2004/06/26 - 2004/06/26
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一歩人さん
明暦3年のあの振袖火事が、江戸城天守閣を灰燼(かいじん)と帰し、二度と
江戸っ子は、そして現代の私たちまで、天守閣を見ることができませんでした。
紫縮緬(むらさきちりめん)の振袖が古着屋を通して、娘きの、娘いく、娘梅野と
3人の娘さんの手に渡ったが、病で死に、三家が相談して、本妙寺で供養したこと
から、振袖火事の名が生まれましたとさ。
(表紙撮影:2004年6月26日、江戸城跡)
(参考:江戸火消年代記、東京消防庁監修、藤口透吾著、創恩社刊、昭
和37年12月10日初版)
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- JRローカル
-
01 天守台
暴れん坊将軍でもお馴染みの吉宗公の背景に
そびえ立つ天守閣ですが、吉宗の代には
ありません。
(撮影:2004年6月26日、江戸城跡) -
02 天守閣の復元映像
三次元映像を360度回転させながら、
常時放映中です。
(撮影:2008年11月14日、江戸東京博物館) -
03 江戸図屏風(復元)
三代将軍家光の頃の江戸の様子を屏風仕立て
にしてあります。
本丸の所に、その天守閣は、描かれております。
(撮影:2008年10月26日、江戸東京博物館) -
04 振袖火事
江戸三大大火の焼失域出火元です。
明暦の大火とありますが、この因縁話が、
この振袖火事。
明暦3年1月18日(1657年3月2日)から
1月20日(3月4日)にかけて、当時の江戸の
大半を焼失。
火元が1ヶ所でなく、本郷・小石川・麹町の
3ヶ所から連続的に発生。
(撮影:2005年3月1日、消防博物館) -
05 明暦の大火羅災市街の図
明暦の大火の時に江戸に滞在していたオランダ
使節団の一員が描いた。と。
とってもリアルで驚きです。
展示換コーナーがですので、なかったら、
ごめんなさい。
(撮影:2003年9月23日、江戸東京博物館) -
06 明暦大火供養塔
本妙寺(豊島区巣鴨5-35-6)の
境内に明暦大火供養塔があります。
興味深いのは、本妙寺さんでは、冊子があり、
本妙寺火元引受説を唱えられておりました。
曰く、火元は裏手の老中・阿部忠秋の屋敷で、
檀家でない火元から毎年、供養費が出ていた事を
理由に上げておられました。
おしまい。
(撮影:2005年3月17日、本妙寺)
ふ、ふ、いかがでしたでしょうか。
江戸火消紀行を立ち上げました。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 熊野古道さん 2009/04/27 11:26:01
- こんにちは
- 明暦の大火のことは、なんとなく聞いたことがあるくらいでしたが、江戸時代でもかなり初期だったのですね。
3Dの江戸城は一度生で見てみたいと思いました。
- 一歩人さん からの返信 2009/04/27 12:37:51
- RE: こんにちは
- 熊野古道さんへ
> 明暦の大火のことは、なんとなく聞いたことがあるくらいでしたが、江戸時代でもかなり初期だったのですね。
> 3Dの江戸城は一度生で見てみたいと思いました。
>
ありがとうございます。
私はえど博の友の会で江戸の火消しと題して展示説明会を企画し
案内をしました。そこまで入れ込むのもどうかと思うのですが。
今は、趣味は自分で楽しむものと決めています。
失礼しま〜す。
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