2004/01/02 - 2004/01/02
2126位(同エリア4693件中)
一歩人さん
明治元年に江戸城の紅葉山の霊廟は取り壊されて以来、封印された遺構。
それが、紅葉山東照宮です。元和四年(1618年)に完成。
(表紙の撮影:2004年1月2日)
(参考:江戸図屏風を読む、編者水野真、加藤貴、東京堂出版刊、
2000年4月5日発行、
参考:図説江戸図屏風をよむ、編者小沢弘、丸山伸彦、大日本印刷、
1993年2月25日発行)
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
-
01 江戸図屏風(歴博)
国立歴史民族博物館所蔵「江戸図屏風」です。
(ここの撮影:2008年5月31日)
紅葉山東照宮が描かれております。
左隻の上部、天守閣の後ろ側、西の丸の隣の
森に囲まれた小高い山の上にそれは、あります。
本殿と拝殿を石の間で繋ぐ権現造りという
一般的な東照宮の建築様式と異なるとか。
妻入りの本殿の前に拝殿を置きます。
詳細は、こちらから
http://www.rekihaku.ac.jp/gallery/edozu/layer4/l114.jpg -
江戸東京博物館の「江戸図屏風」(複製)
です。
(ここの撮影:2008年8月31日)
同じく、紅葉山東照宮の下に、参拝を
終えた三代将軍家光の乗る駕籠が石段を
降りる様子も描かれております。
左右に正装した人々、警護の武士の平伏姿。
但し、詳細は、歴博へ
http://www.rekihaku.ac.jp/gallery/edozu/layer4/pl117.html -
03 国立公文書館
「江戸図屏風」の石段の横にあるのは、
五棟の蔵。瓦葺の具足蔵と紅葉山文庫
(明治以降の呼名)です。
文庫は、明治維新後、継承され、ここで
保管され、時折、展示会とHPで常時公開され
ております。
(ここの撮影:2005年4月7日)
詳細は、こちらから
http://www.digital.archives.go.jp/ -
04 紅葉山総絵図
家康公の霊廟を設けて以来、歴代の将軍の
廟が設けられました。
(ここの撮影:2004年9月8日
但し、詳細は、図書情報センターへ
http://www.lib.metro-u.ac.jp/mizuno/mizuno.files/image/org/smit00002.jpg
あちこち、封印で、苦労しました。
ふ、ふ、写真の蔵出しにも。
次は、いよいよ上野の東照宮です。
出だしの題名は、好調でしたが、
ちょっと息切れ気味。
おしまい。
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