犬(一番怖いと言われていたのが狂犬病)が吠えていて、ドンドン細い道に追い込まれ、石を握り締めて、水溜りに足を取られながら、ズボンをドロドロにして逃げ帰った事もあった。


    カトマンズで、またいつものHoriMさん、MastuOちゃん、KaneKちゃんにバッタリ会う。


    カトマンズでタイのビザを取ったり、自転車(1日3RP  =約45円)で観光したりで5日程滞在する。

    ネパールでひいた強烈なカゼ気味のまま、これまた、クソ暑いバンコクへ飛ぶ。


    バンコクでは、この頃でも、こ汚なかったチャイナタウンの楽宮大旅社(バンコク楽宮ホテル)に泊まっていた。

  • カトマンズの街並み<br /><br />タイ航空の東京便が年末に取れず、所持金から、計算して、当初は、デンパパサール・バンコクの航空運賃が$100ならば、バリ島までスマトラをバスの陸路で行くつもりであった。<br /><br />しかし$200だったので、バリ島は諦める。<br />なんだか航空券も値が下って来ているし、日本も近いし、アジアは何時でも来れそうだし、旅も長すぎるし、感じる度合いも自分なりに変化してきたし、と長旅にも多少疲れていた。<br /><br />旅自体は、帰りの便を待っているだけで、もう、バンコクに来る前に終わっていた様でもあった。<br /><br />余裕を持ってビーチ巡りでもして、のんびりしようと決める。<br /><br />一人では楽しくないが、プーケット、ハジャイからマレーシアのペナン島、毛唐のカップルに勧められたコサムイ島を廻ってバンコクに戻り、1979年1月20日に、1年7ヶ月振りに帰国した。<br /><br />帰国前日の興奮は忘れられない。<br />飢えていた日本語のテレビ、本が自由に見れる喜び、あまりにも知らない東京、帰ったら先ず、東京観光だ!とかも思っていたが・・・・・。<br /><br />帰国当日は、打って変って、あれっ〜! 昨日の興奮は何処へいっちゃったの?  <br /><br />何だか、数日間、関西にでも行って帰って来る様な、当たり前の気持ち、なんら、嬉しい訳でも、興奮する訳でもなく、1年7ヶ月がまるで夢で、存在すらしてなかったような気分で、淡々と東京便に乗る。<br /><br />夜の山手線で、酔っ払いと、久々に見る沢山の化粧の濃い女性、容赦なく耳に、また勝ってに入り込んで来る理解できる大量の日本語。<br /><br />ああっ〜! こんなスケールの小さい日本なんかに帰って来なけりゃ良かった!!<br /><br />友人と話してみても、海外にそれ程興味がないのか?話をしても、盛り上がらず、楽しくない。<br />また、私の日本での1年7ヶ月は存在していない様でその頃の日本の話が付いていけない。 夢だったの?<br /><br />なるべく早く、また、旅に出ようと決意したんだが・・・。<br /><br /><br />自分の年齢も時代も環境も変り、同じ旅は出来ないのは当たり前である。<br /><br />しかし、この長い旅が、自分の人生で、かなりの部分を占めているのも事実である。<br /><br />今でもこの頃のの自分が羨ましい程、色んな出来事が、感情が、凝縮され、記憶に刻み込まれて行く日々を過ごしていた。<br /><br />

    カトマンズの街並み

    タイ航空の東京便が年末に取れず、所持金から、計算して、当初は、デンパパサール・バンコクの航空運賃が$100ならば、バリ島までスマトラをバスの陸路で行くつもりであった。

    しかし$200だったので、バリ島は諦める。
    なんだか航空券も値が下って来ているし、日本も近いし、アジアは何時でも来れそうだし、旅も長すぎるし、感じる度合いも自分なりに変化してきたし、と長旅にも多少疲れていた。

    旅自体は、帰りの便を待っているだけで、もう、バンコクに来る前に終わっていた様でもあった。

    余裕を持ってビーチ巡りでもして、のんびりしようと決める。

    一人では楽しくないが、プーケット、ハジャイからマレーシアのペナン島、毛唐のカップルに勧められたコサムイ島を廻ってバンコクに戻り、1979年1月20日に、1年7ヶ月振りに帰国した。

    帰国前日の興奮は忘れられない。
    飢えていた日本語のテレビ、本が自由に見れる喜び、あまりにも知らない東京、帰ったら先ず、東京観光だ!とかも思っていたが・・・・・。

    帰国当日は、打って変って、あれっ〜! 昨日の興奮は何処へいっちゃったの?  

    何だか、数日間、関西にでも行って帰って来る様な、当たり前の気持ち、なんら、嬉しい訳でも、興奮する訳でもなく、1年7ヶ月がまるで夢で、存在すらしてなかったような気分で、淡々と東京便に乗る。

    夜の山手線で、酔っ払いと、久々に見る沢山の化粧の濃い女性、容赦なく耳に、また勝ってに入り込んで来る理解できる大量の日本語。

    ああっ〜! こんなスケールの小さい日本なんかに帰って来なけりゃ良かった!!

    友人と話してみても、海外にそれ程興味がないのか?話をしても、盛り上がらず、楽しくない。
    また、私の日本での1年7ヶ月は存在していない様でその頃の日本の話が付いていけない。 夢だったの?

    なるべく早く、また、旅に出ようと決意したんだが・・・。


    自分の年齢も時代も環境も変り、同じ旅は出来ないのは当たり前である。

    しかし、この長い旅が、自分の人生で、かなりの部分を占めているのも事実である。

    今でもこの頃のの自分が羨ましい程、色んな出来事が、感情が、凝縮され、記憶に刻み込まれて行く日々を過ごしていた。

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