2008/05/19 - 2008/05/20
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harihariさん
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旅先で泊まるところを探すのではなく、ここに泊まりたいからその場所に旅行をする・・・そんな旅があってもいいと思う。
何かの本で読んで以来、ずっと舞子ホテルに泊まってみたいと思っていました。
今回、近場の一泊旅行をするにあたって、真っ先に思い浮かんだのが舞子ホテル。瀬戸内の旬の魚を堪能しつつ、名建築の宿に泊まる旅を満喫してきました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 私鉄
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阪神梅田駅から山陽須磨駅で山陽本線に乗り換えて、次の駅須磨寺駅に到着。
だいたい2時半ごろ。 -
須磨寺の門前に連なった静かな商店街。
昼食を食べていなかったので、商店街の中のパン屋さんで買って、食べながら歩いていました。 -
商店街を抜けて、突き当たった所が須磨寺の仁王門。
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須磨というと源平の戦いゆかりの地。
そして、源氏物語や平家物語、百人一首にも登場。
あと、松尾芭蕉もここを訪れた記録を「笈の小文」に記しています。
いずれにせよ、歴史を感じずにはいられない土地。 -
須磨寺本堂。
創建以来、何度も焼失・破壊と再建を繰り返して、今の本堂は慶長七年(一六〇二年)豊臣秀頼が再建したもの。 -
本堂に配置されている内陣の宮殿は、応安元年(一三六八)の建造。国の重要文化財。
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一の谷の戦いの際、義経がこの樹の根に腰をかけて首検分をしたといういわれのある松。
この池も、その時、首を洗うのに使ったとのことです。 -
敦盛首塚。
源氏側の武将・熊谷直実に討たれ戦死した平敦盛の菩堤を弔う為に建立されたもの。
ちなみに、須磨浦公園にある『敦盛塚』には敦盛の胴体が祀られているそうです。 -
宝物館。
源平ゆかりの宝物や須磨寺の歴史的宝物が展示されています。
あと、源平の戦いの模型みたいなのがあって、ボタンを押すとちっちゃい源氏や平氏の人たちが動いたりするんです。なかなか笑えます。 -
再び電車に乗って、舞子公園駅。
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駅を降りてすぐ、案内看板に従っていきます。
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舞子ホテル到着。
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舞子ホテル。
まず目に付いたのが、三角の屋根と円形に張り出した車寄せ。 -
玄関上部を拡大。
この部分に関しては、三角形のデザインを多用しているという印象。 -
そして、2羽のフクロウのステンドグラスが、とてもかわいくて好印象。
全体的にシンメトリーな構図の中で、これだけが正反対のモチーフ。 -
玄関脇のステンドグラス。
明石海峡を挟んだ対岸の景勝地、百人一首にも詠われた松帆の浦でしょうか。 -
ヨーロッパの街角を思わせる外灯。
夕刻、辺りが薄紫になってきた頃、最も効果的にポーチを演出します。 -
玄関ポーチを支えるエンタシスの柱。
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チェックインをして通された部屋で、まずはお抹茶と和菓子のサービス。
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到着早々、結構なもてなしをしていただきました。
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少し寛いだあと、カメラ片手に早速、館内を見て回りに行きます。
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フロントと旅館部の間には、木造の渡り廊下が這わされています。
新緑に包まれた中庭を見ながら、ギシギシと木の温もりを踏みしめて歩く廊下が心地よい。 -
まずは大広間。
舞子ホテルは、宿泊だけではなくて、パーティや披露宴なんかにも利用されているようです。
この日も、夜に何かの会合がある予定だったのですが、この時間は好きに見学させてくれました。 -
透かし彫りの欄間。
クラシックホテルと書院造りの、両方の顔を併せ持つのがこのホテルの一番の特徴。 -
フロント横の扉にも、ステンドグラスがはめ込まれています。
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明治〜大正の日本人にとって、この色彩とデザインは一種の憧れだったんでしょうね。
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トイレの扉まで。
これらのガラス、扉にいたるまで、建築当時のものを使用しているのだとか。
阪神淡路大震災では、館の煙突が折れたり、大広間棟の屋根瓦が全損したりする程の被害があったそうですが、建物自体がよく無事だったことだと思います。 -
そして、舞子ホテルのシンボル、フクロウが彫られた太い柱。
舞子ホテルは、明治〜大正に活躍した実業家・日下部久太郎が、別邸として大正時代に建設したもので、もとは住居でした。
それを、昭和初期に旅館部分を増設して、舞子ホテルとして開業したとのことです。 -
庭には蹲踞が配されるなど、風流に徹したことろは、さすがに近代日本の大実業家の持ち物であったホテルだと感心してしまいます。
引き戸にはめられているガラスは、昭和初期のもので、機械で製造されたものではなく、すべて手により作られたものだとか。
よく見るとガラス面がいびつに歪んでいたりするのですが、今ではもう造ることのできない逸品だということです。 -
そして、夕食の時間。
夕食は私たちの部屋の隣の部屋を、私たちの夕食専用に準備してくれていました。
というのも、この日の宿泊は私たち二人のみ。
パーティーのお客さんは、食事が済むと帰ってしまうので、それ以後は大広間・洋館・部屋・そして後ほど紹介する応接間などが、すべて貸切状態。ますますテンション上がります。 -
まずは食前酒と先付、前菜。
抹茶豆腐。わかさぎと沢蟹、空豆の天ぷら、穴子の押し寿司、湯葉を巻いた蓮根、鯛素麺、煮凝り、薩摩芋。粽のようなものは白身魚のお寿司。
五月らしい季節感のある食材と、菖蒲のあしらいが心憎いです。 -
目板鰈と地もののエビのお造り。
こんなに脂の乗った美味しい鰈は、初めてかも。 -
お吸い物。油目葛打ち。
今の時期、瀬戸内で一番美味しいのが脂目だそう。おだしがとっても上品で美味しい。
お椀の蓋を開けたとき、そして一口目を含んだ瞬間が最高に幸せです。 -
穴子奉書巻きと小芋の炊き合わせ。
これは、開けた瞬間、器の華やかさに負けないくらい意外性がありました。
グリーンピースを漉して、出汁と絡め合わせているのです。
豆の甘味が、野菜の素材の味にうまく絡んで美味しかったです。
穴子奉書巻きが絹サヤに隠れてるのが残念... -
サザエのつぼ焼き。これも地のもの。
一旦火を通して取り出したサザエの身を小さめに切って、再度貝の中で山菜、うずら卵と一緒に炊いています。文句なしに美味しい。 -
和牛の大和煮。
柔らかくて、噛めば噛むほどに味わいが出てくるお肉です。 -
ちょっと一休みして、部屋の中の撮影。
せっかくなので、日本建築の美を堪能し尽しています。 -
油目の南蛮漬け。右側はミル貝。
器も春のあしらい。いいものは、ゆっくりと、舌と目で味わっていただくというもの。 -
お味噌汁とご飯。香の物三種。
最高の料理のあとのコレは、最高の贅沢だと思う。 -
デザート。
メロンとフルーツトマト。
フルーツトマトは塩をちょっとつけて食べると、びっくりするくらい甘さが増すんです。癖になるような美味しさ。 -
食事をいただいたのはこちらの部屋。
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食事を終えた後は、お風呂。
温泉ではありませんが、広々とした清潔感のあるお風呂はとても気持ちよかった。 -
お風呂の後、貸切状態のホテルを再度散策。
洋館部分をじっくりと見学しようと思います。 -
階段のデザインも凝っています。
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洋館2階。「鈴蘭」と書かれたプレートがかかっています。
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2階の応接室。
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大理石で設えた2階のマントルピース。
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目を奪われるステンドグラスの優美な輝き。
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2階を堪能したので、再び1階の応接間へ。
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階段の手すりに設けられた灯り。陰影をつけて、階段ホールを仄かに照らします。
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1階の応接間。
2階に比べると、調度品などはこちらの方が遙かに豪奢な造りです。 -
贅沢にも、ゴージャスな調度品を使って、食後のコーヒーをこちらの応接室でいただきました。
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2種類のシャンデリア。
奥の方のシャンデリアは、細長い棒状の硝子が吊り下げられていて、2階で人が歩くとサラサラと繊細な音を奏でる仕掛けになっているんです。
二人で交互に2階を歩いて、下の部屋で音を楽しんだりしました。 -
手の込んだ細工は、全部かつての職人たちの手仕事。
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1階応接間のマントルピース。
小さいイオニア式の柱をあしらっています。 -
この見事なフクロウの彫刻は、あとから別に造られたものではなく、柱を造るときに同じ一本の木から彫り出されたものです。
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洋館2階の男性用トイレの丸窓。
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玄関ロビーの格子天井。
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そしてフロント。
どこを見わたしても絵になる設えが施されていたり、調度品が配置されているので、いくら見ても飽きることがありません。
本来であれば、外観や海の辺りまで見に行こうかとも思っていたのですが、外は生憎の雨。
今夜は室内を見学した後は、部屋でゆっくり休みました。 -
翌朝。
朝食の前に、ホテルもう一つの顔、庭園を見に行きます。 -
大広間の外観。桃山調の重厚な数奇屋建築。
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松の枝の張り出した、純和風の日本庭園。
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庭園の木立の間からは、明石海峡と淡路島が望めます。
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朝食の時間。
昨晩、食事をした部屋(我々の宿泊した部屋の隣)のさらに隣の部屋で用意してくれています。
私たち二人のために、都合3部屋も使っていただいてるんですねぇ。 -
目板鰈の干物、だし焼き、冷奴、炊き合わせ、お味噌汁に香の物、そしてご飯。
ご飯は当然、おかわり。 -
朝食をいただいた部屋の外観。
廊下に面した部屋の外観は、一つ部屋ずつあしらいが異なって楽しませてくれます。 -
扇形に抜かれた壁細工。
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誰もいないために電気は消されていますが、旅館部の2階もうろうろ。
廊下の途中には、花灯窓風の仕切りがあります。 -
朝の光が射し込む階段。
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一晩中降り続いた雨も止んで、新緑のもみじの葉が陽にあたってキラキラ。
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渡り廊下にも、陽が差し込んでぽかぽか。
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夜には夜の、朝には朝の美しさがあるんですね。
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朝を迎えた応接室。
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天井に映る、幻想的なシャンデリアの灯り。
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年月を重ねて、無数の傷とともに味わいを増していった床。
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テーブル、椅子ともに素晴らしい造り。
そして、重い。座るために椅子を引こうとしても、なかなか動かないんです。 -
一晩宿泊した部屋です。たった一晩でも愛着が湧きます。
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この半円部分は、洋館の応接間にあたるところ。ユニークな構造です。
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午前9時半、舞子ホテルを後にして、海の方に向かいます。
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舞子ホテルから歩いて5分。海にやってきました。
明石藩舞子台場跡(舞子砲台跡)。
幕末、外国船の侵攻に備えて、幕府の命令で勝海舟の指導をもと、明石藩が築造した砲台場。 -
150年前、まだサムライが近代文明を知らなかった頃の土木史跡と、現代技術の最先端を駆使した巨大橋とを一望できる場所です。
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台場跡にただ一本残る松の木。
幕末も文明開化も、戦争も経済成長も、震災も...この松の木だけが、時代の移り変わりを見つめてきたということでしょうか。 -
明石海峡大橋。1998年に開通した世界最長の吊橋。
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全長3,911m。橋の向こう側は、淡路島の岩屋。
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橋の下までやってきました。
想像していた以上に巨大です。圧倒されます。 -
橋の真下です。あまりの大きさに、感動しました。
こんなものを造り出したなんて、人間の力は偉大です。
そういえば、この橋の建設中に、阪神淡路大震災に被災。当初の計画時よりも地盤が1m伸びたとのことです。
自然の力はもっと偉大です。 -
人間があまりにも小さく感じます。
建造にかかわった方々を尊敬してしまいます。 -
橋からすぐのところにある孫文記念館「移情閣」。
この八角形の中国式楼閣は、1915年に建設された現存する日本最古のコンクリート建造物で、国の重要文化財。 -
隣の建物は、明治20年代後半の建造物。2000年に舞子公園内に移築されてきたとのこと。
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入館したのは10時過ぎ。開館とほぼ同時。
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孫文の蝋人形。
館内の壁は、金唐紙で装飾されていて、孫文の著作や遺品などが展示されています。 -
2階に上がる階段。結構急な階段です。
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2階の天井と照明の装飾。
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2階の窓からは、舞子の海岸が見えます。
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明石海峡大橋をバックにした移情閣。
今回は、舞子ホテルに宿泊したいという思いから始まった一泊旅行。
名建築はさることながら、料理旅館というだけあって、数々の旬の絶品料理も味わうことができました。
またいつか、違う季節に訪れたい・・・そう思わせる名旅館でした。
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